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機龍警察 未亡旅団 [読書・冒険/サスペンス]


機龍警察 未亡旅団 機龍警察〔文庫版〕 (ハヤカワ文庫JA)

機龍警察 未亡旅団 機龍警察〔文庫版〕 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 月村 了衛
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2023/06/06

評価:★★★★☆


 女性だけのテロ集団「黒い未亡人」が日本に潜入した。チェチェン紛争によって家族を失った女性たちによる組織だ。彼女たちが密入国した目的は何か。警視庁特捜部による捜査が始まる。
 一方、特捜部のメンバー・城木貴彦(しろき・たかひこ)理事官は、実の兄である宗方亮太郎(むなかた・りょうたろう)衆議院議員がもつ、ある秘密に気づいてしまう・・・


 大量破壊兵器が衰退し、テロが蔓延する近未来。それに伴って開発された人型近接戦闘兵器・機甲兵装が市街地戦闘の主流となっていた。

 機甲兵装とは、全高3.5~4mほどの "二足歩行ロボット型一人乗り戦車" のような兵器である。
 アニメでいうと『装甲騎兵ボトムズ』のAT(Armed Trooper)か、『ガサラキ』の Tactical Armer が近いか。

 警視庁特捜部も、テロリスト対策のために最新鋭の機甲兵装「龍機兵」を3機導入し、その搭乗員(パイロット)として3人の ”民間人” と契約した。
 日本国籍を持つ傭兵・姿俊之(すがた・としゆき)、アイルランド人で元テロリストのライザ・ラードナー、ロシア人で元モスクワ警察のユーリ・オズノフ。
 この3人は "警部待遇" の身分を持ち、捜査にも加わることになる。
 英語名は Special Investigators, Police Dragoon。犯罪者たちは彼らを「機龍警察」と呼ぶ。

 本作は『機龍警察』『機龍警察 自爆条項』『機龍警察 暗黒市場』に続く、シリーズ第4作である。ちなみに、搭乗員が警察官ではない理由は第2作で語られている。

 閉鎖的・保守的な警察組織の中で、彼ら3人と「龍機兵」は "異物" であり、特捜部自体を異端視し反撥する者は少なくない。しかしながら、機甲兵装を用いたテロ案件は次々に発生していく。
 特捜部は、テロリストという外敵はもちろん、"警察組織" という内なる敵とも戦っていかなくてはならない。そういう宿命を背負った部署なのである。

 さらに、警察上層部・政府の中には、犯罪組織との裏のつながりを持つ勢力が存在している。この〈敵〉による謀略もシリーズ中で描かれてきた。本作でも、思いもよらない妨害工作を仕掛けてくる。

 前置きが長くなってしまった。本編の紹介に入ろう。


「第一章 黒い未亡人」

 神奈川県内で自爆テロ事件が発生、特捜部はテロ集団「黒い未亡人」が密入国を果たしていたことを知る。チェチェン紛争によって家族を失った女性たちによる組織だ。自爆テロで多大な戦果を挙げ、頭角を現してきた。
 リーダーは〈砂の妻〉の異名を持つシーラ・ヴァヴィロワ。そのメンバーには多くの未成年の少女を含むことから、政府は対応に苦慮することになる。

 少女たちはテロリストの一味なのか? それともテロリストに洗脳され利用されている被害者なのか?
 「黒い未亡人」が日本に持ち込んだ機甲兵装エインセルは、未成年が搭乗することを前提に徹底的な小型化に成功したという、凶悪な設計の機体だった。
 テロ制圧の過程でエインセルを破壊することは、未成年の少女を殺害することに他ならない・・・

 自爆テロ事件発生の日、たまたま非番だった特捜部の由起谷志郎(ゆきたに・しろう)警部補は、西麻布の一角で外国人の少女が半グレ集団に絡まれているところに遭遇する。由紀谷は少女を救うべく介入するが、そこで彼女の示した格闘能力の高さに驚かされるのだった。
 
 一方、特捜部の城木管理官は父と兄から呼び出しを受ける。
 父・亮蔵(りょうぞう)は元財務官僚、兄・亮太郎は外務官僚からUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)へ出向の後、大物政治家・宗方与五郎(むなかた・よごろう)の娘・日菜子(ひなこ)の婿となった。しかし、もともと心臓に持病を抱えていた彼女は3年前に逝去していた。
 父・兄と交わした会話から、兄が特捜部の〈敵〉と関わりを持っているのではないかと疑い始める城木。さらに、兄の過去にとんでもない秘密を見つけてしまう・・・

 やがて神奈川県内に「黒い未亡人」が潜伏していることが判明、警視庁と神奈川県警の機甲兵装部隊が制圧に向かうが、外部装甲に爆発物を装備した "自爆仕様" のエインセルによって部隊は壊滅、テロリストの脱出を許してしまう。


「第二章 取調べ」

 「黒い未亡人」の資金ルートを探っていた特捜部は、その拠点を発見、その過程で一人の少女兵を捕らえた。
カティア・イヴレワ、15歳。「黒い未亡人」の連絡要員を務めている。そして、西麻布で由紀谷が助けた少女だった。

 彼女の取り調べに当たる由起谷。
 故郷を追われ、家族を殺され、壮絶な差別と虐待に晒されてきたカティア。由起谷に対し、時に黙秘し、時に侮蔑の嘲笑を浴びせる。
 自分たちを取り巻く世界への憎悪と憤怒に満ちた彼女と対峙する由起谷。彼もまた決して幸福とは云えない過去を背負っていた。
 彼女の前にそれをさらけ出し、自らの信念を彼女の信念にぶつける。由起谷の叫びは、カティアの閉ざされた心に届くのか・・・


「第三章 鬼子母神」

 新潟県で発見された「黒い未亡人」の新たな潜伏地への制圧作戦が決定する。しかし政府の示したテロ対処方針によって、特捜部は圧倒的に不利な状況に置かれてしまう。

 それでも3機の龍機兵と随行する機動隊員は、自らの生還すら期しがたい命令のもと、突入を敢行する。

 ”人としての一線を越えてしまった” シーラたちと、”その一線の手前で、ギリギリ踏み止まろうとする” 者たちとの戦いが始まる・・・


 主役メカである3機の龍機兵には、格闘戦特化の「フィアボルグ」(姿が搭乗)、最大火力を誇る「バンシー」(ライザが搭乗)、敏捷性重視の「バーゲスト」(ユーリが搭乗)と明確な個性が与えられている。さらに、短時間で全エネルギーを解放することによって桁外れの高速機動と反応速度を得るモード(『レイズナー』のV-MAXや『ガンダムOO』のTRANS-AMみたいなもの)が搭載されていたりと、ロボットアニメ的な外連味も充分。

 対する「黒い未亡人」の、〈砂の妻〉シーラをはじめとする3人のリーダーも強敵だ。〈剣の妻〉ジナイーダは巨大な剣を揮い、〈風の妻〉ファティマは短剣の名手。ともに生身でも卓越した戦士であり、機甲兵装のパイロットとしても凄腕。
 シーラ&ジナイーダ&ファティマ vs 姿&ライザ&ユーリ の繰り広げる死闘が終盤のクライマックスだ。

 そして本作では "女性"、そして "母性" がクローズアップされる。

 作中には様々な ”母” が搭乗する。カティアの母、由起谷の母、城木の母。我が子を愛する母も、我が子を蔑ろにする母も。
 実の母を喪ったカティアにとって、シーラは "新たな母" ではあるが、目的のためには "娘たち" の命さえ捧げてしまう "鬼神" でもある。

 そして城木の亡き義姉・日菜子は、シーラのネガとポジが逆転したような、慈愛に満ちた聖母のごとき人物として描かれる。
 しかし、すべてを許し受け入れる彼女の愛が、新たな憎悪を呼び覚ましてしまうと云う皮肉な展開もまた描かれる。


 すべての戦いが終わり、文庫で600ページ近い大長編のラストは、一通の手紙で締めくくられる。
 たいして長くもなく、流麗でもない文章なのに・・・ああ、なんでこんなに心が震えるんだろう・・・涙が止まらないのだろう・・・

 現時点で、「今年読んだ本」暫定第1位。



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Another 2001 [読書・冒険/サスペンス]


Another 2001(上) (角川文庫)

Another 2001(上) (角川文庫)

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2023/06/13
Another 2001(下) (角川文庫)

Another 2001(下) (角川文庫)

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2023/06/13

評価:★★★★


 夜見山北中学校3年3組では、数年おきに《災厄》が起こる。クラスの中に〈死者〉が紛れ込み、クラスメイト、あるいはその親族・関係者の中に大量の死人が発生するのだ。
 前回の《災厄》が起こった1998年から3年後。3年3組となった比良塚想(ひらつか・そう)は、4月の始業式で今年が《災厄》の年になったことを知る。
 それに備えて、特別な〈対策〉を講じたクラスメイトたちだったが・・・


 1998年の《災厄》に立ち向かった見崎鳴(みさき・めい)と榊原恒一(さかきばら・こういち)を描いた『Another』。
 その夏の一週間を描いた『Another エピソードS』で登場し、見崎鳴と出会った少年・比良塚想が、本書『2001』の主役となる。

 『Another』と『Another エピソードS』を読まずにいきなり本書に取りかかる人はまずいないとは思うが、本書はこの二冊を読んでいるのを前提に書かれていると言っていい。
 『2001』から読み始めても理解できなくはないだろうが、いまひとつ面白さが伝わらない気がするので、たいへんもったいないことだと思う。


 これから内容紹介に入るが、前二冊を読んでれば予備知識は充分。事前情報は知らない方が楽しく読めると思う。
 かと云って何も書かないわけにもいかないので、これから少し書くけど、なるべく最小限にしよう。


 『エピソードS』の事件後、両親と別居することになった想は夜見山市の親族の元へ引き取られ、夜見山北中学の生徒となる。
 そして2001年4月。想をはじめ3年3組の生徒たちは、始業式を終えたホームルームで教室の机と椅子が "一組足りない" ことに気づく。
 クラスに〈死者〉が紛れ込んでいる。今年は《災厄》が起こる年なのだ。

 《災厄》は、関係者の記憶の改変を伴う。つまり生徒・教師・家族たちは、〈死者〉のことをはじめからクラスメイトとして存在していた、と認識してしまう。
 さらにいうなら、〈死者〉本人でさえ、自分が死者だという認識がない。
 名簿などの書類・記録の類いも改竄されてしまい、それらから〈死者〉が誰かを知ることもできない。

 そして《災厄》が "終了" すると、記録の改竄は速やかに修正される。個人については、《災厄》のことを忘れていく、という形で修復される(忘却の速度には個人差がある。《災厄》への関わりが薄い者ほど早く忘れていく)。これが《災厄》が大きな問題にならずに放置されている理由だ。

 だから、想たち現在の3年3組のメンバーたちが知っている《災厄》についての情報(主に上級生からの申し送り)は、断片的だったり表層的だったりするものばかり。

 それでも、ひとつの "対策" は伝えられている。すなわち、クラスの誰か一人を "いない者" として扱うこと。彼/彼女の行動を一切無視する、というものだ。
 〈死者〉によって1名増えたクラスの人数を、そうやって "元に戻す"。それによって《災厄》を食い止める。この方法が効果を上げた年もあったようだ。

 3年前に "いない者" を務めたのが見崎鳴。そして途中から "いない者" に加えられたのが榊原恒一だったのだが、この情報が断片的に伝わった結果、「"いない者" を2人にすれば効果が上がるのでは」との意見が出てくる。
 そこで今年の "いない者" は、想と、もう一人の生徒が務めることになった。

 しかし、実際に学校生活が始まると、クラス内に不安や疑心暗鬼が渦巻きはじめ、"いない者" を苦しめるようになっていく。前作の事件で "耐性" が身についたのか(笑)、想くんは順調に勤めを果たすのだが、"もう一人" のほうは、次第に精神的に追い詰められていき、やがて破局がやってくる・・・


 『Another』では、そもそも何が起こっているのか分からない、というところから始まっていた。これは登場人物も読者も同じ。
 しかし本書では、読者はそのあたりは十分承知しているわけで、五里霧中の登場人物たちを、ひとつ上の視点から俯瞰してみているような感覚を味わう。どこから幽霊が出てくるかが分かっているお化け屋敷、というか、往年のバラエティ場組『8時だヨ!全員集合』での「志村うしろ!」って叫ぶ感覚というか(例えが古すぎて分からない人も多そうだ。ゴメンナサイ)。

 だから登場人物の行動に対して「それはやっちゃダメ」「それはやっても無駄」「どうしてそんなことを」「ああ、やっぱり」ってな感じで、いちいちツッコミを入れながら読んでしまう。

 誤解を恐れずに云えば『Another』は初めて入る幽霊屋敷を探検するような感じ、『2001』は勝手知ったる幽霊屋敷の中を歩き回って "楽しむ" という感じ、か。いや、決して人がお亡くなりになるのを楽しんでるわけではないのだけどね。
 《災厄》の "システム" が分かっているぶん、やや余裕を持って読み進められるというか。

 ストーリーについてはもちろん、今年の3年3組のメンバーがメインになるのだけど、見崎鳴さんも要所要所で登場する。いまでも夜見山市在住で、高校3年生になっている。
 ちなみに榊原恒一くんも出てくるのだが、彼が今どうなってるのかは読んでのお楽しみにしておこう。


 『Another』ではミステリ的にも大きなサプライズがあったけど、本書についてはミステリ要素はやや薄めかな。終盤、物語が収束していく先もなんとなく見当がついてしまうし。
 だからといって、つまらないと云うことはない。綾辻行人のストーリーテラーぶりはたいしたもので、ページをどんどんめくらせていき、緊迫のラストまでもっていく。
 そしてすべてが明らかになると、本書は『Another』と対をなす物語であったことが明らかになる。

 作者は「あとがき」で次作(完結編でもある)として『Another 2009』というタイトルを予告している。本書の中にも、それに向けての伏線と思われる描写もある。
 作品内の時間軸としては『2001』の8年後。前2作や本作に登場した人たちのうち、生き残った人(おいおい)も再登場するのだろうなぁ・・・

 もっとも、作者は「館シリーズ」の10作目に当面かかりっきりになると思うので、こちらが書かれるのは早くて数年後かも知れない。こっちの寿命の方が心配になる(切実)。

 「最小限」なんて言いながらけっこう書いてしまった。でも、前2作を読んでる人なら楽しい(怖い?)読書体験が得られるだろうことは間違いない。



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サーモン・キャッチャー the Novel [読書・冒険/サスペンス]


サーモン・キャッチャー the Novel (光文社文庫 み 31-5)

サーモン・キャッチャー the Novel (光文社文庫 み 31-5)

  • 作者: 道尾秀介
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2022/12/13
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 屋内釣り堀「カープ・キャッチャー」。そこは、釣れた魚によってポイントが与えられ、景品と交換できる。
 この釣り堀を舞台に様々な人間の運命が交錯する、"グランド・ホテル形式" ならぬ "グランド「釣り堀」形式" 小説。


 "グランド・ホテル形式" とは、ホテルや船や列車など、物語が展開される空間が、ある一つの場所に限定されているものをいう。
 wikiによると、語源は1932年公開の同名のアメリカ映画らしい。そこに挙がっている例の中で、私が知ってるのを挙げると、映画では「ポセイドン・アドベチャ-」「タワーリング・インフェルノ」「THE 有頂天ホテル」、小説では「青列車の秘密」(アガサ・クリスティ)など。

 個人的には、「オリエント急行の殺人」(同)みたいな、クローズト・サークル・ミステリも入れることができるんじゃないかとも思うが・・・
 とはいっても、本書「サーモン・キャッチャー」は殺人を扱ったミステリではない。まあ、広く考えればミステリに入れられなくもないかな、とは思うが。
 閑話休題。


 本書はこの「カープ・キャッチャー」を中心に多くの人物が登場する群像劇だが、彼ら彼女らは本来ならばまず関わらないであろう人たち。それが、この「カープ・キャッチャー」を巡って行動をはじめ、お互いの存在を知り、運命が交錯していく。


 これから内容紹介に入るのだが・・・紹介が難しいんだよねぇこの小説は。

 まずはキャラクターを挙げていこう。

 内山聡史(うちやま・さとし)は23歳。フリーター歴5年。対人恐怖症で、まともに口をきけるのは妹の智(とも:高校2年生)だけ。

 大洞真実(おおほら・まこと)は52歳。8年前に離婚している。何でも屋を生業に、いろいろな雑用を引き受けて糊口を凌いでいる。
 現在は資産家・桐山美紗(きりやま・みさ)の家で、鯉の餌やりと池の掃除を引き受けている。

 春日明(かすが・めい)は女子大生。「カープ・キャッチャー」でアルバイトをしている。大洞真実の娘だが、両親の離婚に伴い、母の旧姓になっている。
 ネットでヒツギム語会話のレッスンを受けていたことから、一連の "事件" に巻き込まれていく。ちなみに「ヒツギム」はアフリカの地方言語の一つ。

 河原塚(かわらづか)ヨネトモ。若い頃は800m走のオリンピック強化選手だったが、70歳を迎えた今は、年金をすべて「カープ・キャッチャー」での釣果に注ぎ込んでいる。その腕前で、周囲からは "神" と呼ばれる存在に。

 柏手市子(かしわで・いちこ)は一人暮らしの専業主婦。夫はアメリカで不動産業を営んでいる。一人息子も成人・独立し、ネットを使った外国語会話教室を運営している(明が受講してるのもここ)。


 物語のきっかけは、「カープ・キャッチャー」のシステム。ここは、釣れた魚によってポイントが与えられ、景品と交換できる。
 最低の1ポイントでもらえる駄菓子「すごい棒」から、ポイントが増えるに従ってジュース・小物グッズ・電化製品と変化し、500ポイントを超えると各種ブランド品がもらえる。
 そして最高峰の1000ポイントでもらえる景品は、表面には何も記載がない謎の白い箱に入っている。

 アルバイトの明は、その中身が知りたいと思っているのだが、店主はどうしても教えてくれない。それを知った大洞は、なんとか娘の希望を叶えようとささやかな "陰謀" を巡らす。

 一方、明の方もトラブルに遭遇する。ネットでヒツギム語会話のレッスンを受けている最中、画面(PC)の向こうにいる講師の男性(ヒツギム人)が、突然乱入してきた一団(こちらもヒツギム人)に拉致される場面を目撃してしまったのだ。
 さらに、一味の一人がPCのカメラ越しに明の存在を知る。明は謎のヒツギム人一味に追われる身となってしまう・・・


 これ以外にもいくつものサブ・ストーリーがあるのだが、それらがみな「カープ・キャッチャー」を媒介につながっていく。

 本書の特徴は、登場人物の大半が「ダメ人間」であること。過去にトラウマがあったり性格に問題があったり自堕落な生活を送っていたり。それが何の因果か互いに関わりを持つことになり、紆余曲折の後、終盤ではなぜか力を合わせてひとつのことに立ち向かうことに。
 終わってみると、一人一人が劇的に変化するわけではないが、"事件" 以前よりはちょっぴり、半歩くらいは前進したかな、という結末を迎える。

 基本はコメディなので、あまり深く考えずに、頭を空っぽにして読むのが正解だろう。作中に出てくる "ヒツギム語" なるものが妙におかしいのもご愛敬。
 あと、タイトルの「サーモン・キャッチャー」の意味も。作中では「カープ」(鯉)なのに「サーモン」(鮭)とはこれいかに?
 この意味はラストに明らかになるんだが・・・これには思わず脱力すること間違いなし(笑)。


 なお、タイトルに「the Novel」とあるのは、小説版と映画版の企画が同時進行していたかららしい。巻末の解説では、映画の方は現在 ”鋭意制作中” とのことなので、近い将来、完成する・・・のかも知れない(笑)。



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監殺 [読書・冒険/サスペンス]


監殺 (角川文庫)

監殺 (角川文庫)

  • 作者: 古野 まほろ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/02/25
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 警察内部で行われた陰湿なパワハラで、優秀な警部が自殺する。そして、警察官の悪事を取り締まるべく集められた「監殺部隊」が動き出す。
 彼らによって、パワハラ事件の裏に隠された巨悪があぶり出される。そして、警部を死に追いやった者たちに、"処分" が下される・・・


 犯罪を犯した者は警察が取り締まる。では、警察官自身が犯罪を犯した場合、誰がそれを暴き、裁くのか?
 本書の基本コンセプトは、現代版 "必殺仕事人" だ。


 "不祥事のデパート" とも言われるB県警。不祥事防止を啓蒙すべく、県警内に巡回教養班(SG班)が設立された。しかしそれは表むき。
 SG班の真の姿は、凶悪犯罪に関わった悪徳警官を密かに "処分"(懲戒暗殺)する特殊部隊だったのだ。

 そこに集められたのは、
・運だけで昇進した(と思われている)中村文人(なかむら・ふみひと)警視
・『機動隊の狂犬』秦野鉄(はたの・てつ)警部
・電子諜報の達人・漆間雄二(うるしま・ゆうじ)警部
・カリスマホストを超える女たらし・後藤田秀(ごとうだ・ひで)巡査部長
・元六本木のNo.1キャバクラ嬢だった國松友梨(くにまつ・ゆり)巡査
 いずれも以前の所属部署でははみ出し者だった連中だが、この5人が各自の特殊技能を駆使し、悪人どもに鉄槌を下していくわけだ。

 「なかむら」「てつ」「ゆうじ」「ひで」・・・必殺シリーズのファンならば、この音の響きに ”あの仕事人たち” の顔を思い浮かべるだろう

 「第2章 監殺班、起動」では、さっそく彼らの鮮やかな "仕事" ぶりが披露されるのだが、メインのストーリーはその次から始まる。


 今回の "仕事" の依頼人は、7年前に自殺した神浜忍警部の未亡人。
 警備公安のエリートで、将来が嘱望されていた神浜は、畑違いの生活安全部に異動となる。たたき上げのベテラン揃いの中で新参者の神浜は孤立し、さらに壮絶なパワハラに晒されていった。

 神浜の事件の調査を始めたSG班は、そのパワハラの詳細を追っていく。その内容をいちいちここには書かない。本書は、文庫で約480ページほどあるのだが、神浜に対するパワハラ調査は「第3章」~「第5章」まで、およそ270ページにわたる。
 つまり本書の半分以上が、神浜へのパワハラの実態描写&調査に充てられているわけだ。だが・・・はっきり言って読んでいるのが辛くなってきて、何度も読むのを止めようかと思ったよ。
 その内容は、とにかく凄まじいの一言。よくもまあこんなにえげつない手段を次から次へと繰り出してくるものだと、驚かされる。

 これはフィクションなのか?
 それとも実際にある(あった)ことを題材に書いているのか?
 もちろん誇張はあるのだろうが、話半分、いや一割だって、とんでもない内容だ。警察官希望の若者が本書を読んだら、100人中99人が考え直すんじゃないかなぁ。

 そして、神浜へのパワハラには、その根底に巨大な "陰謀" が潜んでいたことが明らかになっていく。神浜は、その陰謀を実現するための人身御供だったのだ。


 とは言っても、”始末” するかどうかを決めるのはSG班ではない。
 "仕事" の前には "医局" と呼ばれる組織による審査が行われる。これは "裏公安委員会" とも呼ばれるもので、3人の "有識者" からなる。この3人が "処分" の最終決定を下すわけだ。
 そして、彼らの "裁定" を受けたSG班は、出動の時を迎える。
 「晴らせぬ恨みを晴らす」ために。


 冒頭に、本書は現代版 "必殺仕事人" だと書いた。それは基本的に間違ってはいないのだけど、1時間の枠で起承転結となるTVドラマと違って、本書は神浜へのパワハラシーンがかなり長く、かつものすごく重いので、TVドラマのような爽快感やカタルシスは感じにくいと思う。

 作者が元警察官のせいか、警察内部での陰湿なパワハラシーンが延々と、微に入り細をうがつような詳細さで描かれ、(物語として必要なプロセスなのはわかるのだけど)読者の不快感と怒りをどんどん煽っていく。
 このあたりが我慢できるかどうかが本書の評価になるかなぁ。あまりに辛くて、途中で読むのやめちゃう人、多そうな気がするんだけど。



タグ:サスペンス
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シャーロック・ホームズ対伊藤博文 [読書・冒険/サスペンス]


シャーロック・ホームズ対伊藤博文 (講談社文庫)

シャーロック・ホームズ対伊藤博文 (講談社文庫)

  • 作者: 松岡圭祐
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/06/16

評価:★★★★


 時に1891年(明治24年)。ホームズは宿敵モリアーティ教授をライヘンバッハの滝で葬った後、ヨーロッパを脱出した。大津事件でロシアとの間に緊張が高まっていた日本へ上陸したホームズは、枢密院議長・伊藤博文と協力してロシアの陰謀に立ち向かう。


 ホームズはスイス・ライヘンバッハの滝で宿敵モリアーティ教授とともに死んだと思われていたが、辛くも生還を果たしていた。しかし、生存が明るみに出ると教授に対する殺人罪に問われる可能性があった。そこでホームズの兄マイクロフトの手引きでヨーロッパを脱出、日本へと向かう。

 時に1891年(明治24年)。日本は大津事件に揺れていた。日本を訪問中のロシア帝国皇太子ニコライが、滋賀県の大津で警察官・津田三蔵に切りつけられて負傷したのだ。

 ロシアの武力報復を恐れた政府の圧力にもかかわらず、裁判では死刑を回避、津田には無期懲役の判決を下して、司法は独立を示した。

 意外にもロシアは裁判結果に対して寛容な態度を示し、賠償請求も武力報復も行わなかった・・・のだが、なぜか裁判の4ヶ月後になって9隻の軍艦を日本へ派遣し、事件を蒸し返すという強硬な態度へと豹変してしまった。

 まさにそんなとき、ホームズは日本へやってきた。

 ホームズは伊藤博文を訪ねることに。伊藤は28年前(当時22歳)にイギリスへ留学しており、そのとき少年だったホームズと知己を得ていたのだ。
 再会した伊藤は50歳。初代内閣総理大臣を辞し、枢密院(天皇の諮問機関)議長を務めていた。

 ホームズは伊藤とともに、ロシアが翻意した理由を探るべく調査を開始しするが、そこには意外な陰謀が潜んでいた・・・


 ホームズ譚の「最後の事件」と「空き家の冒険」の間の、"3年間の空白" の時期にホームズが遭遇した事件、という設定だ。

 ”明治の元勲” と呼ばれた伊藤博文でも、相手はなんといってもエキセントリックなホームズさん。いいように引っ張り回されて、てんてこ舞い。もっぱらワトソン役を務めることになる。
 とはいっても、伊藤は元気いっぱい。当時の50歳と云えばもう隠居する年頃なのだろうが、政府の仕事も現役バリバリでやってる。
 家に帰れば奥方と可愛い娘さんも2人いるのに、女遊びも現役バリバリ(おいおい)。

 本書はメインキャラがおっさんばかり(笑)なので、伊藤家のお嬢さんたちの登場シーンは一服の清涼剤。イギリスからやってきた謎の紳士に興味津々な様子が微笑ましい。

 タイトルに堂々と謳ってあるとおり、伊藤自身もワトソン役に甘んじてない。かつての留学仲間で、こちらも政府の重鎮となっている井上馨(いのうえ・かおる)とともに、一般庶民に扮して聞き込みに出かけるなど活動的。
 老いたりとはいえ、維新の激動をくぐり抜けてきた歴戦の勇士。終盤のアクションシーンでも、流石の大活躍を見せる。

 伊藤の行動の根底には、日本を一日も早く列強と対抗できる国にしたい、という想いがある。2年前の1889年(明治22年)には大日本帝国憲法制定(明治憲法)にも関わった人だし。「法治国家」を実現し、欧米から "一人前の国" として扱ってもらえるようにすべく、粉骨砕身の日々だ。
 そのためにも、ロシアとの関係悪化は避けたい。彼の国が本気になれば、日本はひとたまりもないだろう。

 ホームズと伊藤が突き止めたのは、大津事件の意外な真相であり、それに関わるロシア皇室の秘密。このあたりは、歴史ミステリとしても、とてもよくできていて面白い。


 ホームズが「最後の事件」以後の "空白の3年間" に何をしていたのかは、断片的には語られているのだけど、読者が想像の翼を広げる余地はたくさんある。
 作者はコナン・ドイルの "原典" の隙間を、日本を舞台に埋めてみせた。とても楽しい作品になっていると思う。ホームズのファンなら読んで損はないんじゃないかな。



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探偵は追憶を描かない [読書・冒険/サスペンス]


探偵は追憶を描かない (ハヤカワ文庫 JA モ 5-10)

探偵は追憶を描かない (ハヤカワ文庫 JA モ 5-10)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/05/18
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 売れない画家・濱松蒼(はままつ・あお)は、姿を消した恋人・フオンを追って故郷の浜松へ戻ってきた。
 12年前、高校生だった蒼は女優・石溝光代(いしみぞ・みつよ)の肖像画を描いたが、今になってその絵を追う組織が現れる。彼らの目的は不明だが、蒼もまたその騒動に巻き込まれていく。
 浜松を舞台にしたハードボイルド・シリーズ第2巻。


 自ら姿を消した恋人・フオンを追って浜松に戻った蒼は、友人の小吹蘭人(おぶき・らんと)の家に居候していた。蘭人の父親は暴力団小吹組の組長だが、蘭人自身は堅気でアロマテラピストを生業にしている。

 浜松出身の女優・石溝光代のデビューは40年以上前。以後十数年に渡って売れっ子であり続けたが、実力の割に評価されず、賞とは無縁であった。
 30年前にスキャンダルを起こして表舞台からは去ったが、地元浜松で大衆演劇の一人芝居に活路を見いだし、いわゆるローカルタレントとして生きてきた。
 そんな彼女も70歳を超え、浜松で行われる大衆演劇祭を目前に世を去った。

 そしてその一週間後、蒼は医師の澤本亮平から奇妙な依頼を受ける。12年前に蒼が描いた石溝光代の肖像画を探してほしい、高値で買い取るから、という。
 当時高校生だった蒼は父親に連れられて大衆演劇祭へ行き、そこで石溝光代に引き合わされ、その場で肖像画を描いたのだった。

 高額の報酬を示されて引き受けるが、絵を探し始めた蒼の前に、ガラの悪い男たちが現れる。静岡で小吹組と勢力を二分する暴力団である篠束(しのづか)組が動いているらしい。

