SSブログ

黄昏のベルリン [読書・ミステリ]


黄昏のベルリン (創元推理文庫 M れ 1-5)

黄昏のベルリン (創元推理文庫 M れ 1-5)

  • 作者: 連城 三紀彦
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2022/01/19
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 物語の時代は1990年代半ば。いわゆる「ベルリンの壁崩壊」の1989年のちょっと前の頃と思われる。

 主人公・青木優二(ゆうじ)は日本画家。美術大学で講師をしている。文中に明示されてないけど年齢は40歳くらいと思われる。教え子の女子大生と交際しているものの、年齢差を気にしてなかなか一歩先に進めない。

 そんなとき、彼の前に現れたのはベルリンからの留学生・エルザ。

 エルザは問う。優二の生い立ちを。
 優二は答える。彼には4歳までの記憶がない。養父母によれば、彼は貿易会社で働くイタリア人の父と、日本人の母との間に生まれたのだと。父は彼の生まれる前に死に、母は1945年2月に優二を生み、一ヶ月後の東京大空襲で亡くなったという。

 しかしエルザはそれに疑問を投げかける。
 彼女は語る。1945年3月、西ドイツにあるユダヤ人の強制収容所で日本人女性が出産した。父親がユダヤ人だったためだ。その翌月にドイツは敗戦、生まれた子は連合軍によって救出されたが、その後の消息は不明なのだという。
 そして優二こそ、その赤子だったのではないか、と彼女は言う。

 エルザはナチスの蛮行を調査し、それを広く喧伝する組織に関わっていて、優二のことを ”第二のアンネ・フランク” として取り上げたいのだという。

 強制収容所の生存者がフランスにいるという。彼女なら赤子のことを詳しく知っているだろう。
 優二は自らの出自を確かめるためにヨーロッパへ旅立つのだが・・・


 メインのストーリーラインは優二を中心としたものなのだけど、同時並行で多くの登場人物たちがそれぞれの物語を紡いでいく。

 リオデジャネイロで娼婦を殺したハンス・ゲムリヒ。
 ニューヨークの空港で東京へ旅立とうとしている会社員マイク・カールソン。
 その彼を尾行しているユダヤ人エディ・ジョシュア。
 東ベルリンから西ベルリンへの脱走を企てている青年ブルーノ・ハウゼン。
 パリで病院の院長夫人として暮らしてきた老女マリー・ルグレーズ・・・

 最初は脈絡のない断片的なエピソードの積み重ねなのだけども、次第にそれらが有機的に絡み合って優二の物語に関わっていく。
 そしてもちろん、エルザもまたその中にあって重要な役回りを果たしていく。


 本書で特徴的なのは、場面転換時に改行しないこと。具体的には、行の途中でダッシュ記号「――」を挟んで場面が変わるのだ。たぶん、転換前の濃密な雰囲気を途切れさせずに、そのまま転換後のシーンにつなげたいからだろう。
 最初はちょっと戸惑うのだけど、だんだん慣れてくるので大丈夫だ。

 題材だけ見ればサスペンスものかエスピオナージュもの(スパイ小説)かとも思うのだけど、作者はあの連城三紀彦だからね。彼の持ち味である ”男女の間に繰り広げられる濃密な情念描写” は本編の中でも遺憾なく発揮されてる。
 とくにエルザを中心とした男たちの愛欲は読んでいて息苦しくなるほど。

 そして、作者は ”連城マジック” と言われるほどのミステリの名手。
 様々な情報が錯綜した中で、物語は次第に ”ある方向” に向かって動き出すように描かれていく。しかしそこで油断できないのがこの作者なので(笑)、最後まで気を抜けない。

 読み終わってみれば、すべての謎はミステリとして着地し、物語はドラマチックなクライマックスを迎える。この結末に導くために、幾多の濃厚な人間模様が重層的に描かれてきたんだと理解できる。


 本書のメインのネタである、ナチスや強制収容所を扱った作品は、ミステリに限らず古今東西のフィクションに無数に存在するだろう。けれど作者はそれを徹底的に ”自分の色” に染め上げてみせた。見事だと思う。


 本書の発表は1988年。翌年にはベルリンの壁が崩壊しているんだけど、たぶんこれを書いている作者を含め、当時の世界では誰もそんなことが起こるなんて予想だにしなかったろう。
 そしてそれは作中の登場人物たちも同じだろう。生き残った登場人物たちが、ベルリンの壁崩壊後の世界をどのように生きていったのか、ちょっと想像してみるのも面白いかもしれない。



nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント