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蜜蜂と遠雷 [読書・青春小説]


蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)

蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2019/04/10
  • メディア: 文庫
蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫)

蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫)

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2019/04/10
  • メディア: 文庫
評価:★★★★☆

なんと第156回直木賞と第14回本屋大賞を
ダブル受賞するという快挙を成し遂げた超話題作。

内容的にも、現時点での恩田陸の最高傑作だと言っても
異を唱える人は少ないんじゃなかろうか。

上の星の数を見ていただければ分かると思うけど
私も本作には最高級の評価をつけた。

これから内容紹介に入るけど、もしあなたが
本作をこれから「読んでみよう」と思っているのなら、
以下の私の駄文なんか読まずに
書店に直行するかネットでポチりましょう。


3年ごとに開かれる芳ヶ江国際ピアノコンクールは、
優勝者のその後の活躍が目覚ましいことから近年評価が高まっていた。

第6回を迎えた今年も、世界中からピアニストの精鋭たちが
優勝を目指して芳ヶ江の地へ集まってきた。

物語は、その中の4人の出場者に焦点を当てて描いていく。

風間塵(かざま・じん)は16歳。フランス在住。
父が養蜂業を営んでいるため、各地を転々として暮らしてきた。
演奏歴はおろか自宅にピアノさえなく、
行く先々で見つけたピアノで練習するという生活。
しかしピアニストの巨匠、ユウジ・フォン=ホフマンに見いだされ、
彼の最後の弟子として芳ヶ江に送り出されてきた。

栄伝亜夜(えいでん・あや)は20歳の音大生。
天才少女としてわずか5歳でデビューを飾るが、
13歳の時の母の死がきっかけでピアノを弾けなくなってしまった。
しかし彼女の才能を信じる音大学長の浜崎によって芳ヶ江に送り出される。

マサル・カルロス・レヴィ・アナトールは19歳の日系三世。
誰もが認める天才で、フランスから渡米しジュリアード音楽院に在学中。
今回のコンクールの優勝候補筆頭である。
幼少時には日本に住んでおり、亜夜とは幼馴染みで
彼女との出会いが彼をピアノの世界へと導いた。
そんな二人が十数年の時を超え、芳ヶ江で再会する。

高島明石(たかしま・あかし)は28歳で、楽器店勤務のサラリーマン。
音楽大学出身で、かつては国内のコンクールで上位入賞の実績もあるが
卒業後は音楽界には進まず、現在は結婚して娘がいる。
しかしピアニストへの夢が断ちがたく、練習を続けてきた。
自らの不完全燃焼だった音楽生活にけりをつけるため、
これが最後の機会と決めて、芳ヶ江へ参加する。


もう一度書くけど、本書を読みたい人はここで止めて
書店へ直行するかネットで(以下略)


物語は、この4人を中心に世界各国でのオーディションから始まり、
芳ヶ江ピアノコンクールの開幕、第一次、第二次、第三次予選、
そして本選へと進む彼らを描く青春群像小説になっている。

いやあ、ほんとにコンクールのことだけで進行していくのだけど
それがもう面白い、というか楽しいんだなあ。
とにかく、この4人のコンテスタント(参加者)のキャラが抜群にいい。

既成の枠に収まらない大胆な演奏で、審査員の中に賛否の嵐を引き起こし
文字通りコンクールの「台風の目」となっていく風間塵。
でも本人は、弾きたいように弾いてるだけで
周囲の評価など全く気にしていない。というか、
自分が評価されているということすら気づいてないような。
ピアノを離れれば、年齢相応で好奇心旺盛な、素朴な少年だ。

「ジュリアードの王子様」と呼ばれ、高身長でイケメンなマサル。
当然ながら女性に大人気である。ピアノ以外の楽器までもこなし、
まさに「天才」の名に恥じない才能を示す。
そんな奴は得てして、高慢で嫌な奴として描かれがちなんだが
マサルは才能を鼻にかけることのない人格者で、まさに完璧超人(笑)。
しかも、幼少時の亜夜との思い出を忘れずにいて、
彼女と再会した途端に一目惚れ(惚れ直し?)てしまうという
可愛くて一途な好青年でもある。

