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透明カメレオン [読書・ミステリ]


透明カメレオン (角川文庫)

透明カメレオン (角川文庫)

  • 作者: 道尾 秀介
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/01/25
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

主人公・桐畑恭太郎(きりはた・きょうたろう)はラジオ局に
事務方として入社したが、そのイケメン過ぎる声を見込まれて
パーソナリティとしてデビューする。
恭太郎の声は人気を呼び、自分の番組を持つまでになるが
自らの美声と冴えない容姿との落差にコンプレックスを抱いていた。

一日の仕事を終えた後、場末のバー「if」に立ち寄るのが日課だったが
ある大雨の夜、その「if」にひとりの女性が現れたときから
恭太郎の生活は大きく変わり始める。

彼女は三梶恵(みかじ・けい)と名乗り、
恭太郎を含めた「if」の常連たちは、行きがかり上(笑)、
彼女の ”企み” に否応なく協力しなければならない羽目に陥る。

意味不明な恵の指示に戸惑う恭太郎たちだったが
どうやら彼女は、ある男の命を狙っているらしい・・・


文庫で約440ページと結構長いのだけど、サクサク読める。
登場するキャラがみな個性的で分かりやすいのもあるだろう。

まず、主人公の恭太郎は優柔不断で意気地が無い。
ラジオの自作が趣味で、それもコイルをせっせと巻いて作る
ゲルマニウムラジオだったりする。(私も中学生の頃に作ったものだ)
34歳にして女性との交際経験も無いなど、奥手にもほどがあるのだが
そんな彼は三梶恵に一目惚れしてしまう。
途中からは、恵が恭太郎のマンションに転がり込んで同居を始める。
もちろん部屋は別だが(笑)。このあたりは王道のラブコメでもある。
彼女を相手に様々なシチュエーションで煩悶する姿も笑いを誘う。

ヒロインの恵は20代なかばで、かなり向こうっ気が強いお嬢さん。
「if」常連メンバーの鼻面をつかんで振り回すようなところもあれば
恭太郎に対して(たまに)食事を作ってくれたりと優しげなところもあり、
したたかに見えるときもあれば、しおらしく見える時もあって
その硬軟の併せ技に、純情な恭太郎くんは翻弄されてしまう(笑)。

「if」のママの輝美(てるみ)、人気キャバ嬢の百花(ももか)、
害獣害虫駆除会社を経営する石之崎(いしのざき)、
ゲイバーでホステスをしているレイカ、
仏壇店の7代目店主・重徳寺重松(じゅうとくじ・しげまつ)など
多士済々の常連さんたちもそれぞれキャラが立っていて、
恵が引き起こすドタバタ劇に巻き込まれていく。


基本的には物語はコメディ調で進んでいくのだが
終盤はかなりサスペンスが高まり、恭太郎たちも生命の危険にさらされる。
ラスト近くで恭太郎が打って出る、一世一代の勝負がクライマックス。
さすがに主人公だけあって華々しい見せ場が用意されている。


ミステリ的な一番のヤマ場は、恵の抱えた ”事情” が解決した後、
ラスト30ページに訪れる。
殺人事件が起こるようないわゆる普通のミステリではないのだけど
何気ない描写の積み重ねが伏線として回収されて、
このラストへつながる。これには驚かされたし、お見事です。


星4つつけてもいい作品だと思うんだけど、
最後まで自分の正体というか本音を明かさない恵さんが
どうにも好きになれなくてねぇ。星半分減点しちゃいました。
いや、最後まで読めば彼女の事情はよく分かるのだけどね。
彼女に振り回される恭太郎君があまりに可哀想に思えたので(笑)。

まあ、この物語が終わった後は
もっと素直になって恭太郎君に接してくれるんでしょうけど。

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ワン・モア・ヌーク [読書・冒険/サスペンス]


2011年3月11日午後2時46分。このとき私は職場にいた。
鉄筋コンクリ製のビルの4階にいたのだけど
半端ではない揺れに驚かされた。
このまま建物が倒壊するんじゃないかと思ったし
「もし倒壊したら、俺は死んじゃうんだろうなー」とか
人ごとみたいにぼんやりと考えていた。
揺れの激しさに、現実感を喪失していたのかも知れない。

津波の映像もリアルタイムで見た。
揺れが収まった後に、TVが見られる部屋へ行ったら、
同僚が集まっていてみんな画面に釘付けだった。
不気味な大波が田畑や人家を飲み込んでいく異様な光景に、
これも現実に起こっていることとは思えなかったことを覚えている。

そして何より、その後に福島第一原発で起こった事態。
「日本は大丈夫なのか」って心配にもなったが
福島県との(現実の距離はともかく)心理的な距離は遠かったようで
今ひとつ深刻に思えなかったことも事実だ。
「どうにかなるんじゃないか」って楽観的に考える(考えたい)
自分がいたのは否定できない。

そして9年。
汚染地域の除染が進んだと言っても
いまだ避難したまま帰還できない人々も多く
原発を廃炉にする行程もはっきりしない。
そもそも、残った核燃料を取り出すなんてことが
可能なのかどうかすらよくわからない。
農水産物を検査して、問題ない放射線量であることが
明らかになっても、風評被害は消えない。

しかし、被災地以外の人々にも日々の暮らしはあり、
毎日毎日東北のことを考えているわけにもいかない。
私もまた、そういうふうにして日々を生きている。

そんな時代を生きている日本人に向けて書かれたのが本書だろう。


ワン・モア・ヌーク (新潮文庫)

ワン・モア・ヌーク (新潮文庫)

  • 作者: 太洋, 藤井
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/01/29
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

物語はオリンピックを控えた2020年3月6日(金)から
3月10日(火)までの110時間を描く。

3月6日、イラクの核物理学者にして元ISISのテロリストである
サイード・イブラヒムは、シリアの核施設から持ち出した
プルトニウムとともに日本への潜入に成功する。

彼を手引きしたのはベンチャー企業を率いる但馬樹(たじま・いつき)。
イブラヒムの持ち込んだプルトニウムは、
彼女が ”製作” した ”原子爆弾” にセットされる。
この爆弾は、東京の中心部で0.1キロトンほどの
小規模な核爆発を引き起こし、周囲を核物質で汚染する ”はず” だった。

そして3月8日の深夜、原爆テロを予告する1本の動画がアップされる。
「核の穴は、あなたがたをもう一度、特別な存在にしてくれる」
予告された爆発時刻は3月11日午前0時。残り時間は48時間。

但馬の目的は、核の問題から目をそらしがちな人々、
不確かな情報に振り回されて被災地に対して不当な扱いをする人々、
そして情報を隠蔽し、問題を放置、あるいは先送りする政府に対して、
”核” と本気で向き合う覚悟を迫るため。

合い言葉は「ONE MORE NUKE」。すなわち「核をもう一度」。

しかしイブラヒムの持ち込んだプルトニウムは、
当初の予定よりはるかに高濃度のもので
爆発した際の威力は500キロトン。広島型原爆の30倍に相当する。
23区内は壊滅、半径30km以内は人が住めない荒野と化す。
文字通り日本の中心部を消滅させることが彼の真の目的だった。

物語の序盤でイブラヒムの真意に気づいた但馬だが、
時既に遅く、原子爆弾はイブラヒムの手に落ちてしまう。

一方、この二人のテロリストを追うのは2つのチーム。

まずは国際原子力機関(IAEA)の技官・館埜健也(たての・けんや)と
CIA局員のシアリー・リー・ナズ。
2年前にシリアでイブラヒムに襲われた経験を持つ二人は、
彼の日本への入国とほぼ同じくして日本政府内で活動を開始する。

そして警視庁公安部外事二課所属の刑事、
早瀬隆二(はやせ・りゅうじ)と高嶺秋那(たかみね・あきな)。
二人は不法滞在外国人の捜査から、但馬の存在へと導かれていく。

但馬、イブラヒム、館埜&ナズ、早瀬&高嶺の4つの視点を駆使して
数百万の都民が郊外へと脱出していく混乱の中、
無人と化した都心で原子爆弾を巡る攻防が描かれていく。


人類は歴史上、一度手にした技術を自ら手放したことはない。
それは核兵器も原子力発電も例外ではない。

人間はいままで、新しい技術が生み出したものと
否応なく共存することを強いられてきた。
IT技術によって生活が激変してもそれに適応して生きてきたし、
これからAIによってさらに生活は激変してしまうのではないかと
心配されているが、誰もAIを止めようと言う人はいないから
これにも適応していくことを強いられるのだろう。

生物の進化では、環境に適応できない生物は絶滅してきた。
人間は自ら環境を変化させ、それに合わせて自らの生き方を変えてきた。
ならば、人類が核兵器や原子力発電を放棄する決断ができない以上は
それらとの共存に失敗した時が人類の絶滅の時なのだろう。

本書には、核兵器や原子力発電に対する
人間の愚かな行動が多々記されているけれども、
それだけではなく、賢明な行動を取ろうとする人々もまた描かれる。

人間の示す愚かさには、時に絶望的に気持ちにさせられるけれども
それだけではないと信じたい。人間に絶望したくない。

まさに爆発の時を迎えようとする原子爆弾を前に、
未来のために行動しようとする人々を描いたラストを読みながら、
そんなことを感じた。

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ヘルたん ヘルパー探偵誕生 [読書・ミステリ]


ヘルたん - ヘルパー探偵誕生 (中公文庫)

ヘルたん - ヘルパー探偵誕生 (中公文庫)

  • 作者: 愛川 晶
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/10/23
  • メディア: 文庫

評価:★★★

主人公の神原淳(かんばら・じゅん)は仙台の高校を卒業した後、
IT系の専門学校に入ったが2か月で挫折、引きこもりになってしまった。
しかし両親が借金取りに追われて夜逃げしてしまい、音信不通に。
ひとり残された淳は、東京在住の遠縁の親類・田代の仲介で
浅草に住む成瀬秀二郎の家に居候することになる。

成瀬はかつて名探偵と謳われた男だったが、81歳の現在は認知症が進み
いわゆる ”まだらボケ”(正式には「まだら認知症」というらしい)状態。

そこで淳は、高校の先輩にして初恋の女性でもある中本葉月と再会する。
美人で長身でスタイル抜群、バレー部のアタッカーだったが
1年の終わりに退部、その後は髪を赤くそめてヤンキーに(笑)。
高校卒業と同時に上京した葉月は、浅草で介護ヘルパーとして働いていた。


「パルティアン・ショット 甘い抱擁の謎」
葉月に誘われるままに、淳もまた介護の道へ踏み込んでいく。
しかし淳の脳裏には、どうしても解けない謎があった。
高校1年生のとき、夜の学校のプール横で、
葉月と淳、2人の間に起こった、”あのこと”。
なぜ彼女は、あんな行動を取ったのか・・・

「ミラー・ツイン 双子を襲った惨劇」
淳はヘルパー2級の通信教育を受けることになり、
そのスクーリングで志賀未来(しが・みらい)という女子大生と知り合う。
16年前、彼女の家では祖父・剛三(ごうぞう)が孫(未来の兄)・研二の目を
ナイフで突き刺し失明させてしまうという悲惨な事件が起きていた。
その後、祖父も研二も亡くなり事件の真相を知るものは
祖母と成瀬の二人だけ。その祖母も6年前に亡くなってしまった。
淳が成瀬の家に住んでいることを聞いた未来は
成瀬に会わせてくれるように頼むのだが・・・

「シュガー・スポット 愛染明王の涙」
仙台から淳のかつての担任教師・岩淵が上京してくる。
彼の口から、淳は葉月の複雑な家庭環境を知る。
どうやら、葉月が浅草でヘルパーをしているのは
何か理由があるらしい・・・


探偵として登場する成瀬は、認知症の状態にある。
おそらくこのタイプの人が探偵役を務めるのは
ミステリ史上初じゃないのかな。
なんでそんな人に探偵が務まるのかは読んでのお楽しみだ。

ミステリであると同時に、ヘルパーという職業の
一端を垣間見ることのできる ”お仕事小説” でもある。

 私の父も、晩年は自力で歩くことが困難になって
 週2日ほどヘルパーさんのお世話になっていたが、
 そのへんの対応はほとんど母任せだったから、
 介護という仕事の大変さはよく分かっていなかったよ。

もちろん、この本でヘルパーの仕事のすべて分かるわけではないが
物語の中の描写だけでもなかなか容易ではないことが理解できる。

力の要る仕事だろう、というのは予想の範囲内だが、
意外だったのは、けっこう制約というか決まりごとが多いこと。
介護先では、「アレ」はしてはいけない、「コレ」はしてはいけない。
もちろんきちんと理由のあることで、言われてみればなるほどと思う。


そして本書は、二人の女性の間で揺れ動く淳くんの青春物語でもある。
もちろん彼の思慕の情は葉月さんに向かっているのだけれども
未来さんもまた、いろいろ事情を抱えたちょっと ”難しい” お嬢さん。

淳くんは、未来さんの母親にもなぜか気に入られてしまって
着々と外堀を埋められ始めてるような気も(笑)。

本書の最後で、葉月さんは仙台へ帰ってしまうんだが
そのまま消えてしまうとは思えない。
淳くんのヘルパー生活も始まったばかりだし、
どこかで再会の物語も描かれるのだろう。

このシリーズは続巻が刊行されてるんだけど、
なぜかまだ文庫化されてないんだよねぇ。
私は基本的に文庫しか買わない人間なので、
淳くん・葉月さん・未来さんの話が読めるのはかなり先になりそう。

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不穏な眠り [読書・ミステリ]


不穏な眠り (文春文庫)

不穏な眠り (文春文庫)

  • 作者: 七海, 若竹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/12/05
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

ミステリ専門古書店〈MURDER BEAR BOOKSHOP〉の店員と
私立探偵を掛け持ちする、40代の独身女性・葉村晶(はむら・あきら)が
主役のミステリシリーズの最新刊。4編収録の短編集だ。

「水沫(みなわ)隠れの日々」
雑貨の輸入会社を経営する藤本サツキは、
かつて親友だった田上二佐子(たがみ・ふさこ)が死亡したことを知り、
彼女の娘・遥香(はるか)を引き取り養育したが、
残念ながら遥香嬢はグレてしまい、刑務所に入っていた(おいおい)。
古書買い取りのため、サツキのマンションを訪れた葉村は、
刑期を終えて出所する遥香を迎えに行ってほしいと頼まれる。
しかし、出所した遥香を謎の男たちが襲ってくる・・・

「新春のラビリンス」
大晦日の夜、解体直前のビルの警備を引き受けた葉村。
一夜の仕事を終え、警備会社の営業所へ戻ると
そこの事務員・公原楓(きみはら・かえで)から人捜しを頼まれる。
同僚の警備員・工藤強志(つよし)と連絡がつかないのだという。
その強志は、従姉妹の自称芸術家・工藤ライカのアトリエにいた。
公原にそれを伝えると、今度はライカを探してほしいという・・・

「逃げ出した時刻表」
〈MURDER BEAR BOOKSHOP〉のオーナー・富山は
鉄道ミステリ・フェアを企画した。目玉は、
クリスティー『ABC殺人事件』にも登場した1936年版のABC時刻表。
人気作家・神岡武一(かみおか・ぶいち)がロンドンで手に入れたが、
帰国後、複数の愛人を巡る騒ぎを引き起こし、そのとき
愛人のひとりが撃った銃弾が当たったという曰く付きのもの。
しかし〈MURDER BEAR BOOKSHOP〉に謎の賊が侵入、
そのABC時刻表が盗まれてしまう・・・

「不穏な眠り」
〈MURDER BEAR BOOKSHOP〉の近所に住む元教師の鈴木品子は、
12年前、死んだ従姉妹から世田谷の一軒家を相続した。
今井という便利屋に家の管理を任せていたが、今井が品子に無断で
原田宏香という女性を住まわせていたことが判明、
しかもその直後、宏香は急性心不全で亡くなってしまう。
品子は葉村に、宏香の関係者を探すように依頼をするが・・・


今回も葉村はロクな目に遭わない。
溺死しかけたり、凍死しかけたり、気絶させられたり、
絞め殺されそうになったり、刺し殺されそうになったり・・・

読んでて笑ってしまうのだが、これが案外
真相につながる伏線になってたりするから油断できない。

いずれの事件も、当初はたいした依頼内容とは思われないのだけど
葉村が進む先にはつねにトラブルが発生して、
どんどん事態が大きくなっていく(笑)。

別に彼女が悪いのではなく、彼女がたまたま、
大きな事件の端っこをつかんでしまった、ってことなのだろう。
しかし「私の調査に手加減はない」のがモットーだから、
とことん調べていくうちに意外な真相が現れてくる。

これからも、満身創痍になりながら読者を楽しませてくれるだろう。


さて、葉村晶シリーズは1月の末からNHKでTVドラマ化されてる。
タイトルもそのものズバリ『ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~』
これにも思わず笑ってしまう。

hamura.jpg
いまのところ毎回見ているのだけど、けっこう面白い。
葉村を演じるのはシシド・カフカさん。
ちょっと美人過ぎかなぁとも思うが、エンタメ作品としては正解か。

美人なのに、作中では誰も彼女を女性扱いしてくれないし、
もちろん言い寄る男も現れない。

イケメン枠で間宮祥太朗が出てるがこれはドラマ版のオリジナルキャラ。
「半分、青い」での ”だめんず” とは対照的に、
葉村と推理合戦をするクールな管理官(階級は警視)を演じてる。

第一話で何者かに頭を殴られ、血まみれの顔で歩いてるシシドさんをみて
「ああ~、これは葉村だわ」と思った私はちょい意地が悪いか(笑)。

全7回しか放映しないけど、シシド・カフカの葉村はもっと見たいなあ。
続編製作希望。NHKさん、お願い。

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名探偵の証明 [読書・ミステリ]


名探偵の証明 (創元推理文庫)

名探偵の証明 (創元推理文庫)

  • 作者: 市川 哲也
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/12/11
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

第23回(2013年度) 鮎川哲也賞受賞作。

屋敷啓次郎(やしき・けいじろう)は1980年代に活躍した名探偵。

本書の冒頭は、まさに彼の絶頂期に当たる36歳の屋敷が登場する。
東京湾に浮かぶ島で、本土とは連絡がとれず、交通の手段もない。
そんな場所で起こった連続殺人事件を見事に解決する様が描かれる。

そしておよそ30年近い時が流れ、屋敷も還暦を超えた。
秘書だった女性・美紀と結婚し、一人娘の七瀬はアメリカに留学中。

屋敷自身はある事件で瀕死の重傷を負い、回復はしたものの、
そのせいで美紀は夫に探偵業からの引退を求めていた。
屋敷はそれを拒みながらも、心身、特に頭脳の衰えを
日々実感するようになり、探偵事務所は開店休業の状態にあった。

そんなところへ、かつての相棒で元刑事の
武富竜人(たけとみ・たつひこ)がやってくる。
資産家・桝蔵(ますくら)敏夫のもとへ
脅迫状が届いた事件を持ち込んできたのだ。

脅迫状の内容は
『蜜柑花子を呼べ。呼ばなければ災難が降りかかる』
というもの。
蜜柑花子は女子大生にして名探偵、さらには
タレント活動もしているという当代一の人気者だ。

武富には、この事件に割って入って蜜柑花子よりも先に事件を解決し、
屋敷の名探偵としての復活を後押ししようという魂胆があった。

二人が人里離れた山中にある桝蔵の別荘へ到着したのもつかの間、
彼の長男・草太(そうた)が密室状態の中で殺害される。

蜜柑花子と共に事件の捜査にあたる屋敷は、
見事に真相究明に成功したかと思われたが・・・

普通ならここでエンドマークが出てもおかしくないのだけど
本書はここから先が長い。文庫で300ページほどの本なのだけど
この時点で、残りが100ページ以上ある。
これまでが長大な前振りで、ここから本編が始まるともいえる。

桝蔵家の事件を追えた屋敷は今度こそ引退を決め、
平穏な生活に入るが、ふたたび密室殺人事件に遭遇してしまう・・・


「麒麟も老いては駑馬に劣る」
誰でも還暦くらいの年齢を迎えれば、
多かれ少なかれ身に覚えのあることだろう。

 私の場合、若い頃にどれだけ ”使える人間” だったかはともかく(笑)、
 少なくとも今よりは体力も根性もあったし、
 トラブルに遭遇しても踏ん張れる気力があった。

まして屋敷は、”名探偵” として一世を風靡した男なのだから、
自らの能力の衰えを実感した哀しみはひとしおだろう。

でも、そこで枯れてしまわないのが屋敷だ。
一度は決めた引退を撤回し、現役へと復帰する。
彼にとって探偵とは仕事ではなく、生き方そのもの。
痩せても枯れても、頭がボケようが足腰が弱ろうが(笑)
妻や娘に反対されようが、探偵は辞められない。
本書の終盤は、そんな屋敷の生き様が描かれていく。

 年金が出るようになれば、すっぱり仕事を辞めてしまいたいと
 思ってる私とはえらい違いだが・・・(笑)


本書では2つの密室殺人が登場する。トリックについてはどちらも
古典的というかベタなものなので、それ自体への驚きはない。
それよりも「なぜ密室をつくったのか」に重きが置かれている。
その ”動機” が、本書のキモだろう。

見事に2つの密室殺人事件の背景を解き明かしてみせる屋敷なのだけど、
この結末はちょっと切ないねぇ。
昭和の頃のマンガやドラマみたいなラストだよ・・・


蜜柑花子女史については、一足先に短編集『屋上の名探偵』で
高校生時代の彼女のエピソードを読んでたけど
女子大生になっても基本変わってませんね。

本書の続巻『名探偵の証明 密室巻殺人事件』では
彼女が主役を務めるそうなので期待してます。

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京都なぞとき四季報 町を歩いて不思議なバーへ [読書・ミステリ]


京都なぞとき四季報 町を歩いて不思議なバーへ (角川文庫)

京都なぞとき四季報 町を歩いて不思議なバーへ (角川文庫)

  • 作者: 円居 挽
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/12/21
  • メディア: 文庫
評価:★★★

京都大学の構内には、「三号館」と呼ばれる謎の店があるという。
毎回違う場所で営業している神出鬼没の不思議なバーだ。
そこには「謎」を抱えた者しかたどり着けず、そこでは
美しい女性マスターが、その「謎」をすっきり解決してくれるらしい。

主人公・遠近倫人(とおちか・りんと)は一浪して京都大学法学部へ合格、
”加茂川乱歩” というサークルに入った。
その活動内容は、京都市内を散策すること(優雅だねぇ)。

そこで理学部一回生の青河幸(あおか・さち)に一目惚れした倫人は
中学高校時代の同級生で工学部二回生の東横進(とうよこ・すすむ)の
いささか強引な ”サポート”(余計なお世話?)のもと、
彼女との距離を縮めようと奮闘する。

この3人に加えて ”加茂川乱歩” の副会長で和服が似合う京美人、
文学部二回生の千宮寺麗子(せんぐうじ・れいこ)、
ハーフかと見紛う美貌にナイスバディの
経済学部一回生・灰原花連(はいばら・かれん)など、
個性豊かなメンバーが登場する。

そんな彼ら彼女らの周囲で起こる不思議な出来事を巡る
”日常の謎” 系ミステリの連作短編集。


「クローバー・リーフをもう一杯」
4月。新歓イベントで京都市内の散策を終えた
”加茂川乱歩” のメンバーは、6時開始のコンパまで一旦解散となる。
その間に、倫人は青河と一緒にコンパ用グッズの調達に出かけた。
買い物を終えた二人は、四つ葉のタクシーに
灰原が乗り込むところを目撃する。時刻は4時45分。
しかし、コンパ会場に着いた二人の前に現れた
同じナンバーの四つ葉のタクシーからは
千宮寺と一緒にサークルの会長・大溝が降りてくる。
二人がタクシーに乗ったのも、4時45分だったのだという・・・
古典的というかあまりにもベタなので、かえって
誰も使わないようなアリバイ・トリックなのが逆に新鮮かも。

「ジュリエットには早すぎる」
5月。倫人・青河・東横・千宮寺の4人は、
先斗町(ぽんとちょう)歌舞練場まで、”鴨川をどり”
(舞妓さんが歌と踊りを披露するイベント)を観にいく。
倫人がもらったチケットの席は、青河の斜め後ろだった。
しかしイベントが終了したとき、なぜか倫人の隣には青河が。
しかも彼女は、席の移動はしなかったという・・・
これもある意味ベタなトリックだけど、
実現させるのはけっこう手間だろうなぁ。

「ブルー・ラグーンに溺れそう」
6月。京都水族館へやってきた ”加茂川乱歩” のメンバー。
青河と二人で回っていた倫人は、藤ミーナという女性と知り合う。
しかし彼女は、衆人環視の中で姿を消してしまう。
消失の謎自体は見当がつくけど、なぜ姿を消したかの方がメインの謎。

「ペイルライダーに魅入られて」
7月。祇園祭に出かけた ”加茂川乱歩” のメンバー。
青河との仲が進展しない倫人は焦りを覚えていたが
その青河が、祭りの最中に突然意識を失い、倒れてしまう・・・
今回は、倫人以外に過去に「三号館」を訪れた人物が登場する。

「名無しのガフにうってつけの夜」
倫人が今回見つけた「三号館」は、サークルが使用している
プレハブボックス棟にあった。そして倫人が「三号館」を出た1時間後、
そのプレハブ棟は火事に遭い、「三号館」があった部屋が燃えてしまう。
しかし燃えた部屋に入った倫人は驚く。
そこには酒場の痕跡を残すものは全くなかったのだ。
わずか1時間で、すべての備品を運び出すことなどは不可能だ・・・


「三号館」の美しき女性マスター・蒼馬美希(そうま・みき)は、
訪れた倫人から「謎」の話を聞きながら、毎回異なるカクテルをつくる。
これがまた上手そうに描写されてる。
私は滅多にカクテルなんて飲まないんだが
(というより、そんなバーに行くこと自体が希少だ)
各話の扉ページにカクテルのレシピが載ってるので
自分でも飲んでみたくなる。

美希さん自身が真相を語ることはなく、ヒントらしき事を仄めかすだけ。
倫人は彼女との会話を通じて解決への筋道を見つけ出すわけで
最終的に事態を収めるのも彼の役回りになる。

「三号館」の存在自体がファンタジーで、
最後までその正体は知れないままなんじゃないかと思ったのだが
最終話では意外な形で美希さんの秘密が明かされる。
野暮を承知で書くと、彼女の身分でこれやってるってマズくない?


ミステリとしてよりも、京都を舞台にした
学生たちのキャンパスライフのほうに興味を覚えた。
私も大学に行ったけれど、地味~で不毛な(笑)4年間だったからねぇ。
つまらないわけではなかったし、それなりに充実した部分もあったけれど
もっとはっちゃけて過ごしても良かったんじゃないかなぁ・・・なんて
このトシになって思ったりする。


ちなみに、最終話でミステリ研の上級生として
瓶賀(みかが)という女子学生が登場するが、
これはあの「ルヴォワール」シリーズの瓶賀さんだよねぇ。
この2つのシリーズに限らず、この作者さんの作品は、
だいたい同じ時空を共有してるみたい。


さて、美希さんの正体が明かされて、これで終わりなのかなぁ・・・
と思ったのだけど、本書には続巻があった。
これも手元にあるので近々読む予定。

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宇宙軍士官学校 -幕間- [読書・SF]


宇宙軍士官学校―幕間(インターミッション)― (ハヤカワ文庫JA)

宇宙軍士官学校―幕間(インターミッション)― (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 鷹見 一幸
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/03/31
  • メディア: 文庫
評価:★★★

