SSブログ

深夜の博覧会 昭和12年の殺人 [読書・ミステリ]

深夜の博覧会 (昭和12年の探偵小説) (創元推理文庫)

深夜の博覧会 (昭和12年の探偵小説) (創元推理文庫)

  • 作者: 辻 真先
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/01/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

昭和12年(1937年)5月。

主人公・那珂一平(なか・いっぺい)は、銀座で似顔絵描きをして
生計を立てながら、漫画家になる夢を抱く少年。
田舎から出てきて、銀座で燐寸(マッチ)売りをしている
少女・宰田澪(さいだ・みお)に片思い中だ。

 一平の年齢は作中では明示されないけど、18歳くらいと思われる。
 澪の方は、中盤で15歳と判明する。

ある日、一平のもとへ帝国新報の女性記者・降旗瑠璃子が訪ねてくる。
名古屋で開かれている汎太平洋平和博覧会の取材に同行し、
挿絵を描いてほしいのだという。

超特急燕号で東海道線をくだり、名古屋へ向かう2人は
車内で満州の大富豪・崔桑炎とその愛人・柳杏蓮と出合う。
柳杏蓮は日本人で、本名は宰田杏、澪の姉であった。

名古屋に着いた一平と瑠璃子は宗像昌清伯爵の歓迎を受ける。
彼は帝国新報の社長の大学時代の同期生で、
名古屋一円に土地を持つ資産家であり、英語・中国語にも堪能で、
かつては世界中を放浪していたのだという。

伯爵は博覧会の敷地の隣に『慈王羅馬館』(ジオラマかん)なる
7階建てのビルまで建ててしまった。
内部は伯爵の趣味で蒐集された品々と様々な展示物であふれており、
その最上階からは博覧会場が一望することができる。

一平と瑠璃子が博覧会の取材を始めた頃、
銀座では澪が何者かに薬物を嗅がされ、拉致されてしまう。

銀座五丁目のビルの一室で目を覚ました澪は、姉の杏の姿を目撃するが
再び意識を失い、二度目に目覚めたときには姉の姿は消えていた。
辛くもビルから逃げ出した澪だったが、彼女の目前に
切断された女の片足が降ってきた。これは杏のものなのか・・・?

作者の辻真先は1932年生まれ。本書の刊行時には86歳。
皆川博子さんの時も思ったが、日本の高齢者は元気だ。

とはいっても、本書の舞台の1937年には作者はまだ5歳。
当時のことを書くには、もちろん自分の記憶は無いだろうから
さぞかし大量の資料を読み込んだんだろうと思う。

私ももちろん当時の銀座や名古屋の様子は知らないが、
本書で描かれた銀座や名古屋は、いかにもそれっぽい。

 逆に言うと、「こんな雰囲気じゃない」って
 言える人を捜す方がもう難しくなってるだろう。
 そういう意味では、若い人から見れば
 ほとんど異世界に近いのかも知れない。

資産家の伯爵とか謎の中国人大富豪とか、登場する人物も大時代で
いかにもアヤシげな『慈王羅馬館』内部の雰囲気もクラシック。
起こる事件も人体切断とか、東京-名古屋間の瞬間移動とか、
もう紙面の向こうにセピア色の風景が見えてきそうである。

巻末の解説に「江戸川乱歩の通俗長編を思わせる」ってあるんだが
まさにその通り。明智小五郎や二十面相が出てきても違和感がない。

もちろん最後にはすべての謎が合理的に解かれるのだが
事件の背景には日中戦争勃発の2か月前という時代があり、
国を挙げての戦意高揚の世相なども伏線の一部になっている。

加えて、登場人物の価値観・倫理観もその時代ならではのものがあり
”昭和12年の東京と名古屋” が舞台だからこそ成立する事件でもある。

この事件のあと、日本は長い戦争の時代に突入していくわけだが
エピローグは事件から10年後の昭和22年。
関係者たちの辿った ”その後” が明らかになっていく。
陰惨な事件だったけれど、ラストにはささやかな希望も描かれていて、
快い読後感とともにページを閉じられる。

作者の辻真先は日本のアニメ黎明期から活躍していたシナリオライターで
1972年、40歳の時に小説家デビュー、以後は二足の草鞋を履いてきた。
いまでも「名探偵コナン」のシナリオを書いているらしいので驚く。

たぶん50歳以下の人にとっては、「小説家」と思う人の方が
多いんじゃないかと思うが、私にとってはやっぱり
初期の日本アニメを創り上げた1人、というイメージが強い。

とくに「サイボーグ009」(1968年版。ちなみにモノクロ作品)の
第2話「Xの挑戦」と第16話「太平洋の亡霊」はけっこう記憶にある。
当時小学生だった私は、「X-」では敵のカップルの悲恋に涙し、
「太平洋-」では恐怖に戦慄したものだ。

この記事を書くのでwikiを見ていたら、私が生まれて初めて映画館で見た
劇場アニメ「空飛ぶゆうれい船」(1969年)の脚本も
辻真先だったよ(監督の池田宏と共同だが)。

他にも、参加したアニメ・特撮作品の一覧がwikiに載ってるんだが
60~70年代に彼が関わった作品のほとんどを、私は観ている。
幼少時の私に与えた影響は計り知れない人だったのかも知れない。
なにせ私は「大事なことはみなサブカルから学んだ」からねぇ(笑)。

作者は今年89歳になるはずなんだが執筆意欲は旺盛で
このシリーズの第2作「たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説」は
去年のミステリランキングを総なめにしてる。

この人からみれば、還暦をちょっと出たくらいの私なんぞ
駆け出しの若造だね。もう少し頑張らなきゃいけないかなぁ(笑)。


nice!(3)  コメント(3) 
共通テーマ:

nice! 3

コメント 3

mojo

鉄腕原子さん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2021-06-06 10:42) 

mojo

サイトーさん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2021-06-06 10:42) 

mojo

@ミックさん、こんばんは。
nice! ありがとうございます。

by mojo (2021-06-06 10:43) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント