ボーンヤードは語らない [読書・ミステリ]
ボーンヤードは語らない 〈マリア&漣〉シリーズ (創元推理文庫)
- 作者: 市川 憂人
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2024/06/19
- メディア: Kindle版
評価:★★★★
空軍基地にある「飛行機の墓場」で、兵士の死体が発見される。
調査に当たった空軍少佐のジョンは、『ジェリーフィッシュは凍らない』事件で知りあったフラッグスタッフ署の刑事、マリアと漣に協力を求めるが・・・
表題作を含め、シリーズのメインキャラクターに焦点を当てた短編4作を収録。
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"真空気嚢" という画期的な技術が開発され、それを応用した "ジェリーフィッシュ" という小型飛行船が飛び回っている1980年代、というパラレルワールドのU国を舞台にしたデビュー作『ジェリーフィッシュは凍らない』から始まったミステリ・シリーズ。そのメインキャラクターたちに焦点を当てた短編集。
「ボーンヤードは語らない」
A州ツーソン市郊外の空軍基地には、「飛行機の墓場(ボーンヤード)」と呼ばれる場所がある。4000機以上もの退役した軍用機が屋外保管されているのだ。
そこを夜間巡視していた兵士が発見したのはマーク・ギブソン軍曹の変死体。直接の死因はサソリに刺されたことと思われたが、なぜ彼は深夜にそんな場所にいたのか。調査によって、兵士たちの中に軍用機部品の横流しを行っているグループがあることが判明する。
捜査に当たったジョン・ニッセン少佐は、過去の事件(『ジェリーフィッシュは凍らない』)で知りあったフラッグスタッフ署の刑事、マリアと漣(れん)に協力を求めるが・・・
マリアの指摘する真相は、いかにも盲点を突くもの。云われてみればもっともなのだが、読んでいると気がつかないんだよねぇ。そのあたりはホントに上手い。
ちなみに今回の現場のモデルは、アメリカのアリゾナ州デビスモンサン空軍基地のAMERC(Aerospace Maintenance and Regeneration Center)だろう。ネットで検索すると画像が見られる。なかなかの壮観だ。
「赤鉛筆は要らない」
舞台は1970年代のJ国。高校生の九条漣(くじょう・れん)が主役となる。
新聞部の先輩・河野茉莉(こうの・まつり)が母・由香莉(ゆかり)とともに病院から帰るところに出くわした漣は、そのまま二人を送って茉莉の家までやってきた。
茉莉の父・忠晴(ただはる)は売れない写真家だったが、狷介な性格で妻子にも辛く当たる男だった。夕刻になって叔母の佐古田夏乃(さこた・なつの)とその夫・洋三(ようぞう)が訪れるが、折から降り出した大雪のため、漣も茉莉の家に泊まることに。
そして翌朝、庭にある小屋の中で忠晴の死体が発見される。しかし雪の上には犯人が逃走した足跡はなかった・・・
犯人としてある人物が逮捕され、漣はU国へ渡ってしまう。そして10年後、一通の手紙が真相を解き明かす。
高校生の時から、漣のキャラクターができあがってしまっているのが面白い。彼自身も探偵として高い能力を持っているのだけれど、最期のシメはしっかりマリアが持っていく。
「レッドデビルは知らない」
舞台は1970年のU国。高校生のマリアが主役となる。
彼女の在籍するハイスクールは自由を重んじると謳いつつ、実は白人至上主義の巣窟だった。そんな校風に反撥する跳ねっ返りのマリアは "レッドデビル"(赤毛の悪魔)と呼ばれる問題児となっていた(笑)。
周囲から浮きまくっていたマリアの唯一の友は、J国風の名で黒髪のハズナ・アナンだった。しかし雨模様のある日、ハズナから不穏な電話を受けたマリアは彼女のアパートを訪れる。そこで彼女が見つけたのは、全裸のハズナの転落死体。
そして不可解なのは、マリアたちを目の敵にしていた資産家の息子ヴィンセント・ナイセルの陰にいて、従者のように忠実だったジャック・タイもまた死体となって発見されたことだった・・・
金と権力を使って事件を揉み潰そうとする勢力に対抗し、自力で事件解決に挑むマリア。彼女もまたティーンエイジャーにしてキャラが確立している。
パラレルワールドのU国も人種差別の問題を抱えていて、これが事件の根底にある。それでもミステリとしてはしっかりできている。ハズナの○○○に驚いた人も多いだろう。
マリアのルームメイトでF国人のセリーヌもいい。どこかで本編に再登場してほしいものだ。
「スケープシープは笑わない」
舞台は1982年のフラッグスタッフ署。マリアと漣の出会いと、二人で捜査に当たった最初の事件が描かれる。
初対面でのお互いの印象は最悪だったが、そこへ緊急通報が入る。
「たすけて・・・ママ・・・しんじゃう」
幼い声の短い通話だったが、そこからマリアは発信元を特定してみせる。そこは車椅子の老婦人、息子夫婦、その娘が暮らす三世帯同居のエルズバーグ家だった。DVの可能性が疑われたが、通報については結局よく分からないまま終わってしまい、マリアたちは引き下がることに。しかしその二日後、エルズバーグ家で事件が起こる・・・
息子の妻は先住民族の血を引いており、結婚に際しては親族から反対されるなど、ここでもU国の人種差別問題が絡んでいるようだ。『レッドデビル-』事件を引きずるマリアは真相解明に奔走する。
終盤にはさりげなく『赤鉛筆は-』事件も顔を出し、この二つの事件が二人を警察官の道へと導いたことを窺わせる。
相変わらずマリアの推理は鮮やか。漣との掛け合いも楽しく、本編のコンビ結成の経緯を知ることができる。
このシリーズはミステリとしても高水準だけど、マリア・漣・ジョンのキャラクターや関係性も物語を盛り上げ、楽しく読ませる効果を挙げている。
新作が待ち遠しい、とても楽しみなシリーズだ。
タグ:国内ミステリ
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