この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選 [読書・SF]
この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選 (創元SF文庫)
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2021/03/11
評価:★★★☆
どこぞのアニメ映画のタイトルみたいだが、本書はSFアンソロイジー。ロバート・A・ハインラインの『宇宙の戦士』から始まり、SFの重要ガジェットとなった「パワードスーツ」「パワードアーマー」「二足歩行メカ」などを扱った作品、全12編を収める。
各編の扉裏に、作品の概要と作者紹介が載ってるのだけど、この概要がとてもよくできてるので、以下の文章にも引用させてもらいました。
「この地獄の片隅に」(ジャック・キャンベル)
異星種族との戦争の最前線で、いつ果てるとも知れない激戦を続けている小隊。そこへ司令官のマクドゥーガル将軍が前線視察にやってきて・・・
前線の一兵士から司令官まで全員がパワードスーツを着るようになったら、起こりそうな話。主人公の上官の女性軍曹がいい味。
「深海採集船コッペリア号」(ジェヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン)
遠い異星の海洋で、メカを用いて藻類などの採集作業に勤しむコッペリア号とそのクルーたち。だがその日は厄介なものを見つけてしまい・・・
「ノマド」(カリン・ロワチー)
"ラジカル" と呼ばれる、メカと人間との融合体のギャングたちが闊歩する未来。人間のトミーを喪った(メカの)「オレ」は、"縞"(シマ)を抜けて無所属(ノマド)になろうとするが・・・
全員がパワードスーツを着用したヤクザ同士の抗争みたいな話、って云ったら怒られるかな?
「アーマーの恋の物語」(デヴィッド・バー・カートリー)
天才発明家アンソニー・ブレアはめったに人前に出ず、また決してアーマーを脱がないことで知られていた。暗殺者を恐れる彼の秘密とは・・・
ブレアの前に現れた魅力的な女性・ミラ。ブレアは彼女に自分の秘密を語るが、ミラ自身にもまた秘密があって・・・というところから始まる、SFならではのサスペンスがたっぷりのラブ・ストーリー。
「ケリー盗賊団の最後」(デイヴィッド・D・レヴァイン)
19世紀末、開拓時代のオーストラリア。隠棲する老発明家アイクのもとに現れた "賞金首" ケリーが彼に造るように要求したのは・・・
蒸気機関で動くパワードスーツなんて「帝国華劇団」かいな、って思ったけど、扉絵に描かれたメカが素晴らしい。これもスチームパンクなのか?
「外傷ポッド」(アレステア・レナルズ)
偵察任務中に攻撃を受け、深刻な傷を負って外傷ポッドに収容された兵士マイク。医師アナベルが遠隔通信により彼を救おうとするが・・・
終盤の展開が怖い。SFホラーだね。
「密猟者」(ウェンディ・N・ワグナー&ジャック・ワグナー)
地球が人類遺産保護区に指定されてから100年。月出身のカレンは傑出した自然保護官(レンジャー)ハーディマンらとともに密猟者の取り締まりに向かうが・・・
「ドン・キホーテ」(キャリー・ヴォーン)
スペイン大戦末期の1939年。敗色濃厚な共和国側を取材していた「わたし」は、奇妙な戦闘跡を追いかける。その先で見つけたのは・・・
敵の大部隊を一台で殲滅した新兵器・・・これ、モデルは「○ン○ン○」? でも、それを見つけた「わたし」は意外な行動をとる。まあ理解はできるけど。
「天国と地獄の星」(サイモン・R・グリーン)
人類に対して極めて敵対的なジャングルが繁茂する惑星アバドンに、基地建設要員として送り込まれたポールたち。そこは地獄のような環境だったが・・・
主人公の着用するパワードスーツのAIには、亡き妻の人格と記憶が移植されていて、"彼女" と会話をしては嘆く・・・って、もうそれだけで主人公が ”病んでる” のがわかるよね。
「所有権の移転」(クリスティ・ヤント)
専用の着用者であるカーソンを殺された外骨格(エグゾ)の「わたし」は、カーソンを殺した男に着用されるが・・・
「N体問題」(ショーン・ウィリアムズ)
ループと呼ばれる一方通行のワープゲート網の行き止まりにあるハーベスター星系。そこに流れ着いたアレックスは、そこでメカスーツを着た不思議な女性執行官アイと出会う・・・
短編の中にいろいろなテーマが潜み、ミステリ要素もある。
「猫のパジャマ」(ジャック・マクデヴィット)
パルサーをめぐる研究ステーションを訪れた支援船カパーヘッド号。だが、ステーションは何らかのトラブルに巻き込まれているらしく・・・
もう少し展開を明かすと、ステーションは事故にあって生存者はいなかったが、猫が一匹生き残っていた。しかし使えるスペーススーツは一着しかなく、その中に人間と猫は同時には収められない。支援船の責任者ジェイクはなんとか猫を救おうとするが・・・という話。猫好きな人にはたまらない作品かも。
現代でも「パワードスーツ」は軍用/民生用を問わずに研究されているだろうが、やはりSFとしては未来が舞台になるだろう・・・と思っていたら、19世紀末や第二次大戦など過去の時代の作品もあったのはちょっと驚き。
そして未来の「パワードスーツ」には、(当然のことだろうけど)着用者を支援するAIが搭載されるようになっていく。だがその機能は様々だ。その中には、自ら "意思" を持ち、着用者不在の状態でもスーツを動かせるものまで出てきていて、そうなるともうほとんど「ロボットSF」になってしまう。
中原尚哉氏は、好きな翻訳家さん。この人の訳は、翻訳文っぽさをあまり感じさせずに、すいすい読める。
あと、文庫のカバー絵と各編の扉絵の合計13枚は、加藤直之氏の手になるもの。相変わらず素晴らしいできで、「これぞSF!」って感じさせてくれる。
文豪宮本武蔵 [読書・SF]
評価:★★☆
巌流島で佐々木小次郎を倒した剣豪・宮本武蔵。だが小次郎には病身の妹・夏がいた。彼女の力になろうとする武蔵の前に、小次郎の亡霊が現れる。「夏を救えるのはおまえしかいない。そのためにおまえを一旦、別の世界に飛ばす」
次の瞬間、武蔵は明治時代の東京にいた。そこで夏にうり二つの樋口一葉や、夏目漱石などの文士たちに出会い、武蔵はなりゆきで「小説家になりたい」と口走ってしまう・・・
戦国時代末期から明治へとタイムスリップした宮本武蔵が、人力車夫をしながら小説家を目指す。ついでに帝都で進行していた陰謀も解決してしまう、コメディSF。
「第一話 武蔵、戦う」
佐々木小次郎との対決を制した宮本武蔵。だが小次郎には病身の妹・夏がいることを知る。彼女のもとを密かに訪れた武蔵はその病状を知り、なんとか力になろうとするが士官の道はいっこうに開けない。
思いあまって柳生但馬守に試合を申し込むが、その最中に小次郎の亡霊が現れ、
「おまえを一旦、別の世界に飛ばす。夏を助けてやってくれ・・・」
武蔵が飛ばされた先は明治時代だった。そこで夏とうり二つの女性・樋口一葉と出会う。”一葉” はいわゆるペンネームで、彼女の本名は "夏子" だった。
「第二話 武蔵、剣を捨てる」
夏子の助けを得て、明治時代での生活を始めた武蔵。
ある日、帝大剣術同好会の者たちとトラブっていた男・正岡子規を助ける。彼を通じて夏目漱石などの文士たちとも知り合うことに。彼らとの会話の中で、武蔵は「私も小説家志望だ」と口走ってしまう。
「第三話 武蔵、小説を書く」
夏子の書いた小説を読んで一念発起した武蔵は、人力車夫となって働きながら小説を書き始める。夏子との交流も次第に深まっていくが、彼女が(当時は不治の病とされていた)結核に冒されていることも知る・・・
そして「第四話 武蔵、秘密を暴く」では、帝大剣術同好会の師範、さらにその背後にいる黒幕によって進行している陰謀に立ち向かう武蔵が描かれる。
基本はタイムスリップテーマのコメディSF。明治の風俗に戸惑って頓珍漢な行動をとったり、戦国時代の常識を口にして周囲から不審がられたり、講談を聞きに行ったら自分(武蔵)の活躍が荒唐無稽に脚色されていて怒りだし、講談師にケンカを売ったり。
もっとも最後まで読んでみると、武蔵の活躍がトンデモなく伝わった理由も意外と辻褄が合ってたりする。このあたりはけっこう上手い。
明治の時代考証も意外と(失礼!)しっかり押さえているみたい。正岡子規が野球をするシーンとかもあるし。
「エピローグ」では、過去に戻った武蔵の姿が描かれるんだが、時代を超えて薄命の女性二人に想いを寄せた武蔵の心情は、哀感たっぷりでちょっとホロリとさせる。
・・・と思ったら、この作者の持ち味というか "悪い癖" が、ここでもしっかり顔を出す(笑)。「エピローグ」の中のある記述を読むと、どっと脱力感に襲われる。結局、「○○○○」って云いたかっただけだったりする?
グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船 [読書・SF]
グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船 (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 高野 史緒
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2023/07/19
評価:★★★
女子高生・藤沢夏紀(ふじさわ・なつき)と大学生・北田登志夫(きただ・としお)は、2021年の夏を茨城県土浦市で迎えた。しかし二人はそれぞれ ”科学技術の進歩が異なる別々の宇宙(並行世界)” に生きていた。
それなのに、2人にはなぜか幼い頃に "飛行船「グラーフ・ツェッペリン号」を一緒に見た" という共通した記憶があった。
本来なら、全く触れあうことがない二人のはずだが、ある日、夏紀宛てに不思議な電子メールが届く・・・
藤沢夏紀は土浦市内の女子校に通う17歳の高校2年生。自らの成績も容姿も平凡であることを自認している少女である。今は夏休みで、学校で行われる外国人講師による英会話講座に参加している。
パソコン部に所属しているが、PCは筑波大から貰った中古品で、OSだけは最新版のWindows21が入っている。IT技術に関しては、インターネットがやっと普及し始めているというところ。
しかしその一方で、重力制御技術が実用化されており、月面には恒久的な基地が置かれ、火星開発が進んでいる、というのが彼女が暮らす2021年の世界だ。
北田登志夫は17歳。小中学校を飛び級で修了して、現在は東京大学2年生。知力はずば抜けているのだが、いわゆる天才キャラではなく「ハタチ過ぎたらタダの人」になってしまうことを本気で心配している、いたって普通の感性をもつ少年だ。
夏休みを利用して両親の故郷でもある土浦市にやってきた。土浦光量子コンピュータ・センターで1ヶ月間のアルバイトをするためだ。
登志夫の世界は、量子コンピュータの開発・運用が実現しているが、宇宙開発は発展途上と、ほぼ我々(読者)の世界と近い科学技術レベルにあるようだ。
