育休刑事 (諸事情により育休延長中) [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
育休中の刑事・秋月春風(あきづき・はると)が、なぜか事件に巻き込まれ、息子・蓮(れん)くんとともに解決に向けて奔走する。シリーズ第2巻。
作者も実際に父親として育児体験を積んだらしく、そのあたりもふんだんに盛り込まれた、"子育て小説" でもある。
「世界最大の「不可能」」
整形外科医院が窃盗被害に遭う。犯人は診療時間内に院内に侵入、どこかに隠れて終業を待ち、従業員がすべて帰った後に事務室を物色したと思われた。
容疑者として浮かんだのは阿出川香里(あでがわ・かおり)。2年前まで医院で事務員を務めた後に結婚退職して現在は生後10ヶ月の幼児がいる専業主婦だ。
終業直前に現場での目撃情報もあったが、そのとき彼女は子どもを抱えていた。犯行には2時間かかったとみられたが、幼児を放置できない母親にとっては "不可能な犯罪" だった・・・
このトリックは実際に育児経験がないと思いつかないだろうなぁ。そして母親としての愛情と犯罪人としての冷酷さは、一人の人間の中に同居できるというラストが苦い。
「徒歩でカーチェイス」
ベビーカーに蓮くんを乗せて公園にやってきた春風。そこで出会った、やはりベビーカーに子どもを乗せた女性としばし言葉を交わす。やがて彼女が公園を出て去って行くのだが、春風はなぜか蓮くんと共に彼女を尾行し始める。
というわけで、尾行する側もされる側もベビーカーを押しながら、という奇妙な "カーチェイス" が始まる。
ちなみに、春風が彼女に注目したきっかけもまた春風の育児体験からくるもの。主人公なのだからもちろんなのだが、彼は実に優秀だ。探偵役としても父親としても。
「あの人は嘘をついている」
黃大樹・千尋(こう・だいき・ちひろ)夫妻は、春風とその妻・沙樹とは高校時代からのつき合いだった。ところが、1枚の写真がきっかけに騒ぎが起こる。
千尋が沙樹に「大樹が浮気をしている」と電話を掛けてくる。同じ頃、春風の元にも大樹から「妻に浮気を疑われた」と電話が・・・
分かってみればどうと云うことのない笑い話なのだが、それを一編の日常の謎系ミステリに仕立ててみせる。でもこのネタ、当事者からしたら笑えない「育児の悩み」だったりする。
「父親刑事」
大手ゼネコン社員の目崎昌彦(めざき・まさひこ)が自宅で殺された。使われた凶器から、容疑者は昌彦の妻・長男・次男の3人の誰かだと思われるが、決め手に欠けてそれ以上絞り込むことができない・・・
本書の中でこれだけ時系列が異なる。蓮くんが生まれる直前で、沙樹さんが臨月だったときの事件。でも、春風くんはこの時点でもうすっかり ”父親” になってるのがスゴいところ。イクメンの鑑だね。
上に書いたのは各短編の事件部分なのだけど、実はそれ以外のところがほんとに面白い。蓮くんを風呂に入れようと悪戦苦闘するシーンとか、ベビーカーごとバスに乗り込んだ春風に対して文句を云ってくる乗客に対して春風の姉・涼子がキレるシーンとか。もう抱腹絶倒で、ある意味ミステリ部分より面白い、といったら云いすぎか。でも育児経験がある人なら共感できる部分が盛りだくさんだ。
親になると、ものの見方・考え方や価値観が変わってくる。
独身の頃、小さい子どもがぴいぴい泣いていたら「うるせえなぁ」としか思わなかったが、自分が親になってみると、同じ場面に遭遇しても「おお、元気だなぁ」とか「親は周りに気を遣ってたいへんだろなぁ」と思うようになった。
育児をしている当事者の存在やその苦労に思いを馳せることができるようになったわけで、これは人間としての成長なのだろう。
本書の春風くんも、父親ならではの視点から事件を吟味することで、新たな思考に辿り着く。ミステリ作家というのは、何でもミステリに帰着させてしまうことができる人々なのだね。
タグ:国内ミステリ
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