だから殺せなかった [読書・ミステリ]
評価:★★★★
第27回鮎川哲也賞優秀賞受賞作。
まず、首都圏で3件の連続無差別殺人事件が起こっていることが語られる。
大手である太陽新聞社は、発行部数の長期低落に苦しみ、それに加えて今期は初の赤字決算を記録した。
業績を挽回すべく立ち上げた、社会部渾身の企画「シリーズ犯罪報道・家族」は、過去の重大事件を取り上げ、報道の中で加害者/被害者の家族が受けた苦悩、そして現状を伝えるものだった。しかしそれでも部数向上にはつながらず、好意的な反響もあったが、非難も少なくなかった。
「しょせん記者は他人。当事者の痛みは分からない」
「実際に犯罪に関わった記者でないと、家族のことなど書けるはずがない」
それに応えるべく、ベテラン記者・一本木透に白羽の矢が立つ。
新人記者だった20年前、彼は群馬県の前橋支局に勤務していた。そこで担当した県庁内の汚職事件の取材は、彼の人生において最大の痛恨事となり、その苦渋に満ちた記憶は今でも彼を苛んでいたのだ。
その記憶を記事に起こした「記者の慟哭」の反響は大きかった。そしてそれは意外な副産物をもたらした。
自らを首都圏連続殺人事件の犯人と称する人物が投書してきたのだ。差出人の名は「ワクチン」。
投書の中には、犯人でしか知り得ない事実が記載されており、「ワクチン」はまさに真犯人だと思われた。
さらに「ワクチン」は、一本木記者に対して太陽新聞での公開紙上討論を要求する。「ワクチン」の投書に対し、ただちにその返答を紙上に掲載せよ、というものだった。
「人間=ウイルス」と見なし、駆除されるべき存在であると豪語する「ワクチン」。それを真っ向から受けて反論し、対話の糸口を掴もうと模索する一本木。
連続殺人犯 vs 新聞記者、という対決は多くの人々の耳目を集め、社会は騒然となっていく。
そして、期せずして太陽新聞は発行部数が上向き、この紙上討論をできる限り長引かせることを願う幹部まで現れる。一本木もまた、報道の使命と企業の利益のせめぎ合いに巻き込まれそうになるが・・・
・・・と書いてきて感じると思うのだが、ここまではゴリゴリの社会派ミステリである。
「鮎川哲也賞」って、こういう雰囲気の作品がもらう賞じゃなかったよなぁ・・・と思っていると、ストーリーの2/3を過ぎたあたりで、ある人物が一本木を訪ねてきたところから、物語のトーンが少しずつ変わり始める。
ここまで、どちらかというとゆったりと進んできた物語もスピードを速めつつ、終盤になだれ込んでいく。
「なだれ込んで」と書いたが、まさに終盤は二転三転、もっといえば、真犯人が判明してからもさらに捻りがあるという驚きの構成。
タイトルの「だから殺せなかった」の意味も、ここでしっかり回収される。
読み終わってみれば「納得の鮎川哲也賞優秀賞」でした。