ノースライト [読書・ミステリ]
評価:★★★★☆
主人公・青瀬稔(あおせ・みのる)は建築士。
世がバブル景気に沸く頃、彼もまた華やかな建築の第一線で働いていた。しかしインテリア・プランナーとして働く妻・ゆかりとの間には隙間風が吹き始める。やがて妻子とは別れ、バブルの消滅と同時に仕事までも失ってしまう。
その後、友人・岡嶋の建築事務所に拾われ、生活のために意に沿わない仕事を続ける日々。一人娘の日向子(ひなこ)はゆかりのもとで養育されていて、中学生になった。娘と定期的に合うのが唯一の安らぎの時だ。
そんなとき、吉野と名乗る夫婦が青瀬の前に現れる。青瀬が過去に設計した建物を見て惚れ込み、自宅の設計を依頼してきたのだ。
場所は信濃追分。そこに80坪の土地があるという。
「すべてお任せします。青瀬さん、あなた自身が住みたい家を建ててください」
吉野の言葉に奮い立った青瀬は ”入魂の一作” を造り上げる。その家は大手出版社が刊行した「平成すまい200選」にも掲載され、まさに彼の建築家人生の最高傑作となった。
しかし、吉野夫妻への引き渡しが終わった後にも拘わらず、その家には誰も住んでいないらしい、との情報が。現地へ出かけた青瀬が見たものは、生活の痕跡が全くない屋内の様子だった。唯一、吉野が持ち込んだと思われる古ぼけた椅子が一脚だけ置いてあった。
その椅子は、建築家ブルーノ・タウトの設計によるものと思われた。彼はナチスドイツに追われて1933年から3年半の間、日本に滞在していた。
ちなみにタウトは実在の人。てっきり作者の創作かと思ってたよ(笑)。
青瀬は日本滞在中のタウトの足跡を追って椅子の出所を探り、そこから吉野夫妻の足取りを掴もうとする。
彼らは何らかのトラブルに巻き込まれたのか?
そして、青瀬に設計を依頼してきた真意は何だったのか?
一方、岡嶋設計事務所の地元S市では、「藤宮春子メモワール」の建設構想が発表される。藤宮春子はS市出身の画家で、生前パリに暮らし、死後に発見された作品群で人気が高まったことから、観光の目玉として美術館を建設しようというのだ。
建築に先だってコンペ(設計競技)が開かれることになり、岡嶋の事務所も参加することに。青瀬もその中心となって設計を進めていたが、予想外の事態が勃発し、事務所は絶体絶命の危機を迎えてしまう・・・
本書は文庫で540ページほど。
物語は吉野夫妻の消息を追う探索行と、メモワールの設計コンペに参加する岡嶋設計事務所のメンバーたちの動きの、二つのラインで進行していく。
ミステリではあるのだけど、「建造物を設計する」とはどいうことなのか、どのようなプロセスで進んでいくのか、も詳細に描かれるので ”お仕事小説” の側面もある。これがまた面白い。
物語の冒頭から、青瀬が野鳥に詳しいエピソードが随所に織り込まれてくる。これに限らず、随所に蒔かれた伏線があとあとになって効いてくるあたり、やはり上手いなあと思う。
吉野夫妻を巡る謎は、後半に入ると予想外の方向へと発展していく。
ストーリーはどちらかというと緩やかに進んでいくのだが、終盤に至って激動の時を迎える。
そして最後の50ページの怒濤の展開。圧倒されると同時にあふれる涙を抑えられなくなる。やっぱり横山秀夫はスゴい。
バブルの狂乱の中、仕事も家庭も失った男が、公私にわたる試練を乗り越えて再起を果たしていく感動のストーリーだ。
そして迎えるラストシーン。その素晴らしさ、清々しさは特筆ものだ。