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密室と奇蹟 J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー [読書・ミステリ]

密室と奇蹟 (J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー) (創元推理文庫)

密室と奇蹟 (J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー) (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/08/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

密室と不可能犯罪の巨匠ジョン・ディクスン・カーは1906年生まれ。
その生誕100周年を記念して2006年に刊行されたアンソロジー。

人気ミステリ作家は数多くいるだろうが、周年記念行事で
現役作家のアンソロジーが組まれるような人はそう多くなかろう。

「ジョン・ディクスン・カー氏、ギディオン・フェル博士に会う」芦辺拓
第二次大戦下の1943年、BBCではディクスン・カーの脚本による
ラジオドラマ・ミステリ「恐怖との契約」が制作されていた。
その生放送に立ち会うためにスタジオを訪れたカーだったが
ラジオドラマに出演する女優ルイーズが直前になって失踪してしまう。
カーは急遽、シナリオを書き直して対応するが・・・
当初の予定と異なるミステリ・ドラマの解決編と、
女優失踪事件の真相と、二つの事件を見事に
(ドラマの方はかなり強引な辻褄合わせで)
着地させるカーの機転と推理が描かれる。
終盤には2つのハプニングが起こるが、これは読んでのお楽しみだろう。

「少年バンコラン! 夜歩く犬」桜庭一樹
パリの予審判事アンリ・バンコランといえば、一筋縄ではいかない
ひねくれた性格のキャラ(スミマセン、勝手な思い込みです)なのだが
そんな彼も、生まれたときからオジさんだったわけではないので
タイトル通り17歳のバンコランが活躍する物語。
アンリ少年の姉アロワイヨは、パリ市内モンマルトルにある
キャバレー〈ムーラン・ルージュ〉で踊り子を務めている。
その日のショーの終了後、〈ムーラン・ルージュ〉の
敷地内にある塔〈子豚のお腹〉内の一室で死体が発見される。
遺体は踊り子の一人で、頭部を切断されて持ち去られていた・・・
アンリ少年は、現場に現れた警官に上から目線で講釈を垂れるなど
まさに ”栴檀は双葉より芳し”(笑)。

「忠臣蔵の密室」田中啓文
日本史上最大にして最も有名な仇討ち、『忠臣蔵』。
赤穂藩主浅野内匠頭の江戸城内での刃傷事件に端を発するこの事件は
吉良上野介の江戸屋敷に大石内蔵助率いる47人の赤穂浪士が討ち入って
吉良の首を挙げるのがクライマックスになるのだが・・・
討ち入った浪士たちから逃げ出した吉良上野介は
敷地内の炭小屋で発見されるが、浪士たちが踏み込んだとき
すでに上野介は事切れていた。しかも、
炭小屋の周囲には雪が積もっていて、出入りした者の足跡はない・・・
内蔵助の妻だった(事前に離縁されたので)りくが、
息子・大石主税から受け取った手紙をきっかけに
上野介殺害の ”雪の密室” 事件の真相を推理する・・・という
純然たるミステリで、それで終わればきれいにまとまるモノを
最後の2ページで、ああ・・・
この作者は、こういうのを止められないんだよねぇ。

「鉄路に消えた断頭吏」加賀美雅之
ロンドン発リンカーン行きの夜行列車『青い流星』号に乗り込んだ
フェル博士は、車内でロンドン警視庁のハドリィ警視と出くわす。
宝石密輸団の幹部・ジャクリーンを尾行しているのだという。
しかし彼女は、特等車の2号個室内で殺害されてしまう。
現場は内部から施錠されていて、犯人らしき人物も目撃されるが
衆人環視の状況で車内から姿を消してしまった・・・
文庫で50ページほどだが、密室の謎、犯人蒸発の謎、
そして意外な人物の出現と盛りだくさんでサービスたっぷり。
最後の最後、さらにもう一つサプライズが。
作者が2013年に54歳で早世してしまったのが悔やまれる。
カー好きの人にとっては、堪らない作品を書く人だったのに。

「ロイス殺し」小林泰三
ある酒場で、ゴーダンという男の昔語りが始まる。
ゴーダンはカナダの奥地にある村で育ったが、
村人たちの鼻つまみ者だったロイスが
ゴーダンの幼馴染み・マリーを殺して村から逃亡してしまう。
ロイスへの復讐を誓ったゴーダンもまた彼を追って村を出る。
彼の話の最後は、酒場の2階で起こった自殺騒ぎに行き着くのだが・・・
死んだはずのマリーが、ゴーダンの意識の中にときおり現れるなど
ホラーな雰囲気で進行するが、最後は本格ミステリとして着地する。

「幽霊トンネルの怪」鳥飼否宇
21歳の遊び人・隆一(りゅういち)と高校生の仁美(ひとみ)は、
山の麓にある ”幽霊トンネル” と噂される場所へ夜のドライブに行った。
長いトンネルの中、目の前を走っていた黒いベンツに追いつき、
そのまま走っていたが、トンネル内のカーブを曲がったところで
突如ベンツの姿が消えてしまう。そして驚く2人の後ろに、
消えたはずのベンツが突然現れた。
2人からの通報を受けた綾鹿(あやか)署交通課は、1年前に
”幽霊トンネル” 近くで起きた轢き逃げ事件で死亡した峰岸友恵が
仁美の従姉妹だったことを知るが・・・
捜査に当たる綾鹿署交通課の設定が楽しい。
警察内では密かに ”D3課” と呼ばれてるとか、
佐々井弥生巡査部長が ”マーチ大佐” と呼ばれてるとか。
理由はここには書けません。セクハラですから(笑)。

「亡霊館の殺人」二階堂黎人
ロンドン郊外に建つ〈亡霊館〉という館では、
10年前に不可解な殺人事件が起こっていた。
雪の降る中、門から屋敷の玄関に向かう途中の宝石商が
ナイフで刺し殺されたのだ。遺体の周囲の雪には足跡は無く、
殺人の瞬間を目撃した医師も周囲には誰もいなかったと証言した。
そして10年。新聞社の駐在員ホレスは、恋人のアリスが
過去の恋愛絡みで霊媒師ワレムから恐喝を受けていることを知る。
ホレスは、ワレムが〈亡霊館〉で降霊会を開くことを知って
〈亡霊館〉を訪れるが、霊媒師は舞踏室の中で刺殺体となっていた。
舞踏室の窓は内側から施錠され、ドアの周囲には
内側からテープが貼られるという強固な密室状態だった・・・
ヘンリ・メリヴェール卿(H・M)の推理が冴える一編。
これはもう正統派のパスティーシュというか
カーの未発表短篇だったと言われたらちょっと信じてしまいそう。
まぁ、読んでみると文体が翻訳調でなかったりするので
日本人の手になるものだとは分かるが、
それでもカーの雰囲気は十分に再現されてるだろう。


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