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死霊狩り(ゾンビー・ハンター) 〔全〕 [読書・SF]


死霊狩り【ゾンビー・ハンター】〔全〕 (ハヤカワ文庫JA)

死霊狩り【ゾンビー・ハンター】〔全〕 (ハヤカワ文庫JA)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/06/19
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

昔、「週刊ぼくらマガジン」というマンガ雑誌があった。
1969年11月から71年6月までと、約1年半という短命な雑誌だったけど
なぜか我が家にはあったんだよねえ。弟が買ってたのかも知れない。

どんな作品が載ってたのかも覚えていないんだけど、
なぜか1作だけ記憶に残ってたのが『デスハンター』という作品。

人間に取り憑いて凶暴化させる謎の生命体「デス」。
それが憑依した人間を密かに発見し、抹殺する組織「デスハンター」。
そのメンバーとなった元カーレーサー・田村俊夫の物語だ。

原作・平井和正、作画・桑田次郎という、
『8マン』を産み出した黄金コンビによる作品で、
平井和正はこの漫画の原作を小説形式で執筆していたという。
のちにその原作原稿を全面的に改稿し、細部を加え、改題したものが
本書『死霊狩り』(ゾンビー・ハンター)3部作。

第1巻が72年12月にハヤカワ文庫から刊行され、
のちに75年5月に角川文庫から再刊、同じく角川文庫で
第2巻が76年10月に、第3巻が78年1月に刊行されて完結した。

そして40年ぶり(マンガ『デスハンター』から数えれば約50年ぶり!)
に再刊されたのが本書である。
タイトルの後に〔全〕とあるのは、その3冊を合本してあるためで
文庫で650ページという堂々のボリュームになっている。

〔死霊狩り1〕
主人公・田村俊夫は、天才と呼ばれたカーレーサーだった。
姉の由紀子、恋人のブラジル人留学生ジャンジーラとともに
順調なレーサー生活を送っていたが、レース中に大事故が発生する。
負傷からは奇跡的な回復を果たしたものの、
事故発生の責任を負わされ、チームから解雇されてしまう。
自暴自棄に陥った俊夫は、再起に必要な大金を得るために
謎の秘密機関〈ゾンビー・ハンター〉に身を投じる。
密林での想像を絶する過酷な生存試験を突破し、
最終試験では重傷を負いながらも生き残る。
欠損した体の一部をサイボーグ化された上に、
さらに徹底的な暗殺テクニックを仕込まれ、俊夫は完璧な戦士となった。
〈ゾンビー・ハンター〉とは、宇宙からやってきた謎の生命体で
人間に取り憑いて凶悪化させる〈ゾンビー〉を抹殺する機関だった。
しかし、人間の命を軽視する ”司令官S” に反発した俊夫は
一方的に組織を抜けることを宣言するのだが・・・

〔死霊狩り2〕
〈ゾンビー・ハンター〉に復帰した俊夫は、司令官Sの命令で
アメリカ政府高官ロバート・ロスの暗殺を実行する。
しかし、ロスは〈ゾンビー〉ではなかったことが判明する。
「たとえ〈ゾンビー〉ではなくとも、
 〈ゾンビー〉を利する行動をとる者は抹殺対象である」
Sの言葉に、〈ゾンビー・ハンター〉が際限なく人を殺していく
暗殺機関になってしまうことを危惧する俊夫。
そして次のターゲットは、電機メーカー大手・コスモ電機の
技術者・加賀昭(かが・あきら)だった。
コスモ電機は密かにCIAと協力して軍事技術の開発をしていたが
その計画が頓挫してしまい、その陰に加賀の暗躍があったことが判明。
加賀を〈ゾンビー〉と判断したSは、俊夫に対して
幼い子ども二人を含めた加賀の家族全員の抹殺を命じるのだが・・・

〔死霊狩り3〕
カリブ海の孤島にある〈ゾンビー・ハンター〉基地に帰還した俊夫は
精神的な弱さを克服するために徹底した洗脳措置を施され、
一切の人間的感情を無くした殺人機械へと化していく。
そんなとき、基地に潜入した〈ゾンビー〉によって
動力源の原子炉が暴走を始め、パニックが広がる。
暴走は食い止めたものの、ハリケーンの襲来によって
本土との交通・通信は途絶し、〈ゾンビー〉の存在に怯えた
人間たちによる同士討ちが始まってしまう。
指揮官Sは、施設・人員に多大な損害を被った基地を見捨て、
自分が脱出した後に、核兵器によって
島ごと〈ゾンビー〉を葬ることを決断する・・・


