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フリーター、家を買う [読書・その他]

フリーター、家を買う。 (幻冬舎文庫)

フリーター、家を買う。 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 有川 浩
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2012/08/02
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

就職した会社の新人研修に嫌気がさし、
3ヶ月で辞めてしまった誠司。
以来1年近くフリーター暮らしを続けていた。

当然、父の誠一とは大喧嘩の日々。
好きなマンガとゲームとPCに囲まれてのうのうと過ごす誠司は、
夫と息子の間でオロオロするばかりだった母が
少しずつ精神に変調を来していったことに気づかずにいた。

名古屋の医師に嫁いでいた姉・亜矢子が里帰りし、
彼女の口から母親の現状を聞いた誠司は驚愕する。

冒頭40~50ページにかけて描かれる、亜矢子と誠一の対決が
まず序盤最大のクライマックスだろう。
自分の都合だけを考え、誠意の欠片もない誠一に対して
亜矢子がぶつける言葉の数々が途轍もなく重い。
20年以上にもわたって絶え間ないストレスに晒されてきた寿美子は
誠司のフリーター化をきっかけに心の平衡が崩れ、
すっかり "壊れて" しまっていたのだ。

 このあたり、読んでいて正直つらい。
 有川浩作品には珍しく、重苦しいシーンが続く。
 しかしこれも、中盤以降の展開への、必要な "タメ" だ。

寿美子のストレスの原因の多くを占めているのが
いま住んでいる家(というか近所の人々の目)だった。
誠司は、なるべく早く引っ越しをすることを決意する。

物語は、ここから大きく動き始める。
土木会社でバイトをしながら、本気になって就職活動を始める誠司。
様々な人と出会い、それによって少しずつ彼は変わっていく。

 土木会社で働くおっさんたちもいい味出してるが、
 何と言ってもバイト先での上司である作業長がいい。
 誠司の性格や思考を見抜き、的確なアドバイスを与えて導いていく。
 「頼れる大人」であり「若者を育てる上司」の見本のような人物だ。
 いつもながら、有川浩の描くおっさんはカッコいい。
 実際には、こんな人物はそうそういないだろうが・・・

気ままなフリーターだった青年が、
真剣に仕事と人生に向き合い、成長していく。

息子の成長を目の当たりにして、
妻の病から逃避しようとしていた誠一もまた少しずつ変わっていく。
一度は壊れてしまった "家族" の、再生への歩みが始まる。


序盤のダメ人間から、中盤以降で正社員になってからは
打って変わったように "できる男" に変身してしまう誠司は
いささかご愛敬で、ご都合主義的な感じもしなくはないが
エンターテインメントのさじ加減としては正解だろう。

終盤にはロマンスの花まで咲いてしまうとか
もう大盤振る舞いのサービス満点ぶりで、
序盤の暗雲が嘘のように楽しく読み進められる。

「すべて解決、めでたしめでたし」となるわけではないが
希望に溢れるエンディングで読後感は爽快だ。


晴れた日は謎を追って がまくら市事件 [読書・ミステリ]

晴れた日は謎を追って がまくら市事件 (創元推理文庫)

晴れた日は謎を追って がまくら市事件 (創元推理文庫)

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2014/12/22
  • メディア: 文庫



評価:★★★

本書は、通常のアンソロジーと、いささか毛色が異なる。

冒頭に、架空の街である「蝦蟇倉市」なる地方都市の地図が掲げてある。
名所旧跡や主要施設が載っており、本書に収められた作品には、
どれにもこの蝦蟇倉市内の場所が登場する。

つまり、本シリーズは「蝦蟇倉市」を舞台に、ミステリ作家11人が
書き下ろしたミステリ・アンソロジーになっているのだ。
本書には、そのうち5人の作品が収められている。

巻末の解説によると、SFやファンタジーにおける、
「シェアード・ワールドもの」をミステリでやってみた、
ということらしい。

先行する作品例として、2002年に祥伝社文庫で展開された
「まほろ市の殺人」シリーズが挙げられてる。
おお、懐かしいねえ。これ読んだよ。

さて、本書である。

「弓投げの崖を見てはいけない」道尾秀介
 保育士の安見邦夫は、妻へのプレゼントを購入した帰りに、
 "弓投げの崖(地図に載ってる)" 近くのトンネルで、
 若者3人による接触事故に巻き込まれてしまう。
 3ヶ月後、事故の捜査を続ける刑事・隈島は
 邦夫の妻・弓子を訪ねる。
 ようやく事故を起こした車の特定にこぎ着けたのだ、
 しかしその頃、容疑者3人のうちの一人が殺害されていた・・・
 ラストで明らかになる事実には驚かされる。
 いやはや恐れ入りました。ただ、リドルストーリー風に
 結末を曖昧にしてあるのは蛇の生殺しだなあ。
 東野圭吾みたいに読者に推理させようって意図はわかるが。
 巻末の「執筆者コメント」で、
 作者自身が推理のヒントを教えてくれてるけど、
 私はどう頭を捻ってもわからなかったよ。とほほ。

「浜田青年ホントスカ」伊坂幸太郎
 「相談屋」の稲垣という胡散臭い男に雇われ、蝦蟇倉市の
 "スーパーホイホイ" の駐車場で、働き始めた浜田くん。
 意外と「相談屋」の需要はあって、来客は絶えないが
 稲垣の与える助言はほとんど犯罪同然で、危ういことこの上ない。
 そして1週間が経った時、稲垣は意外なことを語り始めた・・・
 終わってみればタイトルもよくできてる。

「不可能犯罪係自身の事件」大山誠一郎
 蝦蟇倉市では、不可能犯罪が年に15件も発生する。
 蝦蟇倉大学の史学教授である真知博士は、
 犯罪捜査にも非凡な才能を示し、蝦蟇倉警察署の
 不可能犯罪係をも兼任している。
 ある日、真知博士のマンションに、水島と名乗る人物が現れる。
 10年前、彼の父が密室状態の四阿で殺されたのだという。
 ところが、真知博士は水島の話を聞いている最中に
 突然の睡魔に襲われて気を失ってしまう。
 意識が戻った時、水島もまた殺されていたのだった・・・
 過去と現在の二つの密室事件を解くという欲張りな作品。
 明かされるトリックも非常によく考えられている。
 「人を殺すためとは言え、こんな面倒くさいことをするのか」
 なぁんて疑問はごもっともだが、大山誠一郎作品の良さは
 この「人工の美」にこそあると思ってる。

「大黒天」福田栄一
 大学生・輝之の祖母である照子は、和菓子屋を切り盛りしている。
 その和菓子屋にある日、男が現れた。
 「店先に飾ってある大黒様は昔盗まれたものだ。返してもらいたい」
 亡くなった祖父・庄介の無実を信じる輝之は、
 姉・靖美とともに調査を開始するが・・・
 調査が進むにつれて、次第に明らかになる若き日の祖父の姿。
 家族の絆をテーマにしたライトなミステリ。

「Gカップ・フェイント」伯方雪日
 タイトルからてっきり巨乳のお姉さんが殺されるのかと思った。
 そう勘違いしたのは私だけではあるまい(きっぱり)。
 蝦蟇倉市長・近藤は、元プロレスラー。
 彼がぶち上げた格闘技イベントが
 「蝦蟇倉グラップリングワールドカップ」、通称 "Gカップ" だ。
 世界中から集まった格闘家たちの宿舎となったのは
 近藤が経営するホテル、コンドー・パレス。
 しかし、ホテル横の広場で死体が発見された。
 しかも遺体は、高さ4mにおよぶ
 銅製の巨大仏像の下敷きになっていたのだ・・・
 格闘技高校生チャンピオンの "オレ" と、父親の刑事が事件に挑む。
 いやあ、久しぶりに直球ど真ん中のバカミスでしたね。


機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)11 不死鳥狩り [読書・SF]

機動戦士ガンダムUC (11) 不死鳥狩り (カドカワコミックス・エース)

機動戦士ガンダムUC (11) 不死鳥狩り (カドカワコミックス・エース)

  • 作者: 福井 晴敏
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/03/23
  • メディア: コミック



評価:★★★☆

1988年公開の映画「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」。
宇宙世紀0093における "シャアの反乱" を描き、
アムロとシャアの戦いに決着がついた。

その3年後、宇宙世紀0096を舞台に描かれた新しいガンダムが
福井晴敏氏による「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」。
このブログにも感想の記事をアップした。

小説は全10巻で完結し、それを原作としたOVAシリーズも全7巻で完結、
現在はOVAを再編集したものがTVアニメとして放映されているらしい。

 終盤で、やや尻すぼみ感のあった小説と異なり、
 OVA版はかなり見応えのある映像に加えて、
 原作とは一部異なる展開もあり、私は充分楽しませてもらった。


この本を購入したのは、お茶の水の三省堂。
3月末にかみさんと出かけた折に見つけた。
「11巻」とあるので、「おーっ、続編が出たのか!」って思ったけど
実は番外編にあたる中編を2作収めたものだった。

 もっとも、帯に「また何かが始まりそうだ」(by福井晴敏)なんて
 書いてあるので、そのうちほんとに続編が始まるのかも知れない。

この本、4月2日に読み終わっていたのに、
まもなく6月になろうというこの時に
ちまちま記事を書いてるのはどうしてだ・・・・


「戦後の戦争」
 宇宙世紀0094。
 機密情報を持ち出した連邦軍士官を追うダグザ少佐、
 ネオ・ジオンによる襲撃事件を調査するブライトなど、
 UC本編のキャラたちも多く登場し、
 アナハイムが開発した試作MS「シナンジュ」が
 フル・フロンタルによって強奪される事件を描く。
 「逆襲のシャア」の1年後を舞台に、
 「ユニコーン」の前日譚が綴られる。

「不死鳥狩り」
 連邦軍MSパイロットのヨナは、戦場で幼なじみのリタの姿を追う。
 同じ孤児院で育ち、ネオ・ジオン所属の養父母に引き取られていった
 彼女は、RX-O(ユニコーンガンダム)の3番機〈フェネクス〉の
 パイロットとなっていたのだ・・・
 「ユニコーン」本編の終盤、
 《ネェル・アーガマ》とネオ・ジオンによる
 最終決戦の直前に行われた、連邦軍による秘密作戦を描く。


発売が、福井氏が「ヤマト2202」のスタッフであることが
発表されたのとほぼ同時期なのは、まあ偶然だろう。

「ガンダム」といい、「キャプテンハーロック」といい、
「ヤマト」といい、最近の福井氏は、
長い歴史を持つ作品の "リブート" 役を務めることが
多くなってきたような。

オールCG版「キャプテンハーロック」はあまりにもアレだったが、
「ユニコーン」にしても賛否の声はあるようだ。
まあ、100人のガンダムファンがいれば
「俺のガンダム」も100通りあるんだろうからねえ。
2199の時も思ったが、リメイクやリブートをする人はたいへんだ。

でも、福井氏の手による「ヤマト」には、
けっこう期待してる自分がいる。がんばってほしいなあ。


雪月花黙示録 [読書・ファンタジー]

雪月花黙示録 (角川文庫)

雪月花黙示録 (角川文庫)

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/02/25
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

セーラー服姿の美少女が日本刀を構えている、という
ある意味ベタだが、王道的なビジュアルの表紙。
そうだよねえ。いかにも購入意欲をそそるよねえ・・・
え? そんなのは私だけですかそうですか。

内容も、表紙のイメージそのまんま。

舞台となるのは近未来の日本なのだが
この時代の日本は二つの地域に別れている。

かつての日本の伝統に回帰し、
新たな秩序の下に生きる人々が集う "ミヤコ"。
それ以外の地域は、企業の利益と個人の快楽を追求する
帝国主義者の地域となっている。

世界の人々はこの状態の日本のことを
"ゴシック・ジャパン" と呼んでいる。

ミヤコの中心、"平常京" にある
最高学府・"光舎" に通う学生3人組が主役だ。

まずは表紙にもなっている美少女・蘇芳(すおう)。
高校1年生で剣術の達人である。
彼女の従兄弟が紫風(しふう)で、光舎の生徒会長。
名門にしてミヤコの実力者である春日家のイケメン御曹司だ。
さらに、春日家に連なる美少女剣士がもう一人。
こちらは純日本風の長い黒髪に袴姿の萌黄。
(「帝国華撃団」の真宮寺さくらみたいなルックス、
 ・・・って、ちょっと古いか?)

紫風が三期目の生徒会長当選を目指して、
選挙戦真っ最中なところから
第一話「春爛漫桃色告」(はるらんまんももいろのびら)は始まる。


もし作者名を隠して本書を読まされたら
恩田陸が書いたとは、おそらくわからないだろう。
それくらい、作風が他の作品と違う。
一言で言うと、いわゆる "ライトノベル" 風とでも言うのか・・・

いや、現代のライトノベルなるものはあまり、というか
ほとんど読んでないんだけど、それでも

立会演説会で紫風が登壇すると
「紫風さまぁーーー」って女生徒たちの黄色い歓声が上がったり

袴姿に金髪縦ロールという髪型の、身長2m白人男が
突然、蘇芳の前に現れ、剣の試合を挑んできたり、

亀型の円盤に乗って、背中に薔薇の花束を背負ったキザオくんが現れて
(その名も及川道博。もちろんあだ名はミッチー)
蘇芳の婚約者を自称するとか・・・

・・・なんてシーンがひたすら続くとねえ。

そして、全編を通じて主人公たちの敵となる、
反体制組織「伝道者」。
立会演説会の会場に現れ、分裂したゴシック・ジャパンの
改造、統一、そして統治をすることを宣言する。


上でも述べたが、恩田陸が書いたと思うとちょっとアレなんだが
内容自体は決してつまらないわけではなく、
主役の3人組を皮切りに、
登場人物のエキセントリックぶりが徹底していて
アクションシーンも適度に盛り込んであって、
読んでいて楽しいのは確か。

ただ、全七話構成なんだけど、
いちばん盛り上がるのが第六話なんだよね。
ラストの第七話に至ると、やや尻すぼみ感が。
続編の構想があるのかも知れないが、
これで終わりではいささか消化不良感が否めない。

というわけで星3つ半。
最後が華々しく盛り上がれば、星4つだったかなぁ。


金田一耕助、パノラマ島へ行く [読書・ミステリ]

金田一耕助、パノラマ島へ行く (角川文庫)

金田一耕助、パノラマ島へ行く (角川文庫)

  • 作者: 芦辺 拓
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2016/02/25
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

日本のミステリに名探偵は数多く登場するが、
私くらいの世代の人に「和製名探偵の双璧は?」と
問いかけたら、「明智小五郎と金田一耕助」の
二人を挙げる人は多いだろう。

 もっとも、20代~30代くらいの人だと、
 「江戸川コナンと金田一少年」て答える人が
 大半かも知れんが(笑)
 それとも「ガリレオと火村」かなあ・・・


さて、本作は、芦辺拓による二大名探偵のパスティーシュ、
その3冊目である。前の2冊では短めの作品が多かったが
本書では文庫で100ページ超の中編が2作収録されている。


「金田一耕助、パノラマ島へ行く」
 本家「パノラマ島綺譚」の後日談の形式をとっている。
 伊勢でいちばんの大富豪・菰田(こもだ)源三郎が
 私財をすべて投入して建設した楽園も、既に廃墟と化していた。
 そのパノラマ島を、遊園地として再生させようと目論む
 風間俊六に誘われ、金田一耕助は島へと渡る。
 荒廃した施設群を巡った後、本土に戻って宿を取った二人だが、
 パノラマ島で身元不明の死体が発見されたとの知らせで再び島へ。
 現場近くでは「KOGORO」と刺繍された帽子が発見される・・・

「明智小五郎、獄門島へ行く」
 こちらも本家「獄門島」の後日談。
 瀬戸内海へと休暇旅行に訪れた明智小五郎&文代夫妻、
 そして小林少年を加えた3人は、獄門島へ立ち寄る。
 上陸前に船で島の周囲を一周するのだが、そのとき
 「獄門島」事件のことが明智たちの口を借りて語られる。
 上陸後も、事件に関わった人たちが少なからず登場する。
 鬼頭早苗や、千光寺の住職を継いだ了沢など、
 登場人物たちの数年後の姿が描かれるのも
 本書の読みどころのひとつだろう。
 しかし上陸した彼らの前に、次々と不思議な出来事が起こる。
 明智は当時をよく知る金田一に連絡し、二人の名探偵によって
 島に隠された秘密が暴かれていく。
 
 作者による「あとがき」には、
 事前に「獄門島」を読んでおく必要はない、って書いてある。
 実際、ネタバレもされてないんだけど、読んでおいた方が、
 本作をより楽しむことができるんじゃないかと思う。

 ちなみに、1977年の映画版(市川崑監督)では、
 当時28歳だった池田秀一が了沢を演じている。
 後にシャア・アズナブルの声優としてブレイクする2年前のことだ。

横溝正史は1981年に亡くなってるから、もう35年になるんだねぇ。
この文章を書くために確認したら、ビックリしてしまったよ。
今更ながら時の流れの速さを実感した。

そんな長い時を経ても、こんな風に描いてもらえる
キャラクターなのだから、幸せと言うべきだろう。

願わくば、もっと多くの作家さんに書いてもらいたいなあ。
何年かに一冊でいいから、金田一耕助の探偵譚を読みたいものだ。


笑うハーレキン [読書・冒険/サスペンス]

笑うハーレキン (中公文庫)

笑うハーレキン (中公文庫)

  • 作者: 道尾 秀介
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2016/01/21
  • メディア: 文庫



評価:★★★

主人公・東口は家具職人。

彼には、かつて幼い一人息子を事故で失い、妻とは離婚。
経営していた会社も倒産の憂き目に遭う、という過去があった。

現在はトラックにわずかばかりの商売道具を積み込み、
電話一本で家具の修理を引き受ける仕事を生業に、
荷台で寝泊まりしながら、川辺の空き地で
気の置けないホームレスの仲間たちと、楽しく暮らしている。

そんなある日、奈々恵と名乗る足の不自由な若い女が現れ、
東口に弟子入りを志願する。
それを境に、彼の生活に変化が生じ始める。

やがてホームレス仲間の老人が川底で遺体となって見つかり、
東口のもとには奇妙な家具修理の依頼が舞い込む・・・


伏線もそれなりに張ってあるし、終盤には、
主人公たちの巻き込まれていた状況についての
謎解きもあるんだけど、ミステリっぽさは希薄。

強いて分類すれば、
若干のユーモア風味をまぶした軽めのサスペンス、
といったところかなあ。

本書の読みどころは、そういう物語の "仕掛け" よりも、
東口や奈々恵、空き地の仲間など
心に瑕を負って、社会からこぼれ落ちそうになっている人々が
力を合わせて彼らに降りかかる苦難を乗り越え、
自らの人生の再生するきっかけをつかんでいくところにある。

東口は、最終的には彼らをまとめるリーダー的存在となり、
ラストでは彼もまた、人生をリブートすることを決意する。

読み物としては充分に面白いし
出てくるキャラもみな立っている。

私は特に奈々恵ちゃんがお気に入りだ。
序盤での風変わりな言動から "不思議ちゃん" 系かと思いきや、
徐々に彼女の抱えていた事情が明らかになってくると
感情移入の度合いがじわじわと増してくる。

ただ、この作者だとやっぱりミステリを期待してしまうんだよねえ。
こういう作品もたまにはいいけど、次は本格ものが読みたいなあ。


人魚姫 探偵グリムの手稿 [読書・ミステリ]

人魚姫 探偵グリムの手稿 (徳間文庫)

人魚姫 探偵グリムの手稿 (徳間文庫)

  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2016/01/08
  • メディア: Kindle版



評価:★★★☆

舞台は1816年のデンマーク、王の離宮があるオーデンセの町。
主人公は11歳の少年、ハンス・クリスチャン・アンデルセン。

半年前、離宮で第二王子クリスチャンが
何者かに殺害されるという事件が起こった。
容疑は、直後に姿を消した侍女に向けられたが・・・

父を亡くしたハンスは、川に落とした形見の人形を探すうち、
ルートヴィッヒ・エミール・グリムという青年と知り合う。

海岸まで来た二人は、砂浜に倒れていた美少女・セレナを見つける。
彼女は意外な事実を彼らに告げた。

セレナは海の国からきた人魚の姫であること。
離宮から姿を消した侍女は、魔女の力を借りて
人間へと姿を変えた、彼女の妹であったこと。
王子との結婚を果たせなかった妹だったが、
彼を殺すことができず、海へと身を投げて泡になって消えたこと。

この件がきっかけで海の国の中で混乱が起こっていること。
その混乱を鎮めるために、王子を殺した真犯人を見つけるべく、
セレナ自身も人間の姿となって地上へ現れたこと。
そして、人間となったセレナが
地上で生きられる時間は7日間しかないこと・・・

一週間というタイムリミットを前に、
3人は王子殺害事件の調査を始めるが・・・


ご存じアンデルセン童話「人魚姫」をモチーフとした作品で
ファンタジー要素を多分に含んでいるけれど、そこは北川猛邦。
魔女との "契約" などもきちんと伏線に織り込んで
かっちりとした本格ミステリになっている。

作者お得意の大がかりな物理トリックも登場するし、
真犯人の意外さには、ちょっと驚かされるだろう。


ミステリとしての興味とは別に、主役3人組の魅力も大きい。

ハンスはもちろん、後の世界的童話作家だけど、
必ずしも恵まれない幼少期を過ごしている。
その彼が、事件を通して成長していく姿が描かれる。

探偵役を務めるルートヴィッヒは、飄々とした風来坊。
表紙のイラストを見てると、「ムーミン」に出てくる
スナフキンを彷彿とさせる(トシがわかってしまうねえ)。
wikiによると、6人いたグリム兄弟の末弟で、
長兄と次兄が編纂した童話集の挿絵を描いた人らしい。

そしてヒロインのセレナ。
初めての人間の世界に戸惑いつつ、
生命の期限が迫ってきても、最後まで凛として振る舞い続ける。
いやあ健気だなあ・・・
ミステリとしての結末より、彼女の運命の方が
気になって仕方がなかったよ(笑)。


『水素水』に関する個人的な考察 [日々の生活と雑感]

※長文注意!

最近、『水素水』なるものがブームらしい。
ちょっと前に「酸素水」なんてのも流行ってた気がするんだが・・・

かみさんに聞いてみたら、近所のスーパーに山積みになってて
しかもけっこう売れてるらしい。

まあ、何をどう売ろうが、需要があるから売れてるんだろうし
売る人買う人のことをどうこう言うつもりは無いけど、
いちおう大学では理系の端くれにいた者として
自分なりに思うところがあったので書いてみた。

『水素水』の効能を信じている人には、
お気に召さない内容になってるだろうな・・・ということを
まずはじめに断っておこう。


乏しい化学の知識を総動員して
wikiを見ながら書いたので間違いもあるかと思うが
そのへんは「素人のたわごと」と思って
笑って読み飛ばしていただきたい。


ネットを開いて『水素水』って検索すると
トップに出てくるのが清涼飲料水を販売しているI社の宣伝サイト。
とりあえずこの会社の『水素水』を例に考えてみた。


○水素濃度について

I社の公式サイトでは
「充填時に1.9~2.5ppmの高濃度」を謳っている。

そもそも、水に対して水素はどれくらい溶けるものなのか。
ちょっと調べてみると、1atm=1013hPa下で、
0℃の水1Lに0.000974mol溶ける。
質量にすると0.001948gになる。

水1L=1000gとして、ppmにすると
 0.00194÷1000✕1000000=1.94ppm

普通に溶かしても1.94ppmまでは溶ける。
2.5ppmまで溶けてるというのは、
溶かす時に1atm以上の圧力を加えてるからだね。
(計算上は1.3atmくらいか)

で、製造後は1atmのもとで流通するので
加圧下で余分に溶かし込んだ分は
だんだん抜けていってしまうということだろう。
それでも、1.94ppmは残る。このへんは「看板通り」だね。


○2.5ppmとはどれくらいなのか

ppmとは「100万分率」のことだ。
日常生活でよく使う「100分率」ことパーセント(%)に直してみると
 1%=10000ppm  あるいは 1ppm=0.0001%
となる。つまり 2.5ppm とは 0.00025% のことだ。

I社の公式サイトでは200mLパックで売られている。
1Lの1/5サイズなので、1パック中の水素の量を計算してみよう。

200mL=200gとして、水素の質量は
 200g✕2.5÷1000000=0.0005g
molにすると(水素の分子量は2なので)
 0.0005÷2=0.00025mol
体積にすると 気体1molは22400mL(0℃・1013hPaで)だから
 22400✕0.00025=5.6mL

5.6mLというのは、親指の先くらいの体積である。
1日に5パック飲んだとして、5.6mL✕5=28mL

これだけの体積の水素を体内に取り入れたとして
どれくらいの効率で吸収されるのか、
どれくらいの抗酸化作用を示すのかは専門外なのでここでは触れない。


○抗酸化作用

水素分子が、具体的にどんな反応をしているのかは知らないけど
体内にある活性酸素の一種である
過酸化水素(分子量34)と反応すると仮定すると、
水素分子1個は、過酸化水素分子1個を除去することができる。
 H2 + H2O2 → 2H2O
gにすると、水素2g が 過酸化水素34g と反応することを示している。


抗酸化物質としてよく挙げられるビタミンC(分子量は176)。
これも分子1個で過酸化水素分子1個を除去できる。
 C6H8O6 + H2O2 → C6H6O6 + 2H2O
gにすると、ビタミンC 176g が 過酸化水素34g と反応する。

過酸化水素1gを除去するのに必要な量を計算してみる。
 水素は      2÷34=0.059g
 ビタミンCだと    176÷34=5.2g
ざっと、水素の方が1/88くらいの少量で済む。

こう書くと水素は素晴らしいように思えるが・・・


○過酸化水素1gを除去するためには、『水素水』が何mL必要か?

200mL中に含まれる水素が0.0005gなのだから、
0.059g摂取するには
  0.059÷0.0005=118
200mLパックが118本必要になる。

I社の公式サイトでは、1年間継続して購入すると
20%割引になるコースが紹介されていて、これだと1本当たり217円。
 118✕217=25606
つまり25606円かかることになる。

ビタミンCだとどれくらいかかるか。
amazonで探すと   『ビタミンC錠2000「クニキチ」』
が 320錠入りで945円。
3錠でビタミンCが1g含まれているので、5.2g摂取するには
 5.2÷(1/3)=15.6(錠)
かかる費用は
 945÷320✕15.6=46
わずか46円である。


仮に、『水素水』中の水素が
体内に吸収される割合がビタミンCの10倍で、
過酸化水素を除去する効率がビタミンCの10倍だったとしても
なお5倍以上のコストパフォーマンスの差があることを
この計算は示している。

・・・と、ここまで書いてはみたものの、
私は医学の専門家ではないので、
水素とビタミンCが体内に吸収される割合に
どれほどの差があるものなのかも知らないし、
過酸化水素以外の活性酸素に対して
水素がどれほどの除去効果を示すのかも知らない。

『水素水』中の水素の効能が
ビタミンCを何倍上回るのか、というようなデータが
あるのかないのかも、寡聞にして知らない。

ということで、いささか無責任な物言いになるが
上記の文章にどれほどの意味があるのかもわからない。

私なりに無いアタマを振り絞って考えたことだが
このへんが限界のようだ。
『水素水』に対する私の考察はここまでとしておこう。


でも、『水素水』が好きな人は、誰が何と言おうと買うよねえ。
それはそれでいいのではないかな。

私は買わないけど(笑)。


余談

ビタミンCを例に挙げたので、これについてちょっと書いてみよう。

米国にライナス・ポーリングという科学者がいた。
1954年にノーベル化学賞を受賞していて、wikiでは
「20世紀における最も重要な化学者の一人」って書かれてる。

この人、後半生はビタミンの研究に打ち込んでいて
「ビタミンCの大量摂取がガンの発生を防ぐ」として
自分自身も1日1gのビタミンCを摂取していた。

ビタミンCの効果については
いろいろと論議があるのでここでは触れないが、
ポーリングさん自身は
前立腺ガンでお亡くなりになってしまった(おいおい)。

でも、93歳まで生きたので、
天寿を全うしたと言えるのではないかな。

これがビタミンCの効果かどうかはわからないけど。


夜の底は柔らかな幻 上下 [読書・SF]

夜の底は柔らかな幻 上 (文春文庫)

夜の底は柔らかな幻 上 (文春文庫)

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/11/10
  • メディア: 文庫




夜の底は柔らかな幻 下 (文春文庫)

夜の底は柔らかな幻 下 (文春文庫)

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/11/10
  • メディア: 文庫



評価:★★★

舞台となるのは、パラレルワールドの日本。

サイコキネシスなどのいわゆる「超能力」を持つ者が
一般市民の中に多数存在する世界。
彼らは "在色者" と呼ばれ、"能力" を使った犯罪もまた多発している。

私たちの世界で高知県に当たる地域は、
<途鎖(とさ)国>という治外法権区域となっており、
日本の国家権力の及ばぬ "独立国" として入国が厳しく制限されている。

<途鎖国>に生まれ育ち、自らも在色者であるヒロイン・有元美邦は
身分を隠し、14年ぶりに故郷へ潜入する。

彼女の目的は、今はテロリストと化したかつての夫・神山を殺すこと。
しかし入国早々、彼女の前に立ちふさがったのは隻眼の男・葛城。
入国管理局次長である彼もまた、美邦とは因縁浅からぬ過去があった。

入国後の美邦の前には、一癖も二癖もある人物が次々と登場する。
美邦にとって在色者としての恩師だった屋島風塵、
彼女の親友だった医師・須藤みつき、
<途鎖国>の刑事・善法(ぜんぽう)、
ヨーロッパ帰りの殺人狂・青柳、
そして正体不明の謎の男・黒塚・・・

彼らもまた、それぞれの思惑を持って
<途鎖国>の山奥に潜む神山の元へと向かっていくのだが・・・


在色者同士が、"能力" を使って戦うシーンはけっこうハードで
往年の少年マンガを彷彿とさせる。
並行して、登場人物たちの過去のつながりや
抱えた事情も次第に明らかになっていき、
そのへんはさすがに恩田陸らしくうまく興味をつないで読ませる。

