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深紅の碑文 上下 [読書・SF]


深紅の碑文(上) (ハヤカワ文庫JA)

深紅の碑文(上) (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 上田早夕里
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/02/24
  • メディア: 文庫
深紅の碑文(下) (ハヤカワ文庫JA)

深紅の碑文(下) (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 上田早夕里
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/02/24
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

文庫上下巻で1100ページ近いSF大作。

作者自ら《オーシャン・クロニクル・シリーズ》と
呼んでいる作品群の中の一編で、
長編『華竜の宮』の続編的位置づけになる。


舞台となるのは25世紀。
地球は、急激な地殻変動によって内部のホットプルームが上昇、
それによって海洋底が隆起し、海水面が260mも上昇してしまっている。

人類はその生活基盤のほとんどを失い、
高地に住む陸上民と海に生存の場を求めた海上民とに分かれた。

陸上民は、残された陸地のみならず海上都市をも建設し、
その科学技術をもって高度なネットワーク社会を構築していた。
一方、海と共生することを選んだ海上民は自らの遺伝子を改変し、
海上生活に適応した生態システムを手に入れていた。

しかし、乏しい資源や価値観の違いを巡って
両者は世界中で衝突を繰り返していた。

そして、IERA〈国際環境研究連合〉が擁する
環境シミュレータ〈シャドウランズ〉が驚くべき予測をはじき出す。
遅くとも、今後50年のうちに再び大地殻変動が起こり
地球は人類の生存できない環境へと激変するという。

そんな中、陸上民と海上民が平和的に共存するために
日夜、さまざまな組織との折衝に奔走する
外交官・青澄誠司(アオズミ・セイジ)の活躍を描いたのが
『華竜の宮』で、その<大異変>まであと50年を残した時点で
物語の幕は閉じられた。


本書では、その直後の時点から、<大異変>までの40年あまりの
出来事が綴られていく。

物語は主に3つの視点から語られる。

まずは前作から引き続き登場する青澄誠司。
外交官を退職した彼は海上民の救援組織<パンディオン>を設立、
その理事長として前作以上に海上民のために尽くしている。

二人目は、海上民の武装組織<ラブカ>のリーダー、ザフィール。
もともとは医師だったが、乗っていた舟が海上民に襲われたことを
きっかけに陸上民との武力衝突に巻き込まれ、
いつしか海上民の抵抗勢力を率いるようになっていく。

そして三人目はDSRD(深宇宙研究開発協会)のメンバー・星川ユイ。
彼女(というかDSRD)の目標は、恒星間宇宙船を建造すること。
しかし、地殻変動によって一度は滅亡の危機に瀕した地球に
宇宙へ進出する余力などなく、
宇宙開発技術の進歩は何世紀にもわたって停滞していた。


誠司は迫りくる<大異変>に備え、
海上民の収容所となる海上都市群の建設を目指していた。

しかし陸上民の了解を取り付けるためには、どうしても
"2つの人類" の和解が必要だった。

誠司は和解交渉のためにザフィールとの接触を試みるが
積年の恨みつらみが重なる彼らにその選択肢はありえない。

一方、ユイが関わる恒星間宇宙船の建造には
膨大な資金と資源を必要する。
しかも完成したとしても人は乗せない、というか乗れない。
載せるのは人類のすべての記録、そして生命の "種"、
そしてそれらを管理する人工知性体のみ。

しかし、この宇宙に人類が存在した証しを残し、
いつか理想的な惑星に到着したときには
そこで人類の再生を目指そう、という理念にユイは共鳴する。
しかし宇宙船建造計画は世界中からの厳しい非難に晒されるのだった。


前作『華竜の宮』と比べて、個人の描写が深くなったと思う。
誠司、ザフィール、ユイの "半生記" といった趣がある。

とくに誠司は、前作直後の40代で登場し、終盤では70代まで描かれる。
仕事人間だった誠司は、前作では全くといっていいほど
女性の影は無かったが、本作ではちょっぴり
"ロマンス" めいた描写もあって、
彼が決して木石ではなかったことがわかる(笑)。

ザフィールは自ら望んでリーダーの地位に就いたわけではなく
成り行きというかなし崩しというか、
いつの間にか周囲からトップに祭り上げられてしまうのだが
一度引き受ければ最後まで仲間を先導し続ける。

自分の進む道の終点には "破滅" しかないのは分かっているのに
それでも進むのをやめることができない。
後半の彼に感じるのは限りない悲哀だ。

ユイは幼少期から成年期までが描かれるが
一貫して宇宙への憧れ、そして宇宙船建造の夢を手放さない。

三者三様ではあるが、
みな理想に殉じて生きていくところが共通しているのだろう。


細かいところでは、短編『リリエンタールの末裔』に
登場したキャラがでてくる。

グライダーで空を飛ぶことに賭けた若者を描いたこの短編、
これは単独でも面白いのだけど
シリーズの中においてどんな位置づけにあるのか
今ひとつわからなかったんだけど、その疑問が氷解した。
そうかあ、こうつながるのかぁ・・・


恒星間宇宙船の動力としては、核融合エンジンが予定されていたが
<大異変>を乗り切るための人類のエネルギー源としても
核融合発電が必要となっていた。

しかし、人類の間には "核エネルギー" に関して
抜きがたいアレルギーもまた存在している。

しかし、宇宙船のためにも、人類の生き残りのためにも
核融合の技術を手にしなければならない。
そしてそのためには "実験" が必要になってくる。

このあたり、どう折り合いをつけていくかも読みどころの1つだろう。


誠司のパートナーとなる人工知性体・マキ。
『華竜の宮』では男性設定で、男性のボディだったが
本作では女性ボディに変更され、設定も女性に書き換えられている。
"彼女" もなかなか魅力的で
とても健気に誠司に尽くすところが素晴らしい。
もう惚れてしまいそうである(笑)


前作の時も書いたが、
「滅亡が迫りました」→「回避できました」
という安易な話ではない。

本書の最後でも<大異変>はすぐそこまで迫っており、
人類がそれを生き延びられる可能性は限りなくゼロに近い。

しかし、それでもなお "運命" に対して
抗い続ける人類の姿を作者は描きたかったのだろうし、
本作でそれをきっちりと描ききったとも思う。

あとは「人事を尽くして天命を待つ」のみだ。

作者は、<大異変>の時代を迎えた人類を描く構想もあるらしいので
いつの日か、さらなる "続編" が読めるのかも知れない。

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