僕が愛したすべての君へ / 君を愛したひとりの僕へ [読書・SF]
評価:★★★★
ハヤカワ文庫刊行のSF小説。並行世界(パラレルワールド)を生きた2組のカップルのラブ・ストーリーだ。
※映画版の記事は昨日 up してあります。
※この記事では、終盤の展開についても触れています。
映画を未見、あるいは原作を未読の方は、ご注意ください。
内容紹介については、映画版の記事を参照のこと。
映画は ”ラブ・ストーリー” を前面に出していたのだけど、小説版ではSFとしての描写にも力が入っている。
この作品世界では、並行世界間の意識の移動(パラレル・シフト)が頻繁に起こっているという設定。”近い世界” 間の移動では、世界間の差が小さく、かつ時間も短いので、それに気づかないのが普通だ。
しかし作品中では、並行世界の研究が進むにつれて、自分が今どこの世界にいるかを示す機器が開発される。
”本来の自分がいる世界” を「0」とし、そこから近い順に「1」「2」・・・となる。数字が大きいほど、差異が大きい世界ということになる。
この機器を身につけ、カウンターを見れば、自分が今 ”どの世界” にいるのかがわかる、ということだ。そしてこの機器は広く普及し、やがてほとんどすべての人間が身につけるようになる。しかしこれが大きな問題を発生させる。
例えば、結婚式の最中、花婿のカウンターが「0」、花嫁のカウンターが「1」であることに気づいたら・・・。自分は今 ”正しい相手” と結婚式を挙げているのか?と悩むことになる。
つまり「並行世界の自分は、はたして自分なのか?」という問題だ。
「僕愛」の方では、ストーリーとしてはあまり大きな波乱が起こらない(終盤にちょっとある)が、その代わりに並行世界の存在が社会や人間の生活、心理状態に与える変化、さらには犯罪に利用される可能性まで描いてみせる。思考実験としてはとても面白いと思った。
「僕愛」「君愛」は2つでひとつの物語ともいえるが、設定もとてもよくできている。
例えば暦と和音は、並外れた知能を持つ人物として設定されている。
「僕愛」では、高校時代に成績面で学年ツートップだった2人は、そのまま九州大学理学部虚質科学科(並行世界研究を学ぶ学科)に入学、卒業後は揃って「虚質科学研究所」に入り、研究者としての生活が始まる。
「君愛」では、暦は大学に進学しないにも拘わらず、独学で並行世界研究の論文を発表して世界的に認められ、和音もまた優秀な研究者として登場する。
そしてこの設定は、物語終盤では欠くことのできない要素として機能する。
そして「僕愛」の冒頭では、70代を迎えた暦が末期がんで余命宣告されていることがいきなり明かされて、読んでる方は戸惑ってしまうのだが、「君愛」の方の暦も終盤では同様の状態になる。しかしこれもまたストーリーの構成上、必要なことなのだ。
両方を通して読むことで、細かいところまで計算された物語になっていることがわかるようになっている。
映画版「君愛」では今ひとつよく分からなかった、栞の ”救出” 方法も、小説版では丁寧に記述してあり、とりあえず理解できる(ような気がするwww)。
しかし、まさかそこにギネスビール(イギリスの有名な黒ビールのひとつ)が出てくるとはね(笑)。ビールは好きで長年飲んでるけど、”ギネス・カスケード” なるものは寡聞にして知りませんでしたよ。
Youtube で検索してみたら、動画がたくさん上がってる。確かに不思議な現象ですね。
暦がギネス・カスケードから栞を助け出すヒントを得るシーンは、小説版と映画版では異なるのだけど、ここは映画版の方が気が利いていると思う。
さて、この2冊を読んでいちばん気になったキャラは、和音さんだ。
彼女は両方の物語に登場し、どちらの世界でも暦を生涯を通して愛し続ける女性として描かれる。
「僕愛」の世界では暦の愛情を一身に受けるが、「君愛」世界ではひたすら栞のことだけを想う暦を支え続ける役回り。なんとも健気で泣けてくる。
この2冊は、暦の物語であると同時に、和音の物語でもある。
さて、映画の公開に併せて、スピンオフ長編「僕が君の名前を呼ぶから」が刊行された。
「君愛」の終盤で、暦によって ”救出” された栞の ”意識” はどうなったのか。作中でも示唆されてはいるのだけど、具体的にどうなったのかがよく判らない。なんともモヤモヤしていたのだけど、そのあたりが明かされている。
これも明後日には記事をupする予定。
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