 蒼は舘山寺(かんざんじ:浜名湖畔の観光地)に向かう。そこには大衆演劇祭の会場となっている〈舘山寺アコーホテル〉があった。そして、12年前に蒼が光代の肖像画を描いたのもそのホテルであった・・・


 石溝光代の肖像画をめぐる、一種の "宝探し" の物語。蒼の絵自体にはさほど価値はないが(笑)、しかしその絵の存在自体に何らかの意味があるらしい。

 そして、それを取り巻く様々な登場人物たちがまた訳ありそうなのばかり。

 かつて光代のマネージャーを務めていた鈴木は、彼女から「ピンハネ野郎」と呼ばれていたらしく、胡散臭い男だ。
 光代が結婚した相手の連れ子・邦義(くによし)は、南米在住のはずなのだが、日本に帰ってきて、何か画策しているようだ。
 彼女の実子・光輝(みつき)は高校教師をしているが、教え子を監禁した容疑で逮捕・拘留中(おいおい)。もっとも彼自身は「自分はどんなときも高校教師としての自己を全うしている」と語るのみで、何か事情がある様子。
 そして〈舘山寺アコーホテル〉のオーナー・赤河瀬莉亜(あこう・せりあ)は、かつてフオンとも関わりのあった女性で、中盤以降のストーリーのキーパーソンとなる。


 前作は "人捜し" だったが、今回は "モノ探し"。それも自分が描いた絵を自分が探すという、奇妙というか間抜けというか(笑)。
 そして、事件を通して明らかになるのは、一人の女優の生きた "軌跡" と、彼女が残した "波紋" の大きさだ。

 ラストで、蒼は絵に対する情熱を取り戻し始めたように見える。シリーズがこれからも続くのなら、いつかフオンとの再会も描かれるのだろう。



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黄金の指紋 [読書・冒険/サスペンス]


黄金の指紋 (角川文庫)

黄金の指紋 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/07/21
  • メディア: 文庫

評価:★★★


横溝正史復刊シリーズ、ジュブナイルものの一編。
"体はゴリラ、頭脳は人間" のモンスター・怪獣男爵が三度目の登場、謎を秘めた黄金の燭台を巡って金田一耕助と対決する!


 中学2年生の野々村邦雄(ののむら・くにお)は、夏休みを利用して伯父のもとへ遊びに来ていた。そこは瀬戸内海に面する岡山県の児島半島にある町・下津田。
 ある夜、下津田を嵐が襲い、沖合で汽船が難破してしまう。町民たちが救助活動を始める中、邦雄は岩場で若い男を発見する。難破船から流れ着いた遭難者かと思われたが、胸部をピストルで撃たれて重傷を負っていた。彼は邦雄に黒い箱を託し、こう告げる。
 「東京に帰ったら・・・これを金田一耕助という人に渡してくれ・・・」

 箱の中身は、紫ダイヤを組み込んだ黄金の燭台だった。そして火皿のところには指紋がひとつ、黄金の地肌に "焼き付け" られていた。

 船が難破した夜から、邦雄の周囲には怪しげな男女たちが姿を見せ始める。いずれも、あの青年の行方を追い、黄金の燭台を狙っているらしい。
 一刻も早く東京へ向かうべく、新幹線に乗り込んだ邦雄だったが、車中で乗り合わせた美女の奸計にはまり、燭台が入ったバッグを奪われてしまう。

 燭台を奪った賊は神戸の酒場にやってくる。ところがそこには既に、変装した金田一耕助が潜んでいた。
 酒場の奥は賊のアジトになっており、そこには邦雄と同年代の少女が囚われていた。彼女は玉虫元伯爵の孫娘・小夜子。黄金の燭台は彼女の両親が遺したものであり、玉虫家に連なる彼女の身元を示す、唯一の証拠であったのだ。
 黄金の燭台の争奪を巡り、全編にわたって冒険活劇が繰り広げられていく。


 今回の主人公・邦雄少年はいままでのジュブナイルものの主役とはひと味違う。頭の回転が速くて機転が利き、実行力も充分。
 新幹線の中で燭台を入れたバッグを奪われてしまうのだが、彼は狙われることを想定しており、”ある方法” を使って燭台の無事を確保してみせる。これはスゴい。

 金田一耕助も、ジュブナイルものでは華やかに活躍する。変装して敵のアジトび潜入するのはもちろん、ピストルを持って悪漢と対決したりと熱血キャラぶりを見せる。

 今作の特徴は、燭台を狙う悪人が複数いること。それぞれ異なる思惑をもって争奪戦を繰り広げるのだけど、そのグループのひとつを率いるのが怪獣男爵だ。

 前作『大迷宮』の記事で「怪獣男爵のキャラが強烈すぎて、さすがの横溝正史も持て余してるのではないか」みたいなことを書いたのだけど、横溝自身もそれは感じてたのかも知れない。
 なぜなら、今作の怪獣男爵は実にアグレッシブ(笑)で、露出も多いし台詞も多くなっている。衆人環視の中で姿を見せたり、警官隊の前からゆうゆうと逃亡してみせたりと、パフォーマンスも派手になってる。
 終盤では隅田川に浮かぶ船上で金田一耕助と2人(1人と1頭?)だけで対決したりと、前作とは桁違いに存在感がアップしている。
 「持て余してる」なんてとんでもなかったですね。巨匠の "本気" を見せていただきました(笑)。



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銀色の国 [読書・冒険/サスペンス]


銀色の国 (創元推理文庫)

銀色の国 (創元推理文庫)

  • 作者: 逸木 裕
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2023/02/20




  • 評価:★★★☆


 自殺対策NPO法人で働く田宮晃佑(たみや・こうすけ)のもとに、かつての相談者が自殺したという連絡が入る。「何者かによって死に誘導されたのではないか?」疑念を抱いた晃佑は調査を始め、やがてSNS上の自助グループ〈銀色の国〉の存在を知る・・・


 まず「プロローグ」では、小林詩織という女性が、あるトラブルに巻き込まれるエピソードが語られる。
 つづく本編では、2人の人物を中心に据えたストーリーが語られる。

 NPO法人〈レーテ〉は自殺対策を目的に田宮晃佑が設立した。死につながるような悩みを持つ人との面談や、自殺対策の講演などを主な業務にしている。しかしすべての自殺を止めることなど不可能なこと。晃佑は、相談者が死ぬたびに未だ深い無力感を感じる日々だ。

