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真実の10メートル手前 [読書・ミステリ]

真実の10メートル手前 (創元推理文庫)

真実の10メートル手前 (創元推理文庫)

  • 作者: 米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/03/22
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

同じ作者の長編「さよなら妖精」の登場人物の一人、
大刀洗万智(たちあらい・まち)を主役としたミステリ短編集。
「-妖精」では高校生だった万智も本作では社会人となり、
新聞記者、さらにはフリーのジャーナリストになっている。


「真実の10メートル手前」
新興企業フューチャーステアが経営破綻し、
社長の早坂一太とその妹で広報担当の真理が失踪する。
東洋新聞の記者である万智は真理を取材するため、
彼女の潜伏先と見られる長野へ向かう。
手がかりは真理が妹・弓美(ゆみ)にかけた一本の電話のみ。
その内容から、万智は真理の居場所を推理していくが・・・


この事件の後、万智は新聞社を辞してフリーとなる。
その彼女がネパールで出くわした事件が長編「王とサーカス」。
本書の残り5編は、彼女が帰国してから後のエピソードとなる。


「正義漢」
夕方のラッシュを迎えた吉祥寺駅で起こった人身事故。
その現場で露骨に好奇心むき出しで取材を始める女性。
この女性こそ万智で、彼女の嫌らしいまでの取材姿勢にも
もちろん意味があるのだが。
彼女は事故の背後に潜む ”事件性” を的確につかんでいたのだ・・・

「恋累心中」
三重県で起こった、男女の高校生二人の自殺。
週刊誌記者の都留は、万智と共に彼らの通っていた高校へ向かう。
レトロでロマンチックな雰囲気さえありそうな心中事件の影に潜む
陰謀を暴く万智。

「名を刻む死」
飢餓による衰弱死と思われる男の死体が発見される。
彼の名は田上良造・62歳。
第一発見者の中学生・檜原(ひばら)京介のもとを訪れた万智。
良造は生前、日記に「名を刻む死を遂げたい」と記していた。
万智の取材に同行を申し出る京介だったが・・・
良造の生前における人となりには全く共感できないのだが
「明日は我が身」という言葉もある。
私自身、定年を迎えて肩書きのない身になるのもそう遠いことではない。
ちょっと身につまされてしまった。

「ナイフを失われた思い出の中に」
16歳の少年・松山良和が、20歳の姉・良子(よしこ)の一人娘で
3歳の花凜(かりん)をナイフで刺殺するという事件を起こす。
取材をする万智は、単純に思われた事件の深層に潜む
陰惨な真実を暴き出す。
「さよなら妖精」にゆかりの人物も登場する。
真相の意外さという意味では、本作の中では
いちばんミステリらしいミステリかなあ。

「綱渡りの成功例」
台風による豪雨に襲われた長野県南部。
土砂崩れによって孤立してしまった家屋から
戸波夫妻が救出されたのは4日後のことだった。
二人の命をつないだのは、買い置きしてあったコーンフレークだった。
救出に立ち会った消防団員・大庭の元を
大学時代の先輩・万智が訪ねてくる。
彼女は問う。夫妻の買い物先はどの店なのかと。
”ちょっといい話” で終わるはずのエピソードに潜む、
人に言えない秘密。確かに誇れる話ではないが、
そんなに悩むほどのことでも・・・って思ったんだけど、
マスコミに流れたらやっぱり物議を醸すだろうし、
中には厳しく糾弾する人も出てくるだろうなあ。


万智を探偵役とするミステリ・シリーズではあるのだけど、
プラスアルファ(というか作者としてはこちらがメインか)として
ジャーナリストである万智が事件と向き合う姿勢が描かれる。
なぜ取材するのか。どう取材するのか。
なぜ真実を知らなければならないのか。
そして何をどこまで伝えるべきなのか。
万智は聖人君子ではないし、もちろん
世俗を超えて悟りを開いたような完成された人格の持ち主でもない。
事件に遭うたびに迷い、戸惑い、悩む。
関係者に対しても時には親身になり、時には突き放す。
そのあたりが、謎解きだけに収まらない深みを
作品に与えているのだろう。

「王とサーカス」も読み終わってるので、近々感想を書く予定。

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