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江神二郎の洞察 [読書・ミステリ]


江神二郎の洞察 (創元推理文庫)

江神二郎の洞察 (創元推理文庫)

  • 作者: 有栖川 有栖
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/05/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

有栖川有栖の二大シリーズといえば
「作家アリス」と「学生アリス」だろう。

本書は英都大学の学生である有栖川有栖(アリス)を語り手とする短編集。
探偵役は英都大学推理小説研究会(略称EMC)の部長で
タイトルにもなっている江神二郎が務める。

サザエさん時空となっている「作家アリス」シリーズとは異なり、
「学生アリス」シリーズではきちんと時間が流れていく。
本書では1988年4月にアリスが入学してからの1年間が描かれる。

登場するメンバー(EMC部員)は法学部1回生のアリスこと有栖川有栖、
経済学部2回生の望月周平と織田光次郎、
部長の江神は文学部4回生だが、なぜかアリスとの年齢差は7歳(笑)。
そして年度の終わり(本書の最後の一編)には、
やがてEMCの紅一点となる有馬マリアも登場する。


「瑠璃荘事件」
入学直後のキャンパスで、EMC部長の江神と知り合ったアリスは
入部早々、最初の事件にぶつかる。
望月の暮らす下宿・瑠璃荘で盗難事件があり、
その容疑が彼にかかっているという。
望月の隣室の学生・門倉のノートが行方不明となったが
事件発生時に下宿にいたのは門倉と望月のみだったのだ・・・

「ハードロック・ラバーズ・オンリー」
ロックをガンガン流している音楽喫茶<マシン・ヘッド>で
一人の女性と知り合ったアリス。
音楽を通じて親密になっていく二人だが
ある日アリスは雑踏の中で彼女の姿を見かけ、
咄嗟に呼び止めようと声をかける。
しかし彼女はアリスを無視して去っていってしまう・・・
いわゆる日常の謎系ミステリ。
江神が披露するのは推理というよりは推測だが、
後に続く「除夜を歩く」で裏付けられる。

「やけた線路の上の死体」
夏休みに親睦旅行へと出かけたEMCの4人。
和歌山にある望月の実家へとやってくるが、そこで耳にしたのは
列車が線路上に寝転んでいた男を轢いたという話。
しかし遺体には生活反応がなかったことから、
男はすでに死んでいたことが判明、事故は一転して殺人事件となる。
トリック自体は横溝正史の作品に同様のものがあったと記憶してるが
もちろんそれだけにとどまらない。
時刻表が大きな意味を持ってくるのはもちろんだが
現場に落ちていた紙一枚が事件解明のきっかけになるところは
「孤島パズル」を髣髴とさせる。

ちなみに学生アリスものの長編第1作「月光ゲーム」は
この短編の直後の話だとのこと。

「桜川のオフィーリア」
EMCの卒業生・石黒が英都大学にやってくる。
彼が持参してきたのは一枚の写真。
被写体となっているのは、眠るように目を閉じて川に浮かぶ少女。
しかしこの写真の彼女は死んでいるのだという。
少女の名は宮野青葉。石黒の高校時代の同級生だった。
故郷を流れる桜川で起こった17歳の女子高生の死は、
投身自殺と断定されたのだが、最近になって、
彼女の遺体が映った写真を、これも同級生だった穂積が持っていたことを
石黒は発見してしまう。これはいったい何を意味するのか・・・
私は青春ミステリって銘打った作品はあんまり好きじゃないんだけど
この作品は好きだ。ここで描かれているのは確かに青春時代の葛藤だ。

「四分間では短すぎる」
京都駅の公衆電話でアルバイト先に連絡を入れていたアリスは、
隣の電話で会話をしている男の言葉を聞いてしまう。
「四分間しかないので急いで。Aから先です」
これはいったい何を意味しているのか?
この言葉をきっかけに、EMCの面々が推理を構築していく。
ハリイ・ケメルマンの有名な短編「9マイルでは遠すぎる」を
モチーフとした作品なんだが、
ラストでしっかり背負い投げを食らってしまう。

