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東京ダンジョン [読書・冒険/サスペンス]

東京ダンジョン (PHP文芸文庫)

東京ダンジョン (PHP文芸文庫)

  • 作者: 福田 和代
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2016/11/09
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

裏表紙の惹句にこうある。
「東京の地下鉄がテロリストに支配された?」
こう書かれたら、どんな物語を想像するだろう。

たとえば、地下鉄の乗客を人質にしてトンネル内に潜み、
無理難題な要求を突きつけるテロリストと、
警察陣との虚々実々の駆け引きとか。

あるいは、迷宮のような地下鉄の線路内での、
犯人グループとテロ対策の特殊部隊との壮絶な戦闘シーンとか。

どうも私は、騒ぎがひたすら大きくなる方向への妄想ばかりが
頭の中を駆けめぐって、「きっとこうなるんだろう」って
勝手にストーリーを作ってしまう傾向にあるようだ。

この作者の『迎撃せよ』とか『潜航せよ』とかも、
同じような妄想で勝手に盛り上がり、
実際の内容との差に愕然としたりするんだけども。

作者からしたら、とっても迷惑な読者かもしれない。

閑話休題。


では、本書はどんな話なのか。

主人公は地下鉄の保線作業員・的場哲也。
列車運行の合間を縫ってトンネル内を歩き、
レール等の施設を点検することを業務としている。

ある日彼は、勤務中にトンネル内で不審な人影を目撃する。
折しもネット上には、東京の地下には "地底人" がいる、
という噂が駆けめぐっていた。

哲也の弟・洋次はニートだったが、最近になって
過激な言動で有名な経済学者・鬼童征夫(きどう・まさお)の
主宰する集会に通っていた。

地下鉄新線の開業が迫ったある日、
洋次が頭に重傷を負って発見される。
意識は戻ったものの、負傷時の記憶を失っていた。

事件の真相を追って鬼童の集会に探りをいれる哲也。
やがて記憶の一部を取り戻した洋次は、
兄に「地下鉄新線を狙う者がいる」と告げる。
そして哲也の前に、公安刑事・伊達が現れる・・・


とにかく、なかなか "テロリストが地下鉄を支配" しない。
彼らが地下鉄トンネル内に仕掛けた爆弾をもって
テロを宣言し、東京の地下への立ち入りを禁ずるのは
中盤あたりまで待たなければならない。

そしてここまで読んでくれば、たいていの読者は
鬼童の集会に集まったメンバーがテロリストになり、
鬼童がそのリーダーになるって思うだろう。
その予想は半分当たり、半分外れる。

また、普通だったら、主役の哲也が事件に巻き込まれて、
成り行き上テロリストと対決する、って展開になりそうにも思うが
その予想も外れる。

詳しく書くとネタバレになるんだが、
中盤以降になると俄然、鬼童がクローズアップされる。
後半の裏主人公といっていいだろう。
前半とは違う一面も垣間見えて、一筋縄ではいかない人物になってる。


とにかく本書は、読者の(私の?)予想を外しまくる作品だった。
じゃあ、がっかりしたか、つまらなかったかと言えば
そうでもないんだな。

テロリストとの対決を描いたサスペンスは数多くあれど、
本書はそのどれとも似ていない。そういう意味では新鮮だ。

テロリストたちのとる "戦術" も、持ち出す "条件" も、
彼らの真の "目的" も、意表を突くものばかり。
やや頭でっかちではあるけれど・・・

「おお」とか「そうくるか」とか「えー、それでいいの」とか
ぶつぶつ言ってる間に最後まで読んでしまったよ。

まあ、私の好みとはちょっと外れてる気もするが。


本書では、とにかく主人公・的場哲也の人物がいい。

テロリストが仕掛けた爆弾を探すためにトンネルに入るとき、
後輩の保線員から尋ねられる。「怖くはないのか」と。
哲也は「俺だって怖い」と答える。しかしこうも言う。
「地下鉄に一番詳しいのは俺たちだ。
 他の人に押しつけることはできない」と。

地下鉄の保守という、毎日の単調な業務。
しかし、乗客の命を預かり、
社会の重要なインフラを担っているという強い矜持。
まさにプロの仕事を最後まで貫徹する。

職業に貴賤はないと言うが、
どんな仕事も必要だから存在しているのであり、
誰かがそれをやらなければならない。

個人個人がそれぞれに与えられた本分を全うすることで
社会は回っていく。
考えてみれば当たり前のことなんだが往々にして忘れがち。
そんなことを思い出させてくれる作品だ。

「なんでオレがこんなことをしなけりゃいけない?」
なぁんて思いがちな自分を、ちょっと反省してしまう。


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