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大宇宙の少年 [読書・SF]


大宇宙の少年 (創元SF文庫)

大宇宙の少年 (創元SF文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2008/10/10
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 私の読書体験は、小学生の頃に父が買ってきてくれた『怪人二十面相』に始まった、というのはこのブログのあちこちに書いてきたと思う。
 そこから江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」にのめり込んだ私を見て、次に父が私に与えたのが「講談社 世界の名作図書館 全52巻」というシリーズだった。たぶんミステリばっかり読んでる私を見て心配になったのだろう(笑)。

 1巻あたり長編2作分くらいのボリュームで、幅広いジャンルの名作を収録してあった。神話・民話からノンフィクションまで、さらにミステリやSFも入っていた。詳しいラインナップは、ググってください(笑)。

 ミステリを収録した巻には、「怪盗ルパン」「名探偵ホームズ」「黄金虫」。もう定番中の定番だ。
 そしてSFにも1巻与えられていて、アシモフの名作「私はロボット」とともに、このハインラインの「大宇宙の少年」も収録されていた。
 私が ”文学” としてのSFに触れたのは、たぶんこのときが初めて。つまり貴重な体験だったわけだ。

 前置きが長くなってしまった。内容紹介に入ろう。


 時代は、月に恒久的な基地が作られている近未来。とは言っても、本書の発表は1958年なので念のため。

 主人公はキップ・ラッセル。卒業間近の高校生だ。月に基地が作られると発表された頃から ”宇宙熱” に取り憑かれ、自分もいつか宇宙に飛び出すことを夢見ていた。

 しかし、一介の高校生にそんな機会が巡ってくるはずもない。そんなとき、石鹸会社の懸賞募集が目に入る。石鹸のキャッチコピーを考えて応募し、1等になれば月世界旅行に招待するというもの。
 キップはせっせと応募を続け、1等は逃してしまうが入選を果たし、賞品として中古の宇宙服を1着もらえることになった。

 高校を卒業し、大学入学前の夏休みを迎えたキップは宇宙服の整備に没頭、なんとか実際の使用に耐えるまでに仕上げる。しかし大学生活にはお金がかかる。宇宙服を高価で買い取りたいという申し出もあり、キップは泣く泣く手放すことを決める。

 最後の思い出にと、宇宙服を着て散歩に出かけたキップ。そのとき、宇宙服の無線に謎の声が聞こえてきた。それは、宇宙船の着陸誘導を求めるメッセージだったのだ。

 キップの声に応えて着陸した宇宙船に乗っていたのは、11歳の少女パトリシア(ちびさん)、豹のような体形の異星人 ”ママさん”。
 ちびさんは月基地で働く科学者の娘で、異形の昆虫みたいな体形の異星人 ”虫けら面” とその手下(地球人)によって拉致されてきたが、ママさんとともに彼らのもとを逃げ出してきたのだった・・・

 ここからキップの冒険の旅が始まる。彼もまた ”虫けら面” に捕らえられてしまうが、それで黙っている主人公ではない。
 ちびさんママさんとともに再びの脱出を敢行、真空の月面を宇宙服で数十マイルも歩いて助けを求めるという無謀な逃避行に挑んだり、救助信号の発信器を設置するために、冥王星の極寒の世界に飛び出していったり。

 ラスト近くでは、多くの異星人たちによって開かれた ”宇宙法廷” の場に臨むことになる。審判の対象はなんと人類。地球の未来はキップの双肩にかかってくるのである。


 ハインラインらしくスケールの大きな物語。敵味方もハッキリしていて読みやすい。とはいっても、文庫で400ページほどある。欧米では分厚いジュヴナイル作品は珍しくないけど(日本にも長大なライトノベルは存在するが)、それを読ませるハインラインの筆力はやはり流石だ。

 前述の「世界の名作図書館」版は、福島正実氏による抄訳だったが、こっちは全訳。抄訳版では省かれていたエピソードがあったりするのはもちろんだが、物語の面白さという点では、福島版は全く遜色ない。まあ、若干の ”思い出補正” が入ってるであろうことは否定しないが(笑)。
 その辺をさっ引いても、福島氏の訳がいかに素晴らしかったかということだろう。巻末の解説でも、この福島版はジュヴナイルSFの名作として語り継がれているという。

 福島版が素晴らしかった証の一つが、本書の翻訳者だ。名翻訳者として名高かった矢野徹氏とともに「吉川秀実」という名がある。
 これも巻末に矢野氏の文章が載っている。当時大学生だった吉川氏は、この「大宇宙の少年」の原書を自分で翻訳したのだという。それを矢野氏のもとに持ち込んできた。その後いろいろ経緯があって、二人の共訳という形でこの名作の全訳版が刊行となったわけだ(初刊は1986年、このときのタイトルは『スターファイター』。なんでこんな邦題になった?)。
 この吉川氏は私とあまり年が違わないようだ。彼が自力での翻訳を思い立った理由にも、福島版を読んだことがあったのだろうと推察する。吉川氏も、福島版を翻訳の参考にしたと矢野氏に語ったらしいし。


 宇宙に憧れていたキップは、思いもよらない形でそれが実現したわけだが、物語のラストではこの事件がきっかけで将来が開けてくる。数年後には、月で働くこともあるかも知れない。その頃には、ちびさん、いやパトリシア嬢も成長していることだろう。

 ちびさんの紹介を忘れてしまっていたな。11歳ながら、極めて元気で勇ましく、気高く、不屈の意志もあり、そして何より頭の回転が速いという、とても魅力的なお嬢さんだ。彼女の行動もまた、物語を動かしていく原動力になっている。

 優れた物語を読んだ後はしばしば思うのだが「登場人物のその後」が知りたくなる。主役の2人は本書の中では18歳と11歳で、キップは専ら ”保護者” 的役回りだったが、数年後はまた変わってくるだろう。その頃の2人の物語が読みたいなぁ・・・なんて思ってしまう。


 ハインラインは30年以上も前に亡くなっているので、それは望めないことなのだが・・・



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