SSブログ

恋牡丹 / 雪旅籠 (その2) [読書・ミステリ]


「その1」からの続き。

北町奉行所同心・戸田惣左衛門(そうざえもん)と
その嫡男・清之介(せいのすけ)の、
およそ24年ほどにわたる親子二代の同心人生を
短編集2冊、合計12編の連作短篇ミステリの形で描いていくシリーズ。
(恋)は『恋牡丹』収録作、(雪)は『雪旅籠』収録作。

(雪)「出養生」
花魁・牡丹は足の怪我のために吉原を離れて養生をしていたが
新年を迎えて28歳となり、年季明けとなる。
遊女の身分から離れて自由の身となり、名も本来の ”お糸” に戻った。
彼女を訪ねていった惣左衛門は、隣家で何か騒ぎが起こったことに気づく。
そこでは遊女・浮舟が養生していたが、踏み込んだ惣左衛門が見たのは
大量の血の海、しかも浮舟の姿はない。
周囲は雪で覆われ、唯一の足跡は玄関から外へ続くものだけ。
しかしそこに佇んでいた2人の侍は、誰も通ってはいないと言う。
やがて近くの地蔵堂で浮舟の死体が見つかるが・・・
今回もお糸の推理が冴え渡る。死体移動のトリックはなかなか大胆。
2人の侍の証言の理由は、海外の古典的な某短篇ミステリを思い出す。

(恋)「恋牡丹」
惣左衛門は嫡男・清之介に家督を譲って隠居し、
同時にお糸を後添えに迎えて悠々自適の生活に入った。
新米同心として勤め始めた清之介は、生駒屋の隠居・徳右衛門殺害の
担当となり、現場に若い娘が出入りしていたとの証言を得る。
その人相風体から、娘は徳右衛門の孫・おみきと思われたが
犯行時刻に彼女は芝居見物に出かけており、
そこには清之介も居合わせて、その姿を目撃していた。
おみきの ”アリバイ崩し” に奔走する清之介だったが、その目論見は
ことごとく潰えてしまい、窮した清之介は職を辞することまで考えるが。
今回も事件の真相を見抜き、清之介を窮地から救い出すと同時に
”進むべき道” を示して厳しく諭すお糸さんが、たまらなくいい。

(雪)「雪旅籠」
清之介は、傷害事件の下手人を捕縛するため内藤新宿まで出張るが、
そこで小間物商の兼八(かねはち)と再会する。
これから甲州に向かうという兼八を見送るが、
その彼を追う不審な男女を見つけ、清之介もまた尾行を開始する。
その夜は清之介も兼八も不審な男女も同じ旅籠に泊まることになり
男女は二人連れではなく、それぞれ商家の手代・利平(りへい)と
太神楽(芸人)のおふさという名であることを知る。
清之介は兼八と共に宿の離れに泊まるが、
その夜、兼八が何者かに刺し殺されてしまう。
離れの出入り口は内側から心張り棒が噛ましてあり、
しかも周囲は折からの降雪で、出入りした足跡は無い。
兼八殺害の容疑をかけられた清之介は、お糸に救いを求めるのだが・・・
親子揃って同じような窮地に陥ったことに呆れながらも
お糸はまたもや快刀乱麻を断つ推理で真相を暴き出す。
複数のトリックの合わせ技の妙、というところか。

(雪)「天狗松」
目黒の厳光寺の境内に無断で寝泊まりしている男が
お尋ね者の青吉(あおきち)であるとの情報がもたらされた。
清之介は同僚の西村孫太夫(まごだゆう)と共に捕縛に向かう。
しかし青吉は追っ手を振り切って寺を逃げ出して
誰の目にも触れずに、天狗に掠われたかのように姿を消してしまう。
しかし5日後、青吉の死体が発見される。
胸に刺さった匕首(あいくち・短剣)が致命傷だが、手には竹光を握り、
懐には弾丸が装填済みの短銃があった。
銃を持っていた青吉はなぜ竹光で犯人に立ち向かったのか・・・
お糸は奇妙な死体の状況を合理的に説明する真相を導き出す。
犯人が最後に取る行動は、限りなく哀しい。

(恋)「雨上り」
清之介は幼馴染みの加絵(かえ)を嫁に迎え、嫡男・惣太郎も生まれた。
しかし、生来朗らかだったはずの加絵は嫁いできた頃から
めっきり口数が減ってしまい、清之介はいささか持て余していた。
慶応4年(1868年)、彰義隊が官軍との戦闘に負けて壊滅、
町奉行所も新政府の管理下に置かれることになる。
そんなとき、両国の茶屋・鶴屋で騒ぎが起こる。
茶汲み女のお吉(よし)と大工の音松の間で諍いになり、
弾みでお吉は音松を死なせてしまったのだが、清之介の調べに対し
お吉はなぜか、頑として諍いの理由を話そうとしない。
一方、惣左衛門とお糸は騒乱の江戸を離れ、
二人で参州(愛知県)の岡崎へ移住することを決めてしまう。
頼みの綱のお糸と、精神的な支柱であった父がいなくなることに
絶望する清之介だったが、お吉の心情を推し量って
謎解きをしてみせたのは、意外にも加絵であった・・・

父もお糸も去り、幕府も倒れて同心の身分さえどうなるか分からない。
先の見えない不安に押しつぶされそうになる清之介だが、
加絵の言葉に後押しをされ、本作のラストである決心をする。
一足先に ”子離れ” を遂げた惣左衛門に続き、
”親離れ”、そして精神的な ”独り立ち” を果たす清之介が描かれる。

(雪)「夕間暮」
岡崎藩内の勤王派と佐幕派の対立に巻き込まれ、
藩士・長尾半兵衛は文字通り ”詰め腹を切らされる” ことになる。
しかし切腹を控えた前夜、半兵衛は何者かに殺害されてしまう。
彼の妻子は屋敷に侵入した曲者による仕業と証言するが
それを伝え聞いた惣左衛門はその内容に不審なものを感じる。
意見を求められたお糸は、半兵衛の死に潜む事情を解き明かす・・・
岡崎で余生を過ごす惣左衛門とお糸の、最後の事件が綴られる。

ラストシーンはシリーズ全編のエピローグとなっている。

時代小説ながら、密室殺人、衆人環視状況下の人間消失、
姿なき犯人など不可能犯罪を扱った作品が多く、
どれもミステリ的なガジェットがしっかり盛り込まれている。

中にはちょっと無理があるかなぁと感じられたり、
書き込みが足りないかなあ、と思わせるものあるが
(特に『雪旅籠』収録作は文庫で40ページ弱と短いせいだろうが)
それを差し引いても、登場人物の心情描写は深い余韻を残す。

特にお糸(牡丹)のキャラが抜群にいい。
幼くして苦界に身を沈めざるを得なかったにもかかわらず、
凜として生きている姿がたまらなくいい。
夫となった惣左衛門を愛するのはもちろんだが
義理の息子となった清之介へ対しても、時には厳しい言葉もかけるが
その裏には彼の成長を願う温かさがある。

『恋牡丹』を読んだ人は、きっと
『雪旅籠』にも手を伸ばしたくなるだろうし、逆もまた同様だろう。


nice!(3)  コメント(3) 
共通テーマ: