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虚像の道化師 [読書・ミステリ]

虚像の道化師 (文春文庫)

虚像の道化師 (文春文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/03/10
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

物理学者・湯川学の活躍するミステリシリーズ第7弾。
短編集としては4冊目。
いままでは5編ずつだったのだけど本書はなぜか7編収録。


「幻惑す(まどわす)」
 新興宗教『クアイの会』の取材に赴いた週刊誌記者・奈美。
 彼女の目の前で、教祖・連崎至光(れんざき・しこう)に
 問いつめられた教団幹部が5階の窓から身を投げる。
 自殺なのか、それとも何らかのトリックを用いた殺人なのか。
 物理の知識がある人なら、仕掛けの見当はつくかも知れないが
 それよりも教団内部の人間関係や奇跡を信じる人間の心理が
 深く描かれていて、なかなか興味深く読める。

「透視す(みとおす)」
 草薙が行きつけのバーを訪れた湯川。
 そこのホステス・アイは初見の客の名前や
 鞄の中身を "透視" して言い当てる "特技" を持っていた。
 そのアイが何者かに殺される。
 その原因は彼女の "透視" にあったのか?
 トリックもよくできてるけど、被害者とその継母との確執など、
 犯罪を取り巻く人間のドラマが胸を熱くさせる。

「心聴る(きこえる)」
 OLの睦美は、職場で謎の耳鳴りに悩まされていた。
 折しも、広告部の部長が自殺するが、
 不明な点が多く警察は捜査に乗り出していた。
 事件の解明と並行して描かれるのは、互いに同期生だった
 警視庁の草薙と所轄署の刑事・北原との出世を巡る確執。
 肝心のトリックについてはどうかなあ。
 現象は確認されてるけどまだ実用化はされてない技術らしい。
 でも、待ってたら誰かに先に使われてしまうかも知れないし。
 そのへんの見極めは難しそうだ。

「曲球る(まがる)」
 力が衰え、引退を迫られているプロ野球投手・柳沢。
 その妻・妙子が強盗に遭い殺されてしまう。
 最愛の人を奪われ、失意の柳沢だったが、
 殺害直前の妙子の不可解な行動が彼を悩ませる。
 ラストで湯川が解き明かした妙子の真意に、涙腺が崩壊した。
 他人の嫁さんの心が読めるんだったら、
 その気になれば結婚なんかすぐできそうなけどね、湯川クン。

「念波る(おくる)」
 会社を経営する磯谷のもとに電話がかかってくる。
 妻・若菜の双子の妹・春菜からのものだった。
 春菜は言う。「胸騒ぎがする」と。
 帰宅した磯谷が発見したのは、瀕死の重傷を負った妻の姿だった。
 双子の間にテレパシーは存在するのか・・・がテーマと思わせて
 さらにひと捻り。うーん、うまい。

「偽装う(よそおう)」
 大学時代の友人の結婚式に参加するために
 地方のリゾートホテルを訪れた湯川と草薙。
 しかし、ホテル近くの別荘地で作詞家夫婦が殺される。
 折しも豪雨によって土砂崩れが発生、
 警察が到着できない事態に陥る。
 捜査に協力する羽目になった草薙だが・・・
 現場の不自然さから真相を見抜く湯川だが
 これは凡人にはちょっとわからないんじゃないかなぁ。

「演技る(えんじる)」
 劇団主宰の駒井が殺害される。
 女優兼脚本家の敦子は、周到なアリバイ工作を巡らせるが・・・
 トリック自体はある意味単純なんだけど
 最後に明かされる事件の真相にビックリ、
 そして敦子の動機にもう一度ビックリ。
 いやはや東野圭吾はやっぱりすごい。


ガリレオ・シリーズって、トリックが "売り物" と思いきや、
読んでみると作品によってけっこう差がある。
一発芸みたいな大がかりなトリックを使った作品もあれば
ほとんどトリックらしいトリックが登場しない作品まで。
そして、読後に残る印象はトリック以外の要素の方が多い。

前回にも書いたと思うけど、
事件に関わる人々の愛憎や、常識に縛られた頑固な思考や、
疑似科学を信じてしまう心理の方に重点を置いて書かれている。
そこがこのシリーズが支持される理由なんだろうと思う。


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蝋人形館の殺人 [読書・ミステリ]

蝋人形館の殺人 (創元推理文庫)

蝋人形館の殺人 (創元推理文庫)

  • 作者: ジョン・ディクスン・カー
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/03/22
  • メディア: 文庫



評価:★★★

ミステリ黄金期の巨匠、ディクスン・カーの
新訳再刊シリーズの一冊。
パリの予審判事バンコランが活躍する長編の4作目。


元閣僚の令嬢・オデットの他殺死体がセーヌ川に浮かぶ。
彼女の足取りを追ったバンコランは、
被害者が最後に目撃された場所である蝋人形館に向かう。

そして中の展示場で、半人半獣の怪物サテュロス像の
腕に抱かれた死体を発見する。
第二の死者はオデットの友人にして
これも名家の令嬢・クローディーヌだった。

やがて、蝋人形館に隣接する怪しい秘密クラブが
事件に深く関わっていることが判明する。


先月に記事に挙げた『髑髏城』と同じく、
本書もまた密室や不可能犯罪ものではない。
でも、カーの持ち味は充分に発揮されていると思う。
それはストーリー・テリングの才能だ。

秘密クラブの経営者ギャランの堂に入った悪役ぶり、
蝋人形館の館主の一人娘・マリーも
序盤からは想像できない終盤での顔をみせてキャラ立ちも充分。

さらに語り手のジェフ・マール君も後半になると、
手がかりをつかむために自らクラブに潜入し、
図らずも大立ち回りを演じてみせる。
いやあ、彼はそんなキャラとはまったく思ってなかったから
この展開にはビックリ。

ミステリというのは時として、
事件発生の発端と結末の謎解きの間、
手がかりの収拾や関係者への聴取などの中盤が
退屈になりがちなものだが、本作では次から次へと
いろんな展開を見せてくれて飽きさせない。

そして、肝心の謎解き部分なんだが、名探偵バンコランは
現場に残された "ある手がかり" を糸口にして、
いとも鮮やかにするするっと意外な真相を引き出してみせる。

やっぱりこの作者は伊達に巨匠と呼ばれてないね。
今回も "密室がなくても傑作が書ける" ことを証明したカーでした。


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潜航せよ [読書・冒険/サスペンス]

潜航せよ (角川文庫)

潜航せよ (角川文庫)

  • 作者: 福田 和代
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/05/25
  • メディア: 文庫



評価:★★★

作者自ら「日本一、運の悪い自衛官」と宣う
安濃将文一等空尉を主人公としたサスペンス・シリーズの第2作。

前作『迎撃せよ』で、新型ミサイルを搭載した
自衛隊の戦闘機がテロリストに強奪され、
日本政府を脅迫する事件に巻き込まれた安濃。

事件から3年、ほとぼりを冷ますための硫黄島での勤務が明け、
北対馬にある長崎県海栗島レーダー基地勤務を命じられた安濃は、
フェリーで対馬へ渡る。

そのころ、劉曉江(りゅう・ぎょうこう)を艦長とする
中国人民解放軍に所属する原子力潜水艦《長征七号》は
青島(チンタオ)を出航、日本海へ向かう。

《長征七号》が搭載する核弾頭ミサイルの発射管室で
謎の爆発が起こり、現場に残された破片から
何者かが爆破物を仕掛けていたことが判明する。

時を同じくして北京では、
クーデターを目論む一団が暗躍を始める。
そのメンバーの一人は、劉艦長の弟・亜州に接触しようとしていた。

安濃のかつての部下、遠野真樹一尉は福岡の基地に異動していた。
安濃が対馬に配属になったことを知った彼女は、
海栗島基地に連絡を入れるが、
電話に出た男が安濃ではなかったことに愕然とする。
何者かが安濃の名をかたっている・・・


いずことも知れない場所に拉致・監禁された安濃、
彼の行方を追う遠野一尉、
《長征七号》内部で進行する陰謀に苦慮する劉艦長、
そしてクーデター勢力に誘われる亜州。

物語はこの4つのラインで進んでいく。


基本的にはミリタリー・サスペンスは好きなんだけど
本書の評価がいまひとつなのはいくつか理由がある。

ここから先はネタバレなのでご注意を。

まず、安濃があんまり活躍してない。
主役ではあるのでもちろん出番がいちばん多いんだけど、
今回は監禁場所から逃げだすこと、追っ手を振り切ることに
かかりっきりで、ほぼそれだけで終わってしまう。
つまり肝心の事件の解決にはほとんど関わっていないのだ。
そしてヒーロー的に目立つのは、終盤の遠野一尉の大活躍(笑)。

《長征七号》内のごたごたも、結局は劉艦長の手腕で収束するし、
クーデター騒ぎにいたっては、安濃たちが全く関わらないまま解決する。

だいたいタイトルがよくないような気もしてる。

前作『迎撃せよ』だって、テロリストの操縦する戦闘機を
迎撃するシーンはなかったし。

本書だって、『潜航せよ』なんてタイトルがついたら
私みたいな「潜水艦もの」大好き人間は
爆発で手負いになった中国原潜vs海自潜水艦の
追いつ追われつの息詰まるような追撃戦が描かれるのかなって
勝手に思ってしまうじゃないか。

もっとも、エピローグまで読んでくると、
このタイトルがダブルミーニングだったことが
分かるんだけどねえ・・・

そして、同じくエピローグで、作者がこのシリーズを
どの方向に持って行こうとしていたのかが分かる。

 要するに、次作からこのシリーズは
 next stage に入ることが予告されるのだ。
 うーん、果たして安濃くんは
 和製ジ○○○・○○○ンになれるのでしょうか?

なんだか文句ばかり書いてるけど、決してつまらない訳じゃない。
安濃くんの人柄は好きだし、相変わらす沙代さんはいい嫁だし、
遠野さんの "戦士" ぶりもカッコいいし。

要するに、タイトルから想起されるストーリーと、
実際の内容の差が大きいように感じられるんだな。

 「おまえが勝手に妄想してるだけじゃん」って異論は認める。

内容に即した『脱出せよ』とか『脱走せよ』とかのタイトルだったら
また評価も変わってたかも知れない。

前作で登場していたテロリストのメンバーの一人が
今回も登場している。
ひょっとしたら彼はシリーズキャラクターになって、
今後も安濃の敵として登場し続けるのかも知れない。

劉艦長の弟・亜州も今後再登場しそうだし、
本書は今後のシリーズに登場するキャラの
"紹介編" だったりするのかも知れない。

とりあえず、next stage には期待してます。
すでに第3作『生還せよ』が刊行されているとのことなので、
文庫になったら感想を載せます。


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