本作が書かれた1960~70年代は、いわゆる冷戦時代。
アメリカもソビエトも、人類を何回も滅ぼせるような核兵器を
大量に保有してにらみ合っていた。
両国の代理戦争的な、ベトナム戦争も続いていた。

『ノストラダムスの大予言』なんて本がベストセラーになってしまうし、
”人類滅亡” なんて単語がけっこう身近に語られていたような気がする。

二度にわたる世界大戦を経験しながら、
いまだに戦争を止められない人間たち。
「人類って救いようがないくらい愚かだ」って思う人も多かっただろう。

戦争で金儲けをする ”死の商人” によって産み出された
改造人間兵士を描いた『サイボーグ009』(石ノ森章太郎)の
連載が始まったのが64年。

ラストが人類の滅亡で終わるマンガ版『幻魔大戦』
(平井和正・石ノ森章太郎の合作)が67年。

こういう時代背景のもとで描かれた本作『死霊狩り』(『デスハンター』)
も、陰惨で陰鬱な雰囲気に満ちている。

第3巻の「あとがき」で、平井和正は本書を
”人類ダメ小説” と呼んでいる。

 人類はできそこないである。
 人間だけが、仲間内の殺し合いを大がかりに、
 それも熱中してやってのける。それはどんな猛獣も及ばない。

本書の中でも、人体の破壊や殺戮の描写は凄惨の一語。
現代の基準からすれば、あまり過激に感じない人もいるかも知れないが
当時からしたら十分衝撃的だったし、ましてや
当時思春期だった青少年には大いなるショックだっただろう。

〈ゾンビー〉抹殺のためには、人間の命など歯牙にもかけない指揮官S、
そして、人間性を失って殺人マシンと化していく
俊夫をはじめとする〈ゾンビー・ハンター〉たちの描写は、
ある意味〈ゾンビー〉よりも恐ろしい存在に思えてくる。

そして、極めつきはそのラスト。
救いようのない結末というのは、このようなものを言うのだろう。


もっとも、その「あとがき」の中で平井氏本人は
”人類ダメ小説” はこれで打ち止め、と宣言しており、これからは
「このような末法の世を越えた先に ”救世主” が降臨する、
 ”浄化の時代” を描いていく」とも語っている。

それが作品として結実したのが、『死霊狩り』3部作が完結した翌年の
1979年から始まった『幻魔大戦』(小説版)と
『真幻魔大戦』だったのだろう。


本書を読み終わってみたら、マンガ版『デスハンター』と
大筋はほとんど同じだったのだけど、
いちばんの大きな違いは「エピローグ」の有無。

マンガ版では、後日談にあたる「エピローグ」が存在したのだが
小説版ではカットされている。
まあそのほうが、より ”人類の救いようのなさ” が
強調されると思っての判断なのだろう。

マンガ版に「エピローグ」があったのは、
少年誌での連載だったことを考えて、あまりにも ”希望の無いラスト” を
少しは緩和しようという配慮があったのかも知れない。

ちなみに、同じハヤカワ文庫から出ている
『日本SF傑作選4 平井和正』(日下三蔵編)には、
マンガ版『デスハンター』の「エピローグ」部分が
小説形式で収録されている。

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宇宙軍士官学校 -攻勢偵察部隊- 3 [読書・SF]


宇宙軍士官学校―攻勢偵察部隊― 3 (ハヤカワ文庫JA)

宇宙軍士官学校―攻勢偵察部隊― 3 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 鷹見 一幸
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/08/31
  • メディア: 文庫
大河スペースオペラ・シリーズの第2部第3巻。

前巻で、〈粛正者〉の支配宙域であるアンドロメダ銀河への
初の長距離偵察作戦を敢行した、有坂恵一たち第1次偵察艦隊。

恵一の指揮する第2艦隊は、撤退時には最後まで戦闘宙域に留まって
見方の脱出を援護し、さらには〈粛正者〉が支配する惑星についての
貴重なデータまで持ち帰ってきた。

しかし、帰還した恵一を待っていたのは強制休暇命令。
彼に抗命行為があったという申し立てが、偵察作戦を指揮していた
ザーラ少将からあったため、これから査問会が開かれるのだ。

思わぬ休暇を得た恵一は太陽系へ戻り、地球の復興を見学したり
バーツやリーなどと旧交を温めることになる。

 外伝『幕間』で登場した、復興局の生物回収員の
 平泉乃愛さんも顔を見せてくれる。私、この子好きなんだよねぇ。

士官学校では、恵一は教務主任ウィリアム率いる訓練生たちと
艦隊戦のシミュレーションを行うことになる。
訓練生たちは善戦するものの、しょせん恵一の敵ではない。

 うーん、ますます ”不敗の名将” っぽくなってきたね。

一方、アンドロメダ銀河への第2次偵察作戦が実施される。
動員されたのは、第1次作戦の100倍近い3万5000隻の大艦隊。
しかし〈粛正者〉側からの予想外の猛反撃を受け、
5000名あまりの将兵がアンドロメダ銀河内に孤立してしまう。

この非常事態で休暇が取り消された恵一は、
査問会のためにケイローンの母星シュリシュクに戻るが、
そこでは ”特殊長距離戦闘救援艦隊” の編成が進んでいた。
目的は〈粛正者〉の勢力圏の奥深くまで侵攻し、遭難者を救出すること。

査問会では「有坂少将の行為は抗命に非ず」との裁定が下るが、
その舌の根も乾かぬうちに救援艦隊の指揮を命じられることになる。

 まあ、お約束の展開と言えばその通りなんだけど、
 能力のある者は徹底的に使い倒されるというのは
 何処も同じですか。

新たに ”上級少将” に任ぜられた恵一が率いる救援艦隊は
直ちにアンドロメダ銀河へ転移、
戦闘救援行動(コンバット・レスキュー)に入ったところで次巻へ。


このシリーズ全般に言えることだけど、
「定石通り」や「お約束の展開」があちこちに見える。
だけどそれが陳腐に見えなくて、「そうだよねぇ、そうこなくちゃ」
って思わせるあたり、やっぱり作者は上手いと思う。

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カササギ殺人事件 (上下) [読書・ミステリ]


カササギ殺人事件 上 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件 上 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/09/28
  • メディア:文庫
カササギ殺人事件 下 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件 下 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/09/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

2018年に邦訳が刊行され、瞬く間に評判になって
各種の海外ミステリ・ランキングの1位を総なめにした作品。


物語は、出版社《クローヴァーリーフ・ブックス》の編集者、
スーザン・ライランドが自宅で新作ミステリの原稿を
読み始めるところから始まる。

作品名は『カササギ殺人事件』。
スーザンが担当している人気ミステリ作家アラン・コンウェイによる
「名探偵アティカス・ピュント」シリーズの最新作だ。
それはこんな話である。

*********************************

1955年7月。
舞台はサマセット州の田舎町サクスビー・オン・エイヴォン。
地元の名士、准男爵サー・マグナス・パイの屋敷で
家政婦メアリ・ブラキストンが死亡する。
彼女の死は事故として処理されたが
メアリの息子ロバートが殺したのではないかとの噂が広まっていた。

ロバートの婚約者ジェイ・サンダーリンクはロバートの汚名を雪ぐため
アティカス・ピュントを尋ねて助力を乞うが、
彼は「私にできることは何もない」と、彼女を追い返してしまう。

しかしその数日後、サー・マグナス・パイが首を切断されて殺される。
2人の死に関連があるとみたアティカスは
サクスビー・オン・エイヴォンに赴いて調査を始める。

その結果分かったことは、メアリにもマグナスにも、
殺害の動機を持つ者が少なくないことだった。

 実際、主要登場人物のほとんどに、2人の死を願う理由がある。
 いやあ、ここまで嫌われてる被害者たちも珍しい(笑)。

しかし、関係者への聞き込みを粘り強く続けたアティカスは
ついに真相にたどり着く・・・

*********************************

しかし、アランの原稿はここで終わっていた。
肝心の謎解きが行われる最終章がまるまる欠落していたのだ。

驚いたスーザンが《クローヴァーリーフ・ブックス》に出社すると、
さらなる衝撃が彼女を襲った。

編集部宛にアラン直筆の遺書が郵送で届き、それによると、
彼は不治の病で医師から死の宣告をされていたのだという。
さらに、アランが自宅の屋上から投身自殺をしたという知らせが。

