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三つ首塔 [読書・ミステリ]


金田一耕助ファイル13 三つ首塔 (角川文庫)

金田一耕助ファイル13 三つ首塔 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2012/10/01

 両親を喪い、伯父の元で暮らす宮本音禰に突然転がり込んできた巨額の遺産。しかしそれを相続するには、高頭俊作という見知らぬ男との結婚が条件だった。
 戸惑う音禰は伯父の還暦祝いに出席するが、そこで三人が続けざまに殺されるという事件が発生する、しかもその一人が高頭俊作だった!
 しかし、遺産を巡る殺人の連鎖は、まだ終わっていなかった・・・

* * * * * * * * * *

 両親を失った宮本音禰(みやもと・おとね)は、伯父で英文学者の上杉誠也(うえすぎ・せいや)に引き取られた。昭和30年の春に女子大を卒業し、現在は花嫁修業中だ。
 本書は彼女の一人称で語られていく(ゆえに、金田一耕助の出番は非常に少ない)。

 その年の秋、音禰のもとに突然降ってわいたのが巨額の遺産相続の話。
 彼女の曾祖父の弟・佐竹玄蔵(さたけ・げんぞう)がアメリカに渡り、そこで巨万の財産を築いた。その額、日本円に換算して100億円。

 ちなみに、現在を昭和30年と比べると、会社員の初任給は約30倍。これを基準に換算すると、およそ3000億円という途方もない額になる。

 しかしその遺産を相続するには、高頭俊作(たかとう・しゅんさく)という見知らぬ男との結婚が条件だった。しかし彼は現在行方不明で、玄蔵の代理人を務める弁護士・黒川(くろかわ)も、探偵を雇って探しているという。

 「遺産を相続するには○○との結婚が条件」というのは『犬神家の一族』にもあったパターンだ。現実には難しそうだが、これがあると横溝ミステリは盛り上がるんだよねぇ。

 10月3日、音禰は日比谷のホテルで開かれた上杉の還暦祝いパーティーに出席する。来客者は1000名を超えるという豪華なもの。
 ところが、ステージ上で踊っていた女性ダンサーの一人が、血を吐いて倒れた。客からもらったチョコレートに毒物が仕込まれていたのだ。

 さらにホテルの部屋からは、二人の男の死体が相次いで発見される。一人は腕に「おとね」「しゅんさく」と二人の名を "相合い傘" でつないだ刺青を入れており、後に高頭俊作本人と確認された。
 そしてもう一人は、高頭俊作を探すために黒川弁護士が雇った探偵だった。

 三重の殺人という相次ぐ凶報に、失神してしまった音禰はホテルの一室に運ばれてベッドに伏せっていた。
 ところがそこに謎の男が現れ、音禰を陵辱(!)してしまう。去り際に男は、自分は高頭俊作の従兄弟の五郎と名乗った。そして「また会いに来る」と・・・


 この日から音禰は "忌まわしい秘密" を抱える身となった。
伯父の上杉に打ち明けるなどもっての外、事件解決のために現れた金田一耕助でさえも、彼女の秘密を暴きかねない "敵" となった。
 五郎は音禰の前に、ときおりするりと現れては彼女を抱き、去って行く。音禰は肉体の快楽に溺れながらも、次第に五郎に対して惹かれはじめていることを自覚していく。


 俊作の死により、100億の遺産は玄蔵の遠縁の者たちで分割されることになった。相続人として黒川弁護士が集めたのは7人。
 玄蔵の長兄の子孫である笠原薫(かさはら・かおる)。彼女は毒殺されたダンサーとは双子だった。
 同じく島原明美(しまばら・あけみ)、佐竹由香利(さたけ・ゆかり)、根岸蝶子(ねぎし・ちょうこ)・花子(はなこ)の姉妹。
 玄蔵の次兄の曾孫の音禰、孫で音禰の叔父である建彦(たてひこ)。

 そしてなんと、その場には高頭五郎まで現れた。彼は堀井敬三(ほりい・けいぞう)と名乗り、黒川弁護士の遺族捜しに協力していたのだという。

 音禰と建彦を除く5人の女性には、いずれも情夫と思しき男が傍らにいて、金銭欲と性欲にギラついた目を音禰に向けてきた。

 相続人が減れば、取り分が増える。物語はこの後、この7人の相続者同士の角逐の中で人が殺されていく・・・という展開を見せる。
 海千山千の悪党を思わせる情夫たちと組んだ "ライバル陣" は強力だ。
 高頭五郎は彼らを ”敵” に回した "遺産争い" の渦中に、音禰とともに飛び込んでいく・・・


 タイトルの「三つ首塔」とは、玄蔵が三人の死者を弔うために建てた供養塔のこと。日本のどこかにあるのだが、位置は不明だった。しかし後半になると場所が判明し、終盤の物語の舞台となる。
 そもそも高頭俊作とはどんな人物だったのか? 玄蔵が高頭俊作に財産を与えようとしたのはなぜなのか? なぜ俊作と音禰を結婚させようとしたのか?
 そのあたりもストーリーの進行と共に次第に明らかなっていく。


 さて、過去の記事で『女王蜂』(初刊は本作の四年前)を取り上げた際、私は「ミステリとしては良くできているがラブ・ストーリーとしては不満が残る」と書いた。そして「智子と連太郎を主役に据えてサスペンス仕立てにしたものを読んでみたい」とも書いた。

 本書を読んで思ったのは、まさにこれは『女王蜂』の別バージョンじゃないか、ということ。横溝正史自身がどう思って本作を書いたのかはわからないが「絶世の美女と評されるお嬢さん(音禰)と、悪の道に片足を突っ込んだ男(五郎)が、さまざまな苦難を乗り越えながら殺人事件の真相に迫っていくサスペンス劇」という展開は、まさにこれ。

 実際、最終的な謎解きは金田一耕助が務めるものの、「三つ首塔」に辿り着いた二人は、一連の事件の真相の八割方を突き止めることになる。

 ただ、それゆえに『女王蜂』と逆の評価もあるだろう。「恋愛サスペンスとしては良くできているが、ミステリとしてはいまひとつ」だと私は思う。
 ちなみに Wikipedia によると「原稿枚数の都合で満足のいく結末にできなかった」と横溝自身は語っていたらしい。


 そして本書には大きな問題点がある。
 序盤では角突き合わせていた男女がストーリーの進行とともに惹かれあっていく、というのは定番のパターンではあるが、そのとっかかりが "強姦" から始まるというのは「いくらなんでもそれはない」だろう。

 本作の初出は作中と同じ昭和30年(1955年)。およそ70年近い昔だ。当時は価値観や倫理観も異なっていたかも知れないが、時代の差はあれ、広く大衆に読まれるであろうエンタメ小説において女性の人権を蔑ろにするような描写は許されるものではないだろう。
 現代の人が本書を読んだら、音禰が陵辱される序盤で読むのをやめてしまうかも知れない。それも致し方ないとも思う。



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