SSブログ

臨床探偵と消えた脳病変 [読書・ミステリ]


臨床探偵と消えた脳病変 (創元推理文庫)

臨床探偵と消えた脳病変 (創元推理文庫)

  • 作者: 浅ノ宮 遼
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/02/19
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 "診断の天才" と呼ばれる臨床医・西丸豊を主人公に、患者を巡る不可思議な謎を解き明かそうと奮闘する医師たちを描いた連作ミステリー。
 第11回ミステリーズ!新人賞受賞作『消えた脳病変』を含む5作を収録。

* * * * * * * * * *

 柳都(りゅうと)医科大学病院・救急救命センターで病棟医長を務める西丸豊(にしまる・ゆたか)は天才的な病気診断能力を持つ。それは医師数500人を超えるこの病院内でもピカイチだ。同僚たちは彼を「臨床探偵」と呼ぶ。


「血の行方」
 医師となって5年目の江田薫(えだ・かおる)は困惑していた。二週間前に重度の貧血症状で入院してきた伊原津尚也(いばらづ・なおや)に対し、治療を続けても症状が一向に回復しないからだ。
 「自己瀉血(しゃけつ)者」。精神的理由などから、自分で自分の血を抜き取る者のことを言う。過去に伊原津を担当した江田は、彼に自己瀉血の過去があったことから、今回も自分で血を抜いているのではないかと疑うが、どこをどう調べてもその形跡がない。ではなぜ貧血症状が改善しないのか・・・
 江田から相談を受けた西丸は、早い段階から真相を見抜いていたが、ある理由からそれを彼女には告げない。
 伊原津の貧血の理由は、分かってみれば納得なのだが、若い人には想像もできないんじゃないかなぁ。


「幻覚パズル」
 中学生のK君は、近所に住む幼馴染みの少女・C子を訪ねる。彼女は両親が離婚して母と祖母との三人暮らしだったが、二ヶ月ほど前から不登校状態になっていた。
 母親は外出中で、庭にいたC子の祖母がK君を家に上げ、彼女はそのまま庭にいたが、こんどは一人の男が玄関から中に入っていくのを目撃する。祖母が屋内に戻ってみると、そこには頭を負傷したK君が倒れており、男の姿はどこにもない。そして二階にいたC子は、裏口から別れた父親が入ってくるのを目撃したという。
 事件は錯綜するが、肝心のK君は頭部を負傷した前後の記憶を喪ってしまっており、真相は不明のまま・・・
 K君が搬送されてきた救命センターのレジデント(研修医)・和田は、警察から聞いた不可解な状況を同僚の医師たちに相談する。彼らはさまざまな推理を組み立てるのだが・・・
 あまり病気に関係なさそうな、"人間消失トリック" の事件のように見えるが、最後はしっかり医療ミステリとして着地する。西丸が提示する真相には非情に驚かされた。意外性では本書でトップだろう。


「消えた脳病変」
 西丸が医学生だった頃のエピソード。
 脳外科の講義を担当する榊は、彼が実際に体験したという患者の話を始める。
 彼の抱えていた女性患者Aは、海馬(側頭葉の内側にある脳の器官)硬化症による病変があり、それがてんかんの症状を引き起こしていた。榊は海馬の変性した部分の切除を勧め、家族も同意したが本人が受け入れなかった。
 そうこうしているうちに榊自身が病気で倒れてしまう。しかし数ヶ月には復帰して診療を再開した。
 そして通院してきたAを診察したが、採血の15分後に待合室で意識を失ってしまう。さらに、頭部MRIを撮ったところ、海馬の変性部分が消えてしまっていた。自然治癒はあり得ない部位の病変が消滅していたのだ。
 Aはなぜ意識を失ったのか、病変が消滅した理由は何か。学生たちに榊は問う。
 受講生たちはさまざまな可能性を挙げてみせるが、ことごとく榊にはねられてしまう。そんな中、西丸という学生のみが "真相" を言い当ててみせる・・・
 彼は序盤から張られている伏線をすくい上げ、論理的に組み上げて、不可解な状況を合理的に説明していく。新人賞受賞も納得の傑作だ。


「開眼」
 呼吸困難で搬送されてきた患者・宇津美清泰(うつみ・きよやす)は4年前の事故で脊椎を損傷、四肢麻痺の状態だった。
 妹の加代(かよ)によると、一年ほど前からたびたび呼吸困難を訴えるようになった。清泰は幼少時に喘息を患っていたため、その発作だと思われていた。実際、喘息の治療をすると症状は改善した。しかししばらくすると再び同じ症状に陥ってしまう。そして清泰は、自身の介護を巡って加代と口論を繰り返していた。
 担当医の土師(はじ)が治療に当たるが一向に改善しない。各種の検査でも異常は見られない。土師は、唯一の可能性を清泰の〈意識〉に求めるのだが・・・
 千差万別の症状を示す患者に対して、正確な診断を下すことが如何に困難かを感じさせる作品。だからこそ西丸の天才性が際立つし、"名探偵" たりうるのだろう。


「片翼の折鶴」
 医療ミステリーアンソロジー『ドクターM(ミステリー) ポイズン』 (朝日文庫)にて既読。
 末期ガンを患う妻・響子は、夫で獣医である達也が用意した睡眠薬を飲み、昏睡状態となった。彼女は病院に搬送されたが、達也はなおも病院内で妻の殺害を画策するのだが・・・
 なぜ達也は余命幾ばくもない妻を殺さなければならないのか? 響子は何を考えているのか? そして彼女が折っていた鶴の意味は?
 響子の抱えた意外な事情と、愛ゆえに悩み苦しむ夫婦の姿に泣かされる一編。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 5

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント