たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説 [読書・ミステリ]
たかが殺人じゃないか: 昭和24年の推理小説 (創元推理文庫)
- 作者: 辻 真先
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2023/03/20
- メディア: 文庫
評価:★★★★☆
昭和24年、学制改革によって、旧制中学校(5年制)は新制の「中学校3年+高等学校3年」へと改組された。
旧制中学5年生だった風早勝利(かざはや・かつとし)は、新制高校の3年生へと進級した。同時に男女共学となり、1年間の高校生活を送ることになった。
そして夏休み。部活動の合宿で訪れた温泉で密室殺人に遭遇、さらに旧軍施設の廃墟で第2の殺人が起こる・・・
『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』に続く "昭和ミステリ" シリーズ、第二弾。
舞台は昭和24年の名古屋。主人公の風早勝利は、旧制中学を新制中学/高校へと改組する学制改革によって、この春から東名学園高校の3年生となり、1年間のみの高校生活を送ることになった。
同時に男女共学となるが、思春期の男女が一緒に教室で過ごすことに懸念を示す大人たちも少なくなかった。
修学旅行が中止になってしまったのも、旅先で生徒たちが "羽目を外す" ことを教育委員会が恐れたから、との噂もあった。
勝利は推理小説研究部の部長。部員は神北礼子と二人だけ。
彼の親友・大杉日出夫は映画研究会の部長。部員は薬師寺弥生と二人だけ。
もっとも、この二つの部は普段から一緒に活動していて、顧問も代用教員である別宮操(べっく・みさお)が兼任している。
そこへ、上海から引き揚げてきた咲原鏡子(さきはら・きょうこ)が加わるところから物語は始まる。
上海に渡る前の鏡子の話を聞くうち、勝利は幼い頃に彼女を見かけていたことを思い出す。その鮮烈な記憶から、やがて鏡子に淡い想いを寄せていくようになるのだが、意外なところから彼女の "秘密" を知ってしまう。
別宮の提案で、生徒たちは中止になった修学旅行の代わりに、奥三河の湯谷(ゆや)温泉で一泊の合宿を行うことになった。
現地に到着した一行は、『夢の園』の取材にかかる。かつて観光地だったが今は廃園となっている場所だ。隣接する博物館の横には「民主1号」と呼ばれる簡易住宅のモデルルームがあった。
しかしそこに異様な匂いと蠅の飛ぶ音が。それに導かれた一行は「民主1号」の中に死体を発見する。しかし現場は内部から施錠された密室状態だった。
さらに、旧軍の廃墟の中でバラバラ死体が発見されるという展開に。被害者はいずれも地元の名士たち。
別宮は、事件解決のために、旧知の那珂一平(なか・いっぺい)を呼び寄せるのだが・・・
当時の名古屋の風景や風俗の描写も、さすがに実物をその目で見ていた作者ならではのリアルさを感じさせる(まさに昭和24年のときに作者は17歳だったのだから!)。
終戦後4年目という時代。まだ戦争の混乱は残っているがおおむね世相は落ち着き、人々も平穏な日々を過ごしている。男女別学から共学へと変わり、新しい環境のもとでの生徒たちの描写が実に楽しげである。
特に主人公たちは生き生きと学生生活を送っているようで、不毛だった自分の高校時代(T_T)を思い出すと、羨ましいとすら感じてしまう。お互いをあだ名で呼び合うのも楽しい。
勝利はミステリ作家志望、作中でも長編ミステリを執筆中だ。実家の料亭で出した料理から "カツ丼" というあだ名。礼子は "級長" と呼ばれるほどのしっかり者で成績もトップ。
日出夫は無類の映画好きで、色が黒いので "トースト"。弥生は元華族の出で "姫" と呼ばれているが、明朗で愛嬌たっぷり。
そして上海帰りの美少女・鏡子は "クーニャン"(姑娘:中国語で若い未婚女性を指す)と呼ばれることになり、彼ら4人に迎えられていく。
4年前までは戦争が続いていたわけで、名古屋も空襲に遭っている。登場する高校生たちもそれを経験してるわけで、死体を見ても動じないところは時代を感じさせる。
死体が短時間の内にバラバラにされてしまうという第2の殺人のトリックは見当がつくかも知れないが、密室殺人のトリックはけっこう大胆で、ちょっと見破れないだろう。
タイトルの「たかが殺人じゃないか」は、作中に登場する人物の台詞。これもまた、本作の時代背景と無縁ではない。この言葉が登場するシーンが、本作のミステリとしてのキモになる。
そしてなによりラストの5行が効いている。誰もが「やられた!」と思って本文を読み返してしまうだろう。
いやはや88歳(本作執筆時)になっても、こんなことを思いつくなんて。作者の心は ”若さ” を失っていないことを証明している。
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