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歪んだ名画 美術ミステリーアンソロジー [読書・ミステリ]


美術ミステリーアンソロジー『歪んだ名画』 (朝日文庫)

美術ミステリーアンソロジー『歪んだ名画』 (朝日文庫)

  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2021/01/07
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 掛け物、陶磁器、絵画など美術に関する作品を収めたアンソロジー。


「雪華弔刺し」(赤江瀑)
 かつて "彫経"(ほりきょう)と呼ばれた伝説的な彫師(ほりし)・大和経五郎が亡くなった。通夜に訪れた茜(あかね)は、11年前を回想する。
 愛した男のために、自らの身体に彫物をすることを決意した茜に、彫経は異様な条件をつけるのだった・・・
 ラストになって様々な事実が明らかになるのだけど、ミステリ要素よりも、刺青(いれずみ)というものに魅せられてしまった人々の、凄まじいまでの "業" が印象に残る。


「椛山訪雪図」(泡坂妻夫)
 趣味人の別腸(べっちょう:これは雅号で、いわゆるペンネーム)の留守中、家に賊が入り、住み込みの女性・かずらが殺害されてしまう。そして二幅の掛け物(掛け軸になった絵:”幅”[ふく]は掛け物を数える数詞)が盗まれていた。
 しかし後日、別腸が確認したところ、盗まれたはずの一幅が戻っており、代わりに別の一幅がなくなっていた。犯人が再び侵入したのだろうか・・・
 終盤に登場する宝井其角(たからい・きかく:松尾芭蕉の弟子)の句の解釈と、そこから真相に至る流れが見事。


「窯変天目の夜」(恩田陸)
 元裁判官の関根多佳雄(せきね・たかお)は、美術館で曜変天目の茶碗を見て、友人の司法学者・坂寄順一郎(さかより・じゅんいちろう)の死を回想する。当時、順一郎は徐々に体調を崩しており、自然死と思われたのだが・・・
 多佳雄は作者のデビュー作『六番目の小夜子』に、メインキャラの一人・関根秋(しゅう)の父親として登場している。本作では彼が順一郎の死について "ある可能性" に気づくシーンで終わる。確かにこういう状況なら、あり得ることかも知れない。
 関根一家は時折ミステリ作品に登場してるんだけど、読者としては秋くんと沙世子さんの "その後" が知りたいなぁ・・・でもまあ、それこそ "描かぬが花" なのかも知れない。


「老松ぼっくり」(黒川博行)
 大阪に店を構える古美術商・立石(たていし)のもとへ、蒲池(かまち)という男が現れる。彼は立石と長年に渡って付き合いがある横浜の資産家の代理人だ。資産家の孫が結婚することを契機に所有するコレクションを整理することになり、一部を売却することになった。その買い取りを依頼してきたのだ。しかし売買契約を交わした直後、立石の元に神奈川県警の刑事がやってくる・・・
 古美術という業界で、騙し騙される闇の世界を描いた作品。立石の反撃が読みどころ。


「カット・アウト」(法月綸太郎)
 無名だった画学生、桐生正継(きりゅう・まさつぐ)と篠田和久。やがて二人はモダン・アートの世界で大成するが、17年前に桐生が死んだばかりの妻・聡子の遺体に絵を描くという事件を起こし、それ以来交流を断っていた。その後桐生はアメリカに渡り、二度と絵を描くことなく亡くなった。
 桐生の墓参にきた篠田は、桐生の甥で高校の美術教師をしている岳彦と出会い、17年前の出来事の真相を知らされる・・・
 芸術家の考えることというのは俗人には理解しがたいのだけど、本人の中では首尾一貫しているのだろう。
 タイトルにもなっているが、作中にアメリカの画家ジャクスン・ポロックの「カット・アウト」という絵が登場する。どんな絵なのかが文章で説明されてるのだけど、どうにもイメージがわかないので(想像力が貧困なのです)、ネットで検索して見てみた。百聞は一見に如かず、ですね。
 この絵を知らない人は、本作を読む前に確認しておいた方がいいと思う。


「オペラントの肖像」(平山夢明)
 第三次世界大戦が起こり、かろうじて生き残った人々は、すべての人間に「条件付け(オペラント)」を義務づけることにした。これによって犯罪は激減したが、"芸術" に触れてしまうと「条件付け」が無効化されることが判明する。
 そのため、"芸術" は弾圧され、また "芸術" を隠し持つことも厳罰に処せられるようになっていた・・・
 ミステリとしての仕掛けもあるけど、「華氏451度」(レイ・ブラッドベリ)の芸術版という趣き。


「装飾評伝」(松本清張)
 42歳にして不慮の死を遂げた、異端の天才画家として知られる名和薛治(なわ・せつじ)。彼の評伝を書こうと思った「私」は、彼に関する資料がほとんど存在せず、芦野信弘という人物が書いた『名和薛治』という書物だけが、ほとんど唯一のものであることを知る。
 その芦野の訃報が新聞に載った。「私」は芦野の遺族を訪ねるのだが・・・
 ここにも芸術に魅せられ、それに絡め取られて人生を送った者の、愛憎入り交じった複雑な思いが綴られる。天才を親友にもった凡人。それは幸福なのか不幸なのか。


「火箭」(連城三紀彦)
 日本画の大家・伊織周蔵が54歳で急死する。美術誌の編集者・野上は、周蔵の妻・彰子から、彼が死の直前に完成させたという『火矢』を見せてもらうことに。
 しかしその絵は、生前の周蔵の華麗な作風とは大きく異なり、闇一色の中をただ一本の矢が飛翔する姿だけが描かれていた。
 その絵に対する違和感を抱えながら、野上は彰子と密かな逢瀬を重ねてきたこの10年間を回想するが・・・
 登場人物は野上・彰子・周蔵の三人のみ。彼らが繰り広げる濃密な心理劇、そしてラストで明かされる意外な真実。男女の情念をミステリと絡ませたら右に出る者はない、この作者さんならではの逸品。



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