異なる並行世界を生きている二人は、本来なら過去・現在・未来いずれにおいても一切、触れあうことのない存在のはず。しかし二人には幼い頃、"飛行船「グラーフ・ツェッペリン号」を一緒に見た" という共通した記憶があった。
夏紀は覚えている。そのとき、傍らに自分と同じくらいの年頃のトシオという男の子がいたことを。
登志夫は覚えている。そのとき、傍らに自分と同じくらいの年頃のナツキという女の子がいたことを。
ドイツの飛行船「グラーフ・ツェッペリン号」は、1929年に世界一周の旅に出発し、その途中の8月19日に、土浦にあった帝国海軍の霞ヶ浦航空隊基地に寄港している。これは夏紀の世界、登志夫の世界、加えて我々(読者)の世界でも、それぞれに共通に起こった ”史実” だった。
しかしそれならば、なぜ90年以上も過去に起こった出来事に、二人は遭遇していたのだろう・・・
というのを根底の謎として設定しつつ、二人のひと夏の物語が綴られていく。
中古のPCで、開通したばかりの電子メールの練習のために、自分宛にメールを送っていた夏紀は、来るはずのない "返信メール" が来ていることに気づき、驚く。
実はこれは、光量子コンピュータ内の、いわゆる電脳空間に "ダイブ" していた登志夫からのものだった。二人はこれをきっかけにコミュニケーションを取ることに成功、お互いの情報を交換していくようになっていくのだが・・・
ひとことで云えば、量子コンピュータを介してつながった2つの並行世界における "ボーイ・ミーツ・ガール" を描いたラブ・ストーリー、だろうか。
ただねぇ・・・並行世界に生きている2人だけに、前途は多難というか、この恋が成就する可能性は限りなく低そうだなぁ、なんて思いながら読んでいた。
やっぱりこの手の話は、ヒロインの笑顔で終わってほしいなぁ。年を取ったせいか、だんだん哀しい話を受けつけなくなってきたのもあるんだが。
・・・と思いながら迎えたラストシーン。ある意味、予想を超えた結末ではあった。SFとしては綺麗に終わっていると思うけど、ラブ・ストーリーとしては評価が分かれそうな気もする。
最後に余計なことをふたつ。
ひとつ目は、文庫の表紙。この絵、いいよねぇ。この本を買った理由の六割くらいはこの表紙にある(おいおい)。
二つ目は、ヒロインの夏紀さんが電子メールの練習で自分宛にメールを送るシーン。これ、私もやりましたよ。それ以外にも、ネット普及期の描写には懐かしさを覚えました。
コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝 [読書・SF]
コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝 (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 林 譲治
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2023/08/17
評価:★★★★
150年前に移民が始まった惑星シドン。そこにはビチマという先住生物がいた。人間のような外見・知性を持つが入植当時は奴隷のような扱いを受けていた。
しかしその後、ビチマは3000年前にワープ事故によって漂着した人類の末裔だと判明する。とは云っても現在でもビチマに対する偏見は未だ根深く残っている。そんなとき、ある遺跡でビチマの惨殺死体が発見される・・・
ワープ航法が実用化された未来、ある植民星系の周囲の宇宙空間でワープが不可能になり、星系全体が人類文明圏から孤立してしまう・・・という事件を描いた『工作艦明石の孤独』(全4巻)。本書はその "外伝" と銘打ってあるけど、世界設定/技術設定は同じであるものの、時代も異なるし、共通して登場する人物もなく、ストーリーも全く独立している。
予備知識として必要なのは、本シリーズにおけるワープ航法は、理論が完全には解明されておらず、ブラックボックスの部分が多い技術である、という点。
転移先を決めるパラメーター設定さえ、試行錯誤を繰り返さなければならない。しかも、ワープによる移動は、空間ではなく時間をも跳躍している可能性も示唆されている。
だから、ワープ中の事故によって3000年前の世界へ飛んでしまう、なんてことが起こりうるのだ。
前置きが長くなってしまった。作品紹介に入ろう。
ある星系で起こった動乱から逃れ、脱出した避難民を乗せた恒星間宇宙船コスタ・コンコルディアは、ワープの事故によって3000年前のドルドラ星系の惑星シドンに漂着した。
避難民たちは厳しい自然環境に適応して独自文化を形成して生き延びてきたが、やがて技術文明を失っていった。
そのシドンへ、150年前に新たに人類がやってきた。植民が始まったが、当初より移住者たちは "先住生物" を人類とは知らずに労働力(奴隷)として扱い、彼らの存在を地球政府に報告しなかった。
先住生物が人類である可能性が浮上したのが100年前だが、コスタ・コンコルディアの残骸(文庫表紙の絵に描かれている)が発見されて、それが確定するまでさらに25年の歳月を必要とした。"先住者" たちは "ビチマ"(イタリア語で遭難者の意味)と呼ばれるようになった。
現在の惑星シドンの総人口200万人のうち、ビチマは約55万人。今ではビチマにも人権が与えられているが、彼らのことを動物まで退化した劣った存在だという偏見・差別意識を持つ者も少なくない。
そんなとき、ある遺跡でビチマの惨殺死体が発見され、それによって人類-ビチマ間の緊張がこれまでになく高まった・・・というのが本書冒頭の状況。
各植民惑星には地球から派遣された弁務官がおり、自治政府を指導・監督しているが、惑星シドンの弁務官クワズ・ナタールは事態を重く見て、調停官の派遣を要請した。これに応えてシドンにやってきた調停官テクン・ウマンが本書の主役となる。
ウマンには殺人事件の真相解明とともに、それを契機として惑星シドンの民族問題解決への糸口を見つけ出すという任務が与えられていた。
調停官の指揮の下、調査が進むうちに新たな事実が次々と発見され、謎に包まれたビチマたちの3000年間の歴史が解き明かされていく・・・
いざとなったら植民惑星の全権を握ることができる弁務官という設定は、眉村卓の〈司政官〉シリーズを彷彿とさせる。もっともあちらの司政官は長い歴史にうちに形骸化しているのだが、こちらの弁務官はまだまだ権威を持っていて、自治政府も勝手はできない。
物語の途中で現れるピースを組み合わせることにより、終盤ではビチマの歴史が再現されていく。物質文明を失って、未開の石器時代人となったように見えても、彼らの生活様式には意外な事実が潜んでいたことが解明されるあたりは、よくできたミステリのようでもある。
巻末の後書きによると、本書の構想のもととなったのはBSのドキュメンタリー番組。ネイティブ・アメリカン(アメリカ大陸の原住民、過去には "インディアン" と呼ばれていた人々だ)と、ヨーロッパからやってきた植民者との接触を描いたものだったという。
もちろんそれはあくまで素材のひとつに過ぎない。本書はきっちりとしたSFとしてできあがっている。作家さんというのは、どこからでもネタを拾ってくるんだね。
ちなみに〈コスタ・コンコルディア〉と同名のクルーズ客船も実在していたようだ。2012年に地中海で座礁・転覆事故を起こし、2017年に解体されたとwikiにあった。
タグ:SF
鋼鉄紅女 [読書・SF]
評価:★★★★☆
異星の機械生命体・渾沌(フンドゥン)の侵略を受けた人類は、巨大戦闘機械・霊蛹機(れいようき)を建造、必死の抵抗を続けていた。
辺境の娘・武則天(ウー・ゾーティエン)は、ある "目的" を持って軍に入隊、霊蛹機のパイロットとなる。しかし戦い続けるうちに人類社会や軍の秘密を知った彼女は、やがて「大いなる野望」を抱くようになっていく・・・
2021年 英国SF協会賞 若年読者部門受賞作。
2021年 英国SF協会賞 若年読者部門受賞作。
作者シーラン・ジェイ・ジャオは中国生まれ、10歳頃にカナダへ移民し、現在はバンクーバーに在住とのことだ。
本書の舞台となる人類世界は華夏(ホワシア)と呼ばれている。登場する人名・地名・文化・風俗をみると、明らかに古代中国をモデルにしているとわかる。
しかし驚くのはそこではない。冒頭部を読んだだけで分かるのだが、この世界は徹底的な男尊女卑社会なのだ。
科学技術は現代よりも遙かに進んでいるにもかかわらず、女性にまともな人権は与えられていない。幼少時から纏足(てんそく:分からない人は世界史の教科書を見るかググりましょう)を強要され、まともに歩くこともできない身体にされてしまう。主人公の少女・則天も例外ではない。
もちろん女性は真っ当な職にも就けず、貧しい農家では口減らしの対象になる。則天の姉が軍に入り、霊蛹機のパイロットとなったのもそのためだ。
適性検査で "霊圧" と呼ばれる数値が高い者は、霊蛹機のパイロットになれる。だがこの霊蛹機というのも、女性にとっては恐怖のマシンなのだ。
まず女性パイロットは、男性パイロットの "後宮" に入れられる。後宮ということは、つまりそういうこと。だから女性パイロットは "妾女(しょうじょ)パイロット" と呼ばれる。
ちなみに、本書はいちおうヤングアダルト枠の作品らしいので(笑)、18禁なシーンは登場しない(かなり際どい描写はあるけど)。
霊蛹機は男女のペアで搭乗するのだが、男性パイロットは出撃の際に後宮から妾女パイロットを一人選んで霊蛹機に乗せる。そしてここからが凶悪だ。
霊蛹機はパイロットが発する〈気〉(き)によって操られる。〈気〉が大きいほど、霊蛹機の戦闘力もアップする。
霊蛹機に妾女パイロットを乗せる目的は、その〈気〉を男性パイロットに供給するため、なのだ。そして妾女パイロットは、そのときにかかる精神的重圧に耐えきれず、多くは戦闘中に命を落としてしまう。
つまり彼女たちは、一回の出撃ごとに使い捨てにされる。
則天の姉も、霊蛹機のパイロットとして出撃し、死亡していた・・・。
その2ヶ月後、18歳となった則天は、自ら望んで軍に入った。それは姉の復讐のため。姉を死に追いやった男性パイロット・楊広(ヤン・グアン)の後宮に入り、彼の ”寝首を掻く” ためだった。
しかし楊広の後宮に配属されたのもつかの間、渾沌の襲撃が勃発し、則天は楊広とともに初めての出撃を経験する。そしてその戦闘中に、則天は桁外れの ”霊圧” を発生させてしまう。それは楊広の〈気〉を圧倒し、霊蛹機の制御権さえも奪取してしまうほど強力なものだった。
則天は並の男性パイロットとは組ませられない。軍が彼女の相手に選んだのは李世民(リー・シーミン)。自分の父と兄を殺した死刑囚だったが、最強の〈気〉を持つが故に刑の執行を猶予されている男だった・・・
パイロットの精神力が搭乗しているマシンのパワーと連動するとか、その他大勢の中にいた主人公が初戦で予想外の潜在能力を示し、一躍、戦力の中核になってしまうとか、日本のロボットアニメによくある展開だ。このように本作には日本製アニメの影響が随所に見られる。これは作者も巻末の謝辞で認めている。ちなみに『ダーリン・イン・ザ・フランキス』(こちらも主役メカに男女のペアが搭乗する)というロボットアニメ作品からインスパイアされたものが大きいという。
男女ペアのパイロットなら、私は『神魂合体ゴーダンナー』を連想してしまうのだが(笑)。
本書の霊蛹機は全高50~70mほど。アニメで云うところのいわゆる "巨大ロボット" に相当する。
渾沌の死骸を材料に創り出されたという設定で、「九尾狐(きゅうびこ)」「白虎(びゃっこ)」「玄武(げんぶ)」と名づけられた各霊蛹機は、名前の通り四つ足状態の "通常形態" から、二本足で立つ "起立形態"、そして最強となる人間型の "英雄形態" へと二段階変形をする。このあたりは『マクロス』のバルキリーを彷彿させる。
則天と世民が搭乗する「朱雀(すざく)」は "通常形態" が鳥型で、そこから全高100mを超える人間型の ”英雄形態” へ変形していく。ちょっと『勇者ライディーン』を思い出してしまった(歳が分かるなぁ)。
その勇姿は文庫表紙にも描かれているのだが、これはぜひ本書の巻頭P.10に載ってるイラストを見てほしい。まさに主役メカにふさわしい風格と迫力だ。
そこには他の霊蛹機のイラストも載っているのだが、「朱雀」はダントツでカッコいいと思う。
そして日本のアニメの影響はメカ設定だけにとどまらず、ストーリーにも反映されている。詳しく書くとネタバレになるのだが、本書の終盤ではロボットアニメ・ファンなら泣いて喜ぶ(?)展開が待っている、とだけ書いておこう。
ストーリーと云えば、主役カップル(?)となる則天と世民に加えてもう一人、忘れてならないキャラがいる。華夏で最大級のメディア王・高俅(ガオ・チウ)の息子、易之(イージー)だ。入隊前の則天とは恋仲だったが、彼女は易之に別れを告げて軍に入ってしまった。
しかし、物語が進んでいくと意外なところで再会し、則天・世民・易之の奇妙な三角関係が始まっていく。このあたりも『マクロス』っぽいが、この3人の関係はいかにも現代的だったりする。
登場するキャラの名は、中国の歴史上の人物から採ったものが多い。武則天、李世民はもとより、諸葛亮は軍師(人類軍の司令官)を務め、霊蛹機のパイロットには朱元璋、馬秀英などの名もある。
モデルとなった人物の歴史上の役割が、本作のキャラにも何らかのカタチで投影されているのだろうが、その辺の知識が無くても気にする必要はないと思う。高校時代の世界史の授業では、ほとんど寝てるか内職してた(おいおい)私でも、充分楽しめたし。
もちろん、好きな人や詳しい人は事前に歴史のおさらいをしてから読むのもアリだろうとは思う。
主人公の則天は、物語の最初から女性を虐待・弾圧・搾取するこの社会のありように強い憤りと憎しみを抱いている。それは物語が進むにつれてさらに大きくなっていき、やがて「大いなる野望」を抱くようになる。
文庫で540ページ近い大部である本書のラストでは「華夏世界の○○の○○」という新たな要素まで加わり、さらなる波乱を呼ぶ展開を予感させて「つづく」となる。
「えー! ここで終わりなのぉ?」って叫んでしまうくらいの鮮やかな "引き" である。自らの「野望」の実現を目指す則天にとって、彼女の ”戦い” はこれから始まると云ってもいい。次巻への期待は否が応でも高まろうというもの。
巻末の「訳者あとがき」によると、続編は2024年刊行とのことだ。
最後に『ダーリン・イン・ザ・フランキス』についてちょっと書く。
実は本編の「謝辞」と「訳者あとがき」を読むまで、このアニメ作品の存在を知らなかった。同じ頃、『Another』(綾辻行人)のアニメ版も見たいと思っていたので、思い切って「dアニメストア」に入ってしまったよ。
で、肝心の『ダーリン-』を観てみたのだけど、なかなか面白かった。
ストーリー自体は全くの別物だが、ところどころ「ここの影響を受けたのかな」と思われるシーンもちらほら。いちばんのキーポイントは、男女ペアが乗る特徴的なコクピットの形態というか操縦時の姿勢というか。あれは、思春期の少年少女たちにとっては、ちと刺激が強かろう(笑)。
青春ロボットアニメとしてはとてもよくできている。特に5人の女性パイロットがそれぞれ異なる性格づけがされていて、そのキャラ立ちぶりも素晴らしい。そしてなおかつ、みんな可愛いというのはポイントが高い(おいおい)。
一見の価値はある作品だと思う。
未来のおもいで 白鳥山奇譚 [読書・SF]
評価:★★★☆
熊本県の白鳥山を登っていた滝水浩一(たきみず・こういち)は、美しい女性・沙穂流(さほる)と出会う。
一目で彼女に心を奪われてしまった浩一。だが、沙穂流は彼とは異なる時間を生きる人だった・・・
九州脊梁の中央部に位置する白鳥山は、訪れる人も少なく、秘境のイメージを保つ山だった。
主人公・滝水浩一は広告デザイナー。その日、白鳥山を登っていたところ、突然の雨に遭遇、登山道から外れた場所にある洞窟に避難するが、そこで沙穂流という女性に出会う。
浩一は湯を沸かして、持参したコーヒーを振る舞い、沙穂流と会話を交わす。彼女に惹かれるものを感じていたが、やがて雨の勢いも弱まり、彼女は立ち上がる。
彼女との縁を途絶えさせたくない浩一は、とっさに彼女にリュック・カバーを貸す。彼女は礼を言って去って行った。
浩一もまた出発しようとしたとき、洞窟の中で手帳をみつける。それは彼女が置き忘れたものだった。
手帳から "藤枝沙穂流" というフルネームと現住所を知った浩一は、手帳を届けに行く。そこには藤枝サチオと詩波流(しはる)という若い夫婦が住んでいたが、沙穂流という人は知らないという。
手帳の内容を調べた浩一は、驚くべきことを知る。彼女の書いたメモの日付は2033年だったのだ。浩一の生きているのは2006年。そして気づく。
沙穂流は、藤枝夫婦の間にこれから生まれる娘ではないのか?
浩一は、沙穂流と出会った洞窟を再訪する。そこで一通の手紙を見つける。それは27年後の未来の沙穂流から届いたものだった。
彼女にとっても、浩一は忘れがたい存在になっていた。リュック・カバーの記名から浩一の名を知った沙穂流は、彼に届くことを願って手紙を書き、洞窟に置いたのだった。
物語は、"時の洞窟" を介した奇妙な "文通" を挟みながら、浩一と沙穂流、双方の恋情が綴られていく・・・
ネット時代になって、紙に書いた文字で想いを伝え合うなんて文化はほぼ絶滅したんじゃないかと思うのだけど、会えないし話もできない、もちろんメールもLINEも通じないという、こんなシチュエーションのもとなら、手紙は実に魅力的なツールに感じられる。
沙穂流さんの書く文章が、2030年代の女性にしては、すごく古風で奥ゆかしく思える(私には昭和30~40年代くらいの言い回しに感じられる)けど、本書の雰囲気には、そのほうがあってるとも思う。
でもまあそれは、私がオジサンだからかも知れない(笑)。
2人の "時を超えた愛" の行く末については、途中でなんとなく予想はついてしまうんだが、それが悪いとは思わない(作者も隠す気はないみたい)。
時間テーマのロマンスSFとしては、王道のエンディングだろう。
本編は文庫で160ページほどとコンパクト。2009年には演劇集団キャラメルボックスで舞台化されているとのこと。
おまけ(なのか分からないが)60ページほどの「シナリオ版」も併録されてる。映画化の話もあったらしいけど実現していないとか。
個人的には、映画よりはNHKあたりで60~90分くらいのドラマにするのにちょうど良い素材かな、とも思う。
僕が殺された未来 [読書・SF]
評価:★★★★
大学生・高木は、ミス・キャンパスの小田美沙希に片思い中。しかし美沙希は失踪してしまう。そんなとき、高木の前に現れた少女・ハナは「60年後の未来からやってきた」と語り、美沙希は誘拐されたと告げる。さらに「高木と美沙希は誘拐犯に殺され、事件は迷宮入りしてしまう」のだと・・・
ミス・キャンパスの小田美沙希が失踪した。彼女に片思い中だった大学生・高木の前に、ハナと名乗る15歳の少女が現れる。
彼女は語る。自分は60年後の世界からやってきたのだという。もちろんでたらめだと思った高木だったが、彼女が翌日の出来事をピタリと言い当てたことから信じざるを得なくなる。
ハナは60年後の世界で "ある人物" に頼まれ、高木を救うためにやってきたらしい。
彼女によると美沙希は誘拐されており、11月28日に遺体で発見される。さらに、高木もまたその前日の27日に誘拐犯によって殺されてしまうのだという。事件は迷宮入りし、犯人は捕まっていない。
そしてカレンダーでは既に25日。あと2日で事件を解決し、自分が殺されることを防ぎ、美沙希を救出しなければならない。
高木は、未来世界からハナが持ってきた捜査資料(60年後の世界では情報公開されているらしい)をもとに、犯人捜しを始めるのだが・・・
過去に戻って、殺されるはずだった人間を救う。タイムトラベルでは定番のシチュエーションだが、いったい誰に殺されるのか(つまり殺人犯の正体)を探り出す部分がミステリというわけだ。
自分の生死が関わる深刻な話なのだが、トボけた高木とずけずけモノをいうハナのコンビは、さながら漫才のボケとツッコミのようで、この二人の会話が実に楽しい。殺人事件を扱っているのだけど雰囲気はまるっきりコメディだ。
誘拐犯(殺人者)の正体も気になるが、もう一つの謎はハナの出自だ。
本筋とは別に、ストーリーのあちこちに宮本佳菜(みやもと・かな)という女性がちょこちょこ登場する。高木の大学の後輩なのだが、挙動不審な謎キャラだ。
作中におけるハナの言動を読んでいくと、佳菜とハナの間に何らかの関係があると想像はできるのだが、それが何なのか当てるのはちょい難しいかもしれない。
ちなみに、60年後の世界ではタイムトラベルが実用化され、歴史上の事件などを観に行くのが人気らしい(おいおい)。とはいっても、個人が簡単に過去に戻れるようではタイムパラドックスが頻発しそうなものだが。
そして、ハナのタイムトラベルに於いてもパラドックスは発生する。60年前に戻って高木の死を回避できたら、そもそも過去へ戻る理由が消滅してしまうわけだから。
終盤に至ると、誘拐事件の解決とは別に、この "ハナのパラドックス" もストーリーの要素として浮上してくる。
まあ、このあたりをどう辻褄を合わせるのかが作家さんの腕なのだろう。厳密に考えればこの "結末" には首をかしげる人もいるかも知れないけど、コメディですから温かい目で見てあげましょう(笑)。
最後ではハナちゃんの健気さに感激してしまい、思わず涙腺が(ちょっとだけ)緩んでしまった。
私は嫌いじゃないよ。この "決着" のつけ方は。
工作艦明石の孤独 [読書・SF]
評価:★★★
ワープ航法が実用化された時代。人類植民圏の辺境に位置するセラエノ星系で、突如地球圏とのワープが不可能な状態になる。地球圏からの物流が途絶えたら、150万人の市民の生活が危機に陥ってしまう。そんなとき、5光年離れたアイレム星系で未知の知性体が発見される・・・
ワープ航法の開発によって、60ほどの植民星系にまで広がった人類。そのひとつ、セラエノ星系で、突然、セラエノ星系-太陽系間のワープが不可能になってしまう。
太陽系に向けてワープをすると、5光年の距離で隣接するアイレム星系に到着してしまうのだ。アイレム星系から出発しても太陽系には着けず、セラエノ星系に出現してしまう。
この作品世界でのワープ航法は、原理が未だ完全には解明されておらず、ブラックボックスな部分が多い技術、という設定。だから試行錯誤を繰り返しながら実用化してきた。そのため、いろいろ制約がある。
例えば、太陽系とセラエノ星系は相互の行き来が可能だが、セラエノ星系から他の星系に向けて直接ワープすることは出来ず、必ず太陽系を経由しなければならない。
さらに、電磁波は未だ超光速技術が確立されておらず、情報伝達はワープによる船舶の往来でしか行えない。
だから、太陽系とのワープが途絶すると云うことは、すなわちセラエノ星系が人類圏から物流面でも情報面でも隔離されてしまうと云うことだ。
しかも、本来不可能なはずの、隣接するアイレム星系との間でのみ相互のワープ移動が可能という不可解な状況に陥ってしまう(作品の中盤で、それを説明する仮説が登場するが)。
本書の第一のテーマは、「孤立した植民星が、文明を維持できるのか?」というシミュレーションである。
セラエノ星系には150万人が暮らしているが、精密機械・電子機器など植民星では製造できないものは地球からの輸入に頼っており、早晩、文明の維持ができなくなることが予想された。
専門家の推定では、最悪の場合、蒸気機関レベルにまで技術が退行する可能性まで示されてしまう。
人口150万人ってどれくらいなのか? ちょっとネットで調べてみたら、ほぼ鹿児島県の人口と同じだった。たしかにこの規模の集団が、外部との物流・人流・情報を一切止められたら、文明/生活レベルの維持は厳しいだろう。
星系政府は原因究明に取り組む一方、このままワープ航路が閉ざされたままの事態を想定して様々な対策を立案していく。
そして本書の2つめのテーマは「ファースト・コンタクト」。
唯一、ワープ移動が可能なアイレム星系は、未だ人類が植民していない。そこへ向かった調査隊は、知的生命体と遭遇する。知性体は "イビス" と名付けられ、人類-イビス間で手探りながらのコミュニケーションの成立が模索されていくが、人類とは異質な進化・生態・価値観をもつイビスを理解することは容易ではない。
イビスもまた、他の星系からやってきていたが、"彼ら" もまたワープ途絶の事態に巻き込まれ、母星から孤立していた。
文明の維持、さらにはワープ再開のためには異星人との協力が必要と、セラエノ星系政府は考えるが・・・
タイトルの "工作艦・明石" は、セラエノ星系で宇宙船の修理・改修を請け負う私企業の保有船。他にも地球宇宙軍の偵察戦艦・青鳳(せいほう)、輸送艦・津軽の、地球籍の2隻がたまたまセラエノ星系に滞在していて事態に巻き込まれる。
セラエノ星系でワープが可能な艦船は、この3隻を含めても10隻に満たず、これらの船舶のクルーたち、そして星系政府首脳たちはこの未曾有の "災害" を克服しようとする最前線に立つことになる。
本作は群像劇で、特定の主人公がいるわけではないが、明石のクルーはほぼみなメインキャストになる。
そして、彼らのネーミングがまたユニークというか特徴的だ(この作者の作品では往々にして見られるが)。
明石の艦長は狼群涼狐(ろうぐん・りょうこ)。その妹で工作部長が狼群妖虎(ろうぐん・ようこ)。
きわめつけは、工作部の責任者が "椎名ラパーナ" さん。分かる人には分かるね。これは確信犯でしょう(笑)。かといってお遊びキャラではなく、彼女は序盤でイビスとの意思疎通に大活躍する超重要キャラだ。
設定は魅力的だけど、戦闘などの派手なシーンはほとんど無い。どちらかというと地味な物語なのだが、最後まで興味を持たせて読ませる。
その割に評価の星の数が少ないのは、ラストの締め方が今ひとつ、すっきりしないと感じるから。ラスト近く、ワープ途絶の原因についてある仮説が提示されるのだけど、うーん。いきなり「○○の○○」と云われてもなぁ・・・
イビスとの協力関係も確立され、改めて地球圏への帰還を賭けたワープ実験が行われるんだが・・・この結果が気に入るかどうかが本書の評価を決めると思う。
考えようによっては光瀬龍ばりにスケールの大きな話になるんだけど・・・そのあたりは読む人の好みかなぁ。
タグ:SF
青い花は未来で眠る [読書・SF]
評価:★★☆
高校2年生の優香(ゆうか)が乗り込んだ飛行機がハイジャックされ、何処とも知れぬ山中の湖に不時着を強いられる。犯人は謎の4人組。彼らによってほとんどの乗客は命を落とし、生き残ったのは優香を含めた5人だけ。犯人グループと対峙しながら、なんとか生存の道を探る優香たちだが・・・
主人公・梅木優香は過去に "ある事件" に巻き込まれ、彼女を庇った姉を眼の前で喪ったことから、生きることに消極的になっている。
高校2年生になった優香は、アメリカへの修学旅行に参加するが、彼女たちが乗った飛行機が謎の4人組にハイジャックされ、何処とも知れぬ(アラスカのどこかと推測される)湖に不時着を強いられる。さらに、犯人グループが散布した "何か" のせいで乗客たちは錯乱し、次々に命を落としていく。
生き残ったのは5人。優香、会社員の白山、無職の青年・陣内、同級生の小田、そしてアメリカ人研究者エド・イウチ。
犯人グループの標的だったのはイウチだった。犯人グループは彼のもつ「NJ」なるものに関するデータを手にいれようとしていたのだ。
犯人グループのうち、2人は10代半ばほどの双子で、美少年といっていい容貌。後の2人は20代後半と30代前半かと思われ、常人離れした格闘能力を持っている。
客室にいる優香たち生存者と、コクピット付近を根城にした犯人グループは、機内で対峙することになる。