実際、下巻の途中までは私の評価は「星3つ半」あるいは
終盤の盛り上がりによっては「星4つ」もいくかな、
って思っていたんだけども・・・・

 これから本書を読もう、という方に忠告。
 下巻にある巻末解説(大森望)は読まないでおきましょう。
 読むのならぜひ読了後に・・・
 以下の文章は、解説の内容に触れてます。


「竜頭蛇尾」とまでは言わないが、
途中までの勢いに見合うラストだったかというとかなり微妙。
そう感じてしまう原因のひとつは大森望氏の解説にあったりする(笑)。

下巻の巻末解説で大森望氏が
「(ラストでは)平井和正『幻魔大戦』や大友克洋『童夢』に匹敵する
 一大サイキック・アクションが展開する」
なんて書いてるのは罪だと思うよ。
こんな風に煽られたら、いやでも期待してしまうじゃないか。

で、その結果は・・・いかに恩田陸が小説巧者でも
『幻魔大戦』を向こうに回しては分が悪すぎるよねえ・・・


ラストで明らかになるSFとしてのネタも、
そんなにびっくりするほどのことでもないように思う。
むしろ伝奇SFとしてはよくあるパターンではないかなあ。

それを「驚天動地のどんでん返し」なんて書くのは
もう贔屓の引き倒しじゃないかなあ・・・


 解説を書く人は作品を褒めなければならないんだろうけど・・・
 舞台が大森氏の故郷でもある高知なんで
 よっぽど嬉しかったんだろうなあ、というのは読んでてわかるが(笑)。


解説のことばかりあげつらってしまったけど、
私がいちばん不満なのは、クライマックスでの美邦の行動。
何を考えてああなったのか・・・少なくとも私には理解できない。

 ただ単に私のアタマが悪いだけかも知れんが。

続編を書く予定でもあるのかな・・・とも思ったけど
それにしたって、とりあえず文庫で上下巻、
合計で800ページ近い大長編なんだから、
それにふさわしい幕切れであってほしかったなあ・・・

というわけで、下巻の途中までは
「星3つ半」か「星4つ」かも、って思ってたんだけど、
終盤の息切れで「星3つ」になっちゃいました。

なんだか文句ばっかり書いてしまったけど、
下巻の途中まではホント面白かったんだよ。


桜守兄弟封印ノート -あやかし筋の双子- [読書・ファンタジー]

桜守兄弟封印ノート ~あやかし筋の双子~ (集英社オレンジ文庫)

桜守兄弟封印ノート ~あやかし筋の双子~ (集英社オレンジ文庫)

  • 作者: 赤城 毅
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2015/10/20
  • メディア: 文庫



評価:★★☆

新学期を迎えた星洋院大学に入学してきたのは
桜守(さくらもり)光也・音也の双子兄弟。

行動派でがさつな光也、頭脳派で上品な音也と
内面はいささか異なるものの、
外見はモデルと見まごうばかりの美形ぶりに
女生徒の注目を集めまくるが
この二人にはある秘密があった。

桜守家の血を引く者は "あやかし筋" と呼ばれ、
妖怪やら幽霊やら、この世の者ならざる怪異が "見えて" しまう。
さらには、それらの "あやかし" を "浄化" することまでも。

二人の幼なじみにして修士課程一年の栃内智佳は、
みずからの指導教員である岸田教授に双子を引き合わせる。

学内一の変人である岸田は、
さまざまな怪異事件の調査に二人を送り込む。
彼らの特殊能力を自分の研究に利用するために・・・


要するに、超絶美形の双子エクソシストの活躍を描いているのだけど
なぜか不思議なくらいワクワクしないんだなあ・・・

起こる事件も、なんとなくオチが見えてしまう内容ばかりで・・・

美形のイケメンだけど性格が悪い、ってのもよくあるパターンだし
幼なじみのお姉さんが相棒、ってのも
彼らを事件に送り込む "ボス" が、"超" がつく奇人変人、ってのも。

"よくある設定" の寄せ集めみたいで
なんだか "新しさ" を感じないんだなあ。

もちろん、この手のライトノベルは
毎月洪水のように出版されているから
"新基軸" を打ち出すのが至難の業だ、
というのはよく分かってるつもりだけど、
金を出して買ってる側からしたら、
何かしら "この作品ならでは" って要素が欲しいよねえ。

文句ばかり書いてしまって申し訳ないけど
作者は「払ったお金ぶんはきっちり楽しませる」というのが
しっかり出来る人だと思っていたし、今でもそう思ってる。

期待がある分、ハードルも高かったかな。
たまたま本書は私と相性が悪かった、ということで。