神様のたまご 下北沢センナリ劇場の事件簿 [読書・ミステリ]
神様のたまご 下北沢センナリ劇場の事件簿 (文春文庫 い 113-1)
- 作者: 稲羽 白菟
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2024/04/09
- メディア: 文庫
評価:★★★
大学進学のために上京した竹本光汰朗は、祖母が経営する小劇場・下北沢センナリ劇場で支配人助手としてアルバイトを始める。
劇場界隈で起こる、演劇やミュージシャンがらみの怪事の数々。劇場支配人のウィリアム近松太郎は、光汰朗を相棒に鮮やかに解決していく。
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大学進学のために上京した竹本光汰朗(たけもと・こうたろう)は、祖父が開業し祖母が経営する下北沢センナリ劇場へやってくる。そこは隣接する二つのアパートを改装しただけの小劇場だ。光汰朗はそこで支配人の助手としてアルバイトを始める。
劇場支配人の名はウィリアム近松太郎(ちかまつ・たろう)。日本とイギリスの血を引き、有名な東西の劇作家の名をもつ彼は、優れた推理力も持っていた。
劇場界隈で起こる、演劇やミュージシャンがらみの怪事の数々を、近松と光汰朗のコンビが解決していく連作ミステリ短編集。
「ACT.1 神さまのたまご The Adventure of the Blue Carbuncle」
下北沢センナリ劇場で行われる、劇団「江戸前ベイシティボーイズ」の公演直前に、小道具の指輪が玉子型のケースごと盗まれてしまう。ところがその指輪は主演女優の私物で、「見つからない限り舞台には出ない」と彼女は言い出す。公演開始まであと一時間と迫ってきたが・・・
解決してみれば "コロンブスの卵" だった事件、といえるかな。そちらよりも、作中で語られるシャーロック・ホームズの短編『青い紅玉』についての蘊蓄(矛盾するタイトルの解釈)が面白い。
「ACT.2 死と乙女 Death and the Maiden」
助手として初出勤した光汰朗の最初の仕事は、外出した近松の代わりに事務所の留守番をすることだった。そこへ掛かってきた電話で、劇団「大人になろうぜ」の "ブタカン" なる人物がそちらへ向かっているとの連絡が。
やがて降り出した豪雨の中、事務所へ二人の来客が現れる。まず "鈴木" と名乗る全身黒ずくめの男が、そしてもう一人は "神田" という巨漢。
「劇場の設備を見せてほしい」と鈴木が言い出し、三人で舞台へ向かう。しかしそこで突然、鈴木が照明を消したために劇場内が真っ暗に・・・
whatdunit(何が起こっているのか)のミステリ。これも明かされてみれば至極当たり前の事件だが、それを感じとらせないのは上手い。
「ACT.3 シルヤキミ DO YOU KNOW?」
古着屋の掃除中に見つかった古いCDには、女性ボーカルによる「シルヤキミ」という曲が記録されていた。島崎藤村の詩に曲をつけたもので、"AKIRA" という人物が作曲したらしい。録音されたのは23年前だった。
ところがその曲のメロディーが、下北沢のインディーズバンド・RAI-JIN(ライジン)の「DO YOU KNOW」という曲と同一であることがわかり、盗作ではないかとの疑惑が持ち上がる。
近松たちは「シルヤキミ」を歌う女性ボーカルの正体を追い始めるが・・・
下北沢を再開発する方針を巡ってバンド同士の確執があるという設定が面白い。地元愛に溢れるがゆえの対立なのだろうが。
「ACT.4 マクロプロスの旅 The Makropulos Exploration」
喜寿を迎えた演劇人・堀田(ほった)は、最近体験した奇怪な話を始めた。
年に何回か訪れる、下北沢を深い霧が覆う深夜に、堀田は見た。警報の鳴り止まない ”開かずの踏切” の向こうで、全身白ずくめの男が優雅な舞踏を見せていたことを。
それは堀田の旧友で "暗黒舞踏家" の艮雄一(うしとら・ゆういち)だった。しかし彼は30年近く前に他界していたはずだった・・・
ちなみに「暗黒舞踏」とは前衛芸術の舞踏形式のひとつだ。
近松の活躍で真相が明かされるが、それでも謎の一部は残されるホラー風味の話。なんとなく往年の特撮TVドラマ『怪奇大作戦』を思わせる一編。
「ACT.5 藤十郎の鯉 Fuji Juro's Love」
歌舞伎を現代風にアレンジした作品を上演している劇団「藤十郎(ふじ・じゅうろう)一座」。
五年前、センナリ小劇場で上演された「鯉つかみ」のさなか、代表の藤十郎が衆人環視の舞台上から忽然と姿を消すという事件が起こった。もちろん劇場内からも見つからない。
公演前にアパートが引き払われ、携帯も解約されていたことから計画的な失踪と思われたのだが、誰もその動機に心当たりがない・・・
横溝正史の『幽霊座』をオマージュした作品。舞台上からの人間消失トリックはなんとなく見当がつくが、それは真相の1/4に過ぎない。残り3/4の方にこそ本作の真髄がある。
レギュラーキャラたちも五年前ということで若く、そのころに演劇に関わっていた者も多い。
ミステリ度も本書でいちばん濃いが、それよりも青春小説の雰囲気をより強く感じる一編。
2024-09-16 22:00
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