サイボーグ009 トリビュート [読書・SF]
評価:★★★★
1964年7月より連載が開始された、石ノ森章太郎のマンガ『サイボーグ009』。
今年はその60周年と云うことで、記念するアンソロジーが編まれた。それが本書。
"九人の戦鬼" ならぬ "九人の作家" による、九つの物語。
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作者の逝去により未完となった作品だったが、2012年に生前の構想をベースとした小説『サイボーグ009 完結編 2012 009 conclusion GOD'S WAR』が刊行されて、公式に "完結" を迎えた。このブログでも記事に書いた。
ただまあ、その内容があまりにも○○だったので、「もう『009』には金輪際、手を出すまい」と心に決めていた(おいおい)。
ところが、かみさんと二人で散歩中に立ち寄った書店の陳列棚で本書を見つけた(見つけてしまった)。思わず手に取り、パラパラめくっているうちに、気づいたらレジに並んでた。
横でかみさんが訝しそうな顔をしていたのだけど、こういうものを見せられたらもう、買うしかないじゃないか・・・『009』の呪縛、恐るべし(笑)。
「平和の戦士は死なず」(辻真先)
『サイボーグ009』の最初のTVアニメ化は1968年。"赤いマフラ~、なびかせて~" と始まる主題歌と、モノクロでの映像をリアルタイムで経験した世代は、もう還暦を超えて古希に近いだろう(私だ)。
辻真先は御年92歳でありながら現役のミステリ作家。68年(当時36歳)のTVアニメ版には脚本家として参加、「太平洋の亡霊」などの名エピソードを産み出した。本作は、彼が手掛けたTVアニメ版の最終回を自らノベライズしたもの。
パブリック共和国とウラー連邦という二つの超大国が対立している時代、パブリック共和国の隣にある小国ラジリアが、ウラー連邦から密かに核兵器を入手しようとしていた。
その背後には、かつて "黒い幽霊団(ブラック・ゴースト)" に所属していた科学者バランタインが暗躍しているらしい。
この陰謀を阻止すべく、ジョー(009)たち4人のサイボーグ戦士はラジリアの豪華客船に潜入する・・・
キューバ危機(1962年)を彷彿させる設定は、さすがに時代を感じさせる。ラストシーンは、マンガ版『地底帝国ヨミ編』(1966~67)の結末へのオマージュになってる。
「アプローズ、アプローズ」(斜線堂有紀)
本来はマンガ版の完結編として書かれた『地底帝国ヨミ編』。主人公死亡によって終了かと思われたが、諸般の事情によって復活(笑)、連載も再開される。
”あのラスト” からどうやって生還したのか。続編の中でも簡単に言及があったが、本作はその部分を膨らませたエピソード。
最期のページのジョーの台詞が泣かせる。
「孤独な耳」(高野史緖)
1984年、ソ連の政治局員タラソフの暗殺計画の存在をつかんだギルモア博士。タラソフがモスクワで開かれる全世界国際バレエコンクールに出席することから、暗殺もそこで行われる可能性が高いとみて、フランソワーズ(003)はコンクールに出場することに・・・
超常の視覚聴覚を持つがゆえの、彼女の苦悩が描かれる。
「八つの部屋」(酉島伝法)
"黒い幽霊団" はゼロゼロナンバーサイボーグ開発のため、さまざまな人種から "素材" を選んできた。その一人、アメリカ人のジェット・リンクが、"002になるまで" を描く。
開発には事故やトラブルがつきもの。それらを一つずつ克服し、"完成" に近づいていくが、本人も葛藤が尽きない。
やがて九人目のサイボーグ・009が "完成" し、そのときから本編『誕生編』が始まる。本作はそれに至るまでを描いた、いわば「エピソード0」。
「アルテミス・コーリング」(池澤春菜)
バレエ公演で日本を訪れていたフランソワーズは、コノコと名乗る少女と知りあう。交流を深めていく中で、コノコの周囲に "見回り" と呼ばれる存在がつきまとっていることを知るが・・・
戦闘から一歩引いていることが多いフランソワーズが、主体となって戦うという珍しいエピソード。
作者は声優歴30年のベテラン。エッセイ等の文筆家としても知られ、近年は小説も執筆している人。
「wash」(長谷敏司)
"黒い幽霊団" によって改造されてから60年の歳月が流れた。故国・ドイツの街を訪れた004(アルベルト)は、007(グレート)と旧交を温めているさなか、謎の集団に襲われる。
その一人を捕らえてみると、なんとも旧式なサイボーグだった。彼から得た情報で、稼働停止した火力発電所の地下に、"黒い幽霊団" のサイボーグたちが冷凍睡眠されたまま、大量に保管されているという・・・
文庫で約90ページと、本書の中で最も長い。終盤では9人の戦鬼が勢揃いして戦うという大サービス。
60年経っても戦い続けているのは、ファンからすれば素晴らしいことなのだが、彼らの身になってみると、ちょっと哀しい気もするなぁ・・・
「食火炭」(斧田小夜)
006(張々湖:チャンチャンコ)が営む飯店の定休日、そこを訪れた一人の男。そこから006の回想が始まる。それは "黒い幽霊団" によって改造される前の日々だった・・・
コメディ枠としての出番が多いキャラだけど、今回はシリアス(笑)。
「海はどこにでも」(藤井太洋)
衛星軌道にある造船ステーションで、火星への出発に向けて整備を受けているサンタマリア二世号。乗組員のアマニは、オロナナという老技術者と知りあう。自然公園監督官という変わった前歴を持つ男だ。
しかし、サンタマリア二世号にデブリが衝突、地球との交信を司るアンテナが損傷してしまう・・・
ファンならすぐ判るが、オロナナの正体は008(ピュンマ)。深海用サイボーグだが、実は無重力空間での活動に一番適しているのが彼だった、というのは目からウロコだった。たしかに、宇宙飛行士は水中で船外活動の訓練をしているよねえ。
008が主役の話というのも、あまり記憶にない。そういう意味でも貴重なエピソードだろう。
「クーブラ・カーン」(円城塔)
ただ一人、生身の身体を保っていたギルモア博士だが、ついに寿命を迎えた。しかし彼の知識や判断能力を電子化した、”システム・ギルモア” が残された。
サイボーグたちのメンテナンスはもちろん、精神的なよりどころとなっていたギルモア博士。しかしAI化され、広大なネットの海と、膨大なデータにつながった "彼" は、果たして生前のギルモア博士の "遺志" を継いでいるのだろうか? それとも・・・
死者をAIを使って甦らせる、なんてことは昨今のニュースにもあったし、タイムリーなエピソードだろう。いまは映像の再現くらいで済んでるが、将来的には本作のように知識も思考も ”死者を完コピ” したようなAIが登場するのだろう。それがいいか悪いかは別として。
この作者の話は(私にとっては)ムズかしくて分かりにくいので苦手なのだが、今回は "素材" のおかげでなんとかなったかな(笑)。
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