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密室と奇蹟 J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー [読書・ミステリ]

密室と奇蹟 (J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー) (創元推理文庫)

密室と奇蹟 (J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー) (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/08/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

密室と不可能犯罪の巨匠ジョン・ディクスン・カーは1906年生まれ。
その生誕100周年を記念して2006年に刊行されたアンソロジー。

人気ミステリ作家は数多くいるだろうが、周年記念行事で
現役作家のアンソロジーが組まれるような人はそう多くなかろう。

「ジョン・ディクスン・カー氏、ギディオン・フェル博士に会う」芦辺拓
第二次大戦下の1943年、BBCではディクスン・カーの脚本による
ラジオドラマ・ミステリ「恐怖との契約」が制作されていた。
その生放送に立ち会うためにスタジオを訪れたカーだったが
ラジオドラマに出演する女優ルイーズが直前になって失踪してしまう。
カーは急遽、シナリオを書き直して対応するが・・・
当初の予定と異なるミステリ・ドラマの解決編と、
女優失踪事件の真相と、二つの事件を見事に
(ドラマの方はかなり強引な辻褄合わせで)
着地させるカーの機転と推理が描かれる。
終盤には2つのハプニングが起こるが、これは読んでのお楽しみだろう。

「少年バンコラン! 夜歩く犬」桜庭一樹
パリの予審判事アンリ・バンコランといえば、一筋縄ではいかない
ひねくれた性格のキャラ(スミマセン、勝手な思い込みです)なのだが
そんな彼も、生まれたときからオジさんだったわけではないので
タイトル通り17歳のバンコランが活躍する物語。
アンリ少年の姉アロワイヨは、パリ市内モンマルトルにある
キャバレー〈ムーラン・ルージュ〉で踊り子を務めている。
その日のショーの終了後、〈ムーラン・ルージュ〉の
敷地内にある塔〈子豚のお腹〉内の一室で死体が発見される。
遺体は踊り子の一人で、頭部を切断されて持ち去られていた・・・
アンリ少年は、現場に現れた警官に上から目線で講釈を垂れるなど
まさに ”栴檀は双葉より芳し”(笑)。

「忠臣蔵の密室」田中啓文
日本史上最大にして最も有名な仇討ち、『忠臣蔵』。
赤穂藩主浅野内匠頭の江戸城内での刃傷事件に端を発するこの事件は
吉良上野介の江戸屋敷に大石内蔵助率いる47人の赤穂浪士が討ち入って
吉良の首を挙げるのがクライマックスになるのだが・・・
討ち入った浪士たちから逃げ出した吉良上野介は
敷地内の炭小屋で発見されるが、浪士たちが踏み込んだとき
すでに上野介は事切れていた。しかも、
炭小屋の周囲には雪が積もっていて、出入りした者の足跡はない・・・
内蔵助の妻だった(事前に離縁されたので)りくが、
息子・大石主税から受け取った手紙をきっかけに
上野介殺害の ”雪の密室” 事件の真相を推理する・・・という
純然たるミステリで、それで終わればきれいにまとまるモノを
最後の2ページで、ああ・・・
この作者は、こういうのを止められないんだよねぇ。

「鉄路に消えた断頭吏」加賀美雅之
ロンドン発リンカーン行きの夜行列車『青い流星』号に乗り込んだ
フェル博士は、車内でロンドン警視庁のハドリィ警視と出くわす。
宝石密輸団の幹部・ジャクリーンを尾行しているのだという。
しかし彼女は、特等車の2号個室内で殺害されてしまう。
現場は内部から施錠されていて、犯人らしき人物も目撃されるが
衆人環視の状況で車内から姿を消してしまった・・・
文庫で50ページほどだが、密室の謎、犯人蒸発の謎、
そして意外な人物の出現と盛りだくさんでサービスたっぷり。
最後の最後、さらにもう一つサプライズが。
作者が2013年に54歳で早世してしまったのが悔やまれる。
カー好きの人にとっては、堪らない作品を書く人だったのに。

「ロイス殺し」小林泰三
ある酒場で、ゴーダンという男の昔語りが始まる。
ゴーダンはカナダの奥地にある村で育ったが、
村人たちの鼻つまみ者だったロイスが
ゴーダンの幼馴染み・マリーを殺して村から逃亡してしまう。
ロイスへの復讐を誓ったゴーダンもまた彼を追って村を出る。
彼の話の最後は、酒場の2階で起こった自殺騒ぎに行き着くのだが・・・
死んだはずのマリーが、ゴーダンの意識の中にときおり現れるなど
ホラーな雰囲気で進行するが、最後は本格ミステリとして着地する。

「幽霊トンネルの怪」鳥飼否宇
21歳の遊び人・隆一(りゅういち)と高校生の仁美(ひとみ)は、
山の麓にある ”幽霊トンネル” と噂される場所へ夜のドライブに行った。
長いトンネルの中、目の前を走っていた黒いベンツに追いつき、
そのまま走っていたが、トンネル内のカーブを曲がったところで
突如ベンツの姿が消えてしまう。そして驚く2人の後ろに、
消えたはずのベンツが突然現れた。
2人からの通報を受けた綾鹿(あやか)署交通課は、1年前に
”幽霊トンネル” 近くで起きた轢き逃げ事件で死亡した峰岸友恵が
仁美の従姉妹だったことを知るが・・・
捜査に当たる綾鹿署交通課の設定が楽しい。
警察内では密かに ”D3課” と呼ばれてるとか、
佐々井弥生巡査部長が ”マーチ大佐” と呼ばれてるとか。
理由はここには書けません。セクハラですから(笑)。

「亡霊館の殺人」二階堂黎人
ロンドン郊外に建つ〈亡霊館〉という館では、
10年前に不可解な殺人事件が起こっていた。
雪の降る中、門から屋敷の玄関に向かう途中の宝石商が
ナイフで刺し殺されたのだ。遺体の周囲の雪には足跡は無く、
殺人の瞬間を目撃した医師も周囲には誰もいなかったと証言した。
そして10年。新聞社の駐在員ホレスは、恋人のアリスが
過去の恋愛絡みで霊媒師ワレムから恐喝を受けていることを知る。
ホレスは、ワレムが〈亡霊館〉で降霊会を開くことを知って
〈亡霊館〉を訪れるが、霊媒師は舞踏室の中で刺殺体となっていた。
舞踏室の窓は内側から施錠され、ドアの周囲には
内側からテープが貼られるという強固な密室状態だった・・・
ヘンリ・メリヴェール卿(H・M)の推理が冴える一編。
これはもう正統派のパスティーシュというか
カーの未発表短篇だったと言われたらちょっと信じてしまいそう。
まぁ、読んでみると文体が翻訳調でなかったりするので
日本人の手になるものだとは分かるが、
それでもカーの雰囲気は十分に再現されてるだろう。


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芝浜の天女 高座のホームズ [読書・ミステリ]

芝浜の天女-高座のホームズ (中公文庫)

芝浜の天女-高座のホームズ (中公文庫)

  • 作者: 愛川 晶
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/07/22
  • メディア: 文庫
評価:★★★

昭和の落語界の重鎮にして名人、八代目林家正蔵が探偵役を務める
ミステリ・シリーズ、その第4巻。

主人公・三光亭鏡治(さんこうてい・きょうじ)は
3年前に真打ちに昇進して、現在38歳。
師匠は鏡楽(きょうらく)、弟弟子に二つ目の鏡也(きょうや)がいる。

「第一話 白兵衛と黒兵衛」
鏡也は鏡楽師匠の命令で庭の草むしりをしたが、
ろくな労いの言葉ももらえなかったことで頭に血が上ってしまい、
師匠の飼猫・黒兵衛に大量のスルメを食べさせてしまう。
それが原因で黒兵衛は動物病院に入院する羽目になる。
しかも、退院してきた黒兵衛はそのまま家を出てしまったのだ。
怒り心頭の鏡楽師匠は、鏡也に対して
黒兵衛を連れ戻さない限り破門だ、と申し渡す。
一方、尻尾や足を切り落とされた野良猫が見つかる事件が発生し、
鏡治は、鏡楽に容疑がかかっていることを知る・・・

