首 [読書・ミステリ]
評価:★★★
岡山県の山奥の湯治場にやってきた映画のロケ隊。しかしその山中の滝にある "獄門岩" に監督の生首が晒された。三百年前に起こった事件を模倣するかのように・・・
表題作『首』を含む、金田一耕助の探偵譚四編を収録。
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「生ける死仮面」
東京都杉並区にアトリエを構える彫刻家・古川小六は、近所でも有名な男色家で、しばしば眉目秀麗な美少年を連れ込んでいた。
昭和2X年8月末、巡邏中の警官が異臭に気づき、アトリエに踏み込んだ。そこにいたのは号泣する小六、そしてベッドの上には少年の腐乱死体。
小六は死んだ少年のデスマスク(死者の顔から直接型を取って作った石膏像)を作成していた。そして公開されたデスマスクを見て少年の親が名乗り出てきたのだが・・・
情欲の果ての猟奇殺人と思いきや・・・発端と結末の落差の大きさに驚く一編。
「花園の悪魔」
東京から電車で一時間ほどの温泉場。そこの旅館に併設された庭園で、全裸の女の絞殺死体が発見される。被害者はヌードモデルの南条アケミ。
彼女は前夜、犯人と思われる男と旅館に投宿していた。容疑者として浮上したのは山崎欣之助という学生だったが、事件後に失踪していた・・・
単純な事件のようにみえて、真相は意外と錯綜している。ラストで犯人の末路が描かれるのも珍しいかな。
「蝋美人」
軽井沢の山中で発見された遺体。自殺とみられ、推定死後三ヶ月。しかし全裸の上に腐敗と損傷がひどく、生前の面影は全く残っていなかった。
法医学者・畔柳(くろやなぎ)博士は、この死体の頭蓋骨に蝋で肉付けし、生前の面影を再現すると発表した。
復元が完了し、公開された "死者の顔" は大騒ぎを引き起こした。それは殺人犯にして未だ逃亡中の女・立花マリと瓜二つだったのだ。
マリは元女優で、人気作家・伊沢信造の妻となった。しかし政界・教育界の名門である伊沢家の中では作家と女優のカップルは異端な存在。そして結婚して半年後、マリは信造を刺し殺して失踪していた・・・
文庫で約90ページと、本書の中で最も長い。畔柳博士をはじめとする登場人物たちの様々な思惑、復元された顔によって起こる新たな事件、そして真相も重層的。書き伸ばせば長編にもできるくらい密度が高い。
「首」
三百年前、中国地方の山奥の里で、名主の鎌田十衛門が何者かに殺されて山中の滝にある "獄門岩" に晒されるという事件があった。
そして一年前、里にある湯治旅館・熊の湯の養子が殺されて "獄門岩" に晒されるという事件が起こり、未解決になっていた。
そして今年、熊の湯にやってきた映画のロケ隊の監督が殺され、その首もまた同様に晒された。
熊の湯に "療養" に連れてこられた金田一耕助は、磯川警部の思惑通り(笑)、事件の解明に取り組むことに。
真相を明らかにすることが、必ずしも残された者たちを幸福にするわけではない。耕助と磯川警部の "大岡裁き" が見られる一編。
タグ:国内ミステリ
俺ではない炎上 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
不動産会社の営業部長・山縣泰介は、「女子大生殺害犯」へと仕立て上げられる。彼の名を騙る twitter アカウントの内容通りに、他殺死体が発見されたのだ。
たちまちネット上では泰介の写真も勤務先も公開されて大炎上。周囲の人間は誰一人として彼の潔白を信じてくれない。警察の捜査を逃れて逃亡する泰介の行き着く果ては・・・
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物語は、大学生・住吉初羽馬(すみよし・しょうま)が twitter を観ているシーンから始まる。アカウント名は「たいすけ@taisuke0701」で、そこには一枚の写真が映っていた。
夜の公園と思しき場所に横たわる女性。腹部から血を流している。投稿者は、自分が殺したという犯行声明をつぶやいていた。
おののきながらもリツイートしてしまう初羽馬。しかしそれが "炎上" の始まりだった。
山縣泰介(やまがた・たいすけ)は、大手不動産会社・大帝(たいてい)ハウジングの営業部長。しかし彼が出張から帰社すると、社内の雰囲気がおかしい。
なんと彼は「女子大生殺害犯」であるとネットで特定され、大炎上していたのだ。ネットの投稿通りに、女子大生の死体が発見されたことによって。
泰介自身は twitter は使っていないのに、「たいすけ@taisuke0701」のアカウントは10年前から存在し、しばしば泰介の私生活の様子を呟いていた。その巧妙な内容からして、かなりの悪意と計画性が感じられた。
炎上に加わったネット民たちによって泰介の勤務先が特定され、顔写真まで晒されていた。このままでは本当に殺人犯にされてしまう。警察に捕まってしまったら、容疑を晴らす術はないと思った泰介は、逃亡を企てるのだが・・・
本書の語り手は四人いる。一人はもちろん山縣泰介。炎上の "引き金" を引く一人となった住吉初羽馬。泰介の娘・夏実(なつみ)。そして殺人事件の捜査と泰介の追跡を担当する県警の刑事・堀健比古(ほり・たけひこ)。
四人の視点をシャッフルしながら物語はすすんでいくのだが、もちろんその中には巧妙に伏線が仕込まれていて、終盤近くでそれが "発動" すると、それまで展開してきた物語の様相が一変していく。
これがまた鮮やかすぎて、読んでいると一瞬何が起こったのか分からなくなってしまう。そして合点がいくと、その大胆さにもう一度唸ってしまう。
切れ味鋭いミステリとして素晴らしい出来なのはもちろんなのだが、それと同じくらい伝わってくるのはネットの恐怖だ。暴威と言い換えてもいい。
単なる野次馬的興味だけに留まらず、積極的に炎上に加わっていく者たち。泰介の勤務先、顔写真、自宅の住所・・・あらゆる個人情報を晒しものにしていく。
炎上させている本人たちは "社会正義" を実践しているつもりなのかも知れないが、その本音は「水に落ちた犬は叩け」。要するに反撃される恐れのない相手なら、いくらでも強い態度に出て大丈夫。物陰からならいくらでも石を投げられる、というわけだ。
中盤では、逃亡中の泰介を見つけようと、わざわざ集まってくる連中まで出現する。なんのことはない、逃げる泰介を動画に撮って、ネットに上げて閲覧数を稼ごうというもの。彼らにとっては人の不幸さえ娯楽のタネだ。
昔、twitterのことを「バカ発見器」と呼んだ知人がいたが、まさにその通りだなぁと実感する。
悲観的なことを書き連ねてしまったが、本書の物語自体は "真っ当な結末" を迎える。真犯人は捕まり、泰介の容疑は晴れ、炎上に加わった有象無象の輩は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
ネットも所詮、道具の一つに過ぎないのだから、人間の関わり方の問題なのだろう。でもまあ現在の世相を観るに、あまり良い方に向かっているように見えない部分も多々あるのだが、これからの若い人たちが(もちろん老人もだが)上手く使いこなしていくことを願うばかりだ。
KAIJU黙示録 [読書・SF]
評価:★★
未曾有の気象変動が地球を襲い、海水面は上昇、多くの陸地が沈んだ。わずかに生き残った人類は文明の再興を目指すが、そこへ異形の巨獣〈KAIJU〉が出現した!
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全体は三部構成になっている。
「レムーラの勝利」
未曾有の気象変動が地球を襲い、海水面は上昇、多くの陸地が沈んだ。わずかに生き残った人類は文明の再興を目指すが、そこへ異形の生物〈KAIJU〉(怪獣)が出現する。
80mを超える巨獣である "マザー" が5体出現し、それによって内陸部へと追いやられる人類。怪獣に対抗して最新鋭の兵器を備えた "基地" が各地に建設された。
しかし "マザー" に続けて出現したのは身長3mの小型怪獣・"ドッグ"。無数に沸いて出た彼らによって、人類の基地は次々に潰されていく。そして今、最期に残ったのがレムーラ基地だった。
ジャコビー・バッチ博士は、戦闘時の "ドッグ" からある種のエネルギー波が発せられていることを検知した。そこから怪獣たちをコントロールしている "オーバーマインド" とも云うべき個体がいるという仮説を立てる。
レムーラ基地は、その "オーバーマインド" が存在していると思われる島へ特殊部隊を派遣、急襲するのだが・・・
「アルゴー号の帰還」
気象変動が始まった頃、地球を脱出して他星系への移住を目指して建造された宇宙船アルゴー号。人工冬眠した数千人の植民者を載せ、怪獣が出現して猛威をふるい始めた地球を後にして、ケンタウルス座α星系へと向かった。
しかしその星系にあった居住可能な惑星には、すでに二足歩行の知的生物が存在していた。文明レベルは低いが、彼らを排除するには時間と武器が足りない。
残りのエネルギーも乏しいことからアルゴー号は地球に帰還することに。出発から2年が経っていたが、地球では相変わらず怪獣たちが跋扈していた。
作中では明示されていないが、この時点で前章「レムーラの勝利」から数ヶ月後のことと思われる。レムーラ基地は "オーバーマインド" の撃破には成功したものの、その勝利はあくまで一時的なものだったようだ。
アルゴー号は、廃墟となっているレムーラ基地へと調査隊を降下させる。彼らの前に現れたのは辛うじて生き残った者たち、そして "マザー" を遙かに超える巨獣だった・・・
驚くことに、アルゴー号はワープ機関を装備している。だから1年もかからずに目的地へ到達する。ちょっと技術的なギャップが大きすぎる気もするが。
アルゴー号を含め、この章の設定は日本のアニメ映画『GODZILLA 怪獣惑星』(2017)とダブるところがある。本書(原書)の刊行は2014年らしいが、このあたりは偶然だろう。内容というかテイストもかなり異なるし。
「黙示録の終焉」
怪獣と人類の、地球の覇権を賭けた最期の "戦い" が描かれるのだが・・・
ラスボスとも云える超巨大怪獣の設定や、それへの人類の対抗策については好みが分かれそう。文明や人類の終焉を描いた "終末SF" の一作としてみれば評価する人もいるかもしれないが・・・
正直なところ、読む前は "超B級" とか "ゲテモノ小説" というイメージがあった。だいたい文庫表紙のイラストからして、そんな雰囲気がぷんぷん。
でも内容はアクションSFとしてはそれなりに読ませる出来になっていて、"意外とまとも"(笑)だったのはちょっとビックリ。
でもそれだけに、この結末はちょっと残念。私としては、SFとして "もうひとひねり" がほしかったところ。
タグ:SF
野球が好きすぎて [読書・ミステリ]
評価:★★★
警視庁捜査一課の刑事・神宮寺つばめは、野球ファンが絡んだ難事件に挑む。相棒は父親で警部の勝男。彼は熱狂的なスワローズファンでもある。
捜査に行き詰まった二人の前に現れるのは謎のカープ女子。彼女はたちどころに謎を解き明かしていく・・・
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警視庁捜査一課の刑事・神宮寺(じんぐうじ)つばめと、その上司で警部の勝男(かつお)は実の親子。二人で事件の捜査を行っている。勝男は娘に "つばめ" と名付けるくらい、熱狂的なスワローズ・ファンでもある。
まあ現実には親子が同じ職場に配属されることはありえないことだろうが、ユーモア・ミステリであるから、そのあたりはユルめの設定で。
二人が出くわすのは野球ファンが絡んだ難事件の数々。しばしば捜査は暗礁にのりあげてしまうのだが、そんなときにたまたま訪れた『ホームラン・バー』(アイスの名ではなく、スポーツ・バーの名前)で、真っ赤なユニホームを着て全身を赤でコーディネイトした "カープ女子" と出会う。彼女は二人から事件の概要を聞き出すと、たちどころに真相を言い当ててしまう。
まあ現実には警官が部外者に捜査中の事件の情報を漏らすなんてありえないことだろうが、ユーモア・ミステリで(以下略)。
「第1話 2016年 カープレッドよりも真っ赤な嘘」
東京近郊で、プロ野球のお宝ユニホームを奪う連続強盗事件が発生していた。
"私" はそれを利用して、カープファンの高原雅夫(たかはら・まさお)を殺害し、ユニホーム強盗の仕業に見せかけるべく細工をするのだが・・・
"私" は、野球ファンとしてはかなり致命的なミスをするのだが、これに気づく人はいそうでいないようにも思う。
「第2話 2017年 2000本安打のアリバイ」
野島敬三(のじま・けいぞう)はTVの局アナからフリーに転身、スポーツ中継のみならずバラエティにも進出していた。
野島を殺害した "私" は、アリバイ工作のために彼のツイッターを乗っ取り、偽のメッセージを投稿するのだが・・・
これもささいなミスなのだが、拘る人は拘るのだろうなぁ。
「第3話 2018年 タイガースが好きすぎて」
タイガース・ファンの村山虎吉(むらやま・とらきち)が殺害される。容疑者として甥の篠原宗一(しのはら・そういち)が浮上したが、遺体の第一発見者の証言から、彼にはアリバイが成立してしまう・・・
熱狂的なファン心理が事態を錯綜させていく、という事件。まあその気持ちも分からなくはないが。
「第4話 2019年 パットン見立て殺人」
ベイスターズの外国人投手・パットンは救援に失敗してしまう。自分に腹を立てたパットンはベンチにあった冷蔵庫の扉をボコボコに殴るという "事件" を起こした。それを観ていた "私" は、あるトリックを思いつく。
大田区の廃工場で会社員・杉本敦也(すぎもと・あつや)の他殺体が見つかる。死因は頭部を平たい板状のもので殴打されたことだった・・・
このトリックはバカバカしいんだけど、こういうの好きなんだよねぇ。
ちなみに私は、「パットン」と聞くと「パットン大戦車軍団」(1970年・アメリカ)という映画が頭に浮かんでしまう昭和のオヤジです。
「第5話 2020年 千葉マリンは燃えているか」
人気小説家・小柳博人(こやなぎ・ひろと)が殺された。凶器の指紋から無職の島谷則夫(しまたに・のりお)が浮上するが、彼は「真犯人にハメられた」と言い出す・・・
野球中継が犯人の工作を暴いていくという皮肉な事件。
以上五編、被害者と犯人のどちらか(あるいは両方が)プロ野球チームの熱狂的ファン、それを捜査する者、謎を解く者も同様。
犯罪に関わるアイテムもアリバイ工作もトリックも野球に関わることばかり。よくまあここまで野球づくしにできたものだと思う。
私が今までの人生でいちばんプロ野球を観てたのは1976年かなぁ。長嶋がジャイアンツの監督になって二年目のとき。なんで観てたかっていうと、当時私は高校三年生。要するに受験からの逃避だったんだね(おいおい)。
ヴェルサイユ宮の聖殺人 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
1782年。ヴェルサイユ宮殿の一室で殺人事件が発生する。遺体の発見者は王族の貴婦人マリー=アメリー。容疑者は遺体の傍に倒れていた陸軍大尉ジャン=ジャック。
マリー=アメリーは、投獄されかけていたジャン=ジャックを相棒に、犯人捜しに乗り出していく。
第10回(2020年)アガサ・クリスティー賞優秀賞受賞作。
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フランス革命を数年後に控えた1782年5月。
フランス国王ルイ16世の従妹にしてパンティエーブル公妃マリー=アメリーは、ヴェルサイユ宮殿の自室(王族や上級貴族は宮殿内に私室を持つことができる)で、刺殺死体を発見する。
殺されたのはオペラ座の演出家ブリュネル。遺体は手に聖書の切れ端を掴み、血文字の "ダイイング・メッセージ" を残していた。
遺体の傍らには男が一人、気を失って倒れていた。彼はフランス陸軍大尉にして王立士官学校で教官を務めるジャン=ジャック・ボーフランシュだった。
マリー=アメリーは、投獄されかけていたジャン=ジャックを相棒に、犯人捜しに乗り出していく・・・
フランス革命前夜のパリを舞台とくれば『ベルサイユのばら』の時代。私もアニメは全話観たなぁ・・・って思いながら読んだ。
ルイ16世とマリー・アントワネットという実在の人物も(出番は少ないが)ちゃんと登場するが、登場人物のほとんどは作者の創造したものたちだ。
主役の一人、マリー=アメリーも架空の人物(モデルとなった人物はいるようだが)。ナポリ王国出身でルイ16世の従妹、そして兄はナポリ=シチリア国王、父はスペイン王と、驚きの出自だが、当時のヨーロッパでは王族間の婚姻は日常茶飯事だったらしいので、どこの王室へ行っても親族はたくさんいたのだろう(笑)。
マリー=アメリーは15歳で嫁いできたが、放蕩者だった夫はわずか一年後に死去、それ以来未亡人として十年あまりを過ごしてきた。王族ということで地位も経済的にも安泰(義父のランブイエ公爵はフランスでも有数の資産家)なのだが、王宮内の(とくに女性同士の)派閥争いにはいささかうんざりしたものを感じている。
もう一人の主役、ジャン=ジャック。父親は彼が幼い頃に戦死し、母親には捨てられ、パリの修道院で育ってきた。軍人となって参戦したアメリカ独立戦争(フランス王国はアメリカ側について戦った)では重傷を負う(顔や身体のあちこちにひどい傷跡が残る)という波乱の人生を送ってきた。
この二人がバディを組んで事件解明に挑むのだが、上にも書いたように生まれも育ちも真逆で、顔を合わせれば口喧嘩が絶えないという "犬猿の仲"。
しかしストーリーが進むにつれて二人の仲も変化していく、というのは "お約束" の展開ではあるが、そのあたりはなかなか楽しく読ませる。
この二人以外にも、多数のキャラクターが登場する。
その中でもユニークなのは、処刑執行人シャルル=アンリ・サンソン。"処刑執行人" という肩書どおりに死体を多数扱ってきただけに、この時代には珍しく法医学的知識を持ち合わせていて、主役二人にとって重要な情報をもたらす。
意外だったのは、実在の人物である "近代化学の父"、アントワーヌ・ラヴォアジエが、ジャン=ジャックの士官学校時代の恩師として顔を出すこと。彼の肖像画を載せてる高校の教科書もあるので、見たことのある人もいるだろう。
当時の男性としては珍しく奥さん一筋で、その愛妻家ぶりも微笑ましい。もっとも彼はフランス革命で処刑されてしまうんだが(おいおい)。
巻頭にある「登場人物一覧」には30人近い名前が載っている。中には "にぎやかし" みたいに感じられたキャラもいるのだけど、後半になってくると意外に重要な立ち位置にいたことがわかってきたりと、なかなか油断できない。
ミステリではあるのだけど、サスペンスの雰囲気の方が強い。そして終盤に至ると、モンゴルフィエ兄弟による熱気球の公開実験を舞台にした活劇が展開する。
文庫で450ページと長めではあるが、最期まで興味を繋いで読ませる。フランス革命前夜のパリや王宮の様子の書き込みも詳細でリアルを感じさせる。巻末の後書きによると、作者は大学院生の頃に王立士官学校の研究をしていたようなので、この時代についての知識は豊富なのだろう。
本書の事件の数年後には革命が起こり、ルイ16世とマリー・アントワネットがギロチンの露と消えてしまうのは史実なのだが、本書のヒロイン、マリー=アメリーはどんな運命を辿るのか? そしてそのときジャン・ジャックは? というのも気になるところ。
本書はシリーズ化されていて、第二巻「異端の聖女に捧げる鎮魂歌」が既に刊行されている。順調にシリーズが進行していけば、いつかはフランス革命まで辿り着くことになる(かもしれない)ので、ぜひそこまで続けてほしいなぁ。
ちなみに第二巻も手元にあるので、近々読む予定。
タグ:歴史ミステリ
原因において自由な物語 [読書・ミステリ]
評価:★★★
2026年、若者を中心に爆発的に流行しているアプリ「ルックスコア」。顔写真を入力すると "顔面偏差値" を判定してくれるというものだった。しかし高校生・佐渡琢也は "顔面偏差値" の低さから、壮絶なイジメに遭っていた・・・
これは人気若手作家・二階堂紡季の描きだしたミステリ小説の世界の話だったはずのだが・・・
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本書は全七章からなるミステリである。
「第一章 ルックスコア」では、ある高校生の物語が綴られる。
2026年、若者を中心に爆発的に流行しているアプリ「ルックスコア」。顔写真を入力すると "顔面偏差値" を判定してくれるというものだった。
しかし高校生・佐渡琢也(さとう・やくや)は顔面に傷跡があり(その原因については後半で明らかにされる)、それによって "顔面偏差値" が低くなり、周囲から馬鹿にされて壮絶なイジメに遭っていた。
唯一心を許せるのは、彼が所属する写真部にいるときだけ。だがその彼は密かに心の中で殺意を募らせていた・・・
そして「第二章 W-riter(ライター)」では、若手女性ミステリ作家・二階堂紡季(にかいどう・つむぎ)の物語となる。彼女の本名は市川紡季(いちかわ・つむぎ)だが、ミステリとしての原案提供者である遊佐想護(ゆさ・そうご)と協力して作家活動を続けている。いわば "二階堂紡季" は合作ペンネームといえる。章題が「W-riter」と "W" を強調しているのはこのためだろう。
ここで読者は、「第一章」の内容が、彼女が書いている新作の内容だと知らされる。
「第三章 イデアル」に入ると、「第一章」の続きになるので、虚と実を交互に描いていくのかと思いきや、意外な展開を見せる。
遊佐の本業は弁護士で、私立北川高校のスクールロイヤーも勤めている。スクールロイヤーとは学校で発生する諸々の問題へ法的側面から助言を行う弁護士のことだ。そして彼が紡季に渡したプロットは、そのまま北川高校内で起こっていた事件を描いたものだった。北川高校では、男子生徒が廃病院の屋上から転落死を遂げていた。
そして紡季の元に、遊佐もまた同じ廃病院の屋上から転落したという知らせが入ってくる・・・
"実" の部分の語り手は市川紡季が勤める。大学時代に知りあい、公私ともにパートナーとなっていた遊佐。彼はなぜ "守秘義務" を破ってまで高校内の事件を小説化しようとしていたのか? そして二つの転落事件の真相は?
いわゆるルッキズムの問題を扱っているのだが、思春期の男女にとって外見は大きな問題であり悩みだろう。そしてそれがスクールカーストやイジメにつながっていくという、社会的に大きな問題を含んだ作品になっている。
物語はミステリとして進行していくが、同時に紡季の葛藤もまた描かれていく。作家として伸び悩み、遊佐の協力で人気作家になったものの、内心は忸怩たるものを抱えている。その彼女が、事件を通じて変わっていく。本書は彼女の成長の物語でもある。
タイトルの「原因において自由な物語」というのは、法律用語の「原因において自由な行為」からきているようだ。これについては作中で説明されるのでここでは書きません。っていうか、きちんと説明しようとするとけっこう面倒くさいので(おいおい)。
夏休みの空欄探し [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
高校二年生の成田頼伸はクイズ研究会会長。「役に立たないこと」が大好きだ。
クラスメイトの成田清春はダンス同好会所属のモテ男子。
対照的な二人は、ひょんなことから "謎解き" に熱中する姉妹と知りあい、彼女らを手伝って夏休みを過ごすことになるが・・・
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高校二年生の成田頼伸(なりた・らいしん:通称ライ)はクイズ研究会会長。もっとも部員は二人しかいないが。虫の名前などの「役に立たない」雑学が大好きだ。
そしてクラスメイトの成田清春(なりた・きよはる:通称キヨ)はダンス同好会所属のモテ男子。効率重視・コスパ重視の生き方で、ライに対する口癖は「それ、何かの役に立つの?」
夏休みに入り、暇を持て余して国分寺駅前のモスバーガーで時間を潰していたライは、隣のテーブルにいる二人組女子の、一風変わった会話に気づいてしまう。
どうやら二人は、"暗号" を解こうとしているらしい。それとなく二人の方を見ていたら、数字の羅列された紙片が目に入ってしまう。
ライはその暗号をあっという間に解いてしまい、それをきっかけに二人と知りあうことに。二人は姉妹で、姉は立原雨音(たちはら・あまね)・東京学芸大二年生、妹は七輝(ななき)・私立日清高校一年生。
そして七輝の可愛さにたちまち一目惚れしてしまうライだった。
そもそもは、七輝が古本屋で購入した津田塾大の赤本(大学入試の過去問集)だった。その中に挟んであったのだ。
板橋省造という資産家が亡くなり、遺産を何処かに隠してその場所を暗号で残したのだという。しかし親族や友人たちには解くことができず、「誰でもいいから解いてくれ」と云っているらしい。
暗号はあちこちにばら撒かれているらしく、そのうちの一つを姉妹が手に入れた、ということのようだ。
ライによって解かれた暗号は、都内のある場所を示していた。そこへ向かう途中、三人はキヨと出くわす。事情を聞いたキヨも俄然興味を示し、強引に参加してきた。
そして到着した場所には、"新たな暗号" が隠されていた・・・
というわけで、暗号を解いて示される場所にいくと、次の暗号が用意してあって新たな目的地が与えられる、という流れで、四人は暗号を解きながら東京近郊を(後半ではかなり遠方の地まで)あちこち動き回ることになる。
本書は、この四人のひと夏の "暗号を巡る冒険" を描いていく。
暗号解読に素晴らしい才能を見せるライ。それには "役に立たない" 博識が大きな力となる。
一方のキヨは、暗号解読では全く "蚊帳の外" で、議論に熱中する三人の輪に入れない。しかし、逆に一歩引いた状態からは全体がよく見えるようで「女子大の赤本に挟んであるなんて、はじめから女子高生をターゲットにしてるんじゃないか」。この一連の暗号をばら撒いた側に、ひょっとしたら "何らかの悪意" が潜んでいる可能性を指摘してみせる。
ならば、なおのこと女性二人だけに暗号解読を任せてはおけない。
暗号の示す先には何があるのか。そして暗号をばら撒いた者の "真の目的" は何なのか。
そして七輝への思いを募らせていくライ。彼の恋の行方は・・・
作中で示される暗号がバラエティに富んでいて楽しい。難しそうに見えるが、解法を示されると意外とシンプルなのも上手いと思う。
クラスの中で目立たないように振る舞ってきたライ、役に立たないことを半ばバカにしていたキヨ。この二人も暗号解読の "旅" を通じて変わっていく。本書は少年二人の成長の物語でもある。
そして本書はミステリでもあるから、ラストには意外な展開が待ち受けていて、一連の暗号関係の謎にも合理的な説明がなされていく。
そして物語としての着地点なのだが・・・。うーん、思春期の頃の私だったら素直に感動したのだろうけど、このトシになってこの結末は切ないなぁ。
メインPC更新 [日々の生活と雑感]
先週の某日、我が家のデスクトップPCが動作不良に陥りました。ネットを見ていたらいきなりブルースクリーンになって、その後突然再起動に入って。
その再起動も、うんともすんとも言わない状態が10分以上続いて。
思いあまって電源ボタンを長押ししてOFFにし、改めてONにしたらなぜか電源のON/OFFを勝手に繰り返し出して。
思えば、購入してから6年以上使っていて、最近は明らかに動作が遅くなってきてました。電源投入から使用可能になるまで(ソフトを起動したり文字入力ができるようになるまで)10分近くかかるなんて、どう考えてもオカシイ。
OSも Windows10 なので、来年夏にはサポートが終わってしまいます。買い換えなきゃなぁ、って思っていた矢先の出来事でした。とはいってもついつい面倒なことは先送りして、買い換えは来年春くらいでいいかなぁ、とか思っていました。
ところがここへ来ての動作不良。大事なデータについては、外付けのHDDに月イチくらいでバックアップをとってました。直近は9月の中頃だったので、一ヶ月前のデータまではOK。
とはいっても、それ以後に更新したデータもいくつかありました。それについては諦めるしかないか・・・って思ってました。
ところが翌朝になって、試しに電源を入れてみたら無事に立ち上がってしまいました(おいおい)。おそるおそる操作してみると、ファイルのコピーはできるみたい。データのバックアップソフトを使ってみたら、前回のバックアップ以後に更新した分も無事に回収できたので、ホッとしました。
とはいっても、いつまたブルースクリーンに出くわすかわからない、爆弾みたいなPCになってしまっていることに変わりはないので、このタイミングでの買い換えを決断しました。
思えば、職に就いていた頃は、仕事の一部を持ち帰って家でこなしていたこともありました。そんな時にPCがクラッシュしてたら大騒ぎになっていたわけで、リタイアした後だったのは不幸中の幸いです。また、今となっては扱っているデータも、プライベートなもの(メールや住所録など)以外はほとんど趣味のデータでしたからね。
サブマシンとして使っていたノートPCから通販サイトにつないで、新PCを注文しました。仕様のカスタマイズについてはちょっと悩みました。Web閲覧と配信動画の視聴くらいしか使ってないので最低限の性能でもよかったのですが、「いや、ひょっとしたらこれが私が最後に買うPCかもしれない」なんて思ったので、最低限よりはちょっと上のレベルにしました。ささやかな贅沢、ってやつです。
というわけで先日、新PCが届きました。
着いたのは朝9時頃。そこからシステムのセットアップを始めて昼前には終了、そこから昼食をすませて歯医者に行ったので(トシをとると歯にガタが来るのです)午後3時まで中断、それ以後にメーラーなど使用頻度の高いソフトをインストールし、外付けHDDにバックアップしていたデータを書き戻し、ほぼ一日で以前と同じPC環境の復元にこぎ着けました。
というわけで、この記事は新PCからアップしています。
前回のPCと一番異なるのはCドライブがHDDでなく、SSDになったこと。サブマシンのノートPCの方で既にSSDを経験してたのでその速さはわかってたのですが、改めて使ってみるとその反応の良さには驚くばかり(以前が極端に遅かったからなおさらそう感じるのでしょう)。
まだいくつかのソフトがインストールしてないのですが、そのへんは急ぐものでもないので、必要になった頃においおい入れていこうと思ってます。
これでこの先、5年くらいは安泰かな。でもその頃には古希ですからねぇ。
27歳で初めてPCを使い始めておよそ40年。あと何年PCに付き合う(付き合っていける)のでしょうか。さて。
神の悪手 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
才能を持ちながら、なぜか最善手を指さない少年。プロ入りが決まる三段リーグ戦の前夜に訪ねてきた奨励会の先輩、将棋雑誌に不可解な詰将棋を投稿してくる少年・・・
「将棋」をテーマにしたミステリ五編を収録した短編集。
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「弱い者」
地震被災地への慰問に訪れたプロ棋士の北上は、避難所で一人の少年と対局する。小学六年生くらいかと思われたが、彼の中に確かな "才能" を感じとる。弟子にとって育ててみたいとすら考えるが、なぜか少年は要所要所で最善手を指してこない。さらに北上は、少年の周囲に不審な男がつきまとっていることに気づく・・・
このオチは二重の意味で衝撃的なもの。読者は少なからぬ閉塞感を感じつつ読み終わるだろう。
だがここで終わらないのがこの作者らしい。「指しかけ」というスピンオフ掌編が文庫の「初回限定特典」として、文庫カバー裏に載っている。内容はここには書かないが、これは必読だ。
「神の悪手」
岩城啓一は、プロ棋士を目指して奨励会に入った。しかし、上位二人がプロ入りできる三段リーグ戦で勝ち上がれず、足踏み状態。
そしてリーグ戦最終日の啓一の対戦相手は、現在の上位二人。天才と謳われる宮内冬馬と、啓一の先輩であり、奨励会の年齢制限から今期がラストチャンスとなる村尾だった。
その最終日の前夜、啓一のもとへ村尾が訪ねてくる。啓一が宮内に勝たないと村尾が二位以内に残れず、プロへの道が断たれる。そのために村尾は啓一に "あるもの" を示すのだが・・・
物語はここから意外な展開を見せる。そしてこの後の啓一の行動が常軌を逸しているのだが、それが "将棋に憑かれた者" であることを感じさせる。
「ミイラ」
将棋雑誌に投稿されてくる "詰将棋" の審査をしている常坂は、将棋として成立しない不可解な作品に出会う。投稿者は薗田光晴・14歳。なぜかその名に既視感を覚える常坂。やがて編集部から、少年の "正体" が告げられる・・・
これはうかつに紹介するとネタバレだなぁ。少年の出自と関わりがあるとだけ書いておこう。
「盤上の糸」
8歳のときに交通事故に遭い、両親を喪った亀貝要(かめがい・かなめ)。自身も脳に重大な損傷を受け、目にしたものを正しく認識できなくなっていた。
ハサミを見ても紙を切る道具と認識できない、シャツを見ても着物と認識できない・・・。
棋士だった祖父は要を引き取り、将棋を教えた。それは彼に新しい世界、新しい宇宙への扉を開いた。駒から伸びた "糸" がマス目上で絡み合い、動かすたびに変化していく様子を彼は感じとることができたのだ・・・
斜線堂有紀氏による巻末の解説にもあるように、ミステリと云うよりは "盤上の異空間" を描いた、SF的雰囲気の漂う作品。
「恩返し」
中堅の駒師(将棋の駒を作る職人)・兼春(かねはる)が作った駒が、棋将戦七番勝負の第二局で使われる候補となった。競う相手はなんと兼春の師匠・白峯(はくほう)の作った駒だった。
そして対局前検分の場で、国芳(くによし)棋将は、いったんは兼春の駒を選ぶ。だがその直後、なぜか白峯の駒に選び直してしまった。
一度は選ばれながら、使用から外された駒。その理由が分からずに悩む兼春だったが・・・
読み終わってからわかるが、「恩返し」というタイトルがなんとも秀逸。まさに勝負に命をかける棋士であるからこそのふるまいだ。
私自身、将棋は辛うじて駒の動かし方を知っているくらいのレベルなのだが、この記事を書いていて思い出したことを書いてみよう。
小学校高学年の頃、父の知人が訪ねてきた。私が将棋を指せると知ったら「勝負しよう」と言い出した。しかしなにぶんこちらは ”超” がつく初心者。そしたら相手はハンデをくれた。なんと飛車角どころか金銀ふくめ、あらかたの駒を落としてきたのだ。
王と歩だけしかないような相手に対し、私の方はフル戦力。こりゃ勝てると思ったのだが結果はあっという間にノックアウトされてしまった。強い人は途轍もなく強いんだなぁと云うのを思い知った日だった。
そんな私でも、この短編集は充分楽しめました。本書は将棋を知らない人でも大丈夫なミステリですよ(笑)。
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雨と短銃 [読書・ミステリ]
評価:★★★
幕末の京都。坂本龍馬の仲介で薩摩藩と長州藩の協約が結ばれようとしていた頃、薩摩藩士が長州藩士を斬りつけるという事件を起こした。しかも下手人は、目撃者の前で逃げ場のない鳥居道から姿を消してしまう。
龍馬は尾張藩士・鹿野師光に調査を依頼するが・・・
第19回本格ミステリ大賞を受賞したデビュー作『刀と傘』の前日譚で、若き日の鹿野師光が活躍する長編。
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慶応元年(1865年)の京都。尾張藩士・鹿野師光(かの・もろみつ)は坂本龍馬の訪問を受ける。用件は、ある刃傷事件の調査だった。
倒幕を目指す坂本龍馬の奔走により、薩摩藩と長州藩は協約を結ぶ寸前まで来ていた。しかしその事態をひっくり返すような事件が起こる。
ある日の夕刻、新発田藩士・三柳北枝(みやなぎ・ほくし)と共に京の街を歩いていた龍馬は、薩摩藩士・小此木鶴羽(おこのぎ・つるは)が村雲稲荷に入っていくところを見かける。
彼の行動に不審なものを感じた二人も神社の境内へ入っていく。そこで彼らは刃傷事件の現場に遭遇する。神楽舞台の裏に血まみれで倒れた鶴羽、その傍らには立っていたのは長州藩士・菊水簾吾郎(きくすい・れんごろう)だった。
簾吾郎はその場から逃げ出し、鳥居道に入った。しかしそのまま姿を消してしまう。そして鳥居道の出口にいた神社の下男は、誰もここから出ていないというのだが・・・
ちなみに村雲稲荷というのは作者の想像した架空の神社。モデルは伏見稲荷と思われる。ここは「千本鳥居」で有名。ググれば画像が見られる。
本書に登場する "鳥居道" もこれを模しているのだろう。ただし、設営された鳥居と鳥居の感覚が極端に狭く、「握りこぶしほどしかない」という設定。
つまり鳥居と鳥居の隙間から外へ逃げだすのは不可能で、"密室状態からの人間消失" となっているわけだ。
このままでは薩長の協約は瓦解する。それを危惧した龍馬は下手人・簾吾郎の探索を鹿野に依頼してきたわけだ。
京の町を歩きまわって情報を集める鹿野。簾吾郎の動機とは。鶴羽とはどんな男だったのか。そうこうしているうちに第二の事件が発生する。村雲稲荷の境内で首のない死体が発見されたのだ・・・
坂本龍馬以外にも、"幕末の有名人" が多数登場する。桂小五郎(木戸孝允)、西郷吉之助(隆盛)、中岡慎太郎、中村半次郎(桐野利秋)、土方歳三。
タイトルにあるように短銃(拳銃)を使った暗殺者の登場や剣戟シーンも盛り込まれ、幕末の動乱期の京都の雰囲気がたっぷり味わえる。
自らの命さえ危険に晒されながらも、辛うじて難局を切り抜け、意外な真相に辿り着く鹿野。それはこの時代、この舞台、そしてこの状況下でしか起こりえない事件であったところに、本作の真骨頂があると思う。
読んでもらうと分かるが、作者の時代小説的な描写は実に堂に入ったもの。それでいて、デビュー時は24歳、本書執筆時でも30歳と聞いて驚いてしまう。これからも優れた時代ミステリを書き続けていく人なんだろうと期待しています。