大河スペースオペラ「宇宙軍士官学校」シリーズ、その番外編。
5つの短編が収録されている。

「中の人」
第一シリーズ終盤の太陽系防衛戦のさなか、増援艦隊の到着を受けて
有坂恵一は自らの指揮する防衛艦隊に48時間の休暇を命じる。
恵一自身も地球に降り、つかのまの安らぎの時間を得る。
赤城の温泉につかり、地元の老人たちと触れあう。
恵一の正体を知らない老人たちは
防衛戦争についても好き勝手なことを言うのだが・・・
しかし恵一というのは珍しいキャラだね。
真面目で素直で毒舌抜きのヤン・ウェンリー、ってところか。
「それじゃヤンじゃない」って意見には同意する(笑)。

「ホームメイド」
「中の人」と同じく、48時間の休暇をもらった
機動戦闘艇パイロットのウィリアムは、故郷である
北米自治区カンザス州にやってくる。
歓迎行事に沸く地元民に迎えられる中、そこへ
アイルランドへ向かったはずのパイロット仲間・エミリーがやってくる。
生真面目なウィリアムとツンデレ爆弾娘のエミリー嬢、
私、このカップル大好きなんだなあ。
最後まで生き残ってほしいよ、ほんと。

「オールド・ロケットマン」
アロイスとのファースト・コンタクトを経て
”銀河文明評議会” の頂点に位置する〈至高者〉(オーバーロード)の
精神介入を受けた人類は、国家を解消して統一政府を樹立したが
その動きに反抗する者たちとの間に「統合戦争」が勃発した。
機動戦闘艇の初代パイロットとなったウィンザー少尉はその戦いで
英雄として名を挙げ、15年後の今は中佐へと昇進して
地球連邦宇宙軍の駆逐艦艦長として太陽系防衛戦に参加していた。
〈粛正者〉の放った13万発もの恒星反応弾は、
何重にも張り巡らされた迎撃網で撃ち減らされてきたが、
いまだ100発以上の残弾が太陽に向かって飛行している。
ウィンザーたちの艦隊は最終防衛ラインであり、
彼らの後ろにはもう恒星反応弾を阻むものは存在しない・・・
ひとりの軍人の ”最初の戦い” と ”最後の戦い” が描かれる。
うーん、浪花節なんだよねぇ。そして、わかっちゃいるんだが
泣いてしまうんだよねぇ。昭和の人間だから。

「遅れてきたノア」
〈粛正者〉の太陽系侵攻によって引き起こされた
太陽活動の一時的な擾乱により、地球の生態系は大打撃を受けた。
地下シェルターやスペースコロニーに待避させた一部の生物を除き、
地球上の動植物・細菌類は絶滅したと思われた。
環境が激変した地上を調査し、生き残った生物がいれば回収する
任務を負った調査員、平泉乃愛(ひらいずみ・のあ)の日常を描く。
壮大な宇宙戦争も描ければ、たった一匹のカエルの生存に
涙するお嬢さんも描ける。たいしたものだ。

「日陰者の宴」
”銀河文明評議会”において、地球人の上位種族となるケイローン人。
そのケイローンの母星で、会議が行われる。
年齢・性別・階級・職種・経歴すべてがばらばらの30人が集められて。
共通点はただ一つ、”空気が読めない” こと。
要するに何者にも忖度せず、言いたいことは歯に衣着せずに言い放つ、
そういう面々ばかり、ということだ。
そして議題は「粛正者支配宙域への探査と侵攻」。
普段の生活では、なにかと ”黙らせられる” ことの多い者たちが、
ここぞとばかりに熱く語り始める・・・
第二部への橋渡しというか前振りみたいな短編なのだが
彼らの話すアイデアがだんだん過激なものになってきて、
ひょっとして〈粛正者〉は、とんでもない奴らに
けんかを売ってるんじゃなかろうか、とも思ったが、
そういう連中だからこそ滅ぼそうとしている、ってことなんだろう。


巻末にはボーナス特典として
「宇宙軍士官学校 大辞典」なるものがついている。
なんと40ページくらいもあるので結構読みでがある。

さて、第二部は来月あたりから読み始める予定。

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