「第二話 芝浜もう半分」
鏡治の妻・清子(きよこ)はかつて保険の外交員だった。
勧誘に訪れた際、鏡治の母親とすっかり仲良くなってしまい
それが縁で鏡治と結婚することになった。以来4年、息子も授かった。
清子は誰もが振り向くような美人で身長も170cmを超える。
しかし鏡治は160cmに満たない肥満体と、
およそ女性にモテそうにない体型。
彼にとってみれば、清子はまさに「天女」のような存在。
どうして自分と結婚してくれたのか、それは鏡治にとって謎だった。
そんなとき、鏡也が傷害事件に巻き込まれる。
その捜査の中で、鏡治は清子が出身地を偽っていたことを知る・・・

今回も正蔵師匠の推理が冴える。
特に、鏡治と清子の結婚にまつわる ”経緯” はなかなか意外なもの。

伏線はかなり最初のほうから張ってはあるのだけど、
この○○は、知らない人の方が多いだろうなあ。

鏡治はいろいろ疑心暗鬼になってしまうが
終わってみれば「雨降って地固まる」という人情噺だ。

本書も既刊の3冊と同じく、
現在を描く「プロローグ」「幕間」「エピローグ」で
本編を挟んで、昭和50年代と今をつなげてみせるのだけど、
毎回趣向を凝らして違ったパターンを披露してくれる。

本編に登場した人たちの ”その後” が語られるのも楽しい。


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ツインスター・サイクロン・ランナウェイ [読書・SF]

ツインスター・サイクロン・ランナウェイ (ハヤカワ文庫JA)

ツインスター・サイクロン・ランナウェイ (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 小川 一水
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/03/18
  • メディア: 文庫
評価:★★★

人類が超光速航法を手に入れ、宇宙に飛び出してから6000年後の未来。
舞台となるのは銀河辺境の星系のひとつ。

そこには巨大ガス惑星が1つだけしかなく、到着した植民者たちは
その衛星軌道上に、24の氏族ごとに
巨大な都市型宇宙船を建造して生活を始めた。

以来300年。人類は「昏魚」(ベッシュ)と呼ばれる
ガス惑星の大気中を遊泳する生物を捕獲する
”漁業” によって生活物資を得ていた。

主人公の女性・テラは漁師を目指していたが、
「昏魚」を捕獲するための専用宇宙船 ”礎柱船(ピラーボート)” に
乗り込んで ”漁業” に従事できるのは
男女の夫婦に限る、という定めがあった。

テラは結婚するために、氏族間で行われる ”お見合い” に
参加したものの、ことごとく失敗してしまう。

そんなとき、他氏族から家出してきた謎の少女ダイオードと
出会ったテラは、彼女と共に女性のみのペアで漁師を始めることにする。

しかし、慣例を破る二人の行為に長老会が横槍を入れてくる。

それに反発したテラとダイオードは女性のみのペアを認めさせるため、
氏族長を相手に大型昏魚 ”バチゴンドウ” の漁獲量を競う
一発勝負をすることになるが・・・

LGBTが広く知られるようになり、エンターテインメントの世界でも
メインキャラとして同性愛者が登場するのが珍しくなくなったが
本書もその流れの中にあるようで、発売時のキャッチコピーには
”百合SF” なんぞという文言があったように記憶している。

もっとも、実際の描写は主役2人の女の子の親愛さが通常より2~3割増し、
くらいの案配に抑えられていて、私のようなアタマの古いオッサンでも
最後までついていけましたよ(笑)。

ジェンダー云々よりも、古い(といってもたかだか300年だが)慣習に
縛られる旧世代への、若者たちの反抗といった趣き。

植民星での過酷な生活環境、という原因はあるにしても
”漁師” となるための伴侶選びの制約とか、職業選択の不自由さとか、
人類が宇宙へ進出するような未来になっても
そこで社会を築いていけば、また新たな ”習わし” というのは
いやでも生じていくのだろう。

「昏魚」捕獲専用宇宙船 ”礎柱船” は、乗り手のイメージ通りに
自由自在に変形する能力を持つなど、面白いガジェットもあって
ガス大気中の ”漁” の描写も、地球上の海洋における漁と
同じようなところもあり、全く異なるところもあり、
そのあたりもなかなか楽しい。

また、「昏魚」を巡る架空の生態系を描くSFとしても面白い。
舞台となる巨大ガス惑星の内部には、「昏魚」発生の原因となる
岩石質の天体が沈んでいるという仮説が序盤で語られるのだが、
終盤で再びそれが顔を出してきて物語を締める。

テラとダイオードの物語は始まったばかり。
もう一冊分くらいは続きを読んでみたいかな。


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恋牡丹 / 雪旅籠 (その2) [読書・ミステリ]


「その1」からの続き。

北町奉行所同心・戸田惣左衛門(そうざえもん)と
その嫡男・清之介(せいのすけ)の、
およそ24年ほどにわたる親子二代の同心人生を
短編集2冊、合計12編の連作短篇ミステリの形で描いていくシリーズ。
(恋)は『恋牡丹』収録作、(雪)は『雪旅籠』収録作。

(雪)「出養生」
花魁・牡丹は足の怪我のために吉原を離れて養生をしていたが
新年を迎えて28歳となり、年季明けとなる。
遊女の身分から離れて自由の身となり、名も本来の ”お糸” に戻った。
彼女を訪ねていった惣左衛門は、隣家で何か騒ぎが起こったことに気づく。
そこでは遊女・浮舟が養生していたが、踏み込んだ惣左衛門が見たのは
大量の血の海、しかも浮舟の姿はない。
周囲は雪で覆われ、唯一の足跡は玄関から外へ続くものだけ。
しかしそこに佇んでいた2人の侍は、誰も通ってはいないと言う。
やがて近くの地蔵堂で浮舟の死体が見つかるが・・・
今回もお糸の推理が冴え渡る。死体移動のトリックはなかなか大胆。
2人の侍の証言の理由は、海外の古典的な某短篇ミステリを思い出す。

(恋)「恋牡丹」
惣左衛門は嫡男・清之介に家督を譲って隠居し、
同時にお糸を後添えに迎えて悠々自適の生活に入った。
新米同心として勤め始めた清之介は、生駒屋の隠居・徳右衛門殺害の
担当となり、現場に若い娘が出入りしていたとの証言を得る。
その人相風体から、娘は徳右衛門の孫・おみきと思われたが
犯行時刻に彼女は芝居見物に出かけており、
そこには清之介も居合わせて、その姿を目撃していた。
おみきの ”アリバイ崩し” に奔走する清之介だったが、その目論見は
ことごとく潰えてしまい、窮した清之介は職を辞することまで考えるが。
今回も事件の真相を見抜き、清之介を窮地から救い出すと同時に
”進むべき道” を示して厳しく諭すお糸さんが、たまらなくいい。

(雪)「雪旅籠」
清之介は、傷害事件の下手人を捕縛するため内藤新宿まで出張るが、
そこで小間物商の兼八(かねはち)と再会する。
これから甲州に向かうという兼八を見送るが、
その彼を追う不審な男女を見つけ、清之介もまた尾行を開始する。
その夜は清之介も兼八も不審な男女も同じ旅籠に泊まることになり
男女は二人連れではなく、それぞれ商家の手代・利平(りへい)と
太神楽(芸人)のおふさという名であることを知る。
清之介は兼八と共に宿の離れに泊まるが、
その夜、兼八が何者かに刺し殺されてしまう。
離れの出入り口は内側から心張り棒が噛ましてあり、
しかも周囲は折からの降雪で、出入りした足跡は無い。
兼八殺害の容疑をかけられた清之介は、お糸に救いを求めるのだが・・・
親子揃って同じような窮地に陥ったことに呆れながらも
お糸はまたもや快刀乱麻を断つ推理で真相を暴き出す。
複数のトリックの合わせ技の妙、というところか。

(雪)「天狗松」
目黒の厳光寺の境内に無断で寝泊まりしている男が
お尋ね者の青吉(あおきち)であるとの情報がもたらされた。
清之介は同僚の西村孫太夫(まごだゆう)と共に捕縛に向かう。
しかし青吉は追っ手を振り切って寺を逃げ出して
誰の目にも触れずに、天狗に掠われたかのように姿を消してしまう。
しかし5日後、青吉の死体が発見される。
胸に刺さった匕首(あいくち・短剣)が致命傷だが、手には竹光を握り、
懐には弾丸が装填済みの短銃があった。
銃を持っていた青吉はなぜ竹光で犯人に立ち向かったのか・・・
お糸は奇妙な死体の状況を合理的に説明する真相を導き出す。
犯人が最後に取る行動は、限りなく哀しい。

(恋)「雨上り」
清之介は幼馴染みの加絵(かえ)を嫁に迎え、嫡男・惣太郎も生まれた。
しかし、生来朗らかだったはずの加絵は嫁いできた頃から
めっきり口数が減ってしまい、清之介はいささか持て余していた。
慶応4年(1868年)、彰義隊が官軍との戦闘に負けて壊滅、
町奉行所も新政府の管理下に置かれることになる。
そんなとき、両国の茶屋・鶴屋で騒ぎが起こる。
茶汲み女のお吉(よし)と大工の音松の間で諍いになり、
弾みでお吉は音松を死なせてしまったのだが、清之介の調べに対し
お吉はなぜか、頑として諍いの理由を話そうとしない。
一方、惣左衛門とお糸は騒乱の江戸を離れ、
二人で参州(愛知県)の岡崎へ移住することを決めてしまう。
頼みの綱のお糸と、精神的な支柱であった父がいなくなることに
絶望する清之介だったが、お吉の心情を推し量って
謎解きをしてみせたのは、意外にも加絵であった・・・

父もお糸も去り、幕府も倒れて同心の身分さえどうなるか分からない。
先の見えない不安に押しつぶされそうになる清之介だが、
加絵の言葉に後押しをされ、本作のラストである決心をする。
一足先に ”子離れ” を遂げた惣左衛門に続き、
”親離れ”、そして精神的な ”独り立ち” を果たす清之介が描かれる。

(雪)「夕間暮」
岡崎藩内の勤王派と佐幕派の対立に巻き込まれ、
藩士・長尾半兵衛は文字通り ”詰め腹を切らされる” ことになる。
しかし切腹を控えた前夜、半兵衛は何者かに殺害されてしまう。
彼の妻子は屋敷に侵入した曲者による仕業と証言するが
それを伝え聞いた惣左衛門はその内容に不審なものを感じる。
意見を求められたお糸は、半兵衛の死に潜む事情を解き明かす・・・
岡崎で余生を過ごす惣左衛門とお糸の、最後の事件が綴られる。