 そんなとき、かつて相談者だった市川博之が自殺したとの連絡が入る。晃佑の働きかけによって立ち直ったはずで、遺族も原因がわからないという。
 遺品の中にはVRゴーグルがあった。無くなる前の博之は、異様なほどVRにのめり込んでいたという。晃佑は、博之が何らかの方法で死へ誘導されたのではないかとの疑念を持ち、友人のゲームクリエイターの城間宙(しろま・ちゅう)とともに調査を始める・・・

 もう一人の主人公は浪人生・外丸(とまる)くるみ。交際相手に裏切られ、入試にも失敗、母が病死したことがきっかけで家庭も崩壊している。SNSへも、死をほのめかすような投稿を繰り返している。
 そんなとき、彼女のフォロワーの一人から、自助グループ〈銀色の国〉への参加を誘われる。興味を抱いたくるみは、〈銀色の国〉に参加するためのアイテムを受け取ることに。それはVRゴーグルだった。
 参加者はアバターとなって、他の参加者たちと交流したりゲームをする。それが〈銀色の国〉だった。自分を肯定してくれる〈銀色の国〉に居場所を見いだしたくるみは、辛い現実から目を背けるようになっていく・・・


 この2人のパートが交互に語られていき、中盤にさしかかると「プロローグ」で登場した小林詩織が再び姿を現す・・・のだが、読者は彼女がここでトンデモナイ状況におかれていることを知る。
 どうドンデモナイのかは書かないが、これほどまでの "悪意" に翻弄される状況というのは、希有だろうと思う。心は痛むし胸は悪くなるし、先を読み進めるのが辛くなるのだが・・・

 そして後半に入ると、晃佑とくるみのパートが絡み合いだしていく。〈銀色の国〉が実は自殺誘導サイトであり、近い将来、参加者たちを集団自殺に追い込もうとしているのではないか? しかし晃佑の危惧は周囲に理解されず、孤軍奮闘を強いられてしまう・・・


 脇役陣の描写もいい。理想を追う晃佑に対し、同僚の井口美弥子(いぐち・みやこ)は「止められない自殺は、どうしたって止められない」と言い切る、徹底的なリアリスト。
 晃佑の協力者となる城間宙は、過去に起きた "あるスキャンダル" で、ゲーム業界からは "追放" された身の上。
 しかし、この2人もひたむきな晃佑の行動によって変化を受けていく。


 終盤では、迫り来る集団自殺を阻止すべく、〈銀色の国〉の "主催者" を突き止めようというタイムリミット・サスペンスの様相を呈してくる。
 "犯人当て" ではないのだが、序盤から登場しているある人物が後半のキーパーソンになっていたり、 "主催者" の居所を突き止めるための伏線が張ってあったりと、ミステリ的な構成はしっかり組み込まれている。


 くるみに代表されるような、自己肯定感が持てず、自分の存在意義を感じられない人々の苦悩もじっくり描かれている。じっくり過ぎて、読んでいる方が気分が落ち込んでいくほどなのだが、作者が用意したラストには、希望の萌芽がしっかり描かれており、ちょっとほっとした気分で本を閉じられる。



タグ:サスペンス
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ゲーム・メーカー 沈黙の侵略者 [読書・冒険/サスペンス]


ゲーム・メーカー 沈黙の侵略者 (角川文庫)

ゲーム・メーカー 沈黙の侵略者 (角川文庫)

  • 作者: 池上 司
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/09/21
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 東京湾浦賀水道で大型商船2隻が爆発・炎上。現地へ向かった自衛隊の対潜哨戒機も撃墜されてしまう。爆発の原因は、謎のテロ集団によって敷設された大量の機雷と判明、海上自衛隊第一掃海隊群に出動命令が下る。
 その司令官は、かつて湾岸戦争で機雷掃海作業を指揮した奥寺1佐。しかしテロ集団のリーダーもまた、湾岸戦争当時に奥寺と "轡を並べて戦った" 人物だった。互いに相手の手の内を知る、2人の男の戦いが始まる・・・


 冒頭60ページほどは、"テロ集団" の背景が描かれる。先進国に対するテロというと思想的な背景がありそうに思うが。本書での "彼ら" にはそういうものはない。

 スポンサーとなる組織の目的は、純粋な金儲けである。なんでテロ行為がでそんなことで可能になるのか、その答えはいわゆる "マネーゲーム" である。このへんは "今風" だね。

 東京湾を封鎖し、日本を経済的な窮地に追い込むことによって、まあ云ってみれば "風が吹けば桶屋が儲かる" 的な理由で巨額な "儲け" が手に入る。まさに "ビジネスとしてのテロ行為"。だから実働部隊の主体も傭兵である。

 そのリーダーとなり、具体的な機雷の選定と敷設、そして現地での作戦を指揮するのは、かつて湾岸戦争に参加した英国海軍の元中尉ジェフリー・スコット。
 彼もまた、切実な理由で大量の資金を必要としており(そのあたりの事情も語られる)そのために今回の計画に加わっていた。


 ジェフリーの指揮の下、密かに敷設された大量の機雷により、浦賀水道を航行していた2隻の大型商船が爆発・炎上。現場に向かった3機の対潜哨戒機P-1も、地対空ミサイル『アドバンスト・スティンガー』によってすべて撃墜されてしまう。既に東京湾に臨む三浦半島と房総半島には、スコット率いる傭兵部隊が潜伏していたのだ。


 東京湾が封鎖されると、その影響は計り知れない。京浜・京葉工業地帯への物流がストップするだけではない。電力に限ってみても、東京電力は停止している原発の穴埋めとして東京湾岸にある火力発電所を稼働させている。これらを賄う石油・天然ガスが枯渇すれば首都圏は大規模な停電に見舞われてしまう。
 また、横須賀に寄港している米軍の空母打撃部隊は出撃が不可能になる。米軍は東アジアにおける軍事プレゼンスを喪い、世界情勢の不安定要因となってしまう。


 非常事態に対処することになった自衛隊は、苦戦を強いられる。テロ部隊を地上戦で制圧しようとするが、航空支援ができず、人口密集地なので大規模は戦闘はできず、武器使用にも制限がかかる。
 機雷除去に向かった掃海部隊の第一陣も、ジェフリーが仕掛けた用意周到な罠によって大損害を受けてしまう。


