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敗北への凱旋 [読書・ミステリ]

敗北への凱旋 (創元推理文庫)

敗北への凱旋 (創元推理文庫)

  • 作者: 連城 三紀彦
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/02/22
  • メディア: Kindle版
評価:★★★★☆

昭和20年8月15日。
太平洋戦争が日本の敗戦となって終わった日。

正午の玉音放送から数時間後、未だ夕暮れの光が残る帝都の空を舞う
1機の航空機から、無数の夾竹桃の花が地上へと舞い落ちてくる・・・
という、いかにも幻想的かつ美しいプロローグから始まる。

しかしここから物語は一転する。

昭和23年のクリスマス・イブ、
焼け跡の残る横浜中華街の片隅で、隻腕の男の射殺死体が見つかる。
被害者は中国人の女・玲蘭(リンラン)と同棲していたが
最近、日本人の娼婦とも愛人関係になっていた。

男を巡る痴情のもつれと判断した警察は玲蘭を犯人とみて行方を追ったが
2日後、その日本人娼婦も殺されてしまう。そして玲蘭とみられる女が
油壺(三浦半島突端部近くの湾)の岩場に身を投げたという通報が入る。

被害者の名は寺田武史、軍人で、かつてはピアニストでもあった男と
判明するが、玲蘭の死体は発見されず、事件はそのまま終結してしまう。

そして再び時間は飛び、二十数年後の昭和4X年。
主人公・柚木桂作(ゆうき・けいさく)の登場となる。

柚木は文壇の中堅作家で、昨年「虚飾の鳥」という大作を発表した。
大戦中の軍部の重臣で、重要な決定にも関わったと言われる
鞘間重殻(さやま・しげよし)を描いた伝記小説だ。
この作品は評判を呼び、映画化の企画が進行していた。

柚木は妻と死別し、娘の万由子と二人暮らしだったが
彼女は民放TV局の報道班員・秋生鞆久(あきお・ともひさ)と
交際していた。秋生を通して寺田武史の存在を知った柚木は
次作の題材にしようと取材を始める。

物語はこの後、いくつかの流れが並行して描かれていく。
寺田が何らかのメッセージを潜ませたと思われる楽譜の謎、
当時の寺田を知る人から聞かされる、大戦中のエピソードの数々。
取材を続ける柚木の前に幾度となく現れる謎の和装の女性、そして
寺田と玲蘭の忘れ形見と思われる女性バイオリニスト・愛蘭の登場。

最終的には、寺田の射殺事件の真相が解明されるのだが
もちろん、これだって充分に驚かされるレベルで
ここで終わっても本格ミステリとして高評価されるだろう。

しかし本書ではさらに、その事件の背景となった事情まで踏み込んでいく。
ここで明らかになるのは・・・未読の人のために、書かない。
余計な予備知識を持たずに読んでもらうのがいちばんだ。

プロローグの夾竹桃のエピソードも、この物語の1つのピースとして
きれいに収まり、壮大な ”絵” が完成する。

文庫で220ページほどと決して長くはないのだが、描かれた物語は濃密。
密室も孤島も雪の山荘も出てこないけど、
最高の謎は ”人の心” だ、ということを改めて感じさせてくれる。

文庫版の表紙には、
グランドピアノの前に座った男女の姿が。
物語の全貌を知った上でこの絵を見ると、感慨深いものがある。


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