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波濤の城 [読書・冒険/サスペンス]


波濤の城 (祥伝社文庫)

波濤の城 (祥伝社文庫)

  • 作者: 五十嵐貴久
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2020/10/15
  • メディア: 文庫

評価:★★★★☆

 女性消防官・神谷夏美の活躍を描くシリーズ、その第2作。
 前作のモチーフは映画『タワーリング・インフェルノ』(1974年)だったが、今作は映画『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)だ。

 超高層ビル・ファルコンタワーの火災(第1作「炎の塔」)から1年後。

 夏美は上司である柳雅代とともに休暇を取り、神戸港から博多経由韓国釜山行きの豪華客船メモリア・オブ・レインボー号に乗り込んだ。
 全長300m、11階建て、客室数500、乗員乗客2000名という巨大客船である。

 巨大台風が九州に接近しているという情報がもたらされるが、船長の山野辺(やまのべ)は出港を強行する。その裏には、賓客として乗り組む衆議院議員・石倉大造(だいぞう)の意向があった。

 レインボー号は本来のコースを外れ、石倉自身の選挙区である種子島の沖合を通過することになっていた。そのとき石倉の支持者たちが島から花火を打ち上げて歓迎するというイベントが企画されていたのだ。

 いくら国会議員だからといって横車にもほどがある。しかしレインボー号を運航する海運会社はOKを出す。
 石倉が進める「種子島IR計画」、すなわち種子島にカジノを誘致するプロジェクトに会社を挙げて食い込むことを狙っていたからだ。

 ところが、航路を変更したレインボー号は浮遊物と接触、艦底部に損傷を受けてしまう。しかし山野辺はそれを軽視してしまい、損害は徐々にその規模を広げていく。

 そして破局が訪れる。深夜、突如として海水が浸入を始め船は傾き始める。機関も停止し、自力航行不能に陥ったレインボー号は漂流を始める。
 船内では火災も発生し、さらに進路を変えた巨大台風が迫ってくる。
 この悪天候の下では、救援用の船舶はもちろん、自衛隊の救難ヘリすら出動は不可能だ・・・

 前作と同じく、きっかけは小さな事故だが、それを拡大していってしまうのは人間の感情だ。欲、嫉妬、プライド・・・もろもろの負の感情が巨大な災害に ”育て上げて” しまう。

 舞台となるのは超豪華客船だが、その物語を彩る様々なキャラクターもまた魅力的だ。

 北条優一は元航海士。5年前に海難事故に遭遇し、生還はしたものの乗客の命を救えなかった悔恨の念からアルコール依存症に陥り、客室係に配置転換されている。

 長田久は僧侶。ガンによって余命10ヶ月と宣告されている。経済的な窮地にあったが、あてになるのは生命保険のみ。そこで事故死を装って自殺しようとレインボー号に乗り込んだ。

 木本武は30歳のニート。大学を卒業してからはひきこもり生活をしている。唯一の興味は船。ネットを通じて世界中の艦船の情報に触れていたが、実際に船に乗ったことはなかった。しかし・・・

 冬木晴彦は暴力団員。組の幹部から対立組織の組員・仲田晃の殺害を命じられ、レインボー号で博多に向かうことに。しかし仲田は、冬木の高校時代の親友だった・・・

 熊坂美由紀は看護師。高校の同級生で鳶職の敦司と結婚したが、ギャンブル狂いで浪費癖のある夫に絶望し、このクルーズが終わったら離婚を考えているのだが・・・

 この中でも北条の健闘が目覚ましい。危機の兆候をいち早く捉え、先手先手と行動しようとするのだが、立場はいち客室係にすぎない。
 しかし自分の職分を超え、非難を恐れず、果敢に、そして命をかけて乗客のために行動していく。
 このあたり、夏美とダブル主役といっていいくらいの大活躍だ。

 一方、山野辺をはじめとする一部の上級乗組員たちは、乗客を見捨てて脱出しようと画策する。その対比の描き方も鮮やかだ。

 北条のおかげで大半の乗客の避難が始まるが、なお客室に残された者たちがいる。夏美と雅代は船内に止まり、彼らの避難誘導を行おうとする。そこで二人が見つけた乗客たちが上記のメンバーだ。

 しかし、救命ボートのある上層階へ進もうとする彼らの行く手を劫火が阻む。消防士としての装備もなく、救援も望めない。船内の消火設備も次々に停止していく。まさに絶体絶命。

 上述のように、彼らが抱えた事情は様々だ。逃げようという意思はおろか生命に対する執着さえ持っていないメンバーもいる。およそ避難誘導されることに向かない人々(笑)なんだが、率いる夏美さんも前回とはひと味違う。

 超高層ビルの火災を鎮火に導いた経験を通じ、一皮剥けたというか肝が据わったというか。「目の前にいる人間を絶対に死なせない」という信念のもと、絶望的な状況に立ち向かっていく。
 そしてそんな彼女の姿が、人生を投げ捨てようとしていたメンバーたちの心をも動かしていくのだ。 

 彼らが脱出のための血路を切り開くべく、繰り出すアイデアがまたトリッキーだ。まさにそこにあるものは何でも使って生き延びる道を探っていく。
 このあたりは序盤からの船内描写の中でいくつも伏線が撒かれており、これが終盤になって生きてくる。ミステリ作家でもある作者の面目躍如というところだ。

 前作では、ラスト100ページほどは溢れる涙が止まらなかったのだが、本作はそうでもないなぁ・・・なんて思ってたら、最後の50ページで涙腺崩壊。いやはや、こちらも感動の超大作だった。

 エピローグでは、大災害から生還を果たした者たちのことも語られる。
 前を向いて生きる道を見いだした彼らの姿がたまらなく愛おしい。



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