スーザンはアランの自宅に向かい、原稿の残りを探して
関係者の人々と接していくうちに、
アランとその周囲の人々の関係が、『カササギ殺人事件』での
サー・マグナスとその周囲の人々の関係と
そっくり相似形をなしていることに気づく・・・


ひとつの長編ミステリの中に、まるまるもうひとつの長編ミステリである
『カササギ殺人事件』が組み込まれているという特異な作り。

しかも、作中作の長編自体がアランの死を巡る事件の
手がかりとなっているという、なんとも壮大な ”伏線” だ。

『カササギ殺人事件』の結末部が失われていたのも、
もちろん意味がある。

”アラン殺し” のパートでは、スーザンが探偵役となる。
彼女が最終的にたどり着く真相は、かなり意外なもの。
犯人の名前もそうだが、その動機がまた意外。
”ホワイダニット” の面でも傑作だろうと思う。

一方、作中作の『カササギ殺人事件』の方はどうか。
これも各所で言われているけど、クリスティへのオマージュ満載。
ユダヤ系ドイツ人という出自を持つ探偵役アティカスは、
外国人であるところやその前歴がポアロを彷彿とさせる。
舞台になる田舎町も、ミス・マープルが歩いていそうな雰囲気。
それ以外にも、あちこちにオマージュが ”仕込んで” あって、
熱心なクリスティー・ファンなら、ニヤリとしてしまうだろう。

行方不明だった最終章も後に発見されて、ちゃんと読むことができる。
こちらもクリスティー風かなぁ。真犯人の隠し方なんかまさにそれ。

端正につくられた本格ミステリをたっぷりと楽しめる、
「一粒で二度美味しい」贅沢な作品。


最後に余計なことを少し。

アガサ・クリスティーは、自ら産み出した名探偵である
エルキュール・ポアロが大嫌いだったらしい。
ポアロ最後の事件である「カーテン」を書いたときには
さぞやせいせいしたんだろうね(笑)。

横溝正史は金田一耕助に対してどう思ってたんだろう。
最後の事件である「病院坂の首縊りの家」で
アメリカへ旅立たせてしまったけど、
その後にも「悪霊島」を書いたし、
金田一耕助の登場する作品をもう一作くらい構想してたはず。
少なくとも嫌ってはいなかったのだろうな、とは思うが。

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僕らの世界が終わる頃 [読書・ミステリ]


僕らの世界が終わる頃 (新潮文庫nex)

僕らの世界が終わる頃 (新潮文庫nex)

  • 作者: 美月, 彩坂
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/03/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

主人公の工藤渉(わたる)は14歳。
進学校でもある中高一貫校に通っていたが、
1年前のある ”事件” がもとで不登校となり、
自宅に引きこもる生活を送っている。

11歳年上の兄・貴史は成績は優秀、人格は円満で
絵に描いたような順風満帆な人生を送っており、
それもまた渉にとってコンプレックスだ。

自室への引きこもりで、有り余った時間を
ネット・アニメ・マンガ・小説などへの逃避で
消費するうちに、渉はふとしたきっかけで小説を書くことを思い立つ。

主人公・門倉詩織は、渉にとっての ”理想の少女” として設定し
周囲にはクラスメイトや兄の友人などをモデルにしたサブキャラを配置、
舞台のモデルも、渉が住んでいる町だ。

ストーリーは、詩織が通う学校の女生徒が次々と
謎の殺人鬼の手にかかって死んでいく、というホラー・ミステリ。

小説を書くことに高揚感を覚えた渉は、ネットでの公開を思い立ち、
大手SNS〈モバイルシティ〉の小説投稿サイトに参加する。

『ルール・オブ・ルール』とタイトルをつけ、
作者名(ペンネーム)を「匿名少年」として投稿した渉の小説は
頻繁な更新もあって徐々に注目を集め始め、
やがて小説投稿サイトの人気第1位を獲得するまでになった。

しかし、それと同時に渉の周囲で不審な出来事も起こり始める。
連載中止を求める脅迫メッセージ、発信者が非通知の脅迫電話、
そして、渉の小説のシチュエーションそのままの状況で
女性が襲われるという殺人未遂事件まで起こる。

