酔いどれ探偵/二日酔い広場 日本ハードボイルド全集6 [読書・ミステリ]
酔いどれ探偵/二日酔い広場: 日本ハードボイルド全集6 (創元推理文庫 M ん 11-6)
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2021/07/21
- メディア: 文庫
評価:★★☆
日本ハードボイルド小説の黎明期を俯瞰する全集、第6巻。
本書では都筑道夫の短編集2冊を合本して収録している。
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「酔いどれ探偵」
エド・マクベインの創造した探偵カート・キャノンの贋作(パスティーシュ)として雑誌に連載されたシリーズ。出版に当たっては「贋作であることを明示すること」という契約があったとのことで、主人公の名をクォート・ギャロンと変えてある。
ギャロンは妻と親友に裏切られ、私立探偵の認可証も取り上げられた。いまはニューヨークの裏町で、ルンペンたちと一緒に酒に溺れる日々を送っている。
「第一章 背中の女」
酔い潰れたギャロンが目覚めたとき、目の前には椅子に縛り付けられた全裸の女。さらには身に覚えのない殺人容疑まで着せられていた・・・
「第二章 おれの葬式」
公園のベンチで時間を潰していたギャロン。そこへやってきた男は、ギャロンを探しているという。誰に頼まれたのか聞いたら、男はギャロンのかつての妻の名を出した・・・
「第三章 気のきかないキューピッド」
安宿に泊まっていたギャロンを訪ねてきたのは、旧知の女・キット。失踪した恋人・マイクを探してくれと云うのだが・・・
「第四章 黒い扇の踊り子」
裏町の道ばたで酒を飲んでいたギャロン。そこへ現れたチャイナ服の女はチャーリィ・ルウを助けてほしいという。彼の家で殺人事件が起こり、容疑者として捕まってしまったのだ・・・
「第五章 女神に抱かれて死ね」
ギャロンが飲んでいた酒場で乱闘騒ぎが起こり、バーテンが斧で客の腕を切断してしまう。バーテンが逃げたあと、店に入ってきた赤毛の女は私立探偵のジュディと名乗るが・・・
「第六章 ニューヨークの日本人」
9月の宵、季節外れのサンタクロースの服を着た男が倒れるところに出くわしたギャロン。介抱された男はユミオ・オオイズミ。商社員で、服を盗まれたのだというが・・・
事件に関わったギャロンが捜査を始めて真相に近づいていくと、たいてい殴られて気を失い、犯人に捕まるというパターン(おいおい)。情けなさが先立って、お世辞にもカッコいいとは言えない。まあそれでも最後には解決してしまうのだから有能なのだろう。
舞台になじみがないせいか、読んでいてもストーリーがなかなか頭に入ってこない(笑)。私とは相性が良くないシリーズみたいだ。
「二日酔い広場」
元刑事の私立探偵・久米五郎を主役としたシリーズ。久米は交通事故で妻と娘を喪っていた。彼の甥・暁(さとる)は弁護士で、桑野未散(くわの・みちる)という若い女性事務員を雇っている。彼女は時折、久米の助手として駆り出されて事件に関わっていく。
「第一話 風に揺れるぶらんこ」
久米は商事会社社長・新見優(にいみ・まさる)から妻・智子の浮気調査を依頼され、彼の兄・新見猛(たけし)を尾行する。しかし猛のアパートで智子の死体が見つかる・・・
「第二話 鳴らない風鈴」
酒場で飲んでいた久米は、自分は尾行されていると主張する青年・小牧洋一と知りあう。小牧から調査を依頼されたのも束の間、彼は路上で銃撃され、命を落としてしまう・・・
「第三話 巌窟王と馬の脚」
往年の時代劇俳優・中川余四郎(なかがわ・よしろう)。酒場で知りあった浅田純子という女のマンションで一晩過ごすが、翌朝、女は死んでいた。酔っていて記憶がないという中川から調査を依頼された久米だったが・・・
「第四話 ハングオーバー・スクエア」
商社員の柏木英俊から妻・倭文子(しずこ)の浮気調査を受けた久米。尾行中に倭文子が歌舞伎町のディスコに入っていった。久米は未散を呼び出し、二人で中へ入るのだが・・・
「第五話 濡れた蜘蛛の巣」
還暦間近の織田要蔵(おだ・ようぞう)。週末になると決まって外出するのを不審に思った妻からの依頼を受けた久米。要蔵に問うと、末娘の素行を心配しているのだと云うが・・・
「第六話 落葉の杯」
広瀬勝二(ひろせ・かつじ)には、かつて妻を殺して自殺を図ったという過去があった。刑期を終えた後は更生して塗装業を営んでいる。だが、再婚したことが原因なのか、娘が家を出て行方知れずになったという。娘の捜索を依頼された久米だったが・・・
「第七話 まだ日が高すぎる」
警察から桑野未散という女性が殺されたと連絡を受けた久米。しかし死んだのは別の女で、なぜか未散のショルダー・バッグを所持していたのだった・・・
都筑道夫という作家さんにハードボイルドのイメージはなかった。どちらかというと本格ものの作家さん。でも本書で、けっこうハードボイルド好きだったことを知った。
巻末のエッセイは香納諒一氏、都筑氏と同じく編集者を経て作家になったという共通点から、いろいろな思い出を語っている。いままでの巻末エッセイの中ではいちばん長いんじゃないかな。それくらい思い入れがあったのだろう。
タグ:国内ミステリ
かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖 [読書・ミステリ]
評価:★★★
明治41年、23歳の若き詩人・木下杢太郎(きのした・もくたろう)は、北原白秋らと「牧神(パン)の会」を結成した。料理店に集まって芸術家仲間と語り合う会だ。
会員たちが持ち込んできた "不思議な事件" についても推理を闘わせるが、謎は解けない。
そんなとき、店の女中・あやのが「ひと言よろしゅうございますか、皆様」
と口を挟み、見事に謎を解いてしまうのだった・・・
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主人公である木下杢太郎は本名・太田正雄(おおた・まさお)。詩人・劇作家としても多くの作品を残すが、後の世では皮膚科の医学者として世界的に有名となった人だ。本書では23歳の若き日の杢太郎が描かれる。
明治41年、杢太郎は歌人・小説家・洋画家・版画家などと共に「牧神(パン)の会」を結成する。両国橋ちかくの西洋料理店「第一やまと」に集まり、芸術について語り合う会合だ。
しかしそこには会員たちが見聞きした "不思議な事件" も持ち込まれてくる。メンバーたちはそれについて推理を闘わせるが誰も謎を解くことができない。
そこに店の女中・あやのが「ひと言よろしゅうございますか、皆様」と口を挟み、謎を解いてしまう。
レストランに集ったメンバーが謎について推理し、最後は給仕のヘンリーが真相を言い当てる、というのはアメリカの作家アイザック・アシモフのミステリ・シリーズ「黒後家蜘蛛の会」のパターンだが、本書はそれを ”本歌取り” した連作短編集だ。
「第一回 菊人形異聞」
団子坂の見世物小屋に展示されていた乃木将軍の菊人形に、日本刀が突き立てられるという事件が起こるが、犯行がいつ行われたのか分からない。客の目もあり、店番もいたので外部からの侵入者も考えられないというが・・・
「第二回 浅草十二階の眺め」
凌雲閣、通称 "浅草十二階" にやってきたのは、印刷局勤務の桐野泰(きりのやすし)とその同僚・竹富仁蔵(たけとみにぞう)、そしてその妻のとしの三人。泰と仁蔵は最上階の展望台に上ったが、そこから仁蔵が転落死してしまう。泰が疑われるも、事件時の展望台には多くの人がいて、見られずに突き落とすのは不可能だった・・・
「第三回 さる華族の屋敷にて」
華族にして外交官の池田兼済(いけだ・けんさい)。臨月を迎えていた妻の亮子(りょうこ)が陣痛を訴えたので産婆が呼ばれ、池田邸内で出産することに。
しかし生まれた赤子が殺害されるという事件が起こった。出産を終えて亮子が眠っている間に赤ん坊は絞殺、さらに臀部の肉が切り取られ、両目がえぐられるという猟奇的な犯行だった・・・
「第四回 観覧車とイルミネーション」
上野公園で行われた東京勧業博覧会。そこで銃撃事件が起こった。死んだのは軍人・佐藤正董(さとう・まさただ)。犯人は見つからなかったが、後日になって不可解な目撃証言が出てくる・・・
「第五回 ニコライ堂の鐘」
ロシア正教の寺院・ニコライ堂。ある日の夕刻、日曜の朝にしか鳴らないはずの鐘が鳴った。それを聞いた二人の司祭が鐘楼を登ったところ、その中でフョードル司祭が死んでいるのを発見する。しかし犯人の姿はない。鐘楼からの逃げ場はないはずなのだが・・・
