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向日葵を手折る [読書・ミステリ]


向日葵を手折る (実業之日本社文庫)

向日葵を手折る (実業之日本社文庫)

  • 作者: 彩坂 美月
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2023/05/29

評価:★★★★☆


 主人公・高橋みのりは小学6年生。父を亡くしたために、母とともに山形の山村に移り住む。その集落には「子どもを殺して首を切る "向日葵男"」の存在を伝える怪談があった。
 地元の小学校へ転入したみのりは藤崎伶(ふじさき・れい)と西野隼人(にしの・はやと)という対照的な二人の少年と出会う。彼らを含めた集落の子どもたちの中で揺れ動きながら成長していくみのり。
 一方、それと並行して集落では不穏な出来事が続き、人々は "向日葵男" の仕業だと噂する。
 みのり・伶・隼人の3人の、小6から中3までの4年間を綴った青春ミステリ。


 東京で暮らしていた小学6年生の高橋みのりは、病気で父が急逝して母の実家である山形の山村・桜沢(さくらざわ)に移り住むことになった。

 転入した小学校は全校でも生徒数が37人しかいない。そんな中で、みのりは二人の少年と出会う。
 一人は藤崎伶。温厚で優しく、みのりが抱いていた移住に伴う諸々の不安を和らげるように、気を配ってくれる。
 もう一人は西野隼人。いわゆる "いじめっ子" キャラで、その言動は粗暴そのもの。相手が女子であろうと気に食わない相手には容赦なくかみつく。当然ながらいつも教師に説教を食らうが全く意に介さない。
 そして不思議なことに、伶と隼人は親友で、いつも一緒に行動していた。

 おそらく読者は、隼人に対して好感度0%から出発するのではないか。実際私も「なんてトンデモナイ奴なんだろう」というのが第一印象だった。けれど、読み進むにつれてその評価を徐々に改めていくことになるだろう。

 この物語は4年間、3人の12歳から15歳までを追っていく。その中で、みのりはこの二人の内面を少しづつ知っていくことになる。

 伶が示す優しさは、彼の抱えた "哀しみと苦しみ" の裏返しであること、隼人の粗暴さにも、彼なりの純粋さや信念の強さ、そして理不尽な扱いに対する反抗心が潜んでいて、それに加えて意外と男気(おとこぎ)を持ち合わせていることも明らかになっていく。

 中学校に上がると、伶と隼人はサッカー部へ入り、たちまちツートップとして頭角を現していく。伶は女子からの人気が抜群で、彼に対しての好意を公言する生徒まで現れてくる。
 それを聞いて内心穏やかでないみのりは、自分の伶への想いを自覚していく。しかしその後、あることをきっかけに隼人が自分へ向けている想いもまた知ることになる。

 そんな幼い恋の三角関係の進行と並行して、"向日葵男" の存在も見え隠れしている。「向日葵流し」と呼ばれる夏祭りのために、集落で栽培していた向日葵の花が何者かに切り取られてしまったりと、"悪意" をもった存在が、確かにこの場所には存在していることは明らかだ。
 そして3人の中学生時代最後の夏祭りの日に、"悲劇" が起こる・・・


 文庫で500ページ近い大作だ。2021年の日本推理作家協会賞にノミネートされたが、惜しくも受賞はならなかった。そのあたりの考察は巻末解説の池上冬樹氏が書いてるのでここでは触れない。
 中盤で起こる閉鎖空間からの "人間消失" といい、"向日葵男" の正体といい、ミステリとしてもよくできてると思うのだけど、作者が本作でいちばん描きたかったのは、主役3人が山村で過ごした日々なのだと思う。

 山村の集落という小さなコミュニティ。濃密な人間関係は時に閉塞感につながる。そこに受験を控えた中学生時代という、見えない将来へ向けての閉塞感を重ね合わせ、さらに同級生たちとの葛藤や軋轢も加わっていく。
 でも、そんな中でも精一杯に一日一日を生きていく主人公たち。3人の心のありようの変化も、作者は長い尺を使ってじっくりと綴っていく。

 終盤に至り、物語の底を常に並行して流れていた "向日葵男" というホラー要素が一気に吹き出し、夏祭りの夜にサスペンスの頂点を迎える。
 みのりが "向日葵男" の正体と対峙し、その意外な動機を知るクライマックスでは、ページを繰る手がもどかしいほど。これほどまでに読み手を引き込み、心をかき乱す作品なんて、年にそう何冊も出会えるものではない。

 とにかく一途に、ひたすらに、そして健気に生きる主役の3人が愛おしい。もっと云えば、彼らと共に成長してきた同級生たちもまた愛おしい。
 ストーリーは3人の中学校卒業をもってひと区切りとなるのだが、そんな物語の常として、登場人物たちのその後はどうなるのだろうって思わせる。
 それぞれ別の人生へと踏み出していったみのりは、伶は、隼人は、そしてクラスメイトたちは・・・

 そんな読者の思いに応えるように、「エピローグ」では、20代となった彼ら彼女らの "ある日" の出来事が語られる。その内容はここには書かないが、読者は充分に満足して本を閉じることができるだろう。

 ミステリとしても、青春小説としても、素晴らしい作品でした。



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