塞王の楯 [読書・歴史/時代小説]
評価:★★★★☆
時は戦国時代。
石垣職人 "穴太衆" の飛田匡介は、鉄壁の石垣を築くことで戦の絶える世を夢見る。
一方、鉄砲職人 "国友衆" の国友彦九郎は、鉄砲の脅威を以て戦なき世を目指す。
最強の楯と至高の矛を自負する二人が、関ヶ原の合戦前夜の大津城で激突する。その決着は・・・
第166回(2022年) 直木三十五賞 受賞作。
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※かなり長文です。
基本的には褒めてます。というか激賞してます。
でも、最後にちょっとだけ文句というか疑問点を書いてます。
悪しからず。
時は戦国。越前浅倉家は織田軍の侵攻によって滅亡した。その戦乱のさなか、家族を喪った少年・匡介(きょうすけ)は "穴太衆(あのうしゅう)" の飛田源斎(とびた・げんさい)に拾われる。
"穴太衆" は、城の石垣積みを請け負う職人集団。その中でも源斎率いる飛田屋は図抜けた存在であり、頭領の源斎は「塞王」(さいおう)と呼ばれていた。
匡介は石を扱うことにかけて非凡な才能を発揮して(作中では「石の "声" を聞くことができる」と評される)、頭角を現してゆき、やがて源斎からは次期頭領の指名を受けるまでに成長する。
幼少期に落城を経験した匡介は、どんな武器も通じない "鉄壁の石垣" を築くことができれば、戦いのなくなる世が来るのではないかと考えていた。。
一方、鉄砲製造の "国友衆"(くにともしゅう)は、伝来してきた鉄砲に独自の改良を施し、高機能化・大型化を実現してきた驚異の職能集団だ。頭の国友三落(さんらく)は「砲仙」(ほうせん)と呼ばれている。
三落の後継者と目されている若き鬼才・国友彦九郎(げんくろう)は、どんな守りも貫いてしまう ”最強の鉄砲” を創り出せば、その脅威によって戦は絶えると信じていた。
やがて太閤秀吉が没し、石田三成と徳川家康の間の緊張は、急速に高まっていく。
家康が上杉討伐へ向かった隙を突いて挙兵した三成は、軍勢を東へ進める。
近江の大名・京極高次(きょうごく・たかつぐ)は、当初は三成に与していたものの、突如軍を引き返して琵琶湖畔にある居城・大津城に立て籠もってしまう。
大津城の石垣修復を請け負っていた匡介たち穴太衆もまた、城内に籠もって作業を続けることに。
京極軍3000に対し、そこへ押し寄せたのは毛利元康率いる15,000の軍勢。その中には名将・立花宗茂(たちばな・むねしげ)、さらには彦九郎が率いる国友衆も、総力を挙げて作り上げた "新兵器" とともに参戦していた。
西へ向けて引き返してくる家康率いる東軍は、三成率いる西軍といずれ激突することになるわけだが、大津城を取り囲む毛利軍はその決戦までに三成軍に合流しなければならない。つまりいつまでも大津城に関わってはいられない。
逆に考えれば、大津城が持ちこたえている限り、三成は15,000の毛利軍を欠いたまま家康との決戦に臨まなければならない。
大津城の攻防は、図らずも天下の行方を左右する重要な戦いとなった。
激烈な攻撃を仕掛ける毛利方、そして国友衆。
必死の防戦を続ける京極方、そして穴太衆。
最強の楯を築こうとする「塞王」匡介と至高の矛を駆使する「砲仙」彦九郎。
道は違えど、戦のない世を目指す二人の死闘の行き着く先は・・・
読んでみてまず驚くのは、「石垣積み」のイメージがガラッと変わることだ。
石の切り出し・輸送・石積みと工程も職人も細分化され、綿密なスケジュールを以て計画的に実行されていく。さらには石もただ積むのではなく、最適な組み合わせや積む順番を事前に見極めるという緻密かつ繊細な作業が要求される。
さらに「積んだら終わり」ではない。壊れたら修復するのはもちろんだが、合戦に際しては組み替えたり、新たな石塀を建造したりと、戦術や状況に合わせて短時間で石組みを柔軟に変化させていく。
もっと驚くのは、攻城戦のまっただ中であっても作業を請け負うことだ。銃弾や矢が飛び交う中でも、下手をすれば白兵戦のさなかであっても、石を積み続ける。
職人は非戦闘員であるから、攻め手側も狙って殺すことはないが、それでも犠牲者は出る。まさに命がけの仕事だ。
寄せ手側の戦法・戦術に合わせて柔軟に石を組み替える。これは本書において随所で描かれる部分で、穴太衆、ひいては匡介の腕の見せ所でもある。
寄せ手側の裏を掻くために策を巡らす。石積みの頭領でありながら、匡介の主な仕事は意外にも "頭脳労働" だったりするのだ。
そしてそれが最大限に発揮されるのは本書の後半で描かれる大津城攻防戦だ。
「塞王」を目指す匡介と、「砲仙」の名を受け継いだ彦九郎。
二人がお互いの手の内を読んでゆくくだりは、さながらチェスの名手同士のよう。読み間違いはそのまま敗北につながるのだから必死だ。
京極側と毛利側の攻防を描くシーンが続くが、その根底にあるのは匡介と彦九郎の頭脳戦だ。
匡介のライバルとなる彦九郎は、物語上の立場としては敵なのだが "悪人" としては描かれない。彼もまた、彼なりに平和な世界を目指す理想を掲げていて、自分の行いがそれに近づく方法だと信じている。
戦なき世を目指すという同じ理想を抱きながらも、方法が異なることによってぶつかり合う二人は、実はお互いを最も良く理解する者同士でもある。
毛利方の立花宗茂は、他の武将たちの反対を押さえて国友衆が力を最大限に発揮できるように取り計らっていくという、さすがの智将ぶりを示す。
だが、本書の中でもっともユニークなのは、京極高次とその妻・初(はつ)だろう。この二人の異色ぶりは群を抜いている。
京極高次は、妹が豊臣秀吉の側室となり、織田信長の姪(淀君の妹)の初を妻に迎えた。そのため、彼女たちの "(尻の)七光り" で出世したとして、人々からは "蛍(ほたる)大名" と揶揄されていた。
しかし彼はそんなことは歯牙にもかけない。彼にとって大事なものは家臣であり、なにより領民を第一にするという姿勢を終始貫いていく。
外見も小太りで愛嬌のある体型で、大名としての威厳や貫禄とも全く無縁。誰に対しても人なつこく語りかけるという態度は戦国武将としてはいささか頼りない。だがそれ故に「自分たちが支えなければ」と家臣たちに思わせ、忠誠が集まるという不思議な人でもある。
彼が西軍から離反したのも「このままでは近江が戦場になり、領民が苦しむ」という思いから。よって領民もすべて大津城内に収容しての籠城戦となった。
高次の妻・初に至っては、夫以上の天然キャラ。大名の妻などと云うプライドは欠片もなく、極めて腰が低い。石垣を修復する穴太衆に対しても分け隔てなく親しく接し、やがて彼らから圧倒的な信望を集めていく。
血なまぐさい合戦が続く本書に於いて、京極夫妻は唯一にして最大の "癒やしキャラ"(笑) となっている。二人が登場するシーンでは、自然と口元がほころんでしまう。
初の侍女・夏帆(かほ)と匡介のロマンスの行方など、読みどころは多いのだけど、もういい加減長くなったのでそろそろ終わりにしよう。
終盤における死闘激闘をくぐり抜けた先の終章にいたり、読者は深い満足感を味わいながら本を閉じることになるだろう。
直木賞受賞も納得の、傑作戦国エンタメ大作だ。
・・・と、ここまでは本作を褒めてるのだけど、この記事の冒頭に書いたとおり、ちょっと文句というか疑問点がある。
作中、大津城の外堀(水のない空堀)に琵琶湖から水を引き入れる、というシーンがある。ところが(文中の記述によると)堀の地面は琵琶湖の水面より標高が高いのだ。
水を引き込むための ”仕掛け” の工事については、作中で細かく描写されている。どうやらサイフォンの原理を使っているようなのだが、そもそもサイフォンは、途中に高低差があってもいいが、流れの終点(外堀)の水面が起点(琵琶湖)の水面よりも低くなければ機能しない。
外堀の中央部を掘って深い部分をつくり、そこに水を引き入れているので、その部分だけは湖面よりも低いのかなとも思ったのだが、後半になったら毛利軍に “仕掛け“ を破壊されて水が琵琶湖に抜けてしまう、という下りがあるので、やはり湖面よりも高いところへ ”引いた” ようだ。
この ”水を引く” 工事のところで私は読むのを中断し、しばし考え込んでしまった。どうにも理解できなかったからだ。
これは私だけかと思ったのだけど、ネットを見てみたら同じ疑問を持った人はけっこういるようだ。
おそらくこの本の読者には「読んでいて気がつかなかった人」「気づいたけど気にしなかった人」「気にはなったけどとりあえず読み続けた人(私はこれ)」など、いろいろな人がいたのだろう。
でもネットの感想をみてみると「気になって読むのをやめてしまった人」も一定数いるようだ。
「あまりのリアリティのなさに、読む気が失せた」「ファンタジーになってしまった」と酷評する人もいる。
このエピソード、物語の構成において必要不可欠か、と言われたらそうでもないと思う。この部分抜きでもストーリーに大きな支障はないし、作者の力量なら充分に盛り上げることができたと思う。
この部分に作者がどれくらいの ”思い入れ” があったのかはわからないが、このせいで読者の一部を失っているとしたらもったいないことだ。
最後まで読んでもらえれば、クライマックスでの ”あの感動” が味わえたのだが・・・
フィクションなのだから、多少史実と異なる部分や誇張された部分があってもいいとは思うが、「物理法則を無視するのはやり過ぎだ」という意見もうなずける。
私などは「これだけ面白いのだから、まあいいか」って思ってしまったのだけど、そういう人ばかりではない、ということだ。
ちなみに、私も無条件で受け入れたわけではない。
私は本書に星★5つをつけてもいいかな、と思った。
だけど星★4つ半にしたのは、ここの部分があったから。
ものすごい傑作だと思っただけに、ちょっと残念でした。
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