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遠縁の女 [読書・ミステリ]

遠縁の女 (文春文庫)

遠縁の女 (文春文庫)

  • 作者: 文平, 青山
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2020/05/08
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆

時代小説の中編3作を収録。
それぞれ色あいがかなり異なる作品だ。

「機織る武家」
主人公・縫(ぬい)は、貧乏武家・武井由人の妻。
わずか三十俵の家禄で、姑の久代と3人暮らしである。
久代は見栄っ張りで我が儘いっぱいの世間知らず。
夫の由人は粗忽者で、仕事の上でも失敗ばかりしでかして
二十俵もの減俸となってしまう。わずか十俵では生活できない。
そこで縫は、昔取った杵柄で ”賃機(ちんはた)” を始めることになる。
賃機とは、問屋や機屋から織り賃をもらって機を織ることだ。
縫の機織りで生活が成り立つようになったが、それによって
久代と由人の振る舞いがすこしずつ変わっていく・・・
終盤近くで ”ある事件” が起こるが、本作はミステリではなく
一人の女が手にした技術で自立していく話だ。

「沼尻新田」
主人公・柴山和巳(かずみ)は番方・柴山十郎の嗣子。
経済的に困窮する藩は、”借上げ” と称して家禄を削り、
代わりに土地を与えたが、耕作に向かない荒地も多かった。
そんな博打のような ”借上げ” であったが、
十郎は手を挙げ、新田開発に家運を賭けようとしていた。
それに反対する和巳は、父が得ようとしてる土地を検分に行くが、
そこで「すみ」という若い娘と出会う。それをきっかけに
和巳は一転して新田開発に取り組むようになるのだが・・・
彼を新田開発に向かわせた動機を ”謎” ととらえればミステリとなる。
実際、ラストに明かされる理由は実に意外なものなのだが
本作はちょっと時代小説っぽくない感じを抱かせる。
具体的に日本のどの場所なのかという描写がないし、
かつて藩主によって原野に追われた集団・”野方衆” の存在なども
あって、ちょっとファンタジーのような雰囲気も味わった。

「遠縁の女」
主人公は23歳の青年藩士・片倉隆明。
剣術は好きだが得手ではない。学問は好きではないが不得手でもない。
そんな彼に、父・片倉達三は ”武者修行” を勧める。
なぜこの時代に・・・とも思ったが、文官として生きる道においても
剣術の腕は有形無形の恩恵となる、という言葉に決意し、旅立った。
この作品の前半は、隆明の武者修行ぶりを描いているが、
ここだけ独立させても1つの短篇として成立するくらい密度が濃い。
しかし本作の本領が発揮されるのは後半からだ。
修行に出て5年目、父の急逝の知らせで故郷に帰ってきた隆明。
旅の間に、藩は大きく揺れていた。
右筆(書記官)・市川正孝が手がけた藩政改革が失敗に終わり、
正孝とその娘婿・誠二郎は責任をとって腹を切っていた。
片倉家と市川家は遠縁にあたり、正孝の娘・信江は隆明の3歳下。
その夫となった誠二郎は隆明の親友で、藩校では首席だった男だ。
隆明は藩政改革の経緯、誠二郎と信江のことを叔父・佐吉に尋ねるが
彼の語る誠二郎の姿は、隆明の記憶とはおよそ異なるものだった。
何が原因で誠二郎は変わったのか。佐吉は、原因は信江にあるという。
隆明は、隣の藩で暮らしている信江に会いに行くのだが・・・
本書の中ではもっともミステリ度の高い作品だ。
終盤に信江の口から語られる意外な事実の数々には素直に驚かされる。
藩政改革に対する様々な思惑、執政として奔走する正孝の姿、
誠二郎を追い詰めたもの、そして父・達三が武者修行を勧めた真意。
ラストに於ける隆明の決断には驚かされるが
武者修行をしていた頃からの積み重ねがあればこそ
こうなる結末を選ぶ、ということか。


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