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バック・ステージ [読書・ミステリ]


バック・ステージ (角川文庫)

バック・ステージ (角川文庫)

  • 作者: 芦沢 央
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/09/21

評価:★★★


 パワハラ上司の不正の証拠を探すOL・康子。後輩社員の松尾はそれに無理矢理巻き込まれてしまう。このメインストーリーに続いて4つの物語が語られる。一見して無関係に見えるが、康子/松尾たちの行動にしっかりつながって、意外な結末へと導かれていく。


「序幕」
 次長の澤口は、女性新入社員の玉ノ井に対してパワハラを繰り返していた。業績は抜群で、社長のお気に入りである澤口は怖いもの知らず。誰も彼の振るまいを止めることができなかった。
 玉ノ井の同期の新入社員・松尾は、先輩OL・康子が澤口の机の中を漁っている場面に遭遇する。彼女によると、澤口は業者と癒着しており、その証拠を探しているのだという。松尾も彼女に巻き込まれる形で、”澤口の失脚” に加担することになってしまう。
 しかし職場では証拠を発見できなかった。康子は翌日に有給休暇を取り(松尾も強制的に休まされるwww)、澤口の自宅にある預金通帳を狙うことにする。
 通帳をどうやって手に入れるかはここには書かない。ユニークだが無茶な方法で入手に成功するものの、ある "トラブル" に巻き込まれて、2人は中野大劇場ホールに向かう羽目になる。


「第一幕 息子の親友」
 語り手の望(のぞみ)はシングルマザー。小学3年生の浩輝(ひろき)と保育園に通う颯太(そうた)を育てている。温和しくて内向的な浩輝だったが、クラスの人気者の慎也(しんや)くんと友達になったらしい。しかし、授業参観での浩輝の様子は、とてもそうとは見えない。浩輝は嘘をついているのだろうか・・・
 親が子どもに「こうなってほしい」と思うのは当然だが、それはしばしば「一方的な押しつけ」だったりするし、子どもの行動に対して「勝手な思い込み」を抱いたりする。
 ラストで明かされる浩輝くんの、なんと健やかなことか。彼をそのように育て上げた望さんは誇っていい。


「第二幕 始まるまで、あと五分」
 大学生の奥田は、高田馬場の書店で中学校時代の同級生・伊藤みのりと再会する。ライトノベルが好きという共通の趣味から、しばしば会って話をする仲になる。そして2ヶ月、奥田のほうから正式につき合ってほしいと申し入れたのだが、なぜか彼女はそれを受け入れてはくれない・・・
 日常の謎系恋愛ミステリ、かな。分かってみれば他愛のないことではあるが、”当事者” からすれば怒り出す案件ではある。


「第三幕 舞台裏の覚悟」
 役者であれば誰でも出たいと願う大人気演出家・嶋田ソウの舞台。
 無名の俳優・川合春真(かわい・はるま)は、それに抜擢され、新進気鋭の女優・新里茜(にいさと・あかね)の相手役を務めることに。しかし嶋田の指導は厳しい。2人の濡れ場シーンにOKが出ない。
『ふざけるな!』『それがやってるときの顔か!』『おまえら一回寝てこい!』
 その言葉に押されて、春真は茜と一夜を共にしてしまう。しかし公演初日、春真のもとに脅迫状が舞い込む。
「シーン32には出るな。もし出たら新里茜との関係を舞台上で公表する」
 そこは舞台の要ともなるシーン。春真が出なければ公演はメチャクチャになってしまう。しかも観客席には春真の恋人・由香里が来ていた。開演までになんとか差出人を探しだそうとする春真だが・・・
 いまどき、上述したようなことを言う演出家はいないらしいが、演劇/役者というものの業の深さを感じさせる作品ではある。


「第四幕 千賀稚子にはかなわない」
 完璧主義で知られる大女優・千賀稚子(ちが・わかこ)も74歳となり、認知症の症状が出始めていた。しかしまだ本人は充分に矍鑠としているつもりだ。マネージャーの信田篤子(しのだ・あつこ)は、稚子が自分の状態を覚ることのないように気を回す日々。
 稚子の嶋田ソウの舞台への出演が決まり、ゲネプロ(最終リハーサル・通し稽古)の日。記録のために舞台を撮影していたビデオカメラの横に来た男が「千賀稚子も老けたなぁ」とつぶやいてしまう。それを聞きとがめる篤子。このビデオは稚子も見る。その言葉を聞いてしまったら、稚子は降板を言い出すかも知れない。篤子が抗議をすると、男はなんと映像を記録したSDカードを持ち逃げしてしまう・・・
 篤子さんの奮闘ぶりが実にけなげ。そして千賀稚子さんも最後まで "大女優" を貫く。あっぱれである。


「終幕」
 4つの物語は一見するとそれぞれ独立したエピソードで、互いに無関係なように見えるが、実はあちこちで "本筋" にリンクしており、ラストに至って康子と松尾の ”企み” に決着をもたらす。


 4つの物語もそれぞれ面白いが、本筋の登場人物がまたいい。

 パワハラ上司の澤口がまたいかにもな造形。口八丁手八丁、自己肯定感の塊で、都合が悪くなると自分の記憶すら改竄してしまい(嘘をつくのではなく、本当にそう思い込んでしまうようだ)、責任を部下に押しつける。

 康子さんは思いついたら即実行、窮地に陥ってもどんどん突破していく抜群の行動力の持ち主。頭の回転も速く、奇想天外な作戦を立案してみせる。すべては澤口を会社から追い出すため。

 松尾は事なかれ主義の常識人だったはずなのだが、康子さんと行動を共にするうちに感化されていく(というよりこれが本性なのか)。彼の変貌も読みどころではある。

 末尾の「カーテンコール」では、康子さんと松尾くんの後日談がある。読者はニヤニヤしなら本を閉じることだろう。



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