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サイボーグ009 トリビュート [読書・SF]


サイボーグ009トリビュート (河出文庫 い 42-2)

サイボーグ009トリビュート (河出文庫 い 42-2)

  • 作者: 石ノ森 章太郎
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2024/07/08
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 1964年7月より連載が開始された、石ノ森章太郎のマンガ『サイボーグ009』。
 今年はその60周年と云うことで、記念するアンソロジーが編まれた。それが本書。
 "九人の戦鬼" ならぬ "九人の作家" による、九つの物語。

* * * * * * * * * *

 作者の逝去により未完となった作品だったが、2012年に生前の構想をベースとした小説『サイボーグ009 完結編 2012 009 conclusion GOD'S WAR』が刊行されて、公式に "完結" を迎えた。このブログでも記事に書いた。

 ただまあ、その内容があまりにも○○だったので、「もう『009』には金輪際、手を出すまい」と心に決めていた(おいおい)。

 ところが、かみさんと二人で散歩中に立ち寄った書店の陳列棚で本書を見つけた(見つけてしまった)。思わず手に取り、パラパラめくっているうちに、気づいたらレジに並んでた。
 横でかみさんが訝しそうな顔をしていたのだけど、こういうものを見せられたらもう、買うしかないじゃないか・・・『009』の呪縛、恐るべし(笑)。


「平和の戦士は死なず」(辻真先)
 『サイボーグ009』の最初のTVアニメ化は1968年。"赤いマフラ~、なびかせて~" と始まる主題歌と、モノクロでの映像をリアルタイムで経験した世代は、もう還暦を超えて古希に近いだろう(私だ)。
 辻真先は御年92歳でありながら現役のミステリ作家。68年(当時36歳)のTVアニメ版には脚本家として参加、「太平洋の亡霊」などの名エピソードを産み出した。本作は、彼が手掛けたTVアニメ版の最終回を自らノベライズしたもの。
 パブリック共和国とウラー連邦という二つの超大国が対立している時代、パブリック共和国の隣にある小国ラジリアが、ウラー連邦から密かに核兵器を入手しようとしていた。
 その背後には、かつて "黒い幽霊団(ブラック・ゴースト)" に所属していた科学者バランタインが暗躍しているらしい。
 この陰謀を阻止すべく、ジョー(009)たち4人のサイボーグ戦士はラジリアの豪華客船に潜入する・・・
 キューバ危機(1962年)を彷彿させる設定は、さすがに時代を感じさせる。ラストシーンは、マンガ版『地底帝国ヨミ編』(1966~67)の結末へのオマージュになってる。


「アプローズ、アプローズ」(斜線堂有紀)
 本来はマンガ版の完結編として書かれた『地底帝国ヨミ編』。主人公死亡によって終了かと思われたが、諸般の事情によって復活(笑)、連載も再開される。
 ”あのラスト” からどうやって生還したのか。続編の中でも簡単に言及があったが、本作はその部分を膨らませたエピソード。
 最期のページのジョーの台詞が泣かせる。


「孤独な耳」(高野史緖)
 1984年、ソ連の政治局員タラソフの暗殺計画の存在をつかんだギルモア博士。タラソフがモスクワで開かれる全世界国際バレエコンクールに出席することから、暗殺もそこで行われる可能性が高いとみて、フランソワーズ(003)はコンクールに出場することに・・・
 超常の視覚聴覚を持つがゆえの、彼女の苦悩が描かれる。


「八つの部屋」(酉島伝法)
 "黒い幽霊団" はゼロゼロナンバーサイボーグ開発のため、さまざまな人種から "素材" を選んできた。その一人、アメリカ人のジェット・リンクが、"002になるまで" を描く。
 開発には事故やトラブルがつきもの。それらを一つずつ克服し、"完成" に近づいていくが、本人も葛藤が尽きない。
 やがて九人目のサイボーグ・009が "完成" し、そのときから本編『誕生編』が始まる。本作はそれに至るまでを描いた、いわば「エピソード0」。


「アルテミス・コーリング」(池澤春菜)
 バレエ公演で日本を訪れていたフランソワーズは、コノコと名乗る少女と知りあう。交流を深めていく中で、コノコの周囲に "見回り" と呼ばれる存在がつきまとっていることを知るが・・・
 戦闘から一歩引いていることが多いフランソワーズが、主体となって戦うという珍しいエピソード。
 作者は声優歴30年のベテラン。エッセイ等の文筆家としても知られ、近年は小説も執筆している人。


「wash」(長谷敏司)
 "黒い幽霊団" によって改造されてから60年の歳月が流れた。故国・ドイツの街を訪れた004(アルベルト)は、007(グレート)と旧交を温めているさなか、謎の集団に襲われる。
 その一人を捕らえてみると、なんとも旧式なサイボーグだった。彼から得た情報で、稼働停止した火力発電所の地下に、"黒い幽霊団" のサイボーグたちが冷凍睡眠されたまま、大量に保管されているという・・・
 文庫で約90ページと、本書の中で最も長い。終盤では9人の戦鬼が勢揃いして戦うという大サービス。
 60年経っても戦い続けているのは、ファンからすれば素晴らしいことなのだが、彼らの身になってみると、ちょっと哀しい気もするなぁ・・・


「食火炭」(斧田小夜)
 006(張々湖:チャンチャンコ)が営む飯店の定休日、そこを訪れた一人の男。そこから006の回想が始まる。それは "黒い幽霊団" によって改造される前の日々だった・・・
 コメディ枠としての出番が多いキャラだけど、今回はシリアス(笑)。


「海はどこにでも」(藤井太洋)
 衛星軌道にある造船ステーションで、火星への出発に向けて整備を受けているサンタマリア二世号。乗組員のアマニは、オロナナという老技術者と知りあう。自然公園監督官という変わった前歴を持つ男だ。
 しかし、サンタマリア二世号にデブリが衝突、地球との交信を司るアンテナが損傷してしまう・・・
 ファンならすぐ判るが、オロナナの正体は008(ピュンマ)。深海用サイボーグだが、実は無重力空間での活動に一番適しているのが彼だった、というのは目からウロコだった。たしかに、宇宙飛行士は水中で船外活動の訓練をしているよねえ。
 008が主役の話というのも、あまり記憶にない。そういう意味でも貴重なエピソードだろう。


「クーブラ・カーン」(円城塔)
 ただ一人、生身の身体を保っていたギルモア博士だが、ついに寿命を迎えた。しかし彼の知識や判断能力を電子化した、”システム・ギルモア” が残された。
 サイボーグたちのメンテナンスはもちろん、精神的なよりどころとなっていたギルモア博士。しかしAI化され、広大なネットの海と、膨大なデータにつながった "彼" は、果たして生前のギルモア博士の "遺志" を継いでいるのだろうか? それとも・・・
 死者をAIを使って甦らせる、なんてことは昨今のニュースにもあったし、タイムリーなエピソードだろう。いまは映像の再現くらいで済んでるが、将来的には本作のように知識も思考も ”死者を完コピ” したようなAIが登場するのだろう。それがいいか悪いかは別として。
 この作者の話は(私にとっては)ムズかしくて分かりにくいので苦手なのだが、今回は "素材" のおかげでなんとかなったかな(笑)。



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「ヤマトよ永遠に REBEL3199 第一章 黒の侵略」感想のようなモノ (1/3) [アニメーション]


※ネタバレ全開です。未見の方はご注意を。

 ところどころ、かみさんのチャチャが入りますがご容赦を(えーっ)。
 もっと早く書くつもりだったんだけど、仕事から離れたせいか、ここのところ「いついつまでに仕上げなきゃ」っていう ”〆切意識” が希薄になってきていて(←ナマケモノ)遅れてしまいました。
 そんなふうにウダウダしていたら、なんと今日(8/30)、「第二章」の特報第二弾が公式サイトに! 時の流れに置いていかれそう・・・(おいおい)。


第一話 「秘密作戦発動! 新ヤマトへ向かえ!!」


■『パーセクのかぎしっぽ』

  本編は、真田さんの朗読で始まる。
 ここで思ったのは、ひょっとして最終話の最後も真田さんのモノローグで終わったりするのかな? だった。
 だって『2202』はズォーダー、『2205』はデスラーが ”始まりと終わり” を受け持っていたからねぇ。

 真田さんの前にいるのはサーシャ。彼女は何かを感じている? そんな超常の能力を持っている?

 ちなみに真田さんの持っている本のタイトルは『パーセクのかぎしっぽ』(Blu-ray を一時停止して確認した)。早速かみさんが検索してた。見つかりませんでした(笑)。どうやら架空の本のようで。

  「どうした、澪?」
 リメイク版でも彼女の名は ”真田澪”(第二章の予告編でも言ってたけどね)。


■ベムラーゼ首相?

 太陽系に領海侵犯にやって来たボラー艦隊。その指揮艦のブリッジには、ばかでかい肖像画が。スカルダートよりもデスラーよりも早いご登場です。
 まあ、こんなものを飾って配下に拝ませてる段階で、しょーもない指導者なんだろうな、ってことは何となく分かります(おいおい)。


■”ウラリアの光”

「銀河の中心にあって、宇宙を凍てつかせる、魔女の吐息。ウラリアの光」
 少なくとも彼らは、過去にグランドリバースに遭遇したことがあるような台詞ですね。デザリアムの母星は銀河中心部にあるのかも知れない。
 かみさんに「ウラリアの光って何?」と聞かれたが、「わからん」と答えました。だって分からないんだもん。


■タイトル

 第十一番惑星をバックにタイトルがどどーんと。このへんはオリジナルを完コピ。
 大量のカラクルム級の残骸も漂ってて。これ、再利用しないのかな。
 時間断層を喪い、新たな戦艦の建造もままならないのなら、この残骸をリサイクルしない手はないと思うんだけど。
 まあ、艦内にはガトランティス人の遺体もたくさんあるだろうから、まずはお祓いをしてからかな(おいおい)。

 と書いてたら、第二章のBlu-rayの「新規描き下ろし特製スリーブ by 加藤直之」にしっかり描かれてます。やっぱり何かで再登場するのでしょう。


■南部重工

 南部が父親の会社の機密にハッキングを仕掛けて重要情報を盗み出す。
 でもまあ、息子とはいってもハッキングを許すなんで、セキュリティが甘いのか、それとも南部が優秀なのか(後者であると思いたい)。
20240830h.jpg


■南部父

「あれはもうこちらへ向かっている」
 南部の父はデザリアムと通じている。
 問題はなぜそうなったか、デザリアムは何を以て ”協力者” たちを納得させることができたのか、だろう。

「どうも父親というものは出遅れるな」
 父と息子の関係は、家庭ごとにさまざまな形があるのだろうけど。
 いずれにしろ、『3199』での南部はなかなか波乱の人生を歩むことになりそうだ。


■三羽がらす

 第一艦橋の三人組(南部・太田・相原)が揃って、しかも三人だけで行動して会話してるシーンというのは珍しい。改めて見てみると、それぞれ個性が異なっていてなかなか面白いものだ。こんなシーンもリメイクならではだろう。


■古代登場

 いきなりプロポーズの練習シーンから入るというのも如何なモノかとも思ったが、これが「何事にも誠実であるが、とにかく不器用」(おいおい)という、リメイクにおける古代のキャラクターを端的に示してるとも思う。

 しかし通信機をつけっぱなしで外部にダダ漏れというのはセキュリティ的にどうなのか。でもまあ、平時においてはあまり役に立たず(笑)、乱世において真価を発揮するというのもまた、古代のキャラクターなのだろう。

 銀河艦内の女性陣には格好の話題を提供してしまったが、彼女らを観ていると古代は ”愛されキャラ” なのだな、とも思う。ガトランティス、デザリアムと果敢に渡り合ってきた指揮官も形無しだが、これも ”人望” の形のひとつではあるのかも知れない。

 サーシャの検疫に二年というのは時間のかけ過ぎとも思ったが、その裏には真田さんの采配があるのだろう。


■土門、みやこ、板東、そして北野兄

 三人はアスカでの勤務。『2205』から2年経ったからそれなりに経験も積んでるのだろう。
 そしてそこに北野兄(誠也)登場。36歳というのは真田さんの二歳下。本来だったら『2199』でヤマトに乗り込むはずが、直前に負傷して地球に残った、という設定。

 おそらく、本来は「古代守-北野誠也」という組み合わせだったはずが「古代進-南部康雄」になったのだろう、と勝手に思っている。

 CVは鳥海浩輔さん。『シドニアの騎士』の弦打や『鉄血のオルフェンズ』の名瀬とか、とにかく女たらしの役のイメージがあったので、今回の配役はちょっと意外。でも生粋の軍人という雰囲気も上手く出すのはさすがベテラン。


■雪さん登場

 司令部付幕僚としての登場。長官を補佐する参謀、というところか。
 階級も二佐、艦長職も務めたし、立ち居振る舞いも堂々としているのは流石。
 第一章に於ける雪さんは、首尾一貫して「デキる女」を体現してますね。

 百合亜の台詞にある「ラグ」って何だろうって思って調べたら「タイムラグ」、つまり通信の遅延のことらしい。このあたりにも ”内通者” によるサボタージュがあったのだろう。


■義手?

 土門たちと別れた後、艦内を歩くシーンで右手がアップになるのだけど、あれは義手(機械化された手)のように見える。
 顔にも傷跡が残ってるけど(この時代の医療技術なら傷跡は簡単に消せると思うので、あれは本人の意思で残してるんだと思う)、ひょっとして右手以外にも、体のあちこちが機械化されてるのかも知れない。『2202』終盤でも、手足の機械化について言及されてたし。

 実は映画館で最初に見た後、かみさんには「旧作の『ヤマトよ永遠に』に出てくる暗黒星団帝国の人間は、実は体のほとんどを機械化していた」って話した。
 そして家で二人してBlu-rayを観ていたら、このシーンで「北野が右手を機械化してるってのは、あとのほうでデザリアム人と絡んでくる伏線じゃないの?」ってかみさんが言いだした。
 うーん、そこには気づかなかったですねぇ。たしかに、今後のストーリーで重要な要素になるようにも思います。


■波動共鳴機雷群

 ピンポイントでグランドリバースの前面にあったけど、そもそも小惑星帯全域(を含む、球状の宙域すべて)に敷設しておくなんてのは無理だから、事前に軌道を予測してばら撒いたんだろうと理解。
 ならば画面には映っていないけど、この近くには機雷敷設艦もいたのかも知れない


■コスモリバースシステム

 未だ銀河の艦内にあって利用されている模様。
 これも今後のストーリーで重要なアイテムとなるのだろうか。


■神崎の過去

 銀河副長の神崎恵は、どうやら夫と子どもを喪っているらしいという過去が明かされる。
 彼女は第二話の終盤で大活躍するのだけど、彼女も『3199』での重要な役回りが待っているのだろうか。

 雪とサーシャと三人で家族になることをためらう古代の背中を押す。
「人に生きていく理由があるとしたら、それを教えてくれるのは家族だけよ」
 『2205』で藪君もそんな台詞を言ってましたねえ。
 ”家族” という言葉は、対デザリアム戦に於けるキーワードになるのかも知れない。


■司令部

 機雷群を突破したグランドリバースは火星宙域へ。
 unknown(未確認物体:グランドリバース)の侵入経路に沿ってネットワークが遮断されていることを指摘する雪。内部からのサイバー攻撃が疑われる。

「やるでしょうね、むこうの言葉を信じているのなら。同じ地球人であっても」
 保安部長の星名(彼もなにげに出世してる)によって、地球人内部に ”内通者” がいることが明かされる。


■オペレーションDAD

 藤堂長官は ”オペレーションDAD” を発動する。予告編の記事でも書いたけど、予想通り「ディフェンス・アゲンスト・デザリアム」の略でしたね。


■火星迎撃戦

 火星空域へワープアウトするアスカ、続いて同じくアスカ級6隻がワープアウト。グランドリバース迎撃の ”第一波” となる。

 全艦連動しての防壁弾発射と同時に、BGM「巨大戦艦グロデーズ」開始。
 旧作でも重核子爆弾迎撃のミサイル発射と同時にかかった曲。
 Blu-ray に同梱のシナリオでも、BGM開始時点がきっちり指示されてる。
 まさに旧作の「完コピ」。これは滾る!

 アスカ級による渾身の防壁弾攻撃、続く第28護衛隊(ドレッドノート級、アルデバラン、ヒュウガ)三隻による拡散波動砲の一斉射も効果なく、グランドリバースはそれを突破。
 グランドリバースを止められないことは分かっているのだけど、それでもこの一連の流れはなかなかエキサイティング。


■地球司令部

 グランドリバース迎撃の ”第三波”、自律防空システム(無人艦隊)が出動するが、他の艦隊に動きはない。

 雪は冷静に分析していてるみたいだけど、長官に対してはけっこうずけずけとした物言い。いやあ雪さん、強くなったねえ。それも自分の能力に自信をもっているからだろう。
 とにかく第一章の雪さんは「デキる女」を体現していて、とても素晴らしい。かみさんも「雪がカッコいい」って何度も言ってた。


■無人艦隊出撃

 空軍に出向していた島が、無人艦隊を統括するコマンド艦グラディエイターの艦長として登場する。
 旧作では地上で指揮していたけど、やっぱり島はフネに乗っているほうがいい。

 『2205』終盤で古代がイスカンダルへ向かっていた時、副長の島がヤマトを指揮していたはずなのだが、画面上ではほとんど描かれなかったのがちょっと不満だった。今回は指揮ぶりも堂々としたもの。こんな颯爽とした姿が見られて私は満足。

 「アタック!」ってかけ声とともに攻撃開始。このシーン、好きだなぁ。
 奮戦虚しく無人艦隊は壊滅してしまうが、これは展開上仕方のないところ。
 ただ、その理由が「あらかじめバグが仕掛けられていた」、つまり内通者の妨害工作がここまで及んでいたのは、裏切りの根の深さを感じさせる。

 そしてデザリアム艦隊の出現で窮地に陥った島たちを救うのが南部というのも、また良い。
 「南部って優秀じゃん」って感じた第一話だった。


■グランドリバース降下


 「目標は大気圏に突入」という台詞から ”お馴染み” のBGMが流れ、グランドリバースの降着までが描かれる。
 それを見上げる真琴と翼。そして香坂先生は新キャラですね。



■「ヤマトニ集結セヨ」

 縁側で酒を飲んでる佐渡先生。アナライザーの頭部から新アナライザーの声が聞こえる。「ヤマトニ集結セヨ」。それは銀河にも、ヒュウガにも、アスカにも届く。

 北野艦長のコンソールには

「封緘命令書 Sealed Order ■地球連邦防衛軍 特命第806号
 【極秘】SECRET
 ・元第65護衛隊所属隊員の特別輸送に関する命令」

 の文字が。オペレーションDAD発動に伴い、封印が解かれたというか。

「地球最後の希望、ヤマトハ生キイテル」

 作中では明らかにされないけど、Blu-ray 同梱のシナリオには ”小惑星イカルス” ってしっかり書いてある。
 そこに鎮座するヤマトの第一艦橋から新アナライザーが語りかける。
 そして古代が「ヤマト・・・」とつぶやき、再びヤマトの全景が写り、
 第一話は幕。

 (続く)


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女王蜂 [読書・ミステリ]


女王蜂 (角川文庫)

女王蜂 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 1973/10/15
  • メディア: 文庫


 伊豆半島の南、月琴島にある大道寺家は、源頼朝の血を引くとの伝説がある旧家。その一人娘・智子は18歳となり、”絶世の美女” へと成長していた。
 亡母の遺言に従い、島を出て東京の義父のもとで婿を迎えることになったが、彼女の周囲で男たちが次々と殺されていく。
 すべては、19年前に智子の実父が変死した事件に端を発していた・・・

 横溝正史ブームのさなかに映画化もされた有名作。

* * * * * * * * * *

 本書を始めて読んだのは高校生の頃。たぶん土曜日だったと思うのだが、学校帰りの昼下がりに近所の本屋で買った。家に帰って読み始めたら夢中になってしまい、夕食前までに文庫で400ページ以上あった本書を読み終わってしまった。当時の文庫は今よりも活字が小さかったのだけど、それも全く苦にならなかったよ。当時は近眼でもなかったし・・・なんとも懐かしい思い出だ。
 閑話休題。


 伊豆半島の先端・下田の南方沖に浮かぶ月琴(げっきん)島。そこに住まう大道寺(だいどうじ)家は、源頼朝の血を引くとの伝説がある旧家だ。

 昭和7年。この島を日下部達哉(くさかべ・たつや)と速水欽造(はやみ・きんぞう)という2人の若者が訪れた。二週間後、彼らは島を去るが、大道寺家の一人娘・琴絵(ことえ)は自分が妊娠していることを知る。父親は達哉だった。

 琴絵の懐妊を知らされた達哉は島を再訪する。しかし彼は "ある事情" から「日下部達哉」という名は偽名であり、琴絵とは結婚できないと打ち明ける。
 しかしその直後、彼は海に面した崖から落ちて死亡してしまう。

 "達哉" の親友だった欽造は、"ある人物" から依頼され、生まれてくる子と琴絵のために形式的に大道寺家に婿入りすることになった。以後、彼は東京に居を構えながらも、月琴島の大道寺家にとっての経済的な後ろ盾となっていく。

 そして月満ちて琴絵が出産したのが本書のヒロイン・智子(ともこ)だ。しかし琴絵は智子が生まれて5年後、早逝してしまう。

 生前の琴絵は、戸籍上の夫である欽造とは一度も同衾したことはなかったというが、彼は大道寺家の下女だった蔦代(つたよ)を実質的な妻として迎えており、長男・文彦(ふみひこ)を儲けていた。つまり智子と文彦は血のつながらない姉弟ということになる。

 そして時間軸は昭和26年へ。月琴島に暮らす智子は美しく成長し、18歳の誕生日を迎えた。彼女は亡き母の遺言に従い、祖母の槙(まき)、長年にわたり家庭教師を務めてきた神尾秀子(かみお・ひでこ)女史を伴って島を出て、東京の義父・欽造のもとへ向かうことになった。目的は婿選びである。

 しかしそれに先立ち、欽造のもとへは差出人不明の脅迫状が届いていた。

「警告
 月琴島からあの娘をよびよせることをやめよ。
 あの娘の前には多くの男の血が流されるであろう。
 彼女は女王蜂である」・・・

 そして、大道寺家の一行が東京への旅の途中で宿泊する修善寺のホテルには、はやくも3人の花婿候補たちが智子を出迎えるべく待ち受けていた・・・


 ・・・というのが、物語開始時点までの状況。こういう、不穏極まりない設定(褒めてます)を作らせたら横溝の右に出る者はいないだろう。

 そして物語が始まると、脅迫状の通りに智子の周囲の男たちが次々と殺されていく。
 欽造の顧問弁護士から依頼を受けた金田一耕助もまた、事件の渦中へと入っていくが、殺人の連鎖は止まらない。
 やがて19年前の智子の実父・”達哉” は転落死ではなく、大道寺家の密室内で殺されていたことが明らかになる。そしてその犯人として名が挙がったのは、智子の母・琴絵だった・・・


 本書のミステリとしての紹介はこれまでにしよう。whodunit(犯人当て)、密室トリック、ともによくできているのだけど、本書にはもう一つ、大きな要素がある。それはヒロイン・智子を巡る男たちのドラマだ。

 これ以降の文章は、一部ネタバレを含むので、これから本書を読もうと考えておられる方はスルーされることを推奨する。


 作中で "絶世の美女" と形容されている智子だが、いわゆる美少女とはいささかイメージが異なる。
 凛として気丈、名家の跡取り娘としての矜持もある。それでいて、”お姫様” 的な高慢さや虚栄心などは持ち合わせていない。至って常識的な女性と言えるだろう。
 これだけなら「文句なし」なのだが、実は大きな問題がある。それは彼女に、"女性としての魅力がありすぎる" ことだ。

 智子さんの周囲には、男たちを惹きつけ、その理性を失わせてしまう "場(フィールド)" みたいなものが発生しているようなのだ。
 そして厄介なことに、本人がそれを全く自覚していない(おいおい)ことが事態をややこしくしていく。

 要するに、智子さん自身に限って云えば ”正統派のお嬢様” なのだが、彼女の言動や立ち居振る舞いに ”惑わされて” しまった一部の男たちが、勝手に暴走し始めてしまう。
 結果として殺人事件に巻き込まれたり、"貞操の危機" を迎えたりと、なんとも波瀾万丈な運命に翻弄されることになる。
 こうなると、智子さんの「夫」というのは、生半可な男では務まらないことがおわかりだろう。

 そこで登場してくるのが、"日下部達哉" の父親、すなわち智子の祖父にあたる人物である。"彼" は物語の表舞台には出てこない(だがその正体は物語のかなり早い時点で明かされる)のだが、ずっと陰から智子の成長を見守ってきた。欽造と琴絵との縁組みを推し進めたのも "彼" である。

 智子の婿選びについても、欽造が用意した3人の候補者(みな良家の御曹司だが曲者揃い)が気に入らず、彼女にとって最もふさわしい(と "彼" が考える)人物を呼び寄せる。
 それが第四の求婚者・多門連太郎(たもん・れんたろう)である。かつて "彼" に仕えていた信頼厚い ”家臣” の息子であり、幼少時から見ていて人品・能力共に申し分ないと判断した男だった。しかし連太郎は若気の至りから道を踏み外し、悪の世界へ入り込んでしまっていた。

 そこで "彼" は、連太郎と智子を引き逢わせることを画策する。
 結果として智子に一目惚れをした連太郎は、彼女にふさわしい人間になるために、悪の道から足を洗って更生することを決意する。
 智子もまた、闇の世界で培われた(笑)、ちょいワルで野性味溢れる魅力を持つ連太郎に次第に惹かれていくことになり、"彼" の計画は成功したかに見えた。
 しかしその一方で、連太郎は連続殺人事件の重要容疑者として警察から追われることになってしまう。

 本書はミステリとしてはよくできていると思うのだが、智子と連太郎のラブ・ストーリーとしてみると、いささかバランスが悪いことは否めない。
 連太郎の出番自体があまり多くなく、たまに出てきても智子につきまとう怪しげなストーカーみたいに見えるという、かなり損な役回り。
 本格ミステリ要素とラブロマンス要素は、本作においてはトレードオフだと判断した横溝は、前者を採ったということなのだろう。
 終盤に至って、蓮太郎は警察に捕まってしまい、金田一耕助による真相解明後まで出番がないというトホホな扱いなのも致し方ないのかも知れない。

 でも、妄想するんだよねえ。私の素人考えなんだけど、いっそのこと金田一耕助は出さずに、殺人事件の容疑者に仕立て上げられた連太郎自身を主役にして、智子を巡る陰謀を探っていくサスペンス仕立てにしたら面白かったんじゃないかなぁ、なんて。そうすれば二人のロマンスももっと盛り上がっただろう。そんなバージョンも読んでみたかったな、と思う。


 本作は横溝正史ブームのさなか、『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』『獄門島』に続く市川崑監督の第四弾として1978年に映画化された。
 先行する三作と比べて、原作からの改変は多め。一番大きな点は、智子よりも、岸惠子さん演じる家庭教師の神尾秀子女史のほうが主役に近い扱いになっていることか。まあ、彼女は終盤のクライマックスで重要な役回りがあるので、この改変は理解できる。

 ちなみに智子を演じたのは、本作でデビューした中井貴惠さん(当時は早稲田大学の2年生で20歳)。"男を惑わせる" 要素は控えめで、どちらかというと活発で健康的なお嬢さんという雰囲気が前面に出ている智子さんだった。
 まあ、原作みたいな ”清純かつ妖艶” なんてキャラを演じられる若い女優さんはなかなかいなかっただろうからねぇ。敢えて新人を起用し、内容を改変したのも、そのあたりが原因かと勝手に思っている。

 余談だが、映画公開からかなり経ったころ、「もし山口百恵が智子を演じていたらどうだったろう」ってふと思ったことがある。百恵さんもこの頃は19歳だったはずだからね。
 でも実現するためのハードルはものすごく高かっただろうと思う。78年当時の彼女は人気絶頂期で、歌に映画にドラマにと八面六臂の大活躍中だったからスケジュールは満杯。とてもそんな余裕はなかっただろう。それに、映画に出るなら相手役は三浦友和と(ほぼ)固定化されていた(「ゴールデン・コンビ」と呼ばれてた)から。
 さらに、(今でこそ渋い役どころが似合うベテラン俳優になったが)当時の彼と多門連太郎では、イメージの差も大きかったし。

 ところがつい先日、ネットで「(本作のために)市川崑監督が山口百恵にオファーしていた」という噂を拾った。これがもし本当だったとしたら、私なんぞが思いつくようなことは巨匠ならばとっくに考えていた、ってことですね。

 市川崑監督の映画版では、多門連太郎は沖雅也さんが演じている。こちらのほうが原作のイメージに近いとは思うが、やっぱり出番は多くなく、ラブ・ストーリーとしては消化不良な感が否めなかった。
 智子の母・琴絵を演じたのは萩尾みどりさん。彼女の美しさも格別だ。
 欽造役の仲代達矢さん(当時46歳)が、映画の冒頭で20代を演じたのは、流石に無理があった(笑)。まあ、これもご愛敬と云うことで。
 そうそう、神山繁さんによる ”胡散臭さ全開の謎の行者(笑)” の異様な怪演ぶりにもぶっ飛んだ記憶があるなぁ。
 この映画、機会があれば一度観ていただくと話のタネになるかも(おいおい)。



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水使いの森 [読書・ファンタジー]


 

水使いの森 (創元推理文庫)

水使いの森 (創元推理文庫)

  • 作者: 庵野 ゆき
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/03/12

 

 

評価:★★★★

 



 砂漠の国・砂の領を統べるイシヌ王家に双子の女児が生まれた。双子の姉姫・ミイアは自分が国の乱れとなることを悟り、王宮から逃げ出す。

 砂漠で彼女を拾ったのは、西方の森深くに棲み、"水使い" の力を操る伝説の水蜘蛛族だった。

 しかしミイアを巡り、砂漠の覇権を狙う者たちが蠢き始める・・・

 

 第4回創元ファンタジィ新人賞・優秀賞受賞作。

 

* * * * * * * * * *

 

 舞台となるのは、広大な "火の国" の西方を占める「砂の領」と呼ばれる地域。そこを統べるイシヌ王家に双子の女児が生まれた。

 習わし通りに、妹姫のアリアが世継ぎと定められるが、姉姫・ミイアは妹に先んじて "水使い" の力を身につけてしまった。

 

 王宮近くには「天の門」と呼ばれる、大量の水が湧き出す場所があり、それが "火の国" の大地を潤し、人々の暮らしを支えていた。水を操る "水使い" の力は、イシヌ王家の権力の源泉だ。王位争いなどが生じれば、王家の支配をゆるがすことになる。

 

 幼いながらも、自分の存在が国の乱れにつながることを察したミイアは、王宮から逃げ出す。

 砂漠で彼女を拾って保護したのは、西方の森深くに棲む伝説の水蜘蛛族。彼らもまた "水使い" の力を操る者たちだった。

 

 そして砂漠の覇権を狙う者たちは、ミイアの行方を追い始める・・・

 

 

 まず、登場するキャラクターも多彩かつ魅力的だ。

 


 主人公のミイアは8歳だが、生まれもあって偉そうな口をきくのはご愛敬だろう。世継ぎで妹のアリアはなかなかおおらかな性格で、生来の器の大きさを感じさせる。

 二人の母である女王は、本来は忌むべきとされる双子をそのまま育ててきた、慣例に囚われない人物。

 

 王家に仕える二人の武将は、王位継承についての考え方が異なる(これが後半になって国内に波乱を生じさせる遠因となる)。

 そして「砂の領」の東隣に位置する「草の領」を支配するカラマーハ帝家は、西方への勢力拡張を虎視眈々と狙っている。

 

 いわゆるファンタジー世界の魔法使い・魔道師は、この世界では "丹術士(たんじゅつし)" と呼ばれる。

 彼らを束ねるカンタヴァは、かつてこの地を支配していた一族に連なる者で、イシヌ王家からの支配権奪還を目論む。

 

 そしてカンタヴァのもとでミイアを探す風丹術士のハマーヌ、その相棒の光丹術士・ウルーシャは、体格も性格も正反対のコンビだ。貧しい階級出身の彼らは立身出世のためにミイアを探す過程で、水蜘蛛族の存在に気づいていく。

 

 水蜘蛛族は全身に刺青を入れることで "水使い" の力の制御を行う術を持っていた。ミイアを保護したタータは、一族の中でも指折りの "彫り手" の一人。

 しかしタータに対して反撥する者もいて、一族も一枚岩ではない。

 

 このように、キャラ設定と世界設定が絶妙にリンクしていて、砂漠の国の覇権を巡る騒乱が語られていく。

 

 本作は三部作になっていて、次巻は本作の10年後が舞台らしい。本書を読んでいると、それに向けての伏線と思われる記述があちこちにある。

 続巻も手元にあるので、近々読む予定。

 

 



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揺籠のアディポクル [読書・ミステリ]


揺籠のアディポクル (講談社文庫)

揺籠のアディポクル (講談社文庫)

  • 作者: 市川憂人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2024/03/15

評価:★★★★


 無菌病棟〈クレイドル〉に入院しているタケルとコノハ。患者は彼ら二人だけ。しかし施設を嵐が襲い、外界への通路を断たれてしまう。
 そしてタケルが発見したのはコノハの刺殺死体。誰も出入りできない無菌病棟で、誰がどんな方法で彼女を殺したのか・・・?

* * * * * * * * * *

 タケルは13歳の中学生。学校で授業中に気分が悪くなり、下校中に気を失った。意識を取り戻した時、彼は〈クレイドル〉と呼ばれる無菌病棟に入院していた。

 そこは外界から完全に隔離された施設。8人分の個室が用意されており、太陽電池を備えていて停電しても機能を維持できる。かつては満室だったこともあったが、現在は二人のみ。もう一人はタケルと同い年の少女・コノハ。左腕は球体関節を模した義手になっている。

 患者が外界の菌と接触しないように、〈クレイドル〉に出入りする医師・看護師は頭からつま先まですっぽり覆われた "無菌服" を着用しなければならない。


「Part.1:Cradle」では、タケルとコノハの物語が綴られる。

 病気の不安や外へ出られないストレスなどで、当初はことごとく衝突していた二人だが、やがて少しずつ打ち解けるようになり、お互いの距離を縮めていく。退院して、二人で外の世界を歩くことを夢見るようにもなる。

 しかしある夜、病棟が大きな嵐に見舞われ、〈クレイドル〉と外界を繋ぐ唯一の通路が、屋上から落下してきた貯水槽によって押しつぶされてしまう。

 さらに、タケルは死体となったコノハを発見する。胸を刺され、凶器のメスは病室の外の廊下に投げ捨てられていた。
 しかし、誰も出入りできない〈クレイドル〉で、誰がどうやって彼女を殺したのか?


 続く「Interlude(I)」では、タケルが入院してくる前、〈クレイドル〉にコノハを含めて8人の患者がいた頃のエピソードが語られる。
 患者たちの間に起こった "ある事件" の真相を、コノハが ”探偵役” となって解明していくストーリー。


 そして「Part.2:Hospital」では、意を決して "外界" へ脱出したタケルの冒険行が語られる。

 外部との連絡を絶たれるという異常事態にも拘わらず、医師も看護師も含めて救援が一向に現れない。
 外部で何が起こっているのかを知るため、そして犯人の手がかりをつかむため、(自然界に存在する菌の感染による)自らの命の危険を顧みず、外界への脱出を敢行するタケル。
 しかし彼は、二人が入院していた病院の驚くべき "秘密" を知ることになる。


 続く「Interlude(II)」でも、なかなかショッキングなエピソードが語られる。そして最終章「Par.3:Adipocere」に至り、タケルは二人が感染していた疾病の正体、コノハ殺害の真相、そして衝撃的な○○の○○を知ることになる。


 おもわず「まさか!」って叫びそうになった(叫ばなかったけど)真相は、すんなりとは納得できなかったのだけど、序盤を読み返してみると、けっこう早い時期から重要な事項があちこちに記述してあったことが分かる。ただ、初読時にはそれが伏線だと気づかないんだよねぇ・・・。いやあ、参りました。脱帽です。

 ミステリとしても鋭い切れ味の作品なんだけど、メインとなるのはタケルとコノハの物語。お約束のボーイ・ミーツ・ガールから始まる典型的なラブ・ストーリーなのだが、途中でコノハが亡くなってしまうことで、悲恋となるのが確定してしまう。
 幼い恋ではあるが、幼い故に純粋でもある。タケルは物語の最期まで、コノハへの愛を全うしようとする。それは限りなく哀しいけれど、とても美しい。



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女と男、そして殺し屋 [読書・ミステリ]


女と男、そして殺し屋 (文春文庫 い 89-4)

女と男、そして殺し屋 (文春文庫 い 89-4)

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2024/03/06
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 経営コンサルタントの富澤充、通信販売業を営む鴻池知栄。二人の副業は殺し屋だ。お互いの存在は知らないが、時に "仕事" の場で相手の影を感じることもある。
 そんな二人が、"仕事" のさなかに見つけた謎を解いていく、殺し屋探偵シリーズ第三弾。


* * * * * * * * * *

 経営コンサルタントの富澤充(とみざわ・みつる)、ネットで通信販売を営む鴻池知栄(こうのいけ・ちえ)。しかし二人は殺し屋を副業にしていた。お互いの存在は知らないが、時に "仕事" の場で相手の影を感じることもある。
 加えて二人には、"仕事" のさなかでも、依頼人のつけた条件や標的の行動に疑問や謎を感じ、それを解決しようとする癖がある。それは時に意外な真実を明らかにすることもある・・・


「遠くで殺して」
 今回の富澤の標的は角田(つのだ)ちなみ。東京都西東京市に住む30歳の女性だ。しかし「埼玉県所沢市から離れた場所で殺してほしい」との条件が。標的の調査を始めた富澤は奇妙な関係に気づく。
 角田ちなみは東京で母親と二人暮らしだが、頻繁に所沢に出かけている。そこには彼女の妹・浜坂愛里(はまさか・あいり)が夫の義也(よしや)と住んでいる。二人には生後七ヶ月の男児がおり、ちなみは妹の育児の手伝いに行っていたのだ。そして調査の結果、なんと義也はちなみの前夫であり、離婚して愛里と結婚したことがわかる・・・
 依頼人の正体と動機は全くの盲点。相変わらず切れ味の鋭いシリーズだ。


「ペアルック」
 今回の知栄の標的は桑名敬太(くわな・けいた)、28歳の貿易会社員だ。
 仕事が終わると、近くの公園に出かけて大道芸の練習をするのが日課だ。一緒に練習しているのが都筑章仁(つづき・あきひと)。二人は高校時代からの友人だった。そしていつも練習に同席しているのが章仁の妹・成美(なるみ)。彼女は敬太と交際しているらしい。
 敬太と章仁はいつもペアルックの服を着て練習しているのだが、その服は成美がみつくろったものらしい・・・
 こちらも依頼人の正体と動機に驚かされる一編だが、ラストの台詞がいかにもこのシリーズらしい。


「父の形見」
 肝臓ガンで入院した父に代わり、無農薬野菜販売業を継いだ「僕」。その父の三回忌を迎えて、「僕」は過去を振り返る。
 父の仕事は、高森という社員が加わったことで順調に伸びていった。彼が見つけてきた新興宗教団体は、農薬も化学肥料も使わない食品しか口にしないという教義を持っていた。その教団に売り込む野菜を一手に引き受けることで、父の事業は軌道に乗っていったのだ。
 しかし高森は父の死ぬ一年前に亡くなっていた。教団が信者の子を強制労働させていることが判明し、高森は関係を断ち切る交渉をするために教団へ向かったが、その直後に死体となって発見されたのだ。犯人は逮捕されずに未解決となっていたのだが・・・
 「僕」は回想の中で、過去の出来事を振り返っていくうち、思いも寄らない可能性に気づいていく。そしてこのとき、シリーズの読者には ”殺し屋”(おそらく富澤)の関与がしっかり浮かび上がってくるあたり、お見事としかいいようがない。


「二人の標的」
 今回の知栄の依頼は奇妙なものだった。「田代美弥(たしろ・みや)と矢田(やだ)ひかり。どちらかを殺してほしい」
 二人とも26歳のユーチューバーだった。標的の調査を始めた知栄は、二人が大学の同期生であり、一年前に老舗の温泉旅館で一緒に撮影をしていたことを突き止める。しかもその夜、旅館は火災で全焼し、四人の死者が出ていた・・・
 依頼人の心境はなかなか複雑だ。正直、私にはちょっと理解しにくいところもあるが。


「女と男、そして殺し屋」

 文庫で120ページほどある中編。富澤と知栄の競演が楽しめる。

 知栄の今回の標的は床田輝子(とこだ・てるこ)・72歳。一歳上の夫と二人暮らしだ。条件は「来年の2月12日までに殺すこと」。
 富澤の今回の標的は植木雄太(うえき・ゆうた)・高校三年生。両親を喪い、一人暮らしの受験生だ。条件は「来年の2月12日を過ぎてから殺すこと」。

 床田輝子は9ヶ月前に車のアクセルとブレーキを踏み間違え、死亡事故を起こしていた。被害者は植木佐緒里(うえき・さおり)。雄太の母親だった。

 3年前に父を、9ヶ月前に母を、相次いで交通事故で喪った雄太はそれ以降、一人暮らしをしていた。賠償金や生命保険で生活費や学費の心配はないようだ。母親を喪ったショックからも立ち直ったようで、現在は難関で知られる関東工科大学を目指して受験勉強に励んでいる。模試でもB判定がでているらしい。彼の夢は「事故を起こさない車をつくること」。

 現在、彼の生活全般の面倒を見ているのは、隣家に住む幼馴染み・葛西実花(かさい・みか)。同じ学校に通うクラスメイトでもある。毎日雄太の家に行き、一緒に勉強もするなど、ほとんど通い妻状態(笑)。
 彼女の父は弁護士で、雄太の母親の補償交渉も担当したらしい。実花自身も司法試験を目指して難関大の法学部を受験する予定だ。

 幼馴染みで同級生、家が隣同士で、二人揃って優等生という、なんともマンガのようなカップルだ。

 富澤も知栄も、それぞれの標的の周辺調査を通して依頼の内容に疑問を覚えていく。お互いの存在に気づかない二人だが、調査の過程で何度かすれ違っていく。やがて「2月12日」が、関東工科大学の合格発表の日だと判明するのだが・・・

 正直なところ、それぞれの殺人を依頼してきた者たちの正体も動機も、実行日について「2月12日」に拘る理由もさっぱり見当がつかないまま、ストーリーは進行していく。
 富澤も知栄も、途中でいくつもの仮説を考えつくのだが、その都度否定されていく。しかし最終的に二人が(別々にだが)辿り着く真相は、すべての疑問をすっきりと説明してくれる、きわめて明快なもの。これは思わず「なるほど」と膝を打つ、とてもよくできたものだ。

 ラストにひねりの利いた "ひと言" があるのがこのシリーズの特徴のひとつなのだが、今回の知栄が発する最期の台詞には全くひねりがない。
 ないのだけれど、これには多くの読者が同意するのではないだろうか。



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田中敦子さん、ご逝去 [日々の生活と雑感]


 声優の田中敦子さんの訃報が飛び込んできました。
 一年前から闘病されていたとのことでしたが、それを知らなかった私には、まさに青天の霹靂でした。
 享年61。あまりにも若すぎます(泣)。

 1995年の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』以来、30年近く演じてこられた草薙素子役があまりにも有名ですが、それ以外にも多くの役を演じておられます。私が好きなのは『シドニアの騎士』のサマリでしたね。

 彼女が演じる ”戦う女性” は、凜としてカッコよく、とてつもなく力強く、そして深い知性と信頼性抜群のリーダーシップを併せ持つ。まさにパーフェクト・ソルジャー。
 彼女の演じる役が、味方にいれば頼もしさこの上なく、敵として現れると勝てる気がしない(笑)。観客にそこまで感じさせる人は、なかなかいないのではないかと思います。

 田中さんの声を最後に聞いたのは今年1月~3月に放映された『勇気爆発バーンブレイバーン』のクーヌス役でした。時期を考えると、闘病しながらの出演だったのでしょう。そのプロ意識には頭が下がります。

 最近、ベテランの声優さんたちの訃報が続きます。ですが、ご高齢であればともかく、人生百年時代の61歳はあまりにも早すぎでしょう。
 健在であれば、これからも多くの作品に出演されて私たちを楽しませてくれたことでしょう。それを思うと残念でなりません。

 ごゆっくりお休みください。
 ご冥福をお祈りいたします。
 合掌。



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予告状ブラック・オア・ホワイト ご近所専門探偵物語 [読書・ミステリ]


予告状ブラック・オア・ホワイト ご近所専門探偵物語 (創元推理文庫)

予告状ブラック・オア・ホワイト ご近所専門探偵物語 (創元推理文庫)

  • 作者: 市井 豊
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/02/20

評価:★★★


 真面目が取り柄の派遣社員・渡会透子は、探偵・九条清春の秘書を務めている。怠け者でズボラな九条だが、かつては全国を股に掛けた名探偵だったらしい。しかし今は地元・川崎の街で起こった事件専門の "ご近所専門探偵" となっている。
 二人のもとに持ち込まれた、市内で起こったささやかな事件を描く、"日常の謎" 系連作短編集。

* * * * * * * * * *

 派遣社員の渡会透子(わたらい・とうこ)は生真面目さが取り柄の25歳。よく云えば責任感が強く謹厳実直、悪く云えば堅物で面白みがない性格だ。そんな彼女が、なぜか日本有数の企業体・九条グループ会長の目にとまり、彼の孫・九条清春(くじょう・きよはる)の秘書を務めることに。
 ところが清春は「ものぐさ」を絵に描いたような怠け者。かつては全国を股に掛けた名探偵だったらしいが、今は地元の川崎の街で起こった事件専門の "ご近所専門探偵" を自称している。
 清春のズボラぶりに呆れながらも、真面目に秘書の仕事に取り組む透子。そんな探偵事務所に持ち込まれる、ご近所で起こった事件を解決していく二人を描いた連作短編集。


「予告状ブラック・オア・ホワイト」
 地元のご当地アイドルユニット「ブラック・オア・ホワイト」の事務所に謎の手紙が届く。意味不明の文面だが、脅迫と取れなくもない。
 ユニットのプロデューサー・白川康弘(しらかわ・やすひろ)は清春たちに、差出人の正体を突き止めることと、翌日にショッピングモールで行われるイベントの警備を依頼してきた。
 透子は億劫がる九条の尻を叩いて解決に乗り出すのだが・・・


「桐江さんちの宝物」
 地元の文具店店主・黒沢志乃(くろさわ・しの)がやってきた。彼女の幼馴染み下村桐江(しもむら・きりえ)が心不全で急死した。志乃の依頼は、生前の桐江から預かった漆塗りの木箱の中身を、"箱を開けずに" 調べてほしい、というものだった。
 生前、木箱の中身について桐江は「やっと完成した、宝物」と語っていたと云うが・・・


「嘘つきの街」
 28歳のサラリーマン・小田切虎徹(おだぎり・こてつ)は、清春たちを前にして開口一番「この街の人間は嘘つきばかりだ」と言い放つ。
 山本龍雄(やまもと・たつお)は川崎市民のオリンピック柔道代表選手。小田切にとって、日本代表の座を賭けて戦ってきたライバルだった。しかし山本はオリンピックで思うような結果を出せず、失意のうちに帰国した。それでも地元では慰労会が開かれることになった。
 その慰労会に小田切も顔を出すべく川崎へとやってきたが、会場近くの商店街で聞いたところ、慰労会は延期になったという。山本の携帯もつながらない。商店街の人々に中止の理由を聞いても受け答えがおかしい。中には、明らかにとぼけていたり、隠し事をしたりしていそうだが・・・
 "原因" については予想がつくのだが、街を挙げてそれに加担するのは住民たちの地元愛あればこそだろう。
 でも、もしもこんなことが実際に起こって大手マスコミにバレたら、どんなスタンスで報道されるのかなぁ、なんてことを考えてしまった。


「おかえりエーデルワイス」
 川崎市にある夢見ヶ崎動物公園に侵入者が現れた。サルの獣舎から逃げ去る人影を巡回中の飼育員が見つけたのだ。確認するとリスザルの檻の一部が金具で切断されていた。幸いリスザルは盗まれていなかったが、再度の犯行も予想される。そこで九条に警備を依頼してきたのだったが・・・


「絵馬に願いを」
 透子と九条は川崎大師へ参拝にきて絵馬を奉納した。そこで出会ったのが、九条とは旧知の男・一水(いっすい)。彼が「俺が奉納した絵馬が誰かに持ち去られた」と騒ぎ出したため、二人はそれを探すことになった。
 平日の昼間のため、参拝客は多くない。絵馬掛け場が見通せるお守りお授け所にいた巫女さんに聞いたところ、絵馬が持ち去られたと思われる時間帯に来たのは三人組の男だけだという。清春たちは三人組の男の足取りを追い、ついに発見するのだが・・・


 日常の謎系でも、川崎市内限定というニッチな(笑)ミステリ。川崎市といえば、横浜市の影に隠れがちでちょっとマイナーなイメージを持っていたのだが、調べたら何と人口154万人という堂々の大都市。さいたま市より20万人も多く、千葉市の1.5倍くらいあるんだからビックリである。さすが神奈川県(笑)。

 本書で一番印象に残ったのは「嘘つきの街」かな。whatdunit のミステリとしてはちょっと弱いとも思うけど、「いい話」なので読後感がとてもよい。
 「おかえり-」と「絵馬に-」も、ささやかだが思考の盲点を突くところが面白い。

 正反対な性格の透子と九条のコンビも良い味を出してる。九条がとぼけた言動をするたびに、透子さんが(頭の中で)九条に右ストレートを叩き込んだり、ボディプレスをかけたり、一本背負いを決めたりするところは爆笑もの。次は何を食らわせるんだろうと楽しみになってしまった(笑)。



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雷神 [読書・ミステリ]


雷神(新潮文庫)

雷神(新潮文庫)

  • 作者: 道尾秀介
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2024/02/28

評価:★★★★


 小料理屋を営む藤原幸人は娘の夕見と二人暮らし。しかし、一本の脅迫電話が平和な生活を揺るがせる。
 体調を崩した幸人に、夕見は遠出を提案する。新潟県羽田上村。そこは幸人の故郷であり、31年前に彼の母親が変死し、さらに村の有力者の毒殺事件が起こった地でもあった。
 幸人は姉の亜沙美を伴い、三人で羽田上村を訪れるが、そこで再び殺人事件が発生する・・・

* * * * * * * * * *

 主人公・藤原幸人(ふじわら・ゆきひと)は小料理屋を経営しているが、妻の悦子(えつこ)が交通事故で死亡してしまう。しかもそれは、当時4歳の娘・夕見(ゆみ)が引き起こしたものだったという、かなりショッキングなエピソードが冒頭で語られる。


 夕見本人はそれを全く知らずに成長し、19歳となった今は大学で写真を学びながら、時に父の店を手伝っている。
 それなりに平穏な生活だったが、幸人のもとに掛かってきた一本の脅迫電話がそれを揺るがせる。「あれをやったのはあんたの娘だ」

 心労で体調を崩した幸人に、夕見が遠出を提案する。行く先は新潟県羽田上(はたかみ)村。幸人と姉・亜沙美(あさみ)の故郷だった。


 31年前、姉弟の両親である南人(みなと)と英(はな)の夫婦は村で居酒屋を経営していた。しかし村の祭りである〈神鳴講〉(かみなりこう)の夜、英の変死体が発見される。
 そしてその一年後の〈神鳴講〉では、亜沙美と幸人が落雷に撃たれるという事故が発生、さらに村の有力者四人のうち二人が死亡する。原因は祭で出されたキノコ汁に入っていた毒キノコと思われた。

 毒殺事件の容疑者として南人の名が挙がったが逮捕までは至らず、彼は姉弟を連れて村を出たのだった。


 幸人・亜沙美・夕見の三人は身分を偽って村に入り、当時を知る者たちに話を聞いて回るのだが、そのさなかに "脅迫者" も姿を現し、それが殺人事件につながっていく・・・


 舞台となる羽田上村は山中の寒村。冬場の雷が名物で、雷神を祀った雷電神社がある。
 資産家である四つの家が村の有力者として君臨しているという、ちょっと横溝正史的な設定もあるが、流石に時代が昭和から平成に切り替わるあたりなので、そこまで因習的な雰囲気はないかな。
 それでもその四家には、誰も表だっては逆らえないという "アンタッチャブルな雰囲気" は未だ残っているし、これが過去の事件の遠因にもなっている。

 30年前に落雷に撃たれた時、姉の亜沙美は17歳。片耳の聴力を失い、身体にはやけどの跡が残る。そのためか、47歳の今まで独身だ。弟の幸人とともに落雷前後の記憶も失っている。
 自然現象ではあるのだが、この雷によって人生を狂わされた姉弟。この一発の雷の存在は、重奏低音のように本書全編を通じて物語に大きく影を落としている。


 過去を探る幸人たちの協力者として現れるのが郷土史研究家の彩根(あやね)。一見すると胡散臭い人物なのだが、実は作者の他の作品にも出てくるキャラクターで「何も解決しない探偵みたいなもの」。
 本作でもあちこち動き回って、貴重な情報を幸人たちに持ってきてくれる、なかなか重宝な人物となっている。

 夕見は大学で写真を専攻しているという設定だが、それが彩根と知りあうきっかけになったり、南人が毒殺事件の直前に撮影していた写真が真相解明の突破口になったりと、そのあたりのつなげ方は上手いと思う。

 登場人物は多いが、事件の重要関係者はさほど多くない。それでも真犯人にはかなり意外性を感じるのは、展開と語りの妙があるのだろう。それこそベテランの技か。



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甘美なる誘拐 [読書・ミステリ]


甘美なる誘拐 (宝島社文庫)

甘美なる誘拐 (宝島社文庫)

  • 作者: 平居紀一
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2021/04/07

評価:★★★★


 真二と悠人はヤクザの下っ端。兄貴分にこき使われている最中、殺人事件に巻き込まれる。
 調布で自動車部品店を営む植草浩一と菜々美の親娘は地上げ屋の嫌がらせにくるめられていた。
 その一方で、新興宗教ニルヴァーナの教祖の孫娘・春香の誘拐計画が進行していた。
 錯綜する事態が意外な結末に結びつく、第19回(2020年)「このミステリーがすごい!」大賞・文庫グランプリを受賞したユーモア・ミステリの快作。

* * * * * * * * * *

 真二と悠人はヤクザの下っ端。兄貴分の荒木田からこき使われる毎日だ。
 金策のために稲村という金貸しの老人を訪ねた二人は、彼の死体を発見する。
 あわてて現場を逃げ出した二人は、犯人の遺留品と思われる鞄を拾う。中身は小説らしきものがプリントアウトされたコピー用紙の束、そして「The sweet kidnapping」(甘美なる誘拐)というタイトルの一冊の洋書。

 一方、調布で自動車部品店を営む植草浩一と菜々美の親娘は、地上げ屋からの嫌がらせに苦しんでいた。打開策のためになけなしの資金を投入するが、それがそのまま手形詐欺に遭って騙し取られてしまう。このままでは廃業を待つだけだ。

 物語の序盤は、この二つのパートが交互に語られていく。そして章の合間の「インタールード」では、新興宗教ニルヴァーナの教祖の孫娘・春香の誘拐事件が描かれる。

 そしてこれ以外にも様々な細かいエピソードが積み重ねられていく。ストーリーに直接関係しない(と思われる)ような、些細なことも多いのだが、これらが終盤になると、ジグソーパズルのピースとなって組み上がっていき、大きな絵が完成していく。しかも完成する絵は、当初の予想とは全く異なるものだ。

 殺人事件から始まった物語は途中から誘拐事件へと移行する。ストーリーの行き着く先が見えなくて戸惑っていたら、なんと終盤では○○○○○○へと驚愕の展開を迎える。
 振り返ってみれば、伏線はあちこちにばら撒かれていたのに、全く気づかなかったよ。見事に土俵外へとうっちゃられてしまいました。脱帽です。

 中性的な優男で頭脳派の真二、ガタイが良くて関西弁で語る肉体派の悠人。主役二人を含めて数多くのキャラが登場するが、端役まで含めてみな個性的でしっかりキャラ立ちしている。
 中でも二人の兄貴分の荒木田は、文字通りの ”インテリヤクザ” で、頭の回転もいい。彼が中盤でドローンを用いて ”あること” をするのだけど、このアイデアだけで短編が一作書けてしまうのではないか。

 そんな多彩なキャラたちを駆使して重層的なストーリーを語りきり、しかも読者にミステリ的なサプライズを与える。この才能は新人離れしていると思う。

 そして終わってみれば、殺人事件も地上げ屋に苦しむ親娘も誘拐された教祖の孫娘も、みんな綺麗に納まるべきところに納まるという、理想的な大団円。エンタメとしても傑作だ。



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