恐れをなした渉は『ルール・オブ・ルール』をサイトから削除するが、
こんどは何者かが「匿名少年」というペンネームで
勝手に ”続き” を書き始めてしまう。

そしてその ”続き” の通りに、さらなる事件が起こっていく・・・


あらゆるものから逃避して引きこもっていた渉が、
小説を書いてネットの世界に公開したことから
否応なく外の世界に関わらざるを得なくなっていく。

前半では、次々に起こるトラブルから逃げ回っていた渉だが、
いまでも彼のことを気にかけてくれるクラスメイトである
風間大悟と中村加奈の存在によって
(加奈も『ルール・オブ・ルール』のサブキャラのモデルの1人)
後半になると ”殺人鬼” の犯行を食い止めるための
”反撃” を考えるようになる。

中盤過ぎからの、ネット小説を通じての ”対決” というのは
面白い趣向だと思う。渉と犯人の ”頭脳戦” 的な要素もあり、
いままでダメダメだった渉くんも、ここでやっと主人公らしくなる。

”犯人” は小説の舞台が渉の住む町であることに早々に気づいているし、
しかも渉の個人情報を手に入れることができることから
彼の周囲、それもそう遠くないところにいる人物だろう・・・
というのはかなり早めに見当がつくのだけど、
そういう風に考えると誰でもOKなように思えてきて、
読む方としてはなかなか ”こいつ” と絞り込めない。
そのあたりのコントロールというかさじ加減は上手いと思う。

渉は長い引きこもり生活で、何に対してもすっかり臆病になっている。
それもあって、冒頭からずっと陰鬱な雰囲気が続くのだけど、
曇り空の隙間からちょっと晴れ間がのぞいたような、
希望を感じさせるエンディングを迎えるので、読後感は悪くない。

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アンドロイドの恋なんて、おとぎ話みたいってあなたは笑う? [読書・SF]


アンドロイドの恋なんて、おとぎ話みたいってあなたは笑う? (ポプラ文庫ピュアフル)

アンドロイドの恋なんて、おとぎ話みたいってあなたは笑う? (ポプラ文庫ピュアフル)

  • 作者: 真未, 青谷
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2018/12/01
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

昨今のライトノベル風な長めのタイトルは苦手なんだけど
買ってしまいました(笑)。

「アンドロイド」と聞いて、スマホのOSしか
思い浮かばない人もいるかも知れないので、
いちおう念のタメに書いておくと
本書で言う「アンドロイド」とは、”人間の外観を模したロボット”、
いわゆる ”人間型自律ロボット” のことだ。

そして内容もタイトルそのままに、
アンドロイドと人間と恋愛を描いたラブ・ストーリーだ。

上記のように私は本書に★4つつけた。
しかし、どこがよかったのかを書き出そうとすると
ことごとくネタバレにつながりそうで正直困っている。

というわけで、ネタバレにならない範囲でストーリーの紹介から。


ヒロイン(?)かつ語り手は、外見が人間と見分けがつかないほど
精巧に作られたアンドロイド・佐藤真白(さとう・ましろ)。
設定年齢は19歳。ある病院で受付係として働いている。
そこは脳電義肢(脳波を読み取って指先などを自由に動かすことができる)
を装着した患者のリハビリテーションに特化した施設だ。

真白がアンドロイドであることを、病院のスタッフは知らない。
人口減少に伴い、人間型ロボットの需要は高まることが予想されるが
未だに人間そっくりのアンドロイドに忌避反応を示す人は少なくない。
そこで、アンドロイドを人間と共に働かせる実証実験の一環として
真白はこの病院に送り込まれたのだ。

ある日、真白は20歳の大学生・響(ひびき)と知り合う。
交通事故で両手と右足を失い、脳電義肢を装着した響は
リハビリのために真白の働く病院へ通っていた。

義肢の操作訓練の一環として彼が行っていた
トランプのカードマジックを通じ、
真白は響と言葉を交わすようになっていく。

真白は毎日、”終業” 時にその日の記憶情報の圧縮処理を行うのだが
響と過ごす時間を重ねるうちに、
その処理作業に支障を来すようになっていく。
この状態が ”エラー” と診断されたら、次回の定期メンテナンスで
全ての記憶が初期化されてしまうかも知れない・・・

要するに真白は響に ”恋” をしてしまい、
彼と共に過ごした記憶を消去されるのを恐れるようになっていくわけだ。


「人間とアンドロイドの恋なんて、成就しないのが当たり前。
 悲恋に終わるのが目に見えているじゃないか・・・」
大方の人はそう思うだろうし、私もそう思った。
だからこそ、この ”二人の恋" をどう決着させるのか。
そこに注目していたのだけど・・・


まずSFとして。

ロボットSFは数あれど、この手の
人間に奉仕するために産み出されたロボット、
人と友好的な関係を築いたロボットを描いたものに
しばしば登場するのは、その ”健気さ” だ。

近年読んだ作品を思いつくままに挙げると、
たとえば小川一水もロボット(AIを含む)ものの佳品を書いてる。
「ろーどそうるず」(『アリスマ王の愛した魔物』所収)とか、
「イヴのオープン・カフェ」(『煙突の上にハイヒール』所収)とか。

山本弘の「詩音が来た日」(『アイの物語』収録)も忘れがたい。
女性型介護ロボット・詩音が福祉施設で介護実用試験を行いながら、
人間とのさまざまな関わり合いを経験・学習してゆき、
やがて施設の人たちにとって、”機械を越えた” 存在となってゆく様を
感動的に描き出している。

本書でも、真白が響のためにその身を挺する場面がある。
興を削ぐので詳しくは書かないけど、
ここで涙腺が緩んでしまったことは書いておこう。

しかし本書を構成する要素は、SFだけではない。

ここから先に書くことは、ネタバレではないけれど、
勘のいい人なら結末が予想できてしまうかも知れない。
なので、これから本書を読んでみようという人は
以下の文章を読まないことを推奨する。


本書に登場するのは、「人間そっくり」なアンドロイド。
SFでは頻繁に登場するけれど、実際にこれをつくるのは至難の業だ。


人間そっくりのアンドロイドをつくる上で、
「不気味の谷」という言葉がある。
これを説明すると長くなるので詳しく書かないけど、
(気になる人はググってください)
この言葉に代表されるように「人間と見分けがつかないほどのロボット」を
つくり出すには、現在の技術では未だ不十分だ。

本書の時代設定は、作中で明言されていないのだけど、
そう遠くない未来。たぶん10~15年後くらいと思われる。
はたして、それくらいの近い未来で「不気味の谷」を克服して
嫌悪感無く受容できる「人間そっくりな外見」をもち、
そして「人間そっくりに受け答えできるAI」は実現できるのか?

次に、そのアンドロイドを動かすのが自律型のAIであること。
本書は真白の一人語りで進行するのだが、
その中で真白は響への ”恋情” を隠さない。
あたかも ”感情” を持っているかのように ”内面” を吐露していく。
このような「感情(のように見えるもの)をもつAI」は可能なのか?

まあ大方の人は
「外見もAIも、そこのところはOKにしないと話が始まらないじゃないか」
ということで目をつぶるのだろうが、コメディならばともかく、
シリアス路線の本作のようなアンドロイド(及びAI)の描き方に、
どこかしら釈然としないものを感じる人もいるかも知れない。
少なくとも私はそうだった。

 これが1970年代とかの昭和の時代のSFだったら
 けっこうすんなり納得してしまうのだろうなぁ。
 (この頃に描かれたロボットは、やたらと人間ぽいのが多かった。)
 なまじ「人間そっくりのロボット」までの技術的なギャップが
 現実的に見え始めた現代だからこそ
 この手のロボットの話は描きにくいのかも知れない。


しかし、本書のストーリーは中盤過ぎに大きく大転換を迎える。
そして、上記のような「フィクションなんだから」と
スルーしてしまうようなところも、ここで納得できる説明がなされる。
(あくまで作中の設定としてだが)


終盤に入ると、さらに意外な事実が明かされ、
それにびっくりさせられたのも束の間、
ラストに至るともっと大きな ”仕掛け” が現れる。
これには正直驚かされてしまった。
実際、読んでて「えぇ!?」って口に出してしまったくらい(笑)。


デビュー作「鹿乃江さんの左手」の記事で、私は作者のことを
「ミステリもサスペンスも達者にこなす」と書いたが、
まさに本書の終盤はサスペンスに満ちていて、
それに加えて、周到に伏線が張られたSFミステリとしても
秀逸にできあがっている。


そして読み終わってみると、紆余曲折はありながらも
「アンドロイドが人間を ”愛する” ことはできるのか?」
というテーマをしっかり描いていたことに気づかされる。

そしてそれは
「人間がアンドロイドを ”愛する” ことはできるのか?」
という問と表裏一体をなしていることも。


本書を構成しているアイデアは、ひとつひとつ取り出せば
先行作品があるものがほとんどだろう。

しかしそれらを絶妙に組み合わせて、
ロボットSFでもあり、サスペンスでもあり、ミステリでもあり、
そしてなによりも感動的なラブ・ストーリーに仕上げてみせた
作者の力量は素晴らしいと思う。

とはいっても、かなり虚構性が高い作品なので、
評価は分かれるかも知れない。
私自身は、いくつになってもこのような作品が
楽しめるようでありたいとは思っているが。


最後に余計なことをちょっと。

実は本書を読む前、裏表紙の惹句を目にしたときに
私のアタマの中に浮かんだのは、マンガ『火の鳥・復活編』だった。

巨匠・手塚治虫のライフワークともいわれる
大作シリーズの一編で、ご存じの方も多いだろう。
初めて読んだのは大学生くらいの頃だったと記憶している。

『復活編』は、人間の少年・レオナが
旧式なロボット・チヒロに恋をする話だ。
もちろん ”二人” の前には様々な障壁が現れる。
”二人” はそれらを乗り越え、数奇な運命を辿っていくことになる。

いまでも印象的なシーンをいくつも覚えているし、
『火の鳥』シリーズの中では一番好きなエピソードになっている。

”人間とロボットの恋” という以外は
本書とはほとんど共通点がない作品だけど、
もし未読の方がいたら、これを機会に目を通してみては如何かと。

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死香探偵 哀しき死たちは儚く香る [読書・ミステリ]


死香探偵-哀しき死たちは儚く香る (中公文庫)

死香探偵-哀しき死たちは儚く香る (中公文庫)

  • 作者: 喜多 喜久
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/03/19
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

主人公・桜庭潤平は、特殊清掃員として働いているうちに
遺体の放つ屍臭を「いやな臭い」ではなく「食べ物の香り」に
感じるような特殊体質になってしまう。
ちなみに特殊清掃とは、孤独死した住人の部屋を、
腐乱した遺体を含めてきれいに ”清掃” すること。
東京科学大学の薬学部准教授・風間由人(よしひと)は
潤平の特殊能力に気づき、彼を助手として採用する。
この二人組が殺人事件の真相に迫っていく連作短編集、その第3弾。

「第一話 増殖する死は、人知れず香る」
潤平は、風間の大学で4件の遺体発見現場から採集した空気中の
死香の ”鑑定” をすることになった。
その結果、2件のサンプルにはそれぞれ2種類の死香が含まれ、
しかもどちらにも同じ死香が含まれていることが判明する。
2件の遺体発見現場は近く、時期も4日しか離れていない。
風間は連続殺人の可能性を疑うが・・・

「第二話 水辺に揺蕩(たゆた)う死は、野性的な香り」
多摩川の河川敷で、男性の足首が発見される。
警察による捜査が進む中、潤平も自ら遺体の捜索に乗り出す。
自転車で堤防沿いに川を遡っていった彼は、男性の頭部を発見したが。

「第三話 病床の死を包む、金木犀(キンモクセイ)の香り」
菅谷史博(ふみひろ)は夜道で暴漢に襲われ、脳に大きなダメージを負い
意識不明のまま人工呼吸器をつけた植物状態となった。
しかし何者かが病院に侵入して人工呼吸器を停止、史博は死に至る。
潤平が強い死香を感じ取ったのは、史博の父・浩太郎と
弟・智則の二人からだったが・・・

「第四話 死を司る悪意は、妖しく香る」
潤平の住むアパートに、差出人不明の郵便物が届く。
大学で調べたところ、中身はGPS発信器であることが判明する。
何者かが潤平の死香感知能力を狙っているとみて、
風間は潤平にホテルへの避難を命じる。
しかし、気が緩んで外出してしまった潤平は、
何者かに謎の液体を吹きかけられ、嗅覚を失ってしまう・・・


”死香” という架空の存在を推理の根底に据えるというシリーズなので
厳密な意味でのミステリという雰囲気は薄いかな。

本書の中では、「第三話」がいちばんミステリらしいと思う。
「第一話」の複数の死香の謎も、なるほどそういう使い方もありか。
「第四話」の最後のオチに「それはないよ」とも思ったが。

しかし、風間と潤平の間の疑似BL臭はどんどん強くなってきたなあ。
これ以上進んだら、ちょっとついていけないかも(笑)。

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