ラストシーンはシリーズ全編のエピローグとなっている。

時代小説ながら、密室殺人、衆人環視状況下の人間消失、
姿なき犯人など不可能犯罪を扱った作品が多く、
どれもミステリ的なガジェットがしっかり盛り込まれている。

中にはちょっと無理があるかなぁと感じられたり、
書き込みが足りないかなあ、と思わせるものあるが
(特に『雪旅籠』収録作は文庫で40ページ弱と短いせいだろうが)
それを差し引いても、登場人物の心情描写は深い余韻を残す。

特にお糸(牡丹)のキャラが抜群にいい。
幼くして苦界に身を沈めざるを得なかったにもかかわらず、
凜として生きている姿がたまらなくいい。
夫となった惣左衛門を愛するのはもちろんだが
義理の息子となった清之介へ対しても、時には厳しい言葉もかけるが
その裏には彼の成長を願う温かさがある。

『恋牡丹』を読んだ人は、きっと
『雪旅籠』にも手を伸ばしたくなるだろうし、逆もまた同様だろう。


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恋牡丹 / 雪旅籠 (その1) [読書・ミステリ]

 

恋牡丹 (創元推理文庫)

恋牡丹 (創元推理文庫)

  • 作者: 戸田 義長
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/10/21
  • メディア: 文庫
雪旅籠 同心親子の事件帳 (創元推理文庫)

雪旅籠 同心親子の事件帳 (創元推理文庫)

  • 作者: 戸田 義長
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/07/22
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

主人公・戸田惣左衛門(そうざえもん)は北町奉行所に勤める同心。
『八丁堀の鷹』と呼ばれるほどのやり手として知られる。

時は幕末。黒船が来航し、幕府は開国を求める異国の圧力に屈する。
明治維新が迫り、武士の世が終わりを迎えようという激動の時代。

そんな時代の激変に押し流されていく惣左衛門と
その嫡男・清之介(せいのすけ)の、およそ24年ほどにわたる
親子二代の同心人生を、『恋牡丹』『雪旅籠』の短編集2冊、
合計12編の連作短篇ミステリの形で描いていく。

 ちなみに連作短編集『恋牡丹』は、
 第27回鮎川哲也賞の最終候補に残った作品だ。

悪人相手では容赦をしない惣左衛門だが、彼の趣味は意外にも園芸。
現代で言うところのガーデニングで、庭に咲く花を
丹精込めて世話をすることに無上の喜びと癒やしを感じる。

事件の全貌を瞬く間に見通すような推理力は持ち合わせていないが
真摯に事件に取り組み、地道な思考を積み上げて解決していく。
途中からは、彼を上回る探偵能力を持ったキャラが登場し、
惣左衛門も清之介もその人物に助けられていくようになる。

『恋牡丹』には文庫で70ページ強ほどの短篇4作が収録され、
『雪旅籠』には文庫で40ページ弱ほどの短篇8作が収録されている。

『雪旅籠』の「あとがき」には、各短篇の時系列順のリストが
掲げられているので、ここではそれに従って書いていくことにしよう。
合計で12篇もあるので、2回に分けて記事にする。

(恋)は『恋牡丹』収録作、(雪)は『雪旅籠』収録作。

(恋)「花狂い」
北町奉行所同心・惣左衛門は3年前に妻を亡くしていた。
嫡男の清之介は11歳になるが、その器量にはやや不安を覚えている。
そんなとき、神田八軒町の長屋で殺人が起こる。
被害者はお貞(さだ)という女で、11歳の息子・平吉と二人暮らし。
死因は絞殺、遺体にはいくつか不審な点があるが
容疑者として浮上してくる者にはことごとく決め手がない。
混迷する中、清之介と碁を打った惣左衛門は事件解決のヒントを得る。

(雪)「埋み火」
惣左衛門のもとに大工の豊吉の娘、おさとが訪れる。
父親の様子が最近おかしいのだという。
惣左衛門の調べで、豊吉の奇行は20日ほど前に
おしげという夜鷹に襲われて以来だということが判明するが・・・
ちなみに ”夜鷹” とは、夜間に道ばたで客を引き、
安価で売春をしている女性のこと。

(雪)「逃げ水」
安政7年(1860年)3月、桜田門外の変が起こる。
大老・井伊直弼が水戸藩の脱藩者らによって暗殺された事件だ。
ところが直弼の遺体から銃創が見つかり、駕籠の中にも返り血が。
どうやら水戸藩士に首を落とされて死んだのではないようだ。
衆人環視の中の不可能犯罪と思われたが、駕籠の護衛をしていた
彦根藩士・今村右馬助(うますけ)に直弼殺害の容疑が降りかかる。
右馬助の姉・美輪に頼まれた惣左衛門は必死に頭をひねるが・・・
謎の設定は魅力的だけど、明かされる真相はちょっとなぁ。
まあこれしか解釈のしようがないといえばそうなのだけど
これを説明しても彦根藩の上層部は納得するかなぁ・・・

(雪)「神隠し」
呉服問屋・越前屋の先代主人、勝兵衛(かつべえ)は無類の芝居好き。
それが高じて帳場の横に芝居の舞台を作ってしまった。それ以来、
越前屋の一同はそこで素人歌舞伎をするのが習わしになっていた。
勝兵衛が亡くなって婿養子の新右衛門(しんえもん)の代になっても
それは続いていたが、ある日、妻のおたきが目を離した隙に
舞台を掃除していた新右衛門の姿が消えてしまう。
唯一の出入り口にはおたきがいて、誰の目にもとまらずに
出て行くことは不可能だった・・・

(恋)「願い笹」
吉原で大籬(おおまがき:格式の高い遊女屋)を経営するお千(せん)は、
婿養子である夫・富蔵を殺すことを決意する。
怪しげな信仰にかぶれ、大金をつぎ込むようになっていたのだ。
一方、惣左衛門は吉原に逃げ込んだお尋ね者の芳三(よしぞう)を捕らえ、
それがきっかけで人気花魁・牡丹(ぼたん)と知り合う。
才色兼備で聡明な牡丹にすっかり魅せられた惣左衛門は、
しばしば彼女と語り合い、碁を打ち合う仲となる。
そんなとき、惣左衛門はお千から富蔵の護衛を頼まれる。
彼の殺害予告ともとれる文を受け取ったのだという。
夜を徹して祈祷をするという富蔵と同じ部屋で過ごすことになるが、
惣左衛門の眼前で富蔵は何者かに刺し殺されてしまう。
誰もその部屋に出入りすることはできなかったという密室状況に、
惣左衛門自身が殺人の容疑者とされてしまう。
だが、進退窮まった惣左衛門の危機を救ったのは牡丹だった・・・
トリック自体は先行例があるけれども、
吉原という特殊な場所にふさわしいアレンジが秀逸。
ミステリとしても、本シリーズ中の白眉と言っていいだろう。

シリーズの影の主役であり、メインの探偵役ともなる牡丹の初登場作。

(雪)「島抜け」
5年前に三宅島への遠島(島流し)に処せられた女・おもん。
しかし仲間と共に密かに島を抜け出し、江戸へ戻ってきた。
上野不忍池近くでおもんを見つけた惣左衛門は、
一緒に脱獄した仲間と共に一網打尽にしようと彼女の尾行を始める。
やがて市中から遠く離れた一軒家に入ったところで踏み込むが
そこにおもんの姿はなく、彼女のかつての仲間・巳之助(みのすけ)が
腹を刺されて瀕死の状態で倒れていた。家の周囲には雪が積もっていて
人の足跡はなく、凶器と見られる包丁は隣の寺の境内で発見される。
人間消失の謎に悩む惣左衛門は、牡丹に事件の概要を文で伝えるが・・・
ミステリを読みなれた人ならトリック自体は見当がつくだろうけれども
それ以上に、牡丹の安楽椅子探偵ぶりが鮮やか。

(「その2」に続く)


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