「開かずの間の怪」
花沢医院は経営者の引退とそれに伴うゴタゴタで放置され、
廃院となっていた。しかし最近、ここに幽霊が出るとの噂が流れ始める。
実地調査にむかったEMCのメンバーだったが、
真夜中近くなったとき、謎の物音とともに子どもらしき人影に遭遇する。
それを追って3階へ上がった彼らの前に現れたのは
厳重に封じられた開かずの間。そして人影は消えていた。
人間消失もので、トリックそのものはすっきり解明されるんだが
怪談そのものは幾分かの謎を残して終わる。

「二十世紀的誘拐」
英都大学の坂巻教授宅から、絵が一枚盗まれてしまう。
犯人からの要求は使い古された千円札1枚のみ。
坂巻から依頼されたEMCのメンバーは、
犯人の要求通りに身代金の受け渡しに赴くが・・・

「除夜を歩く」
1988年の大晦日。織田と望月は帰省してしまい、
残ったのはアリスと江神のみ。
アリスは、江神からEMCのクラブノートを見せられる。
そこに記されていたのは、望月の手になるミステリ「仰天荘殺人事件」。
アリスはこれを読んで犯人を推理しようとするのだが・・・
トリックだけ見たら立派なバカミスなんだけど、ここから江神は
ミステリというものが持つ根源的な問題に立ち入っていく。
読者が大前提として受け入れているものを改めて問題化する江神。
「所詮は虚構なんだから、そのへんはいいんじゃない?」
なぁんて私なら思うんだが、そうはいかないのがプロ作家なのかなあ。
本作のラストでは「ハードロック・ラバーズ・オンリー」の女の子が
ワンシーンだけ登場する。

「蕩尽に関する一考察」
古書店・文誠堂の主人・溝口は近頃やたらと気前がいい。
破格で古書を譲ったり、たまたま居合わせた女子大生に食事を奢ったり
居酒屋で客全員に大盤振る舞いしたり・・・
しかし江神は彼のその様子から、意外な理由を引き出してみせる。
この短編で有馬マリアが初登場となり、
ラストでめでたくEMCの5人目の部員となる。

そして彼らの活躍は「孤島パズル」、「双頭の悪魔」、
そして「女王国の城」へと続いていく。

本シリーズは長編5本と短編集2冊で完結とアナウンスされている。
ということは長編はあと1作しか読めないということか。

巻末のあとがきでは、もう一冊の短編集は
彼らの「卒業アルバム」的な存在となるのだという。

やはり気になるのは江神のその後かなぁ。
ちゃんとした社会人になれそうな、なれなさそうな(笑)。
いや、そもそも大学を卒業できるのかが問題だね。
退学や除籍になってしまう可能性もありそう。
江神本人の素性も今一つ明らかでないところもあるし、
最後の長編でそのあたりが語られるのかもしれない。

江神以外の4人はきっちり4年で卒業して、真っ当に(笑)生きていけそう。
アリスは間違いなく作家になるだろうし。
マリアは? さて?

彼らの ”卒業の日” が見たい気もするし、
そんなときがずっと来なければいいような気もする。
金は無いけど自由があって、思いっきり好きなことに没頭できて
不安もあるが気楽でもあるモラトリアムな時間。
そんな学生時代を ”名探偵として”、あるいは ”名探偵と共に”
過ごす、という素晴らしい経験をしている彼らの物語を
ずっと読んでいたいと思うのは、私だけじゃないだろう。

nice!(5)  コメント(5) 

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コメント 5

mojo

xml_xslさん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2018-11-25 00:17) 

mojo

@ミックさん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2018-11-25 00:17) 

mojo

鉄腕原子さん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2018-11-25 00:18) 

mojo

31さん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2018-11-25 00:18) 

mojo

コースケさん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2018-11-25 00:18) 

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