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リリエンタールの末裔 [読書・SF]

リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA)

リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 上田 早夕里
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/12/08
  • メディア: 文庫

評価:★★★

2003年に「火星ダーク・バラード」で第4回小松左京賞を受賞して
デビューした作者の、第二短編集。

「リリエンタールの末裔」
 舞台は数百年後の未来。
 大規模な地殻変動で海水面が260m上昇し、
 人類は遺伝子操作によって、高地に居住する "陸上民" と
 海での生活に適応した "海上民" とに別れていた。
 現在までのところ、作者の代表作と言っていい
 《オーシャン・クロニクル》(と呼ばれているらしい)シリーズの一編。
 高地で育った少年・チャムは、
 手製のグライダーで空を飛ぶのが大好きだった。
 成人し、海上都市で働くことになったチャムだが
 空への憧れは断ちがたく、
 自分のハングライダーを手に入れようと決意するが
 彼の年収の10年分にも相当するような高価な機体に加えて
 遺伝子操作を受けた高地民への、都市住民による差別意識など
 さまざまな障害が彼の前に立ちはだかる・・・
 私は自分が空を飛ぼうとは全く思わないのだが
 中学生の頃はエンジン付きで、金属ワイヤで操縦する模型飛行機
 (いわゆる「Uコン」てやつだ。「ラジコン」は高価で手が届かなかった)
 にハマってた時期があったので
 "空への憧れ" ってのは何となく分かる気がする。

「マグネフィオ」
 主人公・和也は、同僚の女子社員・菜月に想いを寄せるが
 彼女は和也の同期社員である修介と結婚してしまう。
 しかし、彼らが参加した社員旅行のバスが落石事故に襲われ、
 修介は意識不明の寝たきりの状態になってしまう。
 和也自身も、脳の図形認識機能を損傷して
 人の顔の識別ができなくなってしまった。
 事故から1年後、和也は菜月のアイデアをもとに
 修介の脳内活動を磁性流体を使って
 視覚化する装置〈マグネフィオ〉の開発を始める・・・
 どんな姿になろうとも修介に尽くし続ける菜月。
 彼女の笑顔も泣き顔も "見る" ことができない和也。
 しかし彼は菜月を愛し、支え続ける。
 悲しく切なくそして苦さの残る結末まで、"3人" の物語を一気読み。
 この人の描くラブ・ストーリーをもっと読んでみたくなった。

「ナイト・ブルーの記憶」
 SFアンソロジー「NOVA5」が初出だとのこと。
 ということは既読のはずなんだがさっぱり記憶がない(;_;)。
 海洋無人探査機のオペレータをしている霧島恭吾。
 彼の仕事は、探査機に搭載されたAIのトレーナー、
 つまり熟練した人間の行動をAIに "学習" させる役割。
 しかし、あるとき彼の身に異変が起こる。
 探査機のセンサーと彼の神経が "同期" してしまい、
 海中での "感覚" がそのまま
 ダイレクトに伝わってくるようになったのだ・・・
 おお、"ファフナー" みたいだなあ(笑)。
 しかし、冗談抜きで現代のIT技術は
 この方面へ進んでるような気もする。
 霧島の受けた "衝撃" も、近い将来には
 我々自身が体験することになるのかも知れない。

「幻のクロノメーター」
 タイトルのクロノメーターとは時計のこと。
 部隊は18世紀のロンドン。
 大工だったハリソンは、時計職人として希有の才能を示し、
 王室から指名を受けて
 航海用時計マリン・クロノメーターの開発をしていた。
  ちなみにハリソンは実在の人物で、作品の最終ページには
  彼の "作品" を紹介するwebページのURLまで載ってる。
  とは言っても、この記事を書いてる最中に
  アクセスしてみたんだけど、つながらないんだよねぇ・・・
  メンテナンス中か何かかしら?
 語り手は、ハリソンのもとへ奉公に来た少女・エリー。
 彼女もまた時計に魅せられ、
 家政婦として働く傍ら、自らも時計作りを学び始める。
 文庫で約320ページの本書の中で、約140ページを占める中編。
 最初の60ページほどは、ハリソンによる時計開発が語られる。
 このままだとノンフィクションか歴史小説だよなあ・・・
 と思って読んでいくと、中盤から登場する "あるもの" のおかげで、
 しっかりSFになる(笑)。
 寡聞にして、マリン・クロノメーターというものを
 本書で初めて知ったのだけど
 外洋航海に出た当時の船が、自らの位置を確認するために
 膨大な天文データと精密な天測技術が必要だったのを
 一気に簡素化する画期的な機械だったとのこと。
 ただどの時代にも、新しいものが登場すると
 それを排斥しようとする "抵抗勢力" はいるもので、
 ハリソンの功績もなかなか認められなかったことが分かる。
 しかしそんなものに挫けることなく、
 自らの技術を信じて生きた職人たちの姿が心を揺さぶる。

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