鬼哭の剣 [読書・歴史/時代小説]
鬼哭【きこく】の剣【けん】 (ハヤカワ文庫JA JAジ 20-1)
- 作者: 進藤 玄洋
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2022/04/09
評価:★★☆
元禄2年(1689年)、弘前藩津軽家の江戸屋敷の門前に死骸が放置される。遺体は津軽家の忠臣・蠣崎仁右衛門のもので、首が切断され、口には黒百合が咥えさせられていた。
津軽家嫡男・津軽信重は剣の同門である越前屋充右衛門とともに真相を探り始める。やがてすべての根源が20年前の蝦夷地にあることが明らかになっていくのだが・・・
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舞台は元禄2年(1689年)の江戸。
津軽家嫡男・津軽信重(つがる・のぶしげ)は毎晩のように吉原通いをする放蕩者だが、ある日、遊郭で客の接待をしていた越前屋充右衛門(えちぜんや・みつえもん)という男と知りあう。
二人はともに二十代の若者。町人ながら剣の道場に通っている充右衛門が小野派一刀流の同門であり、しかも信重と並んで一門中でも屈指の腕前を持つと知り、二人は急速に親しくなっていく。
そんなとき、弘前藩津軽家の江戸屋敷の門前に死骸が放置されるという事件が起こる。遺体は津軽家の忠臣・蠣崎仁右衛門(かきざき・にえもん)のもので、首が切断され、口には黒百合が咥えさせられていた。
蠣崎を父のように慕っていた信重は仇討ちを誓い、充右衛門とともに真相を探り始める。
事件の原因は蠣崎の過去にあるとみた信重は、自身の父親であり、かつ事情を知るであろう津軽家当主・信政と対峙する。
一方、充右衛門も両親が自分に対して何か隠し事を持っていることを知る。
やがて、信重と充右衛門は、20年前からの因縁でつながっていたことが明らかになっていくのだが・・・
・・・と書いていくと、二人の因縁を探っていく話かと思われるが、さにあらず。
本書は「序章 寛文九年(1669年) 十月二十二日 松前」という章から始まっているのだが、ここで描かれているのは蝦夷地で起こった、いわゆる "シャクシャインの戦い" が終結する顛末だ。
あからさまには描かれていないが、これが事件の背景にあるのは明らかで、これを読んだあとで本編に進むと、登場人物の過去や背負った事情がある程度推察できてしまう。
本来だったら、ここは主役二人の探索行の中で明らかになっていく内容で、本編の中では中盤以降に置かれるべき章だともいえる。
冒頭に置かれたことで、全体の見通しはとてもよくなった(なりすぎた)。格段に判りやすくなったのだが、同時にミステリ的な楽しみは半減したとも云える。この構成は好みが分かれるのではないかと思う。
父親に反発して、藩が潰れても構わないと思いつつ放蕩を続ける信重。自らの出自を知って悩む充右衛門。
主役二人もいいけれど、充右衛門に思いを寄せる振袖新造(ふりそでしんぞ:未だ客を取っていない遊女見習い)の初音(はつね)など、脇キャラも魅力的だ。
ちなみに、初音さんの "物語における着地点" も描かれるのだけど、うーん、彼女はこれでよかったのでしょうか・・・
遺体放置事件に絡む謎のいくつかは、美濃部平四郎(みのべ・へいしろう)という北町奉行所の同心が主役二人に協力して解明されていき、それが20年前の出来事へとつながっていく。
そのあたりはよくできているのだけど、上にも書いたように冒頭で盛大にネタバレされてしまっているので、どうしても ”答え合わせ” をしている感が否めない。ちょっと残念というか、もったいない気がする。
遺体事件自体は中盤までに決着がつき、終盤はサスペンス劇に移行する。クライマックスでは「時代劇」らしい剣戟シーンもある。
本書は「ハヤカワ時代ミステリ文庫」と銘打たれたレーベルの一冊。とはいうものの、上記のように ”時代ミステリ” よりも "判りやすい時代劇" を目指したつくりになっている。そのあたりはちょっと私の好みとは合わないと感じた。
タグ:時代ミステリ
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