血染めの旅籠 月影兵庫 ミステリ傑作選 [読書・ミステリ]
評価:★★★
私と同世代かちょっと上の人ならば、”月影兵庫” と言えば1965~68年にかけて放映されたTVドラマ「素浪人 月影兵庫」を思い出すだろう。
主演は近衛十四郎(このえ・じゅうしろう)。40代以下の人には馴染みがないと思うが、俳優の松方弘樹・目黒祐樹の兄弟の父親だった人です。
それよりは、同じ近衛十四郎が主演した後継番組「素浪人 花山大吉」(1969~70年)のほうを覚えている人のほうが多いかもしれない。私もどちらかというとこっちのほうがなじみがある。「月影-」は白黒だったけど「花山-」はカラーだったし(笑)。
本書の解説では、この2つのドラマの関係についても言及している。
本書には、原作となった小説版から17編を収めている。
「上段霞(かすみ)切り」「通り魔嫌疑」「血染めの旅籠(はたご)」「首のない死体」「大名の失踪」「二百両嫌疑」「森の中の男」「偉いお奉行さま」「帰ってきた小町娘」「掏摸にもすれないものがある」「私は誰の子でしょう」「鬼の眼に涙があった」「乱れた家の乱れた話」「ただ程高いものはない」「理屈っぽい辻斬り」「殺したのは私じゃない」「殺しの方法は色々ある」
だけど、近衛十四郎のイメージで読むといささか戸惑うだろう。1965年にTVに登場したとき、近衛は51歳。しかし本書に登場する兵庫は青年期(20代~30代はじめくらいと思われる)なのだ。
11代将軍徳川家斉の時代。老中松平伊豆守の甥として生まれた兵庫。
次男坊なので家督は継げないものの、そのぶん気楽な身分。明朗快活で人懐こく、それに加えて十剣無統流の達人で、必殺技・上段霞切りの前にはどんな敵もかなわない。そんな快男児・兵庫が旅のまにまに出くわす事件を描いていく。
好色な将軍・家斉の側室になるのを嫌がり、江戸を逃げ出した綾姫を追うことを松平伊豆守から命じられ、追跡していく道中を描いたのが「上段-」から「首の-」までの4作。
江戸に帰った兵庫は、綾姫追跡メンバーの1人で奥女中だった桔梗を娶り、道場を開く。「大名の-」はこの時期の作品。
しかし桔梗は妊娠するも流産、そして帰らぬ人となってしまう。妻子を喪った兵庫は道場をたたみ、流浪の旅に出ることに。「二百両-」以後は、その旅の道中での事件を描いている。
週刊誌連載だったためだろうが、1作あたり文庫で約20ページ。であるからミステリとしても凝った構成には出来ないわけで、読んでいるとたいてい見当がついてしまう。どの程度の「ミステリ」を期待するかにもよるが、「本格もの」を期待すると当てが外れるかな。
じゃあつまらないか、と言えばそんなことはない。なんと言っても兵庫のキャラがいい。上にも書いたが、「快男児」という言葉にふさわしい活躍ぶり。弱きを助け強きを挫く、庶民を苦しめる悪党どもをバッタバッタと切り捨てていくのが痛快だ。剣豪小説としてはとても面白いシリーズだと思う。
唯一「大名の失踪」だけは例外的に70ページほどある。週刊誌で5回にわたって連載されたもので、真相もけっこう意外。兵庫と桔梗がしょっちゅう痴話喧嘩を繰り広げるのも楽しく、これはなかなか読みであった。
そして作者の文章がいいのだろう。時代小説には「ちょっと読みにくいかな」って思う作品もけっこうあるのだけど、本書はそんなことは全くなく、サクサク読める。
通勤の行き帰りに、サラリーマンのおじさんたちが読むにはまさにぴったりの作品群だったのだろうと思う。