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彼女の色に届くまで [読書・ミステリ]


彼女の色に届くまで (角川文庫)

彼女の色に届くまで (角川文庫)

  • 作者: 似鳥 鶏
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/02/21
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

主人公兼語り手を務める緑川礼(みどりかわ・れい)は、
画商の一人息子で、将来の画家を目指す高校生。
画廊を経営する父と二人暮らしだが、その父は絵の売買のために
外国への出張が多く、ほとんど家にいない。

ヒロイン・千坂桜(ちさか・さくら)は緑川と同学年の少女。
校内で起こった事件をきっかけに、緑川は彼女の中に
天才的な美術センスが眠っていることに気づく。

彼女はいわゆる ”不思議ちゃん” キャラ。
作中、緑川とは長い時間を共に過ごしていくのだが、
彼でさえ、千坂が何を考えているのかは最後までよく分からない(笑)。

絵に熱中すると、周囲が見えなくなってしまうくらいの
集中力を示すのだが、その反面、他人とのコミュニケーションが苦手。
唯一、緑川にだけは心を開くようになっていく。
彼が部長を務める(とは言っても部員は緑川ひとりだが)
美術部に入った千坂は順調にその才能を開花させ、
二人はそろって芸術大へと進学していく。

本書は、絵画によって結びついた二人が、高校 → 大学 → 社会人へと
成長していく7年間を追った青春小説であり、
精緻な仕掛けが施された驚きのミステリであり、
そして極上のラブ・ストーリーでもある。


「第一章 雨の日、光の帝国で」
ある雨の日の放課後、1年生の緑川は下駄箱の前で
膝を抱えて眠り込んでいる女生徒を見つける。
目覚めた彼女に傘を貸してあげる緑川。それが千坂との出会いだった。
翌年の文化祭が終わった数日後、彼は理事長室へ呼び出される。
美術室に飾ってあった理事長の私物の油絵に、
何者かが落書きをしていたのだ。
犯人として疑われる緑川だが、その場に千坂が現れて・・・

「第二章 極彩色を越えて」
『御子柴現代美術館』で展覧会が開催されることになり、
緑川も父の手伝いでその準備に駆り出されていた。
しかし開館直前に展示室の床にペンキがぶちまけられ、
さらに異臭が発生、それに紛れて
画壇の大御所・大園菊子の作品が損壊されるという事件が発生する。
しかしその作品に近づくには、床のペンキの上を歩かなければならない。
いわば ”ペンキの密室” による不可能犯罪だった・・・


この「第二章」は独立した短編として
アンソロジーにも収録されていて、私はそちらで先に読んでいた。
しかし、本書では一部構成が異なっている。
真相の一部が外されて「最終章」に回されているのだ。
長編としてみれば、もちろんこちらの流れの方が効果的になってる。


「第三章 持たざる密室」
緑川と千坂はそろって芸術大へと進学する。
入学と同時にアパートで一人暮らしを始めた千坂だが
いったん絵に没頭すると寝食を忘れて描き続けるようになった。
生活能力皆無な彼女のもとへ通い、身の回りの世話をする緑川だが
周囲の友人たちからは ”飼育係” と揶揄される始末(笑)。
そんな中、美術学部棟の4階にある倉庫でボヤ騒ぎが起こる。
そこには、雑多なガラクタが詰め込まれていて、
その中にあった古タイヤに放火されたらしい。
しかしそこは厳重に施錠されており、人の出入りは不可能だった・・・

「第四章 嘘の真実と真実の嘘」
某財閥系主催の美術展に出品した千坂の作品はいきなり金賞を受賞し
プロ画家としての将来が開けるが、なぜか彼女は
顔も本名も隠した覆面画家としてのデビューを決める。
一方、絵画の世界で芽の出なかった緑川は、大学卒業後に
父の画廊で働き出し、画商見習いとしての日々を過ごしていく。
ある日、画廊の二階に飾ってあった絵画が1点、無くなってしまう。
しかし二階への唯一の通路には緑川自身がいて、
誰も絵を持ち出すことは不可能だった・・・


さて、冒頭にも掲げたけど私はこの作品に星4つ半つけた。
1年を通しても数作にしかつけない高評価なのだけど、
その理由をこれから書いていこうと思う。

ある程度、物語後半の内容に立ち入ったことも書くと思う。
致命的なネタバレはしないつもりだけど
ミステリとして、そして物語としての興を削ぐ部分もあると思うので、
ここまで読んできて「面白そうだな」「読もうかな」と思った人は
以下の文章を読まずに、書店へ走るなりネットでポチることを推奨する。


まず、主役二人の造形がいい。

緑川は努力を怠らない秀才タイプ。
自分の絵の才能を信じ、ひたすら描き続けることを信条とする。
対して千坂は典型的な天才タイプで、
緑川がとうてい到達できない高みにも、軽々と届いてしまう。

それは努力では埋めることのできない圧倒的な差だ。
作中、緑川は何度もそれを思い知り、絶望的な思いさえ抱く。

しかし彼は、千坂の才能を羨望し、嫉妬しつつも
彼女の足を引っ張ろうなんてことは考えもしない。

それは千坂のことを、彼女の ”才能込み” で愛しているからだ。
絵を描いている千坂の姿こそ、何よりも彼が守りたいと願うもの。
千坂の傍らにあって、彼女の天賦の才が発揮される瞬間に立ち会う。
それこそが彼にとって至福の時間なのだ。

そして千坂もまた、緑川に対しては
信頼を越えた感情を抱いているであろうことが、
彼女の言動からは明らかに感じ取れる。

緑川が望めば、友人以上の関係に進むこともおそらく容易だろう。
しかしその後に起こる(かも知れない)事態を彼は恐れる。

ある意味、”理想的” である現在の状態が崩れてしまうのではないか?
自分の行動が、結果的に彼女の才能を曇らせてしまうのではないか?

それゆえに、彼はその先への一歩が踏み出せないまま、時は流れていく。


ミステリとしてはどうか。

天才ゆえに、時折突拍子もない行動を取る千坂と
年齢以上に落ち着いた常識人として描かれる緑川。

こう書くと千坂がホームズ、緑川がワトソンかと思うだろう。
しかし本書ではいささか様相が異なる。

実際、先に真相に到達するのはいつも千坂なのだが
緑川も現場に残された矛盾点に瞬時に気づくなど分析能力が高く、
千坂がいなくても、真相にたどり着くのは時間の問題だったりする。

天才らしい直感型の千坂に対し、分析と論理を積み重ねていく緑川。
二人の探偵としての能力は、実はほとんど拮抗しているといっていい。

しかも、”答え” は分かっても、なぜそこに至ったかを
上手く周囲に伝えられない千坂に対して
真相を一般人に対して論理的かつ分かりやすく説明する能力では、
緑川の方が圧倒的に勝る。

つまり本書には ”名探偵が二人” いて、
千坂と緑川は ”二人で一組の名探偵” として機能していく。

その緑川が、単独で ”名探偵” として活躍するのが
「最終章 いつか彼女を描くまで」である。


ここから先はほとんどネタバレになるので、要注意。
興味がある人は読まないことを(以下略)


画家を目指す純朴な少年として登場した緑川は
いつの間にか、したたかな駆け引きのできる青年へと成長し、
どんな相手であっても怯まず互角に渡り合う
”タフ・ネゴシエイター” としての力量を身につけていく。
その才能は経営者としても遺憾なく発揮され、
読者は、彼が将来的に画商として成功することを疑わないだろう。

千坂との間も、学生時代の ”友人以上恋人未満” から
社会人としての ”画家と画商” という関係へと移行していくが
「第四章」での絵画盗難騒ぎをきっかけに、
緑川は高校時代から今までの間に、千坂と共に出会った事件の
背景に潜む ”ある可能性” に気づく。

そして緑川は、自分の人生を、さらには
千坂とともに生きていく将来をかけた、ある ”決断” を迫られる・・・

ここは全編を通してのクライマックスで、
読者は緑川の下す ”決断” を、息を呑んで見守るだろう。
冒頭で、本書を「極上のラブ・ストーリー」と書いたが
その理由がここにある。


「最終章」の最後、ひとまず千坂と緑川が歩んでいく方向が
示されるのだが、それがずっと続いていく保証はない。

でもこの二人なら、彼らなりの ”幸せのかたち” を
見つけられるようにも思う。
そんな二人の行く末を祝福するような、
希望に満ちたシーンで物語は幕を閉じる。


各章の事件は不可能犯罪を扱ったミステリとしてもよくできていて、
そちらの興味も十分満たしてくれるのだけど、
青春小説としても素晴らしい出来映えだと思う。

とても充実した読書の時間を過ごさせてもらいました。
今のところ、私にとっては似鳥鶏氏の最高傑作。

nice!(4)  コメント(4) 
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コメント 4

mojo

鉄腕原子さん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2020-04-19 00:32) 

mojo

@ミックさん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2020-04-19 00:33) 

mojo

31さん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2020-04-19 00:33) 

mojo

サイトーさん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2020-04-19 00:33) 

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