本作の中で、いちばん ”ドラマ” を背負っているのが亜夜だろう。
13歳のときの母の死は確かにショックではあったが
亜夜は音楽そのものから遠ざかることなく生きてきた。とは言っても
再びピアニストとして脚光を浴びようなんて思いはさらさらなく、
芳ヶ江への参加も、大学入学の便宜を図ってくれた
浜崎への恩返しもあったが、亜夜本人としては
”記念受験” みたいなつもりで臨んでいた。
しかし、コンクールに参加した亜夜は変わっていく。
風間塵、そしてマサルとの出会いが彼女を変えていく。
予選のステージが進むたびに、一回りも二回りも大きな演奏家へと。
本作は群像劇なのだけど、コンクールを通じた亜夜の成長こそが
いちばんの読みどころであるのは間違いないところだろう。

劇中、彼女が演奏しながら涙を流すシーンがあるのだが
私も読んでいて活字がにじんでしまったよ。
まさかピアノの演奏を描写する文章で泣くことになるとは・・・

そして最年長の明石。
実は、私がいちばん感情移入してしまったのが彼だった。
練習時間も満足にとれず、音楽家としてもコンテスタントとしても、
あまりにもハンデがありすぎる環境にありながら、愚痴もこぼさず
家族の理解を得ながら、あきらめきれない夢に挑んでいく。
彼の妻がまたよくできた女性で、健気に支えてくれる。
もう、泣かせるじゃないか・・・

塵、マサル、亜夜の3人は序盤で仲良くなって
ほとんど行動を共にするようになるのだけど
明石だけは3人との接点がない。
でも、終盤近くに明石と亜夜が一度だけ、会話を交わすシーンがある。
ここもまた感動ポイントなんだよなあ・・・


コンクールであるから、優劣がつけられてしまうのは当たり前なのだけど
彼らには「勝ち上がろう」とか「あいつより上に行きたい」
なんて意識は全くなく、ただただ
自分の理想とする演奏を追求する姿が描かれていく。

この手の作品だと、参加者同士の妬み嫉みや足の引っ張り合いなんかが
描かれそうなものだのだけど、本作に限っては
見事なまでにそんなシーンは存在しない。
(予選で落とされた参加者が審査にクレームを入れるシーンはあるけど)

ここで描かれるのはひたすら
”演奏することの喜び” であり、”音楽への感謝” だ。
だから、読んでいてもひたすら心地よい。

そして素晴らしいと思ったのは、
コンクールの終わりが物語の終わりではなく
彼らの輝かしい未来へ向かっての始まりを予感させることだ。

優勝や上位入賞者にはもちろん、予選で落ちてしまった者でさえ、
音楽の世界にはきちんと居場所が用意されている。

読者は、満ち足りた気持ちで本を閉じることができるだろう。
こんなに心地よい読後感が味わえる作品は数少ないと思う。

メインの4人以外のサブキャラについても書きたかったんだが
もういい加減長くなったのでここでお仕舞いにしよう。


最後に余計なことを。

本作は映画化され、2019年10月4日に封切られる。
「こんな作品、映画化できるのかよ」って思ったが
映画には映画なりの切り口があるのだろう。

キャストは、栄伝亜夜に松岡茉優。
私は彼女のファンなので、単純に喜んでる(おいおい)。
高島明石には松坂桃李。これもけっこうイメージ通りかな。

ちなみに、本作を読み始めて早々に、
公式サイトで予告編を見たら、それ以降
亜夜の台詞が松岡茉優の声で、明石の台詞が松坂桃李の声で
脳内再生されるようになってしまって困った(笑)。

ただ予告編を見る限り、「原作にはこんなの無かったよなぁ」
って思われるシーンが散見される。

果たして映画化は吉か凶か。

映画は観に行くつもりなので、感想も後日upしようと思います。

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