「最終回 未来からの鳥」
陸軍士官学校の校長が青酸カリを飲んで死亡する。状況から自殺と思われたが、検視にやってきた森鴎外は疑問を抱く。その後ひとりの学生から、昨夜多くの生徒や教官が揃って不可解な夢を見たという・・・
「第一回」から「第五回」までは、きっちりとしたミステリになっているのだが、特筆すべきはこの時代ならではの犯罪になっていること。それは舞台であったり、動機であったり。あるいは、この時代の価値観でなければ起こらなかった事件だったりする。
その中でも「第三回 さる華族-」は、発端の怪奇性と結末の合理性が見事に両立していて、本書の白眉だと思う。
「最終回」だけはちょっと毛色が異なる。超常的な現象も発生するので、この一編だけはSFと思って読んだ方がいいだろう。
北原白秋、森鴎外、石川啄木、与謝野晶子など、実在の有名人がちょい役で顔を出すのも楽しい。
そしてなんといっても注目は探偵役の "あやの" さん。頭の回転が速いのはもちろんだが、かなりの博識でもあり高度な教育を受けていることが窺われる。
「最終回」ではそんな彼女の "素性" も明らかになる。意外ではあるが、納得の "人選" だろう。
泳ぐ者 [読書・ミステリ]
評価:★★★
『半席』に続く時代ミステリ・シリーズ第二作。
幕府が開かれて200年あまり。日本の周辺に異国の船が現れはじめ頃。
江戸の街で元勘定組頭が刺殺される。下手人は3年半前に離縁した元妻。なぜ彼女は犯行に及んだのか?
毎日、決まった時刻に大川(隅田川)を泳いでいた男が斬り殺される。下手人は下級の幕臣。なぜ彼は犯行に及んだのか?
徒目付(かちめつけ)・片岡直人(かたおか・なおと)は事件を調べるうちに、人の心に潜む、狂おしいまでの悩み、そして "闇" を知っていく・・・
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主人公・片岡直人はまもなく30歳を迎える徒目付。徒目付とはいわゆる監察官のことで、片岡のお役目は主に幕府役人等の内偵や調査だ。
勘定組頭を病で退いた藤尾信久(ふじお・のぶひさ)が刺殺されるという事件が起こる。被害者は既に寝たきりの状態の68歳。下手人は3年半前に離縁した元妻・菊枝(きくえ)。
彼女は元夫を刺した理由を黙して語らない。直人はその動機を探りはじめる。
信久は越後で百姓の身分から身を起こし、代官所で元締手代に取り立てられた。その有能ぶりを気に入った代官が江戸へ戻るに際して連れ帰った。
その後、信久は正規の幕臣ではない普請役を振り出しに謹厳実直に勤め上げ、ついには役高350俵の勘定組頭まで出世を果たした。
私生活では由緒ある大番家(幕府の上級武官)の三女・菊枝を娶り、嫡男を儲けた。しかしなぜか、3年半前に彼女を離縁していた。
嫡男をはじめ菊枝の周囲にいた者たちに話を聞き、信久の故郷の越後まで足を伸ばした直人は、ある "仮説" を組み上げていく。
信久が菊枝を離縁した理由も、菊枝が信久を刺した理由も説明できる。直人はその "仮説" を菊枝にぶつけるのだが・・・
このあと、刺殺事件自体には "決着" がつくのだが、直人は菊枝の反応から、自分の "仮説" に疑いを抱いてしまう。
納得できないままの直人の前に、さらなる事件が起こる。
毎日、決まった時刻に浅草あたりの大川(隅田川)の両岸を、泳いで往復する男がいるという。見物に行った直人は、簑吉(みのきち)という男の名と、その目的を聞き出す。商売繁盛の願掛けで、あと二日泳げば満願なのだという。
しかしその最終日、川から上がった簑吉は、その場で一人の武士に斬り殺されてしまう。
下手人は川島辰三(かわしま・たつぞう)。身分は御徒(おかち)、幕府の警護を担当する下級武士だった。捕まった川島は精神に安定を欠き、「お化けを退治した」と口走るばかり。
周囲の者に聞いたところ、川島には水練の稽古中に、相方の仁科耕助(にしな・こうすけ)を苛め殺したという過去があった。そして簑吉が大川を泳ぎだした頃から、川島は耕助の亡霊に怯えるようになっていったという。
簑吉の身上調査を始めた直人は、「商売繁盛」と語っていた目的が偽りだったことを知る。さらに、彼の出自には意外な秘密があったことが明らかに・・・
前作『半席』での直人は、出世を目指しながらも、事件が起これば調査に没頭する男だった。いくつかの事件で、なぜ下手人が犯行に及んだのか、納得できる理由を見つけるまでとことん追い続ける。そのうちに、出世よりもお役目を全うすることに自分の ”道” を見いだすまでが描かれた。
本作でもそれは変わらず、まず「元勘定組頭刺殺事件」の "なぜ" を探求するが、直人がいまひとつ納得できないまま事件は終結する。
続く「泳ぐ者事件」の調査で、簔吉の過去を探っていくうちに、人の心に潜む悩み、そして闇を知っていく。それをきっかけに、菊枝の心のうちにあった "悲哀と辛苦" に思いが至り、夫を刺した真の動機を知ることになる。
直人自身は出世の道を自ら外れたと思っているが、彼の有能さを知る上司は多いようで、今作でも出世の誘いがかかる。いまのところ直人にその気はないようだが。
本書の背景となるのは異国船が出没して海防の機運が高まってきた頃。これから幕末へと向かい始める世相の中で、直人は200年以上続いてきた幕府の中で起こる事件に取り組むという、ある意味 "内向き" の人生を送っている。
もし続編があるのなら、この時代背景がより一層クローズアップされてくるのかも知れない。そんな世界で直人はどう生きていくのか知りたいところだ。
タグ:時代ミステリ
祝! 『ゴジラ -1.0』アカデミー賞視覚効果賞受賞!! [映画]
ちょっと時機を逸しましたが、『ゴジラ -1.0』制作陣の皆様、受賞おめでとうございます。
ノミネートされただけでもスゴいと思ってましたが受賞までしてしまうとは、もうビックリでした。『ゴジラ』シリーズを観続けてきて良かったと思えた日でした。
ただ、その報道の仕方にはちょっと不満も。みな「CGの出来がスゴい」とか「ハリウッド映画と比べて1/10の予算」とか、VFX関係の話ばかり。
まあ「視覚効果賞」だから、そのへんがメインになるのは仕方がないのでしょうが、そもそもの話、映画としての出来が良くなければ、いくらCGがスゴくたって候補にも挙げてもらえないわけで、ぜひそこのところを伝えてほしかったんだけどね。
受賞のニュースを伝えてるアナウンサーとかキャスターとかの中には、「こいつ絶対、映画本編を観てないだろ・・・」って思う人もいた。
映画としての出来にまで言及していたのは私の知る限り、某ワイドショーのコメンテーターの一人が奥さんと一緒に観に行った話をしていて、本人はもちろん奥さんも「素晴らしい映画だった」って絶賛していた、というのが唯一かな。
おっと閑話休題。
この映画、11/3の公開後、11~12月の間に4回くらい見に行きましたかねぇ。
Dolby Cinema が2回、IMAX が2回だったかな。料金はかかるけど、この映画はそれだけの出費に見合う作品だと思います。綺麗な映像と素晴らしい音響で観る『ゴジラ -1.0』は最高でした。
「5/1に Blu-ray が発売予定」ってアナウンスされ、さっそく予約したんですけど、今回の受賞を知って嬉しくなり、またまた映画館に観に行ってしまいました。一昨日(3/13)のことです。
平日の昼間なのに、席は7割方埋まってましたかね。通常では考えられないことです。みんな受賞のニュースを聞いて観に来たのでしょう。
およそふた月ぶりの『ゴジラ -1.0』でした。流石に一日一回上映で、通常の音響のハコでしたけど、よかったです。ストーリーも分かりきってるんだけど、やっぱり涙が出てしまいました。
願わくば、今回の受賞をきっかけに「ゴジラだから・・・」とか「怪獣映画だから・・・」とかの理由で敬遠していた人にも、ぜひ劇場に足を運んでもらいたいものです。
観客動員も盛り返してきたようだし、上映館や上映回数も増えたらいいな。ちょっと前に、国内興行収入が60億に達したというニュースがあったけど、少しでもそれに上積みされるといいな。『シン・ゴジラ』の82億は超えられないかもしれないけど、少しでもそれに近づくようになってほしいものです。
山崎貴監督は「ゴジラをもう一本撮りたい」って言ってましたけど、可能性は高まりましたね。
『-1.0』の続編になるのか、別の新しいゴジラになるのかは分かりませんが、どっちにしろかなりハードルが上がってしまったので、次の映画はそう簡単には作れないでしょうねぇ。
まあ、私の生きているうちにお願いします(おいおい)。
あともうちょっと書かせてもらうなら、この映画は全世界で160億くらい稼いでいるらしいので、儲けの一部は制作陣にも還元してあげてほしいなあ。結果を出したらきちんと報酬を与えるのは当然のこと。そこを怠ると、そのうちCGスタッフたちは外国(アメリカや中国)に引き抜かれてしまうぞ。
タグ:SF
波の鼓動と風の歌 [読書・ファンタジー]
評価:★★★
女子高生・来島凪(くるしま・なぎ)は、校外学習での登山中に湖に転落してしまう。目覚めたとき、そこは異世界。そして彼女は人と獣の混じり合ったような異形の姿へと変わってしまっていた。
囚われの身となっていたナギ(凪)を救ったのは、サージェという少年。彼と共に都を目指す旅に出るが、やがてこの世界の過酷な "定め" を知っていく・・・
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高校3年生の来島凪は、運動も勉強も普通の生徒。真面目で努力家だが変わり者と見られていて友人もいない。そんな自分に存在意義や生きる価値を見いだせない日々を送っていた。
高校最後の行事である校外学習での登山中、クラスメイトの北村なぎさと共に湖に転落してしまう。
目覚めたとき、そこは何処とも知れぬ異世界。ナギの身体は人と獣の混じり合ったような異形の姿へと変わっていた。左手は太くて毛むくじゃらで、鋭い爪を持つ指が。両脚には恐竜か爬虫類のような鉤爪が。
この世界では、ナギのような存在は "まじりもの" と呼ばれ、激しい差別を受けていた。ナギもまた囚われの身となり、鉱山で強制労働をさせられていた。
ナギを救ったのは、紺碧の瞳を持つ12歳の少年・サージェだった。鉱山から逃れた二人は都を目指して旅に出る。やがてナギは、この世界の異様さを知っていく。
この世界は、"星の海" と呼ばれる、すべての物体を溶かしてしまう液体で覆われている。陸地は無数の巨大な柱に支えられて、"星の海" のはるか上方に存在している。かつては四つの大陸があったが、柱の崩壊とともに砕けていき、いまは島がいくつか残るのみ。ナギが漂着したのはその島国の一つ、サライだった。
島を支える柱が崩落を続ければ、いずれはサライも "星の海" に飲み込まれてしまう。それを防ぐため、王は自らを "王柱"(おうちゅう)と呼ばれる柱に変えて、島を支える存在になるのだという。
そしてサージェは、自らを "聖王シュレンの喜生(きっしょう)" だと名乗る。シュレンはかつてサライを収めていた仁王であり、"喜生" とはいわゆる「生まれ変わり」のことだ。彼の望みは、サライの王族に "聖王の喜生" と認められ、王柱へとその身を変えることだった。
年端もいかない少年の身で、自らの身体を犠牲にしようとするサージェの目的に疑問を持ちつつも、共に都に向かうナギ。しかし都では、王位を巡る争いが勃発していた・・・
いわゆる異世界転生ものだ。転生に伴ってナギは異形の姿へとなってしまい、衝撃を受けてしまう。まあ年頃のお嬢さんとしては無理もない。
だが、ナギたちを襲う数々の危機を逃れるとき、彼女の身体が得た "獣の力" は大いに役に立つことになる。
また、この世界における "まじりもの" の生態はどちらかというと獣寄りで、ナギのように人間と意思疎通ができる者はいないらしい。そういう意味では彼女はこの世界に於ける唯一無二の存在でもある。
自分が生きる意味を見いだせなかったナギの前に現れたサージェは、自らの身を犠牲にして王柱となることに自分の存在意義を見いだしている。
そんなサージェと行動を共にしていくうち、ナギの意識は少しずつ変化していく。本書はナギの精神的な成長の物語でもある。
物語は、本書でいちおうの区切りを迎えるが、ナギ自身の "元の世界" への帰還までは描かれない。
とはいっても作中では帰還の可能性自体は否定されていないので、続編があるのかも知れないし、この一巻で完結で以後の展開は読者の想像に任せているのかも知れない。
私としては、数々の試練をくぐり抜けたナギが、成長した ”来島凪” として元の世界へ帰って行った後の話が読みたいので、続編を期待してる。
タグ:ファンタジー