 海上自衛隊の奥寺2佐は、かつて湾岸戦争を経験した "機雷除去のスペシャリスト"。英海軍中尉だったジェフリーとともに死地を経験した仲だった。
 定年退職まであと1ヶ月と迫っていたが、岡本海将補による抜擢で1佐に昇進、掃海隊群の司令となってテロ事件に対処することに。

 ジェフリーはもちろん自衛隊に奥寺がいることは承知しており、やがて彼が自分の前に立ちはだかることを予期している。
 奥寺もまた、テロ集団が兵器としての機雷の運用に精通していることから、ジェフリーの存在を感じ取っていく・・・

 2人が相手の手の内を読み合う展開も読みどころではあるのだが、彼ら以外にも多くの人物が登場する群像劇となっており、異なる立場、異なる配置にいる様々な人物の葛藤や決断もまた描かれる。
 文庫で470ページと大部だが、緊張が途切れることなく読者を最後まで引っ張っていく。


 本書の特色として、機雷に関する膨大な蘊蓄が語られていることがある。

 機雷と云えば、水中に浮かんでいて何かと接触すると爆発する、くらいのざっくりとしたイメージしか私にはなかったのだけど、実は様々な種類が存在していることに驚く。

 潜んでいるのも水中に限らない。海底のヘドロの中に沈んで待ち構えるものもある。起爆の原因も物理的接触だけに限らず、音や振動、中には電磁波がトリガーになったり。さらには、船舶の推進音の "音紋" を聞き分けるものまである。つまり、特定の船舶を狙って爆発させるというハイテク化したものまであるわけで、これはびっくりである。

 太平洋戦争当時、日本近海には無数の機雷が設置されたことで海運がほぼ途絶し、資源のない日本は原爆の投下がなくても降伏は時間の問題だったという。そういう意味では核兵器に匹敵する "戦略兵器" でもあるわけだ。

 しかも、機雷に限らず爆発物の除去には、設置の時とは桁違いの手間と時間(と費用)が必要になるわけで「仕掛ける側に圧倒的なアドバンテージがある」という作中の言葉は重い。


 作者は1996年に『雷撃震度一九・五』という潜水艦ものの名作でデビューした人なのだが、2020年に交通事故でご逝去されたとのこと。まだ60歳だったという。
 ご存命ならまだまだ多くの著作を遺されたことと思う。とても残念です。
 合掌。



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梟の一族 [読書・冒険/サスペンス]


梟の一族 (集英社文庫)

梟の一族 (集英社文庫)

  • 作者: 福田和代
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2022/04/07

評価:★★★


 常人を超えた身体能力をもつ梟(ふくろう)の一族。彼らがひっそりと暮らす山中の集落が何者かに襲撃され、住人はいずこかへ連れ去られてしまう。唯一、難を逃れた少女・榊史奈(さかき・ふみな)は一族の奪還と事態の真相を究明するべく、”敵” の正体を探っていく・・・


 〈梟〉と呼ばれる民がいた。常人を超える身体能力に加え、一切の睡眠を必要としない特殊な体質をもつ彼らは、太古の時代からさまざまな勢力に仕え、歴史の中で大きな役割を果たしてきた。いわゆる "忍者" にも、多くの人材を供給してきたらしい。

 彼らは滋賀県の山中の集落に暮らしてきたが、現代になってからは、多くの者が "一般人" との婚姻を機に集落を去り、今では10名あまりが暮らすだけ。
 主人公・榊史奈は16歳。集落で最後の十代の若者だ。〈梟〉の〈ツキ〉(長)を務める祖母とともに暮らしている。

 ある夜、集落を謎の一団が襲撃、1人が殺され、残りの者はすべてどこかへ連れ去られてしまう。

 祖母の機転で唯一難を逃れた史奈の前に現れたのは、長栖(ながす)諒一・容子の兄妹。2人は、12年前に一家そろって集落を出ていた。長栖家も襲われ、父親(一般人)は負傷、母親(〈梟〉出身)は拉致されたのだという。

 史奈は2人とともに東京へ向かい、連れ去られた一族の奪還を目指して行動を始めることになる・・・

 このあと、史奈には様々なイベントが起こる。
 父親との再会、失踪した母親の探索、そして集落を襲った集団の背後には「郷原(さとはら)感染症研究所」という組織があることを知る。
 史奈は一族奪還のために研究所に潜入することになるのだが、そこでは意外な展開が待っていた・・・


 どうも私のような昭和脳(笑)の人間は、こういう設定をみるとどうしても往年の少年マンガや、平井和正のハードアクションSFを連想してしまう。
 〈梟〉の一族をさらったのは、その秘密を分析し、"眠らない兵士" を創り出そうとする陰謀があるのではないか、とか。襲ってきた集団も、自衛隊や在日米軍の特殊部隊、あるいは外国(中・ロ・北朝鮮)の諜報部隊じゃないか、とか(おいおい)。
 戦闘シーンでも、史奈さんは最新科学機器に身を固めた突撃兵をも身一つで次々に無力化していってしまうほど超絶な技を見せるんじゃないか(えーっ)とか、いろいろ妄想が暴走してしまう(笑)。

 しかし残念ながら、そんな派手な展開にはならず、至って現実的なルートに乗ってストーリーは進行する。戦闘、というか格闘シーンもなくはないが比較的穏当なものだ。

 リアリティという面では順当なのだろうけど、私からすればちょいと物足りないんだなぁ。
 まあ、昭和脳のわがままな老害ジジイが、勝手な妄想を抱いて文句を垂れてるだけです。作者さんゴメンナサイ。
 うーん、「昭和は遠くになりにけり」ということですね(おいおい)。


 〈梟〉の一族がもつ力の源泉は何なのか、というのもテーマの一つ。さらには、超常の力と引き換えの "宿命" みたいなものも描かれ、サイエンス・ミステリ的な側面も持つ。

 ラストでは、物語にいちおうの幕引きがなされるのだけど、その気になれば続編が作れなくもない形。
 私としては、もうちょっとアクション増し増しの続きが読みたいんだけど、無理ですかねぇ・・・



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