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夏のくじら [読書・青春小説]

夏のくじら (文春文庫)

夏のくじら (文春文庫)

  • 作者: 大崎 梢
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2011/06/10
  • メディア: 文庫



評価:★★★★☆

私はこのブログの中で「青春小説なるものが苦手だ」って
再三書いているんだけど、今回に限ってはその言葉を返上しよう。


主人公の篤史は高知大学の1年生。
東京生まれの東京育ちながら、両親が共働きだったため、
夏休みには父親の郷里である高知に2~3週間も一人で預けられてきた。

いわば高知は第二の故郷。大学受験に際して高知大も受けたのは、
「もし引っかかったら高知に来てもいいかな」くらいの気持ちだった。
しかし幸か不幸か私大に落ちまくり、高知大学への入学とあいなった。

不本意入学の典型のような篤史だったが、実は密かな期待もあった。

4年前の夏、中学3年だった篤史は高知伝統の
"よさこい祭り" に参加した。
そのとき、一人の女性と知り合った。

当時、彼女は高校~大学くらいだったのでおそらく3~4歳年上、
手がかりは周囲から "いずみさん" と呼ばれていたことだけ。

一緒に踊りの練習に参加しているうち、篤史と彼女は
ある "約束" を交わすのだが、それを果たす機会が訪れないまま、
祭りの最終日を迎える前に彼女は姿を消してしまう。

篤史は未だ鮮明に覚えている。
姿を消す前日、練習場所の体育館の裏手で一人、
涙をこぼしていた彼女の姿を・・・


大学に入学して間もなく、同い年の従兄弟・多郎から、
地元・鯨井町のよさこいチームに誘われた篤史。

気が進まないながらも、「初恋の人との再会」という
淡い期待をもって参加を決断するが・・・

やんちゃなリーダー・月島、気配りのサブリーダー・三雲、
衣装デザインの志織、踊りに燃える綾乃。
そして女性と見まごうばかりの美形ながら、
超絶的なダンス・テクニックを誇るカジ。

肝心な "あの人" の消息はさっぱりつかめないが、
チーム・鯨井町に集う様々な人の
"よさこい祭り" にかける思いに包まれているうちに
篤史自身もまた祭りへ向けて熱い日々を送るようになっていく。


舞台は初夏から真夏で、とにかく熱い物語なのだけど
意外なほど爽やかな雰囲気でストーリーは進む。

個々のメンバーにも悩みがあったり、恋愛模様があったり、
複雑な生い立ちがあったりして、ページを追うごとに
すこしずつ各キャラクターの背景が明らかになり
それがまた感情移入を加速させる。

クライマックスの祭り本番のシーンでは、
いつのまにか私自身も、鯨井町チームと一緒に
高知の町を駆け抜けているような気持ちにさせられた。

鯨井町のチームはみごと入賞することができるのか?
"憧れの彼女" との再会は?
そして、4年前の "約束" を果たすことはできるのか・・・?

感動のラストまで、ページをめくる手が止まらない。


大崎梢の本職はミステリ作家だと思うのだけど
"あの人" の正体についても随所に伏線が仕込んである。
ただ、本書はミステリではないので、
作者自身も隠そうという意図はないようだ。
だって、とってもわかりやすいんだもの(笑)。

それでいて、篤史は全く気づかないもんだから
「なんでお前はわからないんじゃあ!」って
ヘッドロックをかましてやりたくなってしまうよ・・・・
まあそんな彼でも "可愛い" と思えてしまうんだから不思議だ(笑)。

この手の作品では「主人公は朴念仁」てのが定番なんですかねぇ・・・


とかく "青春小説" ってやつは、
モヤモヤしてたりドロドロしてたり(私の偏見です)
好きなジャンルではないのだけど、
素晴らしく心地よい読後感が味わえる本書は、
そんな偏見を吹き飛ばす快作だった。


最後に余計なことを書く。

本書を読んで、なんだか篤史のことが他人事に思えなかった。
それは、彼の幼少時の境遇が私のそれと微妙に重なるから。

私の両親も商売をしていて、特にお盆の頃は
一年で最も忙しい時期でもあった。
私たち兄妹の世話を焼くヒマすらなく、
夏休みの半分くらいは、母親の実家に預けられていたものだ。
もっとも、一人っ子の篤史と異なり私の場合は弟と妹が一緒だったが。

私にとって「夏」という言葉から連想される "原風景" は、
すぐ隣を川が流れてる農家(母の実家)の縁側に座り、
入道雲を眺めながらスイカをかじっている、というもの。
その横には2歳下の弟と3歳下の妹が座っていたはずだ。

篤史にとっての「夏」の "原風景" は何だろう。
"よさこい" の熱気か、"いずみさん" の涙か・・・


もう一つ余計なことを。

数年前、四国へ旅行に行き、高知へも立ち寄ったのだけど
残念ながら "よさこい祭り" の時期ではなかった。

本書を読んで、もう一度彼の地へ行ってみたくなった。
いつかこの目で、高知の人々がすべてを賭けるという
真夏の "祭り" を見てみたい。
そう思った。


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