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サロメの夢は血の夢 [読書・ミステリ]


サロメの夢は血の夢 山崎千鶴シリーズ (光文社文庫)

サロメの夢は血の夢 山崎千鶴シリーズ (光文社文庫)

  • 作者: 平石 貴樹
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/09/25

評価:★★★☆


 会社社長・土居盾雄(どい・たてお)が東京の自宅で首を切断されて殺された。現場に残されたのはビアズリーの『サロメ』の複製画。そしてその夜、盾雄の娘・帆奈美(ほなみ)の死体が発見される。遺体はミレーの『オフィーリア』を模したように、小川に浮かんでいた・・・

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 『シールド・エンターテインメント』社長・土居隆雄の首が、東京・中野の自宅で切断された状況で発見された。現場の壁にはビアズリーの『サロメ』の複製画が留められていた。

 そしてその夜、盾雄の娘で画家の帆奈美(ほなみ)の死体が軽井沢で発見される。遺体はミレーの『オフィーリア』を模したように、小川に浮かんでいた。

 ちなみに、どちらの絵も文庫本の口絵ページに載っているので、とても親切だ(笑)。

 帆奈美が父親を殺してから自殺をしたものと思われたが、車椅子の弁護士・山崎千鶴は独自の調査を開始する・・・


 本書のいちばん大きな特徴は、語り手が頻繁に入れ替わること。普通は三人称だったり、語り手の一人称だったりするのだが、本書ではこの一人称の語り手が頻繁に入れ替わる。それも、ほぼすべての登場人物が語り手を務めると言っていい。

 例えば冒頭は、死体を発見した社長付の運転手 → 盾雄の義弟で『シールド』支社長 → 『シールド』社員 → 盾雄の亡妻の妹、というように、そのシーンごとに、語り手となる人物が入れ替わる。そして目の前の光景を語るだけでなく、そのときの語り手の心境や考えたことまでさらけ出してしまう。

 もちろん、犯人が語り手となるシーンもあるわけだが、そのときはもちろん犯行に関する内容や動機につながるような事実関係は伏せられる。つまり、どの人物も心の内側まで語っているが "すべてを語っているわけではない" というわけだ。

 この利点は、人間関係の把握がしやすいというところか。盾雄の長男、その婚約者とその姉、盾雄の亡妻の妹、その夫、その娘など、盾雄の親族だけでも数が多い。さらに盾雄は社内に "反体制派" を抱えていて、仕事関係の登場人物も少なくない。

 そして彼ら彼女らの間には、複雑な愛憎を伴う人間関係が潜んでいる。通常の手法だと、このあたりを描くだけでけっこうな尺を取ってしまいそうだが、本書では出てくる人物が、みな自分からどんどん語ってしまうので読者には丸わかり。人間関係の把握はしやすいと言える。
 逆に言うと情報量が多すぎて、事件解決につながる "必要な情報" が埋もれてしまう。登場人物の内面を描くというのはけっこうな手間だろうが、読み手にとっても真相への道筋が見えにくくなるので、作者からすると苦労のしがいはあるのかもしれない。


 内面が描かれることによる驚きもある。この人物はこんなことをしていたのか、こんなことを考えていたのか、という意外性だ。
 その最たるものは、探偵役として登場する弁護士・山崎千鶴だろう。彼女が事件に関わっていくのは正義感が理由ではなく、単純に犯罪というものに心躍らせるものを感じるから。恋愛関係にも大胆で、けっこう奔放でもある。
 そのあたりも赤裸々に語られていくので、読んでいる方が驚くやら照れるやら(笑)。弁護士というとお堅いイメージがあるが、読者はその落差に驚くことになるだろう。でもまあ、考えてみれば弁護士さんだって人間だからね。こういう面もあって然るべきではある。

 事件は、意外な人間関係の発覚と同時に動機も判明して一気に解決へ向かう。こんな実験的な手法の作品で、作者は最後まで肝心なところを隠しおおせたわけで、やはりたいしたものなのだろう。


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