優香は空手二段の腕前を誇るのだが、そんなものは彼らには通用しなかった。そして彼女以外は、およそ戦いには不向きな者ばかり。
しかし圧倒的な力の差で、あっという間に制圧されてしまうかと思いきや、そうはならない。犯人グループはなぜか、一定時間活動すると、その後は引き上げてしまってしばらく戦わないのだ。
実は彼らには体調に大きな "波" が存在するのだが、その原因も彼らの行動理由の一つになっている。
ゆえに、機内での睨み合いは長時間にわたることになる・・・
最初は『ダイ・ハード』みたいな、生存者たちとテロリストとのサバイバル・アクションかと思ったんだが、そういう爽快さとは無縁の物語が進行する。
空手の達人の優香がそれなりに活躍できるかと思いきや、初戦でコテンパンに痛めつけられてしまう。
生存者の足並みも揃わない。家族の元へ帰るために生き抜くと頑張るのは白山だけで、ヤワで頼りなさそうな陣内、ポケット六法全書を持ち歩くひねくれ者の小田と、まとまりのなさは半端ない。
要するに読者が「こうなるんじゃないか」「こうなってほしいな」という予想/願望をことごとく外しまくる展開が続くことになる。
そして終盤近く、犯人グループが自らの出自を明らかにすることで、物語は一転する。それまでも、それっぽい描写や発言もあって「ひょっとしたら」とは思ってたが。
文庫裏の惹句には「SFサスペンス」って銘打ってある。作中で明らかになる「NJ」なるものの設定がSF要素かと思ってたんだが、それだけではなかったということだ。
ただ・・・ちょっと唐突かなぁ。この時点で明かされても納得できない人もいるんじゃないかなぁ。ネタバレになるから内容は書かないが、○○○○○○○してきた経緯も説明がないし。「気がついたらこうなってました」では都合が良すぎないかなぁ?
"これ" をやりたいのだったら、物語の最初から "これ" をメインに出した展開にしても良かったんじゃないかとも思う。
犯人グループだって殺人狂集団ではなくて、やむにやまれぬ思いからこんな事件をしでかしているわけで、その背景には充分同情の余地がある。とはいっても、無関係な人間を大量に殺戮するのは悪魔の所業だが。
もっとも、犯人グループにスポットを当てすぎるとヒロイン・優香さんの影が薄くなってしまうかな。作者は犯人側の事情よりも、優香の "再起と成長" のほうにスポットを当てたかったのだろう。
作品の評価は人それぞれだと思うけど、少なくとも私にとっては ”心地よい読後感” とは言い難い物語でした。
不老虫 [読書・SF]
評価:★★★
東南アジア奥地に棲息しており、現地では "不老虫" と呼ばれている未知の寄生虫。それが日本に持ち込まれた。不老虫は3人の女性に寄生した状態で秋葉原近辺に潜伏しているという。
農林水産省の官僚・酒井恭平は、アメリカからやってきた専門家・ジャカランダとともに調査に向かうことになるが。
農林水産省・家畜防疫対策室の若手官僚・酒井恭平は、上司から寄生虫サトゥルヌス・リーチが日本に入ってくるとの情報を知らされる。そしてその事態に対応するために、アメリカからやってくる "専門家" のサポートを命じられる。
しかし、実際に "専門家" に会った恭平は驚く。20歳ほどの女子大生だったのだ。もっとも大学はさすがにスタンフォード大学だが(笑)。
彼女の名はジャカランダ・マクアダムス。東アジア系の容貌をもつ美女だ。彼女の追う寄生虫サトゥルヌス・リーチは、別名 "不老虫"。ある商社が日本国内に持ち込んだとの密告があったのだという。
彼女が連れてきたスナドリネコの "ビオ" は、不老虫を感知する能力があるのだという。恭平はジャカランダ、ビオとともに秋葉原駅近辺を巡回して不老虫を探すのだが・・・
まず、不老虫の設定が凄まじい。
東南アジアの奥地に棲息しており、哺乳類の子宮に寄生するのだという。体外に引っ張り出されても自在に動き回り、近くにいる哺乳類のメスを感知して体内への侵入を図る。一方、オスを感知すると一転して襲いかかるという凶暴さ。
切り刻んでも死なず、息の根を止めるには炎で焼き殺すしかないという驚異の生命力。寄生虫というよりほとんど異星生物、エイリアンという印象だ。
これが人口密集地の東京で解き放たれたら、一気に日本中に広まってしまう。これはたしかに怖い。
ジャカランダとビオが不老虫対策に呼ばれた理由は、ストーリーの進行とともに明らかになっていく。
そして、このとてつもなく危険な寄生虫を持ち込んだのは、日本の商社と製薬会社の混成チーム。なぜそんなことをしたのかは、こちらも中盤で明らかにされるのだが、こちらも社運を賭けているので一歩も引けない状況だ。
寄生虫蔓延を阻止するべく奔走する恭平&ジャカランダと、混成チームのせめぎ合いが描かれていく・・・
上のストーリー紹介部を読むと、ジャカランダ嬢も不老虫並みに人間離れした超人みたいに感じるかも知れないが、そんなことはない。最初こそ、ちょっととっつきにくいが、恭平とも次第に打ち解け、年相応の女性としての魅力も十分に描かれる。
悪役となる混成チームのメンバーについても個々に深掘りされていて、危険を知りつつも不老虫の持ち込みに協力する研究者たちの苦悩も描かれている。
ミステリというよりはサスペンス、もっと云えばSFなのだが、中国から出てきたコロナウイルスが瞬く間に世界中に蔓延してしまった現実を知った身からすれば、この物語を荒唐無稽と笑い飛ばすことはできない。
おそらく続編はないのだろうが、短編でもいいので恭平とジャカランダのその